・魔女に睨まれる
新年から月半ばまではとんでもない数の接客をする。
丸島屋のテナントショップで、眞子は初売りとバーゲンセール開始のサポートに回っていた。
もうショップスタッフの誰もが、休憩にも入れないほど、ひっきりなしにお客様が入ってくる。
バーゲンが開始されると、とてつもない洋服の山ができあがる。たたんでもたたんでも、この服はどんな服かとすぐにお客様がひろげてしまう。そのままにしていると、それが山積みになっている。
眞子はスタッフの手が足りない時だけ接客をするが、売り上げはそのあと交代してくれたスタッフのものになる。あとはストック補充や洋服をたたむなどのサポート。それでもデパートが閉店すると、ショップスタッフが『本田さんが来てくれて助かりました』とぐったりしつつも感謝してくれる。
サポートで忙殺されるいちばんの時期を終え、眞子は事務所に戻る。
在庫管理室にしている応接室に入ると、戦闘モードでスーツ姿になっている専務も長机につっぷしてげっそりした顔。
「ただいま、戻りました」
「お、おかえりー。俺もさっき、本店から戻ったところ」
初売り二日から、専務はずうっとスーツ姿のまま。本店のマグノリア館に、大口顧客様が次々と来店され、カンナ副社長と一緒に接客漬けの数日だった。
「やっと明日から、私達のここの仕事再開ですね」
「うん。こっちもシークレットバーゲンに向けてスケジュールを詰めていかないと」
専務と一緒に仕事をするようになると、シークレットバーゲンへの準備も、在庫管理も、そして改装に向けての計画も――とあれこれ仕事が増えた。
ほんとうに、もう。カンナ副社長と仕事をすることはなくなりそう。もうしばらくはは専務との仕事から抜けられそうになかった。
「さあ、今日はもう帰ろう」
「そうですね」
ふたりでにっこり微笑みあう。何故なら、帰るところが一緒だから。
まず眞子が先に帰宅し、少し時間を置いてから専務が帰ってくる。というようにして、人目に付かないよういまは気を配っている。
今年のこの忙しい合間も、専務の部屋でふたり一緒に気ままにすごすだけで、とても癒されていたから、あっという間に乗り越えられた気もする。
それは専務も同じようで『今年は眞子さんがいるから、心がほぐれるよ』と抱きしめてくれることが幾度も。
一緒に映画をみて、飲んだこともないお酒を教えてもらって――。専務お気に入りのベーカリーから買ってきてくれたパンを焼いて、一緒にモーニング。専務はエスプレッソで、眞子は紅茶。独り暮らしが長かった専務は、なんでも手際が良くて、ほんとうに心地が良かった。そして、専務が揃えてくれた服を着て、出勤をする。最後は『じゃあいまから、専務だよ』と彼が玄関先でキスをして先に見送ってくれる。
街はキラキラと凍った小雪が舞う氷点下の日々なのに。眞子は雪道を歩いても、ふわふわぽかぽか。頬を染めて、堪えられない微笑みを浮かべる毎朝。
専務って――。自宅にいる時の方が、断然、色っぽい大人のお兄さん。
でも、やっぱり時々、眞子の気遣いにちゃっかりのっかってくるかわいいおぼっちゃま。
だんだんと、プライベートでもふたりそろって大きな声で笑いあうことも増えてきた。
「今夜は私が晩ご飯準備しておきますね。えっと、豚汁でいいですよね」
「お、いよいよ。眞子さんの得意料理の豚汁か! おじさんくさいけど、今夜は熱燗頼みますー」
ほら。ちゃっかりかわいい笑顔で、子供みたいに眞子を拝む専務。もう眞子もそんな彼が愛おしい。
では、お先に。
眞子から応接室を出た。まだ事務室では事務スタッフがあれこれ雑務をこなしている。
「はあ!? ノベルティの発注ができていないだって!?」
帰ろうとすると、カンナ副社長のそんな声が聞こえてきた。眞子はふっと立ち止まる。
開いているドアから覗くと、カンナ副社長のデスクの前で麗奈が『申し訳ありません』と頭を下げているところだった。
「私に報告もしてくれただろ! 印刷所への発注も完了、ノベルティの発注も完了と。スケジュールどおりにこなしていたじゃないか!」
「それが、ノベルティについては、ふ、古郡さんが担当してくださって――」
DMは麗奈、小川店長に依頼するはずのノベルティは徹也と担当わけをして進行していたよう。でもそれが麗奈は手配できていて、横浜にいる徹也はそれができていなかったということらしい。
でも。まだイベントまで一ヶ月半はある。まだなんとかなるのでは、眞子ならそう思える。
そんなことを考えていたら、事務所端の出口にいるのに、ずっと向こうにいるカンナ副社長とばっちり目が合ってしまった。彼女が立ち上がり、眞子へと向いている。眞子は久しぶりに、あの白銀の魔女的視線に囚われ、ヒヤッとした汗を感じた。
「眞子、こっちにおいで!」
ええ、どうして!? もうなんか逃げたい気分だった。そっちに巻き込まれたくないという気分!
「ぐずぐずしていないで、おいで!!」
銀色の女王さまに吼えられ、眞子はさっと事務室に入ってしまう。急いで、副社長デスク前へと辿り着く。青ざめている麗奈の隣に並ばされる。
「慎之介もまだいるよね」
「はい。応接室で雑務をしておりましたけれど」
デスクの内線受話器を手にした副社長が、応接室の内線番号を押した。
「慎之介、こっちにおいで。眞子も呼んでるから」
いつかのように。専務もと副社長の前に呼ばれる。
専務もジャケットを脱いだネクタイシャツ姿で、事務所にやってきた。
「どうかされましたか。副社長」
眞子の隣に、エキゾチックな香りの専務が並んだ。彼も何事かという、でも嫌な予感を持っている顔をしている。
唐突に、カンナ副社長が告げる。
「いまから、イベントの担当を専務と眞子に引き継ぐ。やってくれるね」
ええ!? 眞子は絶句する。専務も『はあ!?』と仰天してる。




