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札幌小雪のファッション事情~魅力をひきだす専務の魔法~(改題前:ラブリー・ボス)  作者: 市來茉莉(茉莉恵)
【5】 専務さん、(スーツで)戦闘モード
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・きらっと、出陣!


 今日は、【横浜シルビア】からディスプレイチームと担当営業の徹也が来る日。なんと北国の都市が、真っ白に染まった初雪の日となった。

 彼等がそろってやってくるのは午後遅く……。

 今日の眞子は、朝出勤してきた専務を見て目を瞠っていた。

「専務。今日はどうされたのですか」

「今日は戦闘モードな気分」

 そう、モデル並みのビシッとした凛々しい男性の風貌に整えてきたからだった。


 紺のダブルスーツに、ピンストライプのシャツに上質な艶を醸し出す黒の小紋ネクタイと、見事に着こなしている。黒髪も綺麗に流して、髭もなく爽やか。極めつけが、イマドキのお洒落眼鏡にかけ直していること。

「横浜シルビアのディスプレイチームはセンスがいいから、見る目も厳しい。社長の息子としてここは整えておかないとなあ」

 確かに。篠宮社長はいつもスーツをビシッと着こなしている。笑顔も見せず、淡々と経営経理に勤しんでいる姿はまさに息子の専務がいうとおりにロボット。濃いトーンのスーツをクールに着こなす重厚感が社長の威厳を漂わせている。

 

 お父様の社長は険しいダンディな日本男性と言いたいが、逆に息子は母親の美貌を受け継いだのか、華やかな顔つきでどちらかというと海外モデルの雰囲気。

 そんな専務になると、やっぱり惚れ惚れしてしまう。これが彼の普段の姿ではないとわかっていても、この人の素材の良さに唸るしかない!

「この眼鏡、好きじゃないんだよな」

 お洒落な黒縁スクエア眼鏡を手にとって、専務が溜め息。

「今日はコンタクトにされないんですか」

「うーん、最近、PCで文字を打ち込むばかり、細かい品番を眺めていると目が疲れてしまって――。今日はコンタクトはパス」

 いつもスーツの時はコンタクトになる専務だったが、今日は珍しく眼鏡。でもあの分厚いレンズのおじいさん眼鏡ではない。

「そんなお洒落な眼鏡をお持ちなのに……。どうしていつもはあんなに分厚いレンズの……」

 思わず聞いてしまった。じじむさいですよとは言えないけれど、そんなお洒落な眼鏡を持っているなら、掛ける気があるならそれを使えばいいのにと眞子は思ってしまったのだ。

「ああ、あの眼鏡。学生時代から使っていて、あれがいちばん楽なんだ」

「そうだったんですね……」

「あれだと妙に集中力が高まるんだ」

 専務にとっては、大事なお仕事アイテムだそう。

 でも今日はデスクでの戦闘態勢ではなく、出掛け先での戦闘体勢?

