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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【5】 専務さん、(スーツで)戦闘モード
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・専務さん式リベンジ!(2)


「お色はいかがいたしますか。黒と白、あとチャコールグレーがあります」

「ひとまず黒を着てみようかしら」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 いま着せたばかりのコートを脱がせ、専務はそれを腕にかけ、お客様をショップ奥の鏡の前へと連れて行く。


 眞子はそこから離れたところに控える。専務でなくてもそう、これがカンナ副社長がお馴染みの顧客と接客するときもこのようにしてきた。遠くから眺めて、接客の空気を壊さない。でも上司がなにをして欲しいかを読みとれるまで待つ。

 

わあ、ほんとうにこれ、軽いわ。それに、私みたいなミセスでもすっごいラインが綺麗ね。

ありがとうございます。シンプルなデザインですが、素材とラインで着こなしコーディネイトもしやすいものになっております。

さっき、人形が着ていたブラウスも試着してもいいかしら。

もちろんです。どうぞ。

 

 その会話の流れを聞き、眞子はすぐに専務が着せたばかりのブラウスを脱がせる。それと一緒に頼まれていないが、黒いワイドパンツも急いで脱がせる。そのまま専務のところへと持っていく。

専務は眞子の顔を見ようとはしないが、当たり前のようにして眞子がもってきたブラウスを奪うように取りさっていく。販売に集中しているのがわかるから、眞子はさらにさっと退いた。

「こちら、どうぞ。よろしかったらパンツも合わせてみませんか。着るだけでも着てみてください」

「じゃあ、せっかくだから」

 キャリアミセスの女性がフィッティングルームに入っていく。

 その隙を専務は逃さない。

「今日、入荷した商品の中に、ショート丈のセーターがあるはずだから、無地のケーブル編みがあるセーターを黒とカーキー、あとボーダーのセーターと、裾がレエスになっている黒セーター。カーディガンを雰囲気違いで三点、持ってきてくれ」

「わかりました」

 専務が言い並べたものは、今年のデザインのものばかり。色もキャリアミセス様の雰囲気に合っている。あと、キャリアミセス様の雰囲気からは選びそうにもないけれど、ちょっと気分を変えて着てみたらきっと似合いそうというものまで、専務はすぐさまピックアップしてしまう。しかも、入荷した商品にどんなものがあって、どんなデザインのものが届いているのか、専務が箱を開けたわけではないのに、既に頭にすべて叩き込まれている。


 すごい、やっぱり専務はすごい! 売り上げを叩き出す専務の売る姿を目の当たりにして、眞子の心がなにかが起きそうと興奮している!

 バックヤードにはいって、眞子は急いで専務希望の商品を探す。

 検品を終えてブティックハンガーに並べられているたくさんのトップスを、かぶっている袋の音をがさがさと立てながら手早く探す。

「あった。ケーブル編みのショートセーター」

 次々に見つかる。そしてカーディガンの商品指定はなかったが、きっとこれだろうと思うものを三点、眞子の感覚で選ぶ。

「これと、これ。あと今年風の……これで、三点」

 がさがさと探していると。

「本田さん」

 バックヤードに徹也が現れた。

「手伝おうか」

「いいえ。もうすべて揃いました」

 お客様がフィッティングから出てくるまでになんとか――と、眞子は急ぐ。

「あのお客様、コートを着ていたみたいだけれど」

「そうですね。ちょうどコートを探されていたみたいです。今日、雪も降りましたから、これからこの時間帯を歩くには防寒できるものを羽織りたいですしね」

「本田さん、そう言っていたよね……。街中に勤めている人は暖房が効いている地下街を歩くから、厚着はしないと――。どうもそのとおりのようだな」

 徹也の顔が一瞬、ものすごく憎々しいものを思い出しているかのように変貌した?

