・白魔術の効果絶大
それは専務もわかっているようだった。
「眞子さんがいなくなった古郡君は、思った通り。練り直せと怒鳴ったカンナにふたたび提出したディスプレイ案は、ずれたものだった。新人の後藤さんは、古郡君のいいなり。そしてカンナ副社長に怒鳴られたくない古郡君は、シックなクラシカルがだめならカジュアルで行こうと真逆の発想で提案してしまう。カンナも『なんだこれ』と思っただろうね」
「ですけれど。その案を通したではありませんか」
そこに彼女の考えがありそうとわかっていても、眞子はまだそこが不思議。
「示したんだろ。本当にずれたままにディスプレイさせて、ではその商品がいま動くことができないことを感じてもらうと。後藤さんに対してもだよ。季節と北海道の街を歩く人と郊外しか歩かない人の違いもよく考えてディスプレイをする。いまなにが求められているかを考えることに気が付いてほしかったんじゃないかな。まだ素敵に見えれば買ってもらえると後藤さんはお洒落感が優先だと思っているんだろう」
そして。専務が眞子の案がよかったと証明するようにして、ディスプレイの日に乗り込んだ。
メーカーの売れ筋商品と、いまらなこの地方でもこのコートが動くこと。街中を歩く層が、働いている女性が多いことを考えたディスプレイの方が売れるという結果を出してくれた。
「だからカンナも、次の土日には佐伯さんと相談して、ウィンドーのディスプレイを元々使って欲しかった動きがすぐに止まってしまうカシミアのコートに変えたのだろう。イベントも、どこまで二人でできるかぐっと黙って眺めていたんだと思う。でも、もうここが限界。古郡君はいまは手一杯のようだし、後藤さんはまだ使えない。提案者である眞子さんと、いまは上司である俺に任せる判断をしたんだと思う」
もう、力が抜けそうだった。涙が滲んだ。
「じゃあ、私……。副社長から見限られたわけではなかったの……?」
涙で濡れた眞子の目を、専務も慈しむように見つめてくれている。
「突き落としても、きっと見極めてやってくれる。そう信じてくれていたんだよ。それに……。もう手を離しても大丈夫とも思って、俺のところに行くようにさせたんだと思う」
「ずっと、カンナ副社長と仕事して、もっとすごいことできるかもと思っていたのに」
彼女のアシスタントになるには、苦労があった。でもやり甲斐があった。恋は遠のいても、仕事でどんどん生きていける。そう思えるほどの仕事だった。
「シークレットバーゲンを無事に終えたら、カンナのところに返そうと思っている。バイヤーの仕事に戻りたいだろう」
その言葉にも眞子はショックを受け、専務を涙目で見上げてしまう。
「そう思っているんですか」
「眞子さんが望めば、だよ」
ちょっと哀しそうな専務をみて、眞子から彼の胸へと抱きついた。
「望んでいないに決まっているじゃないですか。改装後のお仕事も手伝わせてください!」
「それは。俺と恋仲になったから、離れたくないという意味?」
こんな時に、専務はおおらかさを消して、仕事の目になる。
「眞子のやりたいことを、慎之介としてサポートすることは、これからもずっとできるだろ。上司でなくても専務でなくても」
それは、帰る場所がおなじだから、仕事もおなじ場所ではなくてもいい。眞子にやりたいことがあるなら、どんなにでも男としてサポートしてくれるという頼もしい誓いだった。
「もちろん。これからだって、私にどんなお仕事があるかわかりません。でも、専務と一緒に考えた仕事だけでも全うさせてください」
せめて。牡丹雪がしんしんと降り積もるあの哀しい夜。専務と一緒に、それでもなんとかしようと頑張ろうとした一夜。それはアシスタントの本田として貫きたいことだった。
「ありがとう。それを一緒にしてから今後を考えよう。急にイベントの担当になってしまったから、忙しくなるけれど大丈夫だよな」
「大丈夫です。絶対に成功させてみせます」
「うん。成功させよう。それに、俺の部屋に一緒に帰れば、そこでいくらでも一緒にくつろげるしね」
「ほんとに、いつまでもいていいんですか。新年の繁忙期が終わるまでは甘えさせて頂こうと思っていたんですけれど」
すると専務がとても驚きおののき、とんでもなく泣きそうな顔で後ずさった。
「まさか! もう俺と一緒にいるのは息が詰まるとか! ひ、ひとりになりたくなったとか!!」
途端に、おぼっちゃまな専務になって慌てふためいているので、眞子は苦笑い。
「専務がひとりになりたいかもと思って……」
「よーし、わかった! 俺の衣装部屋を眞子さんの部屋にする!」
ええ! また唐突にちゃっかり思い通りになると信じているおぼっちゃまになってる!?
「で、でも。あのお部屋は専務の……」
「引っ越しておいで、一緒に住もう!!」
ええー?? なに言い出すのよ~。眞子はくらくらしてきた。
でも。それもいいかな? だってあのお部屋、過ごしやすいし……。それに……。眞子はおぼっちゃまな顔になっている彼を見上げた。
「いいんですか。……ずっと一緒にいられるのは、嬉しいから」
眞子さん!! またすぐに、がばっと抱きついてくる。
もうセクハラでもなんでもないから、専務はにこにこ抱きしめたまま離してくれなかった。
眞子は思い返す。副社長のアシスタントを外された時は、こんな最悪なことあるかと嘆いたけれど。
あの時に絡まって動けなくなっていたなにもかもが、紐とけて。いつのまにかこんな素敵な日を手に入れている。
これって魔女の白魔術だったんじゃないのかな。
そう思えて。