 そんな気分の『戦闘モード』らしい。


「さて。では時間になったら挨拶に行こうかな」

 眞子も一緒についていくことになった。

「本田さんを外してどうなったか。見てやろうじゃないの」

 眞子は少し前の悔しさと悲しさを思いだし、胸がずきんと痛んだ。

 徹也と麗奈はどんなディスプレイを提案して、そしてプロのディスプレイチームが仕上げるのだろうかと……。

「カンナもどんな許可をしたんだろうね」

 なのに専務は妙にニンマリして楽しそうだった。



―◆・◆・◆・◆・◆―



 うっすらと積もった雪はもう午後には融けはじめている。

これから少しずつ雪が降る量が増え、クリスマス頃には根雪になって春までは白銀の街になる。

 だから、今からコートの売り時になる。早めに展示して目に付くようにしたいため、今日はプロの手でウィンドーをディスプレイしてもらう。


 営業時間遅めの時間帯にディスプレイを始めることになっていて、いまは18時過ぎ。もうすでにショップ入りをしているとのこと。

 その知らせを受けて、専務と一緒に眞子もショップへ向かう。

 自社の商品をより美しく惹かれるように魅せるのがディスプレイチームの仕事。コーディネイトを職にしてきたベテラン達が集う。

 これも売り上げを出すための、メーカー側のサポートだった。

 紺のスーツでビシッと決めた専務と街を歩くと、見事に女性達の視線が集まってくる。

 中央のファッション雑誌にいる男性モデルと遜色がないのは、やっぱり母親の血かなとも思うし、どこか男っぽい険しさと品格は父親の篠宮社長譲りだと思う。

 なのにこの専務は、内勤の時はほんとうにじじむさくもっさりしていて、地味な格好をしている。

『汚れるから嫌なんだよ。事務をしている時は、着慣れた普段着が一番!』

 と、言っていたことある。それはある意味、大事なスーツを汚したくないからなんだなとも思えた。なのに、眞子がアイロンをかけたシャツはしわくちゃにしてしまう。まあ、それも戦闘後だと思えば許せるかなと最近は思っている。

眞子も今日はちょっとお洒落めの、大人っぽい黒いフレアスカートのスーツで決めてきた。


 もちろん。久しぶりに徹也に会えるから。

 でも――と、眞子は指先を眺める。なんか今回は爪を綺麗にする気力がなかったなあと。


 たくさんのアパレルショップが並ぶ大通り。そこに篠宮が経営する自社ファッションビルがある。一階のウィンドーは通りに面していて、今日もモデルのように均等が取れたスタイルのマネキンがお洒落に着飾っている。

 だが、もうそこには男性が数人、あがりこんでいた。ちょうど、トルソーやマネキンに着せている服を脱がせているところ。

 不精ヒゲにハンチング帽をかぶった見覚えのある男性が、ウィンドーの中から専務が来たことに気が付いた。

声が届かないのに『お久しぶり!』と言っているのがわかった。手を振ってくれたので、専務もいつもの調子の良さで手を振り替えしている。

 そしてハンチング帽の男性は専務の後ろにいる眞子にも気が付いて、これまた『久しぶり!』と口元を動かして笑顔で手を振ってくれたので、眞子はお辞儀をする。

 店内に入ると、専務はさっそくウィンドーの上がり口へ。

「佐伯さん、お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」

「篠宮専務、久しぶりだね! いや~、まさか札幌の初雪の日に来ちゃうとは思わなかったよー。あいかわらず、冬になるのが早いねー」

「ちょうどよかったですよ。いまから防寒服がどっと動き始めるから、冬らしいコーデをお願いします」

「わかってるよー……、と、言いたいけれど……ねえ」

 ハンチング帽の佐伯氏は、ディスプレイチームのリーダーさん。ちょっぴりオネエが入っていたりして、アーティスト系のお仕事男性によくある雰囲気の人。その彼が部下にいまのディスプレイを片づけさせ、ウィンドーからフロアへと降りてくる。

「これ。ほんとに、これでいいの。ほんとうにこれでカンナさんがOKしたってことだよね」

 佐伯リーダーの手には、今回のディスプレイの絵コンテ。彼が描いたもののようだが、さっと書かれたタイトルは『北国カジュアル』だった。

「カンナがOKにしたのだから、それでお願いしますよ」

「ほんとにこれで? なんか、いつもと違うよね」

 佐伯リーダーが首を捻った。なんだか腑に落ちず、コーデを決めてきてもしっくりしない様子。

 そんな唸る佐伯リーダーが、専務の横に大人しく控えているだけの眞子を見た。

「眞子ちゃんが外れたって本当だったんだ」

 眞子はうつむいてしまう。いつもなら、もうショップ入りをしていて徹也と佐伯氏と一緒にディスプレイの打ち合わせをしている頃だったから。

「なにかあったの? 眞子ちゃんずっとカンナさんのアシスタントだったのに。彼女が機嫌悪くても、眞子ちゃんがうまくとりなしてくれたからスムーズにいくことも多かったんだけれどね」

