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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【7】 きらっと、やってくる
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・ダウンがない


「眞子さーん、頼む。シャツにアイロンかけてくれるかなー」

 ついに、ふたりきりのときは『眞子さん』と呼ばれるようになってしまった。

「もうかけておきました。スーツも一式、クローゼットに揃えてあります」

「おおっ、眞子さん、わかってる!」

 おじいちゃん眼鏡の顔で、いつもどおり愛嬌たっぷりのおぼっちゃん笑顔を満面に見せてくれる。

 近頃はそんな専務を見ると、眞子もついほっこり微笑んでしまう。

「最近、丸島屋さんに行かれないんですね」

「うん……。場所取りの話し合いはだいたい済んだ。親父の時代ならね。接待漬けでなんとかなることもあったんだろうけれど……。ま、いまでもダメモトで行くけどね」

「またお酒のおつきあいがあるのですか」

「一応ね、最後のダメモト戦略。楽しくさせておけば、おつきあいはスムーズにいくからな。それだけでも……」

 ダメモトでお酒のおつきあい。こんなことできるのはきっと専務だからだと思う。彼の父親の篠宮社長はお堅い男性で、そういうおつきあいは皆無と聞いている。カンナ副社長に至っては、はっきりとものを言うので倦厭されがち。ジュニア世代になる専務の方がそこのあたりは柔軟。その性格を見込んで、外付き合いは専務に任せているようだった。

「忘年会などが重なると思いますから、お身体気を付けてくださいね」

「え、心配してくれてんの」

 また屈託のないぼっちゃん笑顔で、専務が素直に喜んだ。

「もちろんですよ。私達の業界、これからが一年でいちばん忙しくなる時期ではないですか」

「うん、ありがと。ああ、そうそう。企画書の清書、頼んでいいかな」

「わかりました。倉庫の在庫撮影から帰ってきたら、しあげますね」

「いよいよ……。明日か……」

 専務の在庫消化のための企画書が仕上がる。それを明日、提出することになっていた。

眞子もドキドキ、緊張している。もし、これで……。シークレットバーゲンも駄目だと篠宮社長に却下されたら。次はどんなことを考えればいいのだろうかと、途方に暮れてしまう。

きっと。この仕事を終えないと、眞子はカンナ副社長の下には戻してもらえないと感じている。そして、眞子自身も。もうこの仕事をやり終えなければ、気が済まなくなっている。その覚悟。

「ふう~、これでだめだった時のことも、そろそろ考えておくかー」

 専務も緊張しているようだった。

「では、撮影に行って来ます。帰りに、大通りショップに取り置きしてくださったコートの支払いに行って引き取りたいのですが、よろしいですか」

「ええ~、まだあのコート取りに行っていないのかよ。あれから一週間も経ってるよ。あのコート、もう四点出ていたから、急いで買った方がいいよ。そのうちに欲しいというお客が現れて、店長から『本田さんの取り置きを、お客様に勧めしちゃってもいいですか』なんて連絡が来るから急いで!」

「はい。では、行って参ります」

 もう雪が降るようになった。倉庫に行く時は、ダウンコートを羽織って眞子は出掛ける。

倉庫にある在庫の写真撮りももう終わる。あと一、二回足を運べば、すべての画像が揃い、仕分けもデーター管理もできやすくなる。

 白い息を吐く倉庫で、二時間ほど。撮影を終え、眞子は大通りのショップへ向かった。



―◆・◆・◆・◆・◆―



 平日でも人々が行き交う北の都市、大通り。テレビ塔を目印に、アパレルショップが並ぶ通りを歩く。

三階建てのマグノリア館、一階フロアはプレタポルテのセレクトショップ、二階はアクセサリーのセレクトショップ、三階は若い女性向けのロープライス設定のセレクトショップだった。なので、一階フロアはこれぞマグノリアのセレクトとして、ラグジュアリーな空気作りを大切にしている。


 そのショップの店頭に辿り着き、眞子はハッとしてウィンドーを見上げた。

「ダウンじゃない……」

 一週間前に、横浜本社の販促ディスプレイチームのリーダー、佐伯氏がコーディネイトしたものがいっさいなくなっていた。その代わりに、眞子がいまから買う、そしてあの日専務がキャリアミセス様に売った黒と白のコートが着せられている。

