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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【1】 いい歳して片想い、自己満足。
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・叶わぬ恋を仕事で繋ぐ


 それでも、今夜。眞子は徹也と二人きりの食事で幸せな気分を取り戻す。


 ススキノにある気楽なトラットリアの店で、お洒落なアンティパストを彼とシェアしたり、笑いながら大きなピッツアを頬張る。

 仕事の話でも、世間話でも、彼とならなんでも楽しく話せる。

 わかっている。ほんとうに彼は仕事で結果を出す相手だから、ここまでしてくれるのだって。

 それでも……。錯覚してしまう。恋人同士にだってみえるよね? ほんとうの恋人には敵わないってわかっている。でも……。やっぱり彼しかいない……。

 いま、仕事でも世間話でも、気楽に笑い飛ばせるのは、徹也しかいない。眞子のこれまでの日々を支えてきてくれたのは、間違いなく彼の存在だった。


 眞子と徹也はいつも最後のしめくくりに行くカンナ副社長いきつけのバーに行った。

大人の会話……。でも甘い話題にはならない。そう、きっと彼も、『彼女に恋は似合わない』と思っているのだろうな。

 赤いカシスのカクテルが減っていく――。

「お疲れ様。本田さん。今日も美味しいお店に連れてきてくれて、ありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ。ご馳走になりました。ありがとうございます」

「では、また明日。住宅街のマダムショップ視察のおつきあい、お願いいたしますね」

「わかりました」

 それだけいうと、彼は笑顔だけ残して、あっさりと眞子に背を向けた。

 『送ろうか』なんて、言ってくれるはずもなく……。毎回、なにかしらの言葉に期待している自分が憎たらしい。

 眞子もそのまま帰る道を辿る。


「バカだよね~」

 賑わう『ススキノ』、夜の街。ただ帰るために歩く。地下鉄の駅に向かっている途中で、眞子はハッとする。

「いけない。傘を忘れちゃった」

 夕方、少しだけ降ったので会社に予備で置いている傘を持って出てきた。それを先ほどのバーに置いてきてしまった。

 取り立てて高価な傘でもないけれど、だからと言って安い傘でもなく、予備とはいえお気に入りのひとつだった。副社長もたまに『借りるよ』と言って重宝してくれていた。新しく買うのもイヤ。眞子は来た道を急いだ。

 バーの扉を開けて、眞子は先ほどの席を見た。『わたしの傘、ありますように』。だけれど、眞子は驚くものを見つけてしまう。

 それは先ほどの席に、徹夜と麗奈が並んで座っていたから……。

 眞子がそうであったように、二人はカクテルとグラスを並べて楽しそうに会話をしていた。


どうして? わたしと別れた後に?


 それでも眞子は首を振る。

 違う。きっと、眞子と同等の扱いに決まっている。営業先の、気分を良くさせておきたい人間。別々に対応しているだけ。

 なのに眞子は泣きたくなる。麗奈と自分に差がないと結論づければ、あの状況を納得できるのに、その理由で納得してしまうと『ただの営業』、興味のない女と結論づけたことになる。

 わかっているけど、わかっているけど……。

 そんな自分をいつも以上に怨めしく思う。わかっているくせに、彼の笑顔と言葉をまるで好かれているという雰囲気に勝手に置き換えて、気持ちよくなっていただけ。

 なにもかも、わかっているのに。いつもいつもそうして誤魔化して、独りよがりに慰めてきた。

 それが今夜は浮き彫りにされている――。

 勝手に惨め……。

「いい歳して、自己満足の片想いかー」

 誤魔化してきたことに、ついに向きあってしまった夜。

 彼を好きでいること、元気の素にしていくこと、それでも続けてしまうのだろう。


 それがまた、情けない――。


 でも、いまはそれにすがるしかないの、わたし。



 ―◆・◆・◆・◆・◆―



 翌日。市内でいちばんのセレブ住宅地内にある、マダムショップへと徹也を伴って向かった。

 とても小さなショップだが、この住宅地に住まう奥様向けの、昔でいうところの『ブティック』だった。

 

 眞子も販売員だった時に、この店に配属されたことがある。小さいながらも、顧客がしっかりついていて、顧客単価が自然と高くなる店だった。

 ここもマグノリアの重要な戦力ショップ。徹也が担当しているブランドがどんどん売れるところだった。だから徹也も店長に挨拶をしておきたいのだろう。


 店長は40代のベテラン女性。販売員としては、会社の中ではトップの店長。

 街中の大きなテナントより、大きな売り上げを打ち上げるので、この店はほんとうに重要なポジション。そして池田店長も、大事な人材だった。

 そこの店長にも、徹也はあの素晴らしい佇まいと笑顔を発揮して、やり手で厳しい池田店長を機嫌良くさせる。

「いやー、池田店長のおかげで、ここは良い顧客がついていて、売り上げが良くて助かっています」

「ありがとう、古郡君。ここは古くからのお得様が多いからね。一度気に入ってもらえたら、長く通ってくれるのもいいところ。特にカンナ副社長が固定してくれたお客様も多いわね。いま副社長はバイヤーと経営のお手伝いで本社に居るようになってしまったけれど、ご年配のお客様はいまだに『カンナさんは来ないの。会いたい』と言ってくれるものね」

