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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【6】 ススメ、損する女
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・もう、泣かせないよ


「え、あの、専務……」

「大丈夫。黙ってみていたらいいよ。古郡君がどうするのか」

「でも古郡さんは、先ほど私に、成功したら……」

「成功したら、これは本田さんの企画だった。いまでもいいアイデアを出す社員さんだから、またアシスタントに戻して欲しいと、カンナにお願いするよ――とでも言われた?」

 見ていたんですか? 盗み聞きしていたんですか? と、詰め寄りたくなるほどに、専務がなにもかも知っている。でもあの時、専務は社長室でミーティング中だったから側にはいなかった。だから余計に眞子は言葉を失う。

「専務? ど、どうして?」

「はあ、もうね、彼が『やりそうなこと』だとわかってんの。彼の仕事ぶりをうちの営業になってから数年、見てきてんの。なのに何年もここの営業に来ているのにわかっていない。そんなことしたって、カンナが『そうだね、じゃあ、眞子をアシスタントに戻すか』なんてなるわけないだろ」

「もちろん、私もそう思いました。ですから古郡さんにはそんなことはやめて頂きたいんです。専務、止めて頂けませんか。それか、副社長にそんなつもりで古郡さんにお願いしていないことを伝えて頂けませんか」

「ふーん。眞子さんは、古郡君が助けてくれるというんだね」

「彼がそう、言ってく……」

 眞子はそこで言葉を止めた。先ほど、徹也が眞子から企画をもらったとばかりに去っていく時の軽やかさ、あの違和感を思い出したのだ。

「俺にこうして報告してくれたからな。もう大丈夫だよ。黙ってみていてごらん」

「でも、副社長が――」

「そんなに、カンナのアシスタントに戻りたい? ……もちろん、いまの仕事がひと段落したら俺もカンナに戻すようお願いするつもりだよ」

「そうじゃないんです……」

「じゃあ、古郡君との仕事に戻りたいんだ?」

 それにも眞子は首を振った。

「違います。もう、古郡さんとのお仕事は終わったのです」

 今度は眞子から専務を見上げる。

「いま、私は専務とこの仕事をしたいんです。私はいま専務の部下です。古郡さんと後藤さんの仕事にはもう関わっていない。もうあの方達の仕事です」


振り返りません。専務との仕事を、副社長の下に戻るまでの一時のものだなんてもう思っていません。


 それだけは……。飲み込まず、眞子は素直に吐露する。

 ここまではっきり言いきってくれるとは思っていなかったのか。専務も眼鏡の奥の目を見開いて黙ってしまった。


「ただ。これ以上、副社長に私の『判断誤り』だと思って欲しくないのです。アロマのハンドマッサージはお客様に楽しんで頂きたいので、いつか提案したいと思っていたのは確かです。このまますすめて、マグノリアのイベントにしてください。でもそれを副社長の指示を覆すためのものに使って欲しくないだけです」

 お願いします。専務に向かって眞子は深々と頭を下げた。

 頭を下げている間、専務の声がずっと聞こえない。なにか考え込んでいるようで……。

 しばらくしてようやっと、溜め息だけが聞こえた。

「眞子さんの気持ち、わかったよ」

 デスクに座ったまま、眞子の話を聞いてくれていた専務がそこで立ち上がった。

 それまで彼を真ん前に見て話していたのに。長身の専務だから立ってしまうと、眞子の目線は上に連れて行かれる。

 専務も眞子を分厚いレンズ眼鏡で見下ろしている。

「この前は突然で、どうしていいか助けてあげられず泣かせっぱなしだった。でも、今度は泣かせない」

 眞子はドキリとする。専務の顔、目を見ているけれど……。その眼差しがどこかいつもと違うようで。上司の目? 違う目? 男っぽい……。

 そのまま専務の大きな手が、眞子の頭のてっぺん、黒髪の上に置かれた。

「大事な、俺のアシスタントだ。泣かせないから、いまは黙って見ていてほしい。いいかな」

 ドキドキしたまま、眞子は『はい』と頷いていた。鼓動が早くなっていて、発する声が震えそうなのを必死に抑えて――。今日も専務から、あのエキゾチックな柑橘の香り……。

「だから、安心してほしい」

「わかりました。しばらくじっと眺めています」

 うん、そうしてくれ。と専務がにこっと微笑んだ。いつもの調子の良いラブリーなものではなくて……。今日は頼もしい上司の笑顔。

「でも、俺。カンナがなにを考えているのかだいたいわかってきたんだよねえ」

 え、それってどんなことですか――と聞き返したら、『まだわからないから、内緒』とまたはぐらかされてしまう。

「俺達は俺達の仕事をこなすことだけを考えよう」

「わかりました。では、今日も倉庫に撮影に行って来ます。あと少しですから」

「うん。冷え込んできたから暖かくしていくように」

 ドキドキしたままだが、眞子はなんとか仕事の気持ちに戻ろうと、デスク代わりの長机の上に積んでいる写真束を整理しようとする。

 専務ももとの椅子に座り直し、画像整理をしているパソコンモニターへと視線を固定する。

 カメラを持って眞子が出掛ける準備をしていると、もう仕事に集中したと思っていた専務が、なんだかニンマリしていた。

「どうかされましたか、専務」

「いやいや。ほんと、これからどうなるか楽しみになってきたなあって」

 まだよくわからなくて、眞子は首を傾げるだけ。

「まあ、黙ってみていてごらん。眞子さんもだんだんわかってくると思うよ。黙ってみている、がコツかな」

「なんですか。そのコツ……」

 よくわからないんですけれど? と再度、眞子は首を傾げた。

 黙っていて、なにかわかるの? まだ胸騒ぎはやまない。ほんとうにカンナ副社長の真意はなんだったのだろう? 眞子にはまだ見えない。


 麗奈が眞子に告げたとおり。この日のうちに徹也と麗奈は、次回イベント案として『アロマハンドマッサージ』を提案し、カンナ副社長も了承したと聞かされた。

 でも、眞子は専務と約束したとおりに、素知らぬ顔をやりとおす。

 徹也も横浜本社に帰り、麗奈は忙しい忙しいとイベントの準備に取りかかるようになった。

イベントは春物が揃う頃、二月末に、大通りのマグノリア館の横浜のブランドを置いている一階フロアで開催される予定。




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