 ダウンが売れて、売れ筋のこちらに着せ替えたのだろう。


「お疲れ様です。お邪魔いたします」

 ショップにはいると、接客中のスタッフも、レジに控えている店長もにっこりと頭を下げてくれる。

店長は三十代のエレガントな女性、朝比奈店長。彼女が眞子を穏やかに出迎えてくれる。

「いらっしゃい、本田さん。お待ちしておりましたよ」

「一週間も取り置き状態にして申し訳ありませんでした」

「ほんとうよー、何度も、あなたのとりおきのグレーコート、お客様に出したくなったわよ。あれ、やっぱり売れるわね。着ただけで綺麗な雰囲気になるもの」

 こっちにいらっしゃい――と、バックヤードへ案内される。

 そのバックヤードに入るドアの目の前、ショップ奥にあるトルソーにあのダウンコートが羽織らせてある。

「あのダウンコート。売れたわけではなかったのですか」

 眞子が尋ねた途端、朝比奈店長が『ああ、あれね』と致し方ないような緩い微笑みをみせた。

「……お客様いらっしゃるから、こちらで」

 朝比奈店長と一緒に、バックヤードに入った。

 入るとすぐに店長が取り置きしているコートを取りだし、眞子に渡してくれる。

「やっぱりね、こっちのコートの方がいまは動くのよ。専務が着せた入口ドア前のトルソー二体、次の日も売れてね。専務の新しいコーデ一式よ。佐伯さんが手を加えてくれたのもよかったのね、きっと」

「そうでしたか……」

 佐伯氏が『明日も売れる』と言ったのは本当だった。

「それからも華やかなはずのウィンドーのダウンよりも、お客様はこちらのコートを手に取るの。売り上げの品番をそちらの事務所で見ればなにが売れて動いているかわかるでしょう。土日を前にしてカンナ副社長が来てね。ウィンドーのアウターをコートに着せ替えろ――との指示だったのよ。佐伯さんと相談して、ダウンは却下になったってこと」

 その話を聞いて、眞子はびっくりして目を見開いた。

「カンナ副社長がそう言ったのですか?」

「そうよ。うーん、私達も今回の横浜本社のディスプレイ案、おかしいよね――と言っていたの。本田さんだってわかるでしょう。売り場に立っていたら、北海道のいま時期、すぐに動くのはダウンじゃなくて、コートのほうだって。時期を外しているし、ブランド側の売れ筋を外していたし……」

 眞子とおなじ感覚を店長も持っていてくれていた。それをカンナ副社長も気が付いていたはずなのに、どうして――と訝しんでいる。

「うちの子達とも話していたんだけれど。完全に、本田さんをアシスタントから外したからこうなったんだよねって。ねえ、カンナ副社長と本田さん、なにかあったの?」

「いえ……。近頃の私は冴えなくて使えないから、もう使いたくないとカンナ副社長に言われたのです。今回のディスプレイの提案の時も、外した提案をしてしまったので――」

「あら。そうだったの。でもねえ……。本田さんと専務のコーデはすぐに売れたし、息が合う販売アシスタントもすごかったわよ。あれを見て、私達、やっぱり本田さんじゃないとだめなんじゃないのとみんなで思っていたところなのよ。なんか……次回のイベントって後藤さんが担当するんでしょう。不安だわ……。あの子、売り場にいる時からうわっつらだけで、なのにそのうわっつらの上澄みだけをうまくすくいとって成果にして、とっとと販売員から事務所のバイヤースタッフへと行っちゃったからねえ……。芯がないというか……」

 麗奈は確かにそうかもしれない? でもそれはよく言えば要領がいい、大事なポイントを見出して無駄なく立ち回れる――ということにもなる。

「大丈夫ですよ。カンナ副社長が監督しているのですから、間違ったことは起きないでしょう。起きたらそれこそ、お客様に迷惑がかかるということですよ」

 朝比奈店長もそこで我に返ったようだった。

「そうよね。そうだわ。そんなことが起きないようにするのが私達の仕事ですものね。……ごめんなさいね。なんか不安だったのよ。急に担当が変わって、やり方もカラーも変わったから戸惑っただけなの」

 さっきの話は忘れて――と拝まれ、眞子はもちろんですと微笑み返した。

 店長自らのレジ打ちにて、ついに眞子は今年売れ筋で、とっても素敵なコートを手に入れた。

「ねえ、本田さん。このワンピースなんかもどう。あなた清楚だから、たまにはこういう大人シックにチャレンジしても似合うと思うわよ」

 そばのブティックハンガーに展示されていたパールとビジューの刺繍があるワンピースをすすめられる。

「やめてください。もうコートで散財ですよー」

 う、でも素敵。これカンナ副社長の出張お供で、横浜本社の受注展示販売会で一緒に見て『いいね、これ』『素敵、素敵』と即決で注文をしたワンピース。それが商品として目の前にある!

 このコートに確かに合う。これならクリスマスのおよばれも、忘年会も、新年もいける。だが、しょせん眞子は普通の社員。このコート一着がせいいっぱい。

「諦めます……。バーゲンで残っていたら考えます」

「これも売れちゃうと思わない~?」

「思いますよ。だって展示会ですっごく素敵だったから注文したんですから」

 だから諦めます! ようやっと踏ん切りを付けると、からかっていただけの朝比奈店長も楽しそうに笑った。





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