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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【10】 ホーリー モーニング
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・きらっと再生

 

 あったかい。真っ白。

 窓辺の下に、ふわふわの雪が積もっている。ガラスの向こうはまだ雪が舞っていて……。ほのかな紺色の空と雪。

 私のカラダもふわふわあったかい……。

 起きなくちゃ。でも、気持ちよくてまだ眠っていたい。専務も許してくれるよね、昨夜、出来上がるまで頑張って――。


 専務と頑張って――!?

 ハッと眞子は目を開ける。

 ここどこ!? 私のベッドの匂いじゃない!


 埃っぽい匂い! ガバッと起きあがると、目の前はビルの窓。向こうはまだ暗がりの中、白く染まるビル街。そして眞子の身体の上にはふわっとしたブランケットがかけられていた。


 見下ろすと昨日のセーターにスカートのまま。でも靴がない。脱いだ状態。そしてソファーに座っていた。

 応接室の古いソファー、そこで眞子は眠ってしまったようだった。

 灯りはついたままで。そしてキーボードをパチパチ打つ音が聞こえ、ついたての向こうに、青いシャツ姿の専務の背中が見えた。

「あ、起きた?」

 すっかり不精ヒゲの顔になってしまった専務が振り返る。しかも、もう既にあのおじいちゃん眼鏡の顔になっていた。

「私、眠っちゃったんですか」

「うん、コーヒーを飲むとそこで休憩した時に、うとうとしていたみたいだから。そのまま寝かせたんだ。勝手に靴を脱がせてごめんね」

 おおらかなお兄さんの顔で彼が謝ってくれる。

 眠っている眞子を起こさないように、そうっとそうっと靴を脱がせてくれた優しいお兄さんの姿が浮かんでしまった。

「すみません。お手伝いの途中で、私だけ眠っちゃって」

「謝るのは俺の方。帰宅もさせなかったね」

「いいんです。独り暮らしですから」

「地下鉄が動き出したら帰っていいよ。着替えておいで」

 それでも眞子は首を振る。

「だめです。専務、提案はまとまったのですか」

「ああ、うん。これ」

 その専務の提案がまとまるのを待っていたから、眠ってしまった。

 靴をはき直し、眞子はソファーから立ち上がり、専務のそばに行く。

「清書、していたんだ。これでどうかな」

 眠ってしまったので、眞子がやるはずだった清書を専務がやろうとしていた。

「もう、だめです! 私がやりますから! 専務こそ着替えてきてくださいよ」

「なんでだよっ。俺のせいで眞子さんが徹夜しちゃったんだから、放って帰れるわけないだろっ」

「でも、清書なら私の方が早いですから。ああ、もうこんな時間。貸してください!」

 ひと眠りして頭がスッキリしている分、眞子も冴えていた。専務からノートパソコンを奪い取り、専務の椅子に座って眞子は打ち始める。

「私なら大丈夫です。そこのコンビニで身支度するものを揃えますから。……今度は専務が仮眠してください」

 なんだかすごい気迫が漲っているのが自分でもわかった。

 とにかくもう! いま目の前にあるなにもかもふっとばしてやる! いまの私にはそれしかない!!

 なんだか昨日喰らった気持ちを打ち消すようにして。眞子は突き進む!

 そんな眞子の気圧されたのか、専務も言うとおりにして仮眠のためにソファーへと退いてくれた。

「じゃあ、少しだけ眠るよ。出来上がったら起こしてくれ」

「大丈夫です。おやすみなさい、専務」

「おやすみ……」

 力尽きたのか。専務は横になると直ぐに寝息をたてた。夕方からの落胆も酔ったのも、そして気持ちを奮い立たせたのも。専務にとっては心も忙しい一夜だったに違いない。力尽きて当然だった。


 フルパワー全開! もう私は仕事するんだから。専務を完璧にバックアップするんだから。

 篠宮社長もカンナ副社長にも、あんな場所だなんて思わせない!

 それが専務付きアシスタントになった眞子の役目、やり甲斐。いま出来ること……。ちょっと泣きそうだけれど。



 ―◆・◆・◆・◆・◆―



「あーん、出来たーー」

 専務のパソコンでの清書を終え、データーバックアップを取り、最後はプリントアウト。書類としてまとめて完了!

 すっかり窓辺は明るくなり、あと一時間で始業時間になる。間に合った!