「俺もわからないんですよ。なにせあの狼のような叔母でしょ。もうすごい勢いで本田さんを叱りつけて、俺に渡したんだから」

「それで。今回、古郡とあの新しい子が考えたのがこれって、わけなんだ?」

 北国カジュアルの絵コンテを見て、佐伯氏は溜め息。

「最初は、クラシカルスタイルを提案したみたいだけれど、それでカンナが大激怒してね。本田さんの責任にしたんだ」

「へえ。まあ、わからないでもないな。俺だったらクラシカルスタイルなら、池田店長のブティックにするね。じゃあ、カンナさんに怒られたからセレブ風のクラシカルスタイルとは真逆を行こうと思ってカジュアル? それもなんかなあ」

「ふうん。佐伯さんはどう感じてるんだよ」

 専務の冷めた目線が、佐伯氏を見ないで、ウィンドーの外。小雪がちらつく大通りへと向けられている。

 佐伯氏もそんな専務の素っ気ない眼差しの意味を汲んだようで、眞子と部下以外に人がいないか確かめてから、専務の目を見ずに囁いた。


「客層、外しているって。カジュアルなダウンコートスタイルもハズレではないけれど、主婦っぽいよね。主婦もここ通るだろうけれど。ここ、そうじゃないでしょ。主婦が欲しいものは、大型ショッピングセンターのほうが動くんだよ」

「うん。そう思うよ」

「カンナさん。それわかってるはずだよ。なんでカジュアルで雷落としてくれなかったの」


 専務は『さあ』と首を傾げたが、もうその顔がとぼけていた。もちろん佐伯氏も専務がわかっていてとぼけていると理解している。

「はあ、知らないよ。まあ、こっちも商品が動くようにディスプレイはするから」

「さすが佐伯さん。ダウンコートをエレガントに着せるみたいだね。これなら大丈夫じゃないかな」

「またとぼけて。これじゃなくて、うちの会社が売りたいのは違うものだっていうのに。売れ筋にしたい商品を外しているって」

「それは古郡君の判断でしょう。こっちも地方の客層を考えて傾向と欲しい空気感は提案するけど、メーカーの販売意向はそちらの営業が決めるんだから」

 するとまた佐伯氏が眞子を見た。

「眞子ちゃんだったら、もっと違う提案したんでしょ。ほんとうのところどうなの」

 北国の身近なオフィススタイルが眞子の提案だった。ただ、提案できず終わってしまった。それを言って良いのかどうか、眞子は側にいる背が高い専務を見上げてしまう。

 お洒落眼鏡の彼と目が合う。今日の専務は常に凛々しい眼差しで、冷たい。

「佐伯さん、耳かして」

 長身の専務が、自分より小柄な佐伯氏の耳元へと背をかがめてひそひそ。きっと『北国の身近なオフィススタイル』と教えてるのだろう?

 専務の囁きを聞いた佐伯氏が目を見開いて、眞子を見た。

「まさにそれでしょ! ここ歩くの買いに来るの、そういう人が多いんだから。コートなんてまさにそういう人達が必要としているアイテムなのに。なんでそうなったの、わからないなあ!」

「さあ~。甥っ子の俺でもカンナのことはわからないなあ~」

 またとぼけた言い方をしているけれど、専務は何か気が付いている顔。眞子はそこがこの前から気になっている。

「教えてくれないんだ、しんちゃん!」

「だってさ。もっと違うこと考えているかもしれないのに当てずっぽうなこと人に喋ったら、お仕置きされるもんな」

 お仕置きって! こんな凛々しい専務でも、あの銀髪の魔女と呼ばれる叔母さんの前になると『ひよっこのお坊ちゃん』、そんな彼が子供みたいにお仕置きされる姿を眞子と佐伯氏は一緒に思い浮かべたのか、共に噴き出していた。


「ああ、篠宮専務。お疲れ様です。お邪魔しております」


 どきっとする。ひさしぶりの彼、そして彼との仕事ができなくなってから初めての再会。

爽やかな微笑み、洗練された冬のグレースーツ。徹也が現れた。




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