船魂信濃のちょっとした冒険
年越しを控えた冷たい風が頬を切り裂く夕焼けの時である。
横須賀の港で親父の手伝いで漁船に乗る青年は大男に追われた身の丈が同じくらいの少女をかくまった。
なぜなら最近噂で聞いた沈没船の船魂が頭をよぎったことと、こんなうら若い