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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【3】 恋と仕事は別じゃない
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・泣かずにいられない


 ふと気がついて時計を確かめ、眞子は驚愕する。

 時間はもう十九時。目の前に急に現れた難問をやっつけようと夢中になっていたようで、専務が『定時であがっていいよ』と言ってくれていたのに、すっかり時間が経っていた。

「いけない。許可のない残業になっちゃう」

 事務所にいるならば、先輩や上司が『今日はここで終了』と声をかけてくれるのに。応接室にいたばかりに誰も気がついてくれなかったらしい。

 作業していたものを片付け、事務所にある自分のデスクまで身支度をするために向かう。

 それでもまだ事務所のスタッフは仕事をしていた。

「あれ、本田さん。まだいたんだ。確か……専務が定時であがるように指示していたようだからもう帰ったのかと思った」

「はい。そのつもりだったのですが。申し訳ありません。専務から預かった作業に没頭してしまいました」

 先輩達もわかっているかのようにして顔を見合わせ、最後にはデスクで黙ってパソコンを眺めている副社長を見る始末。

 眞子の先輩にあたるスタッフは皆、専務が在庫整理をしていることを知っている様子で、そしてそのことについて触れてはいけないようでもあった。だから、最終的に副社長の指示を仰ごうとしているようにも見えた。

「あんたのことはもう慎之介に任せていたから、残業していると気がつかず声をかけなくて悪かったよ。帰っていいよ。また明日から、慎之介の指示に従って」

 日中、あんなに激しく眞子をアシスタントとして失格と言い放ち追いだしたのに。カンナ副社長はもういつものクールな物言いで眞子に言葉をかけてきた。

 眞子も。どうしてかもう落ち着いていた。

「こちらも、勝手に残務をして申し訳ありませんでした。それではお先に失礼いたします」

 デスクを片づけ、眞子は身支度をし事務所を出た。

 すっかり暗くなった夜空が見える廊下をあるいていると、エレベーターから麗奈が降りてきた。

「あ、眞子さん。いまお帰りなのですか。もう帰られたのかと……」

 この時になって眞子は嫌な思いからすっかり解きはなたれていたことを知る。でも、彼女の顔を見るとやっぱり嫌な気持ちと哀しい気持ちが再襲撃。ずうんと一気に身体中が重くなった。

「古郡さんをいま見送ってきたところです。遅い飛行機にしていて良かったと言っていました。それから……」

 麗奈がちらっと眞子の様子を一時窺う眼差し。『これ言ったら傷ついちゃうかな』と言わんばかりの、気遣ってくれているのにまったく気遣っていないと悪態をつきたくなるような、そんな言い返しもできないような目線を向けている。

「眞子さんのことも気の毒に思ってくださったようで心を痛めていました。よろしく伝えて欲しいとのことです」

 それを聞いて、眞子の心に羽根が生えたような軽やかさを感じる。

「そ、そうなんだ。うん、伝えてくれてありがとう」

 また次回の出張で会えた時に、ちゃんと話し合おう。こうなってしまったこと、これからどうすればいいかということ――。ずっと一緒にやってきたんだもの。彼との仕事は私でなくちゃ……

「ディスプレイのテーマもちゃんと決まりましたよ。副社長からもOKでました。古郡さんもホッとしていました。だから眞子さんも気にしないでくださいね」

 彼との仕事は私でなくちゃ……。そう思っていた眞子をわかっているかのように、麗奈がにっこりと笑いかけている。『古郡さんは、あなたがいなくても大丈夫。これからは私とやっていけるから! 副社長もOKしてくれたしね』。そう聞こえた。

 しかも、気にしないでくださいって――。まるで眞子が提案したが為に失敗したみたいな言われよう。彼女が甘えた声でお願いした提案を、徹也が軽い気持ちで提出してしまったから起きたことなのに。眞子はただ同意しただけ。


 でもそこでまた、副社長の声が蘇る。

 眞子、あんたもこれに同意したのか!

 そう、同意した。流された。これじゃないと思いつつも。私情を挟んだ。


 耳鳴りがしそうな程、頭が痛くなってきて、眞子はそのまま顔を伏せた。


「そう、よかったね。副社長があんなに怒っていたからどうなるかと思ったけれど、私も安心した。じゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様でした。専務とのお仕事も頑張ってくださね」

 麗奈の勝ち誇った笑み、嬉しそうに跳ねて事務所に戻っていく。

 エレベーターに乗り込み、眞子は必死に涙を抑えている。ここで泣いちゃダメ。ここは職場だから。色恋沙汰で一喜一憂しているのは、眞子の心の問題。誰のせいでもない。

 だから余計に泣きたい。誰のせいにもできないから、余計に泣きたい!

 ビルの外に出て、眞子はやっと人混みの路地にかかわらず、目元をハンカチで押さえて『うわん』と密かに泣いた。

 どうしてなんだろう。私の仕事がまったくいけていないと副社長に叱責され、アシスタントを外され、憧れの彼と引き離され。それだけならまだしも、眞子の立場も想いも対抗していた後輩に一気に獲られてしまった!

 誰にも言えないし、一人でしか泣けない。やけ酒をしたところで、翌日、体調が悪くなるだけだから余計に辛くなるだけ。そんなの嫌だ。

 だから眞子はまっすぐに帰る。近郊駅のマンションで独り暮らしをしている部屋にまっしぐら。一晩中、ベッドで泣き明かした。




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