 いままで見たことがない表情だったので、眞子は急いでいた勢いを緩めてしまう。だけれど直ぐに我に返る。

「失礼いたします。急いでいますので」

 袋に入ったままの状態で、眞子は商品をいっぱい抱えてショップフロアへ戻ろうとする。

 ショップフロアに戻ると、専務がトルソーに着せたコーデのお洋服一式に着替えられたキャリアミセス様がもう外に出てきていた。

 その女性に、専務が眞子にもしたように、彼女の後ろに回って、優雅な王子様のような品の良い仕草でコートをそっと羽織らせたところ。


 あんなモデルのように決めた優雅な専務に、あんなふうにしてもらって嬉しくない女性がいるのだろうか。ぜったいにどの女性もお姫様気分、女王様気分になれる。

 しかも目利きのファッションアドバイザー。望んでいるものも、望んでいなくても予想外のものも期待以上に選んでくれる。コーデの魔法をかける男。


 キャリアミセス様も、うっとりしているし、専務がきらきらとした瞳で話しかける言葉にはすべて笑顔で頷いている。

専務がトルソーに着せたコーデ一式、気に入ったようだった。


「こちらもいかがですか」

 そこからも専務は勢いを緩めない。これからコーデの猛攻撃が始まるのだ。

 眞子がバックヤードから持ってきたものを、次々と接客用のガラステーブルに綺麗に見えるよう広げ、どんどんキャリアミセス様をその気にさせていく。

 閉店、五分前。ついに専務がミセス様に売り切った。

「もう、よかったわ。いっぺんに揃って。急に雪が降ったでしょう。しかも忙しくてなかなかじっくり選べなくて億劫になっちゃって……。なんか今日はどんどん選べてよかったー」

 レジにこんもりと積まれたセーターにブラウスにカーディガン、そしてパンツ二点。そしてカシミアのコート。その精算を眞子も手伝う。

「いまちょうど入荷したところでたくさん揃っていましたからね。私もおすすめしやすかったです。お勤め先でもこれから冬のイベントが多いでしょうから、いろいろ組み合わせて着てみてください」

 専務との会話も快調で、ミセス様はずっと楽しそうだった。

「たくさんのお買いあげ有り難うございます。では、本日はお持ち帰りが大変でしょうから、ご自宅へ発送させて頂きますね」

「うん、ありがとう。でも、そこでひと目ぼれしちゃったコートとパンツとブラウス、それからオレンジのミニバッグはすぐに着たいから持って帰るわね」

「かしこまりました。お包みいたします」

 閉店前。トルソーに着せたコーデを一発で惚れさせ、それをキッカケに、女性が心の底で気にしていることをカバーするような商品を次々とすすめ、その総額『20万円』!

 専務の横で、だまってタグを揃えていた眞子はその素晴らしさに震えていた。

 このショップに配属されているスタッフも店長も、専務がやりだすと必ずこうなるので、遠巻きにしつつも『やっぱり専務!』と惚れ惚れしているのがわかる。

 そして。ショップの片隅。ウィンドーの前でできあがるまで待機していた麗奈と徹也は茫然としている。


 ミセス様が小雪がちらつく路地へとショップを出て行く。


「ありがとうございました!」

「お気を付けてお帰りくださいませ」


 専務と並んでお辞儀をして見送る。


「またくるわー。たのしかった!」

 キャリアミセス様の笑顔もきらきらだった。

 小雪がちらつく中、見送る夜の路地で、専務がそっと呟く。

「ほら。北国の身近なオフィススタイル。すぐに売れた」

 専務を見上げると、眼鏡のむこうの瞳が暗がりでもきらっとしていて、もう仕事の顔じゃない。

「専務、お疲れ様でした。素晴らしかったです」

「本田さんのアシストが完璧でもあったからだよ。ほんとうに、こっちの意図を汲んでアシストしてくれる。売っていて思いっきり行けた。お疲れ様」

 ふたりで売ったんだ――と、専務が微笑んでくれる。

 そして。眞子の『北国の身近なオフィススタイル』という、本来提案したかったコンセプトがどう見せられるのか。それも専務がそっと証明してくれたことに。

「せっかく着せたけれど、売れてしまったから、また着せ直そう。黒コートのサイズ違いを出してきてくれるかな」

「はい、専務」

 小雪がちらつく路地から、明るい光がこぼれる店内へと専務が戻っていく。

 紺のジャケット、すらりとした長身の後ろ姿――。ちゃっかりした愛嬌で得しているおぼっちゃま。でも、父親譲りのクールな面差しになると専務はとてつもない力を発揮する。

 その力が今日……、眞子を守ってくれた気がした。


 眞子はまだ小雪の中、路地にきらめくウィンドーを見上げた。ダウンコートを着せた人型のトルソーが二体。こちらもエレガントなカジュアルで鮮やかに煌めいている。

 ああ、これなら。売れるだろうな。

 このコーデでもきっと大丈夫。徹也と麗奈の仕事も成果がでるだろう。

 少し前なら胸が痛んだはずなのに。今日はそうじゃない。

 きっと専務の魔法が、ここにもかかっている。


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