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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【1】 いい歳して片想い、自己満足。
3/54

・恋をしても遠い人


 ついにその時がやってくる。

 眞子が勤める会社の事務所に彼が空港から到着した。

 「おはようございます。本日もお世話になります」

 その人は、業界の男性らしくいつもスタイリッシュなスーツを素敵に着こなして、すらりと背も高く、目鼻立ちはっきりしているけど、爽やかな顔立ちだから、年上の女性からも好感度抜群。大手メーカー【横浜シルビア】の営業マン。

 眞子が勤める地元アパレル会社が仕入れているブランドの担当者、古郡徹也ふるごおりてつや。四つ年上の男性。ひと月かふた月に一度、様子伺いに札幌までやってくる。

「本田さん。秋物の動きどう」

「朝と晩は肌寒くなってきましたからね。一気に動きましたよ」

 眞子のデスクで、売り上げデーターの移行を険しい眼差しで眺めている。座っている眞子の隣に椅子を持ってきて、肩を並べて眺めている。

「さすが、本田さん。仕入れたヤツ、完売になっているじゃないか」

「おかげさまで。古郡さんのアドバイスのおかげです」

「そうかな。本田さんが迷っていたから、これまでの仕入れ傾向から間違いないと思っただけだよ、俺も。札幌だからこそ動く商品だよね」

「本州はまだ残暑が厳しいでしょうけれど、北国は気温差が激しいので。カーディガンでは薄い、ジャケットではまだ重い。カットソーのテーラードジャケットは重宝すると思ったんです。柔らかい素材だからカーディガン感覚で羽織れるし、この季節にはピッタリでした」

「うん。大当たりだったね~。年齢層問わず、各ショップでもイチオシ商品で初動もよかったみたいで。さすが」

 彼が軽く眞子の肩を叩いた。それだけでドキリとする。しかも、見上げると彼の頬がすぐそこ……。その気になれば、自分からキスができちゃいそう……。

 そんな彼が急に眞子へと顔を向けたので、もっとドッキリとしてしまう。

 その素敵な顔で、大人の声で、彼が微笑み眞子に言う。

「今夜も是非、一緒に食事を。完売祝いでおごるよ」

「は、はい」

 さらっと言うと、颯爽と彼は立ち上がり、ネクタイを翻し去っていく。

 彼が行ってしまったからいいけれど、もう眞子の頬は燃えるように熱い、耳も熱い。顔も真っ赤になっていると思う……。

「カンナ副社長。今回も売り上げ上々ですね。ありがとうございます!」

 副社長が事務所入りしたようで、彼がすっとんでいった。


 篠宮カンナ副社長。

 先代のお嬢様で、兄が社長を引き継ぎ経営を、娘は副社長を務め、現場を仕切っていた。

 お嬢様育ちらしい気性の荒さはあるものの、先代が持っていた血筋はしっかり受け継いだやり手。お嬢様だけれど、実際はもう初老にさしかかった白髪の女性。

 なのに毎日の着こなしコーディネートは素晴らしい。若く見えるとかではなく、その年齢相応の自分らしさをしなやかに魅力的にみせる。圧倒的な存在感とシビアな思考を畏れ、彼女を知っている人々は『白髪の魔女』と言いたいところを『白雪女史』と呼ぶ。

「ああ、古郡クン、来ていたんだ。うんうん、眞子が仕入れたジャケット、いい線行っていただろ。冬物も頼むよ」

 サバサバとした男っぽい口調で、あの存在感。あの徹也が非常に気遣ってこれでもかというぐらいのレディファーストを見せる。それほど、副社長の権威は地方経営者であっても強い。

 それは彼女がいままで、全国レベルの売り上げを叩き出してきたから。篠宮カンナの店なら売れる。売れるバイヤーに、メーカーは腰を低くして商品を仕入れてもらうのだから。

 それに憧れの男が、カンナ副社長ほどの女性に接する紳士な姿は、やっぱり素敵。眞子は自分にもと憧れもするが、カンナ副社長と素敵な彼のツーショットは海外映画の世界にも見えて、ぼうっとしてしまう。そんな華がある者同士の美麗な空気にまた憧れる。

 それに比べて自分……。バイヤーとしてそつないビジネス的ファッションを心がけているが、女性としての甘い雰囲気など皆無で、かといってあのような華やかさもナシ。完全に人種が違う。

 憧れの彼とは仕事上で長い付き合いだが、彼が眞子を女としてみるような素振りなど一度もなかった。

「眞子。古郡クンのこと、頼んだよ。私、いまから本店に行って来る。旭川から衣川さんが来るらしいんだ。きっちりセレクトして売らないとね。それからその後は、大通りデパートのプレタポルテ部長と約束しているから今夜は欠席。わるいね、古郡クン」

 道内地方の大得意様、滅多に都市部まではやってこないので、この来店に合わせて副社長自ら売り上げるつもりのようだった。

 彼がカンナ副社長のところから、眞子のところへ戻ってきた。

「相変わらず忙しいお方のようで。だったら、今日の食事は二人きりだね」

 彼の『おごる』は、メーカー側からの慰労みたいなもの。眞子だけが誘われた訳ではない。彼との食事はカンナ副社長が主役で、眞子はお供でついていく。

 だけれどたまに忙しいカンナ副社長が抜けることがある。そんな時はよく二人きりになった。

 その時間がどれだけ眞子にとって、様々なことから慰めてくれたか。


 素敵な彼と二人きりの時間。

 たとえ仕事の関係であっても。

 彼が眞子を大事にしてくれるのは、売り上げという結果を出しているだけのこと。と、判っていても。それでも。眞子にとっては最上の極上の、ドキドキする素敵な時間。


 それが今夜、やってくる。

 もう一日中、舞い上がってしまう。ドキドキして、メイクを確認して、どんな仕事も今日は楽しい。


 市内では名が知れている地元経営のアパレル会社『マグノリア』。

 市内郊外に数店舗持つ、一族経営の会社。都市中心部に鎮座する本店は今風に言うと『セレクトショップ』。

 郊外の高級住宅地周辺に年齢層に合わせた小さなブティックもあれば、中心街にファッション第一線の本店『マグノリア館』というファッションビルも構えている。これぞというブランドを何十年も独占仕入れしていることで、デパートにはテナントとして入っていたりもする。