「売るだけではない、信頼関係でしょうか。地方で根付いている企業ならではですね。僕はそれに本当に助けられているんです」

 彼担当のブランド商品が並ぶ棚やハンガーを店長と見て回って、商品の動き具合を確認している。

「ああ、そうそう。本田さんの顧客も多いわよね。マコちゃんにまた会いたいという奥様も多いわね」

 そう言われ、ずうんとしてた眞子の心が軽くなる。

「覚えている? 佐藤さんとか徳山さんとか」

 懐かしくて、眞子も思わず笑顔になってしまう。ご年配のお客様二人組だった。

「もちろんです。お友達同士のお二人で、毎週木曜日に必ず来てくださるんですよね」

「いまもお元気で、相変わらず木曜日にこられるの。時々、本田さんの話になってね。街中のファッションビルに行ってみても、カンナちゃんにもマコちゃんにもなかなか会えないとおっしゃっていたわ」

「そうでしたか……。では、今度、イベントがある時にお手紙をさしあげてみます」

 池田店長も『そうしてあげて。あなたが待っているとわかったら、絶対に行くと思う』と言ってくれた。

 商品の動きとお店の様子に納得した徹也と、また市街の事務所へと戻る。


 地下鉄に乗り込んだ帰り道。一緒につり革を持って車両に揺られながら、徹也が言う。

「やっぱり。本田さんとカンナ副社長はすごいね。異動しても覚えてくれて、お客様から待っていてくれるなんてなかなかないよ」

「そうでしょうか。古郡さんなら、凄腕の店長さんをたくさん見てこられたのでしょう。トップクラスの店長さんは皆さん、副社長のような方々だと思いますけれど」

 売れる、それを維持する。そこには地道な販売営業がある。気持ちがある。眞子はそれを副社長と専務から学んできた。そうでない売り方があるなら教えて欲しい。眞子はこの方法しか知らない。

「まあ。それがマグノリアさんがここで認められている証拠だよな」

 徹也は感嘆の溜め息をいつになく神妙に落として、すこし元気のない顔。眞子は気になって、密かに首を傾げた。

「ああ、そうだ。さっき池田店長と話していた『イベント』なんだけれど。今度はどんなことがいいか、本田さんはもう考えているのかな」

「ええ、まあ。副社長に少しずつ提案しています」

 カンナ副社長から『なにか案があるなら、メーカーにも協力を仰ぐよ』と言われているが、まだぼんやり。それにイベントの恒例といえばメーカー主催の『ファッションショー』だった。  だが近頃の不景気で、モデルを揃えたり、営業スタッフを出張させたり、または会場はこちらの店舗でも音響などのセッティングなどなど、大がかりで華やかだが経費的に倦厭される企画になりつつある。

 その代替え案の切り替えで、篠宮の会社もメーカーもあれこれ試しているところだった。

「なにかあったら、俺も相談に乗るよ」

「そうですね。地味かもしれませんが、ネイルとかどうかなと思っています」

 ネイル? と、徹也が少し驚いた顔をした。ファッションショーに比べれば、店舗に煌びやかさを与えられないからなのだろう。

「ですよね。カンナ副社長も『地味だな~』とぼやいていました。ネイリストをどこから連れてくるのか。顧客がよろこぶのか。ネイリストがカウンターでただ座って待っているだけなのか、などなど。問題点がありまして」

「そうだね。これまでのイベントに比べると……、だいぶ落差があるね」

 大手メーカーにいる徹也も、色ない反応。だが眞子は続ける。

「ですが。派手なネイルでなくても、爪のお手入れだけでも女性は嬉しいと思います。ご年配の方でも、爪の形を整えたり、アロマオイルをつかったハンドマッサージをしてもらったり。ノベルティに爪磨きと爪ヤスリのセットをご来店記念に差し上げても良いと思うんですよ」

 少しだけ、徹也の目の色が変わった気がした。

「ハンドマッサージに、ネイルケアのノベルティね……。それなら年齢問わず女性なら気になりそうだね」

「ですが、カンナ副社長はあまり良い反応ではないですね」

「そっか。わかった」

 彼がにっこりと微笑む。それだけで、眞子は復活してしまう。懐かしい顧客の声と彼の笑顔。それだけで、昨日の寂しい想いがどこかにいってしまうから、自分でもバカだと思いつつも……。




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