 眞子の声で目が覚めたのか、ソファーで仮眠を取っていた専務がむっくりと起きた。

「眞子さん、出来たんだ」

「出来上がりましたよ。では、ここに置いておきますから、チェックしてくださいね。私、コンビニに行って来ます!! あ、専務の朝ご飯も買ってきますね!」

 『あ、眞子さん』。専務が呼び止めたようだけれど、眞子はコンビニまでダッシュ。

 コンビニにあるお泊まり用の基礎化粧品セットとメイクセットを買って、朝ご飯……。あ、専務は洋食? 和食? 聞くの忘れちゃった。まあ、いいわね。どちらも買っていけばいいんだもの。専務が選んだ方を食べてもらって、私はそうじゃないほう……。

 腕時計を見て眞子は急ぐ。買い物を終え、事務所ビルへと戻った。

「ただいま帰りました」

「おかえり」

 ついたての向こう。窓から冬の淡い光が柔らかく入ってくる中、すでに専務は新しいシャツとスラックスに着替え、キリッとしたモデル男に戻っていた。

「眞子さん、ちょっとこっちに来てくれるかな」

「は、はい……」

 ソファーがあるところへと専務が来るようにと、眞子に微笑んでいる。

 専務は顔も洗って、ひと晩で黒くなっていた不精ヒゲもきちんと剃ったあとで、いつも爽やかに営業にでかけていくお仕事専務に整えていた。

 眞子はそんな専務を見上げてホッとする。もう大丈夫そう。昨日の最悪の結果も乗り越えて、専務もまた新しいチャレンジへ立ち向かう決意をすることが出来たのだと安心する。

 でも……と。逆に眞子は自分の皺になって汚れもついたジャケットとスカート、そして汗くさくなったセーターを見下ろしてしまう。

 きらっと男前になった専務と並ぶと、とってもみすぼらしい気がしてきた。

「だから。着替えておいでと言っているのに」

 一度帰って着替えてくるべき。その許可もしてくれているのに。でも眞子は首を振る。

「今日は、その提案書を専務と一緒に社長に提出したいです」

 この前は、専務と父親の篠宮社長の父子で対面して欲しい乗り越えて欲しいと眞子は遠慮したが、専務が一緒に来て欲しいと切望したので一緒にさせてもらった。

 でも今回は眞子がそうしたい。あんなに崩れて帰ってきた専務を、そっとそばで、なにかあれば擁護したい。少しの力しかなくても。そんな気持ちが今日はある。

「じゃあ、眞子さんが帰ってくるまで待っているから。それから一緒に出そう」

「だめです! 朝一に提出しなくてはだめです! 昨夜、帰ってきてからすぐに考えた。そう社長に感じていただくべきです!」

 朝会が終われば、専務の場所取りが失敗したことで、社長室では専務に対しての批評が行われることだろう。それが終わった後に、考えましたと提出するのは遅い。その社長室に呼ばれたその時に提出しなくては。

 しかし。眞子は我に返る。そうか。こんなみすぼらしい姿では、昨日とおなじ服装では余計なことを社長に思われてしまうかもしれない。

「わかりました。私は一度帰ります。でも、専務……。それは朝会が終わったらすぐに、いいえ朝会の前にでもすぐに提出してください」

 一緒に提出することを眞子は諦めた。

「眞子さん……」

 専務に呼ばれ、眞子は凛々しくなった彼を見上げる。


 こうして見つめると、モデル美女だったお母様譲りの美麗なお顔。すらりとした身長で、長い手に長い足、ほっそりしたウエスト。パリッとした白いシャツに今日は銀色のネクタイ。そしてあのエキゾチックな柑橘の大人っぽい香り。素敵な男性だった。

 いままで遠くにいる年上の大人おじさんだったから、ある意味『鑑賞的』だった男性なのに。いまは、『眞子さん』と優しい微笑みで目の前にいる『実体』の男性。

 その専務がじっと眞子をみつめて微笑んだまま。


「眞子さんはそう言うと思ったよ。でも……。本当は俺も、眞子さんと一緒に親父に提出したい」

「ですが。よく考えたら、昨日とおなじ服装で、ジャケットも汚れています……。髪の毛も油っぽくてバサバサですし……」

「でも、かわいいよ」

 え!? ギョッとして眞子は目を丸くする。え? 初めて言われた!?

 でも専務はにこにこ。いつも人を魅了するモデル男の微笑みを見て、眞子は苦笑いをする。ああ、いつもの営業トーク的な、女の子を安心させるための優しさかなと。

「しかたがない……。諦めよう」


 ん? 諦めるってなに?




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