 彼の担当ブランドは、そのセレクトショップにも、デパートにも展開させている、『市内では独占仕入れ』をしているブランドだった。


 先代から実績を積み上げてきたこの会社だから、ブランド側が認めてくれた仕入れができる。長年続く老舗ブランドをいち早く道内に仕入れたのがこの会社だったこともあり、このブランドを買うなら『マグノリア』と言われるほど、その実績がこの街で幅を利かせているところがある。


 そんな華々しい会社に何故、眞子が入社したのか。

 眞子のような地味な女が出入りするような会社ではない。眞子自身もアパレルなんて性分ではない。服装なんて、それなりに浮いていない程度に選んで、それなりの金額のもので充分だと思っていた。

 元々、事務職を希望。場違いと思いながらも、『事務員募集』のひとつで飛び込んだ。この就職難、○○系の会社がいいだなんて言ってられなかったから。

 無事に入社することができて、しばらくは希望通りに事務職をしていた。だけれど、ちょっとしたことがあり販売の応援にまわされた時から、思惑とは異なることが次々と起きた。


 まず、これは眞子自身も予想外だったのだが、販売がけっこう合っていたようで、売り上げで結果を出してしまった。そこに目をつけたのが先代のお嬢様、現在の副社長。彼女の鶴の一声で、眞子は販売部に異動させられる。

 慣れない店頭販売は、最初は失敗ばかりだった。副社長のお気に入りと囁かれ、先輩に意地悪をされたこともある。デパートのテナントショップから始まり、郊外の奥様ブティックから、最後はついに中心街にある本店のセレクトショップ。顧客がたくさんついた。慣れるまでにどんなに嫌なことがあっても、眞子を支えていたのは、このお客様達。『もう辞める。今日こそ副社長に言う』。そう思うたびに、不思議とこのお客様のダイレクトな声が届いて何度も踏みとどまった。この方達が『眞子ちゃんから買いたい、眞子さんからお手紙が届いたから来てみたの、眞子さんに選んで欲しい』と、何度も救ってくれた。

 販売は合っていた。だけれど、自分ではどうして販売が合っていたのか、この時にはまだ判らなかった。必死になってやっていたらそうなっただけで……。

 しかしそこからまた――。

 『やっぱりね、あんた思った通りだったよ。今度は私のところにおいで』。とうとう副社長の下でアシスタントになる。

 副社長から叩き込まれたのは、仕入れ、つまりバイヤーの道だった。


 彼女が来シーズンを見越してなにを選ぶか。『流行じゃない。顧客がなにを買いたいかでしょ! うちのお客様の顔を思い浮かべて買ったのか、これは!』。来年ぜったい流行るというものを馬鹿みたいに仕入れて、雷を落とされたこともある。

 副社長がなにを買い付けるのか。ブランド側だって、流行を取り入れたものを造りだしているのだから、彼女が買っても流行ものを選んでいるようにしか見えなかった。

 そんな中でも、喜びは、自分が仕入れてきたものを楽しみにして待っていてくれる顧客の声だった。仕入れも販売も一緒――。そう思えた時から、眞子も仕入れをする目線が変わった。


『眞子。やっと気がついたね。販売員のお洒落のセンスがいいから売れる訳じゃないんだよ。顧客をお洒落に出来るから売れるんじゃないんだよ。顧客がこれを着て良かったと思えるものを、あんたはちゃんと選べるの。それだから顧客が信頼してくれて、あんたについてくれたの』


 売れない販売員は流行ばかり追って、おしつけ、どんなにセンスがあっても売れずじまい、センスがあるというプライドが邪魔をして根を上げる。眞子、あんたにはそれがなかったし、なんと言っても『やるからには役に立ちたい精神』が功を奏したんじゃないの。


 白銀の魔女(ホントは白雪女史)とも呼ばれている副社長にそこまで言ってもらえた。それが『損ばかりしている』眞子にとっては唯一の誇り。だから頑張っている。

 そしてなによりも……。

 ずっと片想いだけれど、メーカーの彼の存在。

 彼に頑張ったね。売ってくれてありがとう。と労ってもらえる瞬間があったから……。

辞めたら彼に会えなくなると思ったから。


 ここまで舞い上がって、眞子はここでいつも突き落とされる。

 実は彼には恋人がいる。もう二年ぐらい付き合っていて、彼のメーカーと契約しているモデル会社のモデルさんなんだとか。

 首都都会のモデルだなんて、女としては十人並みの眞子なんて太刀打ちできない。

  だけれど、自分が徹也の恋人になれるだなんて憧れはあれど、自信はなく、本気に思ったことはない。

 ただ彼と一緒にいる時間が、眞子にとっては至極であるだけ。それだけで充分――。


 もうすぐ彼と二人で食事。もうそれだけでいいの。

 仕事の話や、ちょっとした世間話をして、最後にもう一軒。バーで三杯ぐらいカクテルを飲んで更けていく夜をそっと過ごす。

 深まるふたりだけの大人の話(実際は仕事の話題)

 ほんとうに、ほんとうに、それだけで――。




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