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けものふ  作者: 腰ひかりん
第一章
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旅立ち

生暖かく見守っていただけると嬉しいです。

 

「いい?イメージして。霊獣とは大まかに獣や蟲などの(意思)を宿すものが召還されます」

「もういーよ京子ちゃん。俺は一人で普通ぅーに立派に生きてくことにしたから」

「良いわけないでしょ!勝手に達観してんじゃないの。それと、ちゃんと京子先生と呼びなさい!」

「へーい」


 この日、克己は補習のため西日の差し込む教室で一人残されていた。

一人の生徒の可能性を引き出すべく熱く教えを説く教師京子に対し、椅子のだらしなく座り少し不満顔の生徒克己が向かい合っていた。


 人の体は10歳から12歳程で体内の《胆力》という霊力の貯蔵庫が出来上がると言われ、年齢に達した者は「魂結の儀」と呼ばれる霊獣の召還儀式を行う。

 霊獣が召還されると顕現した「幼体の霊獣」に名を付け、自身の血の1滴を与えることで霊獣との絆をつなぎ、生涯一組のペアとなり生活を共にする。

 最初は幼体の獣の姿で顕現するが月日と共に成長し、人型で現世に顕現することも可能になると共に、人型・獣化をその場に合わせ臨機応戦に使い分けながら、人と共に生きてゆくことになる。


 学生のうちは通常授業と別に専攻科目として、

 ・前衛に立ち、霊獣とともに戦闘を行う。猛獣系の戦闘能力が高い霊獣が多い『戦闘課』。

  身体能力に優れた者が多く一部エリートはは警察や軍隊など花形の職業に就く者が多い。

 ・戦闘のバックアップ、諜報活動などの裏工作などをこなし、俊敏性や判断力が求められ鳥や蟲などの霊獣が多い『戦闘補助課』。

  頭脳戦や隠密性、機動力に優れているため一般社会に出ると管理職に就く者が多くこの科を専攻する者は多い。

 ・戦闘に参加することもあるが、能力が低いため物資調達や救護などを主に行う『後方支援課』。

 

 このいずれかの科を選択し、学生うちに経験を積んで将来の目標を定める。

 

 その昔、戦国時代に国と国が争う世で霊獣と共に戦う戦士を人は『けものふ』と呼んだ。

身も心も1つとなったけものふは1組で1000の軍をも喰い散らすと言われ、恐れられ崇められた。

 

 だが、平和になった現代では競技活動や将来有望な職につくくらいの側面しかなく、霊獣は家族でありパートナーとして一緒に成長するくらいの感覚でしかない。


 一方、同級生達が次々と霊獣を召還し成長してゆく中、克己は中学卒業の間際においてもまだ霊獣を召還できずにいた。

 専攻科目は霊獣とペアで行う授業となるが、THEぼっちである克己は後方支援課として主に荷物の運搬や雑用など本当の意味で補助活動しかやることが無かった。

 ざっくり言えば召喚できない生徒に対するボッチ対策でもある。


 しいて言えば、体育祭で男女がペアを組む中で自分だけ男の先生と踊るような魂が削られる思いを続け、いよいよ中学卒業間際になった頃、血の涙すら涸れ果てた克己は「モウドウニデモナリヤガ~レ」の呪文を唱えてしまっている。


 あきらめの境地なのである。


「克己はさぁ、胆力は人よりあるんだけどねぇ・・・。夜の胆力使いすぎじゃないのぉ?」

「最低!超最低だ!そもそも霊()なのにサト姉、霊じゃん。(ケモノ)ですらないじゃん!カテゴリーおかしくね!?」

「そういう克己の母の霊獣、えーとエリーちゃんだっけぇ?も、鬼人でしょうよぉ?」

「アレはある意味()だからいいんだよ!」

 担任の京子の横に立つ、清楚風な巫女服の人型の霊獣「サトネ」が口元を手で隠し、クスクスと笑いながら克己を弄るのに対して、克己はサトネを指刺しながら投げやりにツッコむ。


 京子の霊獣と克己の母の霊獣は、《幽獣》と呼ばれる霊獣にカテゴリーされ、大半の人間が獣系や蟲系統などを召還する中、珍しい人の形を成す霊獣を従えている。

 霊獣は特殊な能力を個々に持つが京子の霊獣サトネの場合、人の胆力の大きさがおおよそ把握できる能力を持っていた。

真面目で生徒に真摯に向き合うお姉さんタイプの京子に対し、サトネは生徒をおちょくるのが好きな困ったお姉さんタイプである。二人とも年齢が近いこともあり生徒から姉のように慕われているが、サトネは清楚な顔から放たれるエグイ毒舌と下ネタに一部の生徒からは絶大な人気を誇る。


「はいはい二人ともそこまで!今日も集中してやってみよう。まず自分の相棒に対するイメージをするのよ」

京子はそう告げると克己を椅子から立たせ、霊獣を召還するための祭壇まで強引に連れていく。

「はぁ・・・まず召喚できるイメージ自体ができないけどね」

克己はやる気なさげに一つため息を吐くと物々しい飾り付けの注連縄に囲われた朱色の祭壇の前まで歩み寄り、深く深呼吸をした後ぎゅっと目を閉じ頭の中で思考する。


 イメージか・・・・・・。

 結局、俺はどんな霊獣を呼びたいんだろう?

 できればモフモフのやつがいいなぁ。

 あ、カッチカチの蟲とか無理!

 無駄に足長い蟲とか、足いっぱいある蟲とか、寝起きの顔に乗ってたらとか思うと・・・フォァァァァァァアアアアアアアアア!!!!

 駄目だ!集中しよう。

 モフモフこい!モフモフこい!モフモフばっちこい!!・・・。


 だが結局、今回も克己の前に霊獣が召還されることはなく、京子先生の掛け声とともに「魂結の儀」は終った。


 京子先生は首を傾げ悩んだように少し考えた後、克己にそっと問いかける。

「今回も残念賞かー。克己君さ、卒業までこのまま召還できないようなら東京行ってみない?」

「東京!?Why!」


 いきなり東京か、個人的に興味はあるけどわざわざ召還する為に地元離れるってのも何だかな・・・。

そこまでやって駄目だった時の方が帰って来づらくね?

『あの人東京まで行ったのに一人で帰ってきたよ。何しに行ったんだろうね。プークスクス』

うん、想像しただけで地獄でしかないな。


「知り合いのところでね、霊獣専門で特務機関直属でもある学校あるのよ。一概に比べた言い方はしたくないけど・・・克己君のお父様も虎の霊獣だし、お母様も鬼人の霊獣なわけでしょ?素質は絶対あるはず、可能性はあるのよ。」

「え~、わざわざそこまでしないと駄目?京子ちゃん俺、もう別に1人でもい――――」

そんな逃げ腰の克己に京子は囁く。

「高校生活3年間・・・一人授業・・・」

「うっ!」

「一人飯・・・」

「う・・・」

「クラスメイトが訓練の中一人体育座り・・・」


 確かに、このまま地元にいても召還できなけりゃ地獄が待ってるのか・・・。


「一人上手な夜の胆力トレーニング」

「おい、一名余計な雑音混じってっぞ!・・・でも分かったよ、ちょっと考えてみる」

 

 肩を竦め、困り顔で克己はそう答えた。


 ◇


 東京か・・・。


 俺にとっては、こっちに仲間も家族もいるし正直このままでもよくね?ってのが本音だ。

ただ東京での一人暮らしという素敵ワードがほんのちょっと、ほんのちょっとだけ耳をくすぐって行ってもいいかなと思い始めてるのも事実だ。

 一度家族に話して反応見てからでも良いかな。

  

 そして、その日の夕食時に柴田家緊急家族会議が開かれた。


 俺は両親と兄姉同然でもある父と母の霊獣達に京子ちゃんから持ちかけられた東京行きの話を打ち明け相談することにした。

 基本的に質実剛健を体現したような父だが、母に対してはイタリア人のように暑苦しくチャラく接する『柴田勝義』と、のほほんとしているがキレると包丁がキラリと光る母『柴田志保』は、基本的に子供に対して放任主義で自由すぎる親だ。

 こんな環境でよくグレなかったと思う。

 ま、この家庭でグレたところで兄姉達の圧倒的な暴力で抑えられそうだが。

 両親もしばらく考え込んでいたようだが、最終的に「克己の意思を尊重する。行きたいなら行け。やれるだけやってみろ」として息子に委ねてくれた。


 兄である虎の霊獣の小鉄(にい)は理屈ではなく、何でも体で教えようとする大柄な体格の脳筋野郎だ。

 昔「召還できないのはお前の体ができていないからだ」と延々訓練につき合わされ、「天に近いところなら願いがかなう」と言いながら俺を空に投げてはキャッチし、また空に投げることを繰り返す日々だった。

 あれ絶対ただの筋トレだったと思う。


「東京に行くならファッションセンスが大事だ!分かってるか?」

 と謎な心配を口にする小鉄兄だが、そのファッションセンスとやらは、田舎ヤンキーを思わせる派手ファッションとジャラジャラつけたシルバーアクセサリーなので説得力は無い。

大柄のレスラー体型だから知らない人だったら大概避けて歩くと思う。

 

 家族会議が終わると小鉄兄は俺の肩をバンバンと叩き、指に嵌めていたシルバーの指輪を俺に渡した後、なぜか黙ってこっそり家から出て行ったのを見かけた。

 後で親から聞いた話だと、仕事で失敗した時などに必ず行くお気に入りの綺麗な夜景が見えるスポットへ行ってたそうだ。

 何だかんだ寂しいと思ってくれてたのかもしれない。


 姉である鬼人の霊獣のエリ(ねえ)は、東京行きの話の途中から箸に肉を挟んだまま固まり、顔をグシャグシャにしながら小さく首を振り号泣していた。

 幼少のころは好き放題に弄られ、長い髪を振り乱して追いかけてくるエリ姉に捕まると、恐ろしい罰ゲームが待ち受ける。

「鬼ごっこ」といふ名の「鬼のおままごと」を、俺が娘役のまま8時間耐久で行われる恐怖の宴であった。

 俺にとっては地獄の日々だったが、エリ姉にとっては愛情表現だったのが今は嫌でも分かる。

 

 長い黒髪、色白で背が高く黙ってれば切れ長目の美人さんなのに、今は般若の形相で泣くエリ姉は最後までゴネた。

「ここ居ればいいじゃない、何しに行くのよ?意味分かんない」

 そんな姉に「うん学校に行くんですよ」とは言えず、ちょくちょく帰ってくるし帰るときは一番に連絡するからと宥め、半ば無理やり納得してもらった。

 正直言うと引き止めてくれた事がちょっと嬉しかったが、般若ばりの泣き顔はちょっと怖かった。


 この時、ほんのり暖かい家族に恥ずかしい真似はできないな、と思った自分が少し不思議だ。

 ほんの軽い気持ちで決めたことを少し後悔しつつ、小さくつぶやく。


「やるだけやってみるか。」


 翌日、東京に行きを決めたことを京子ちゃんに告げ、卒業と同時に東京へ向かったのであった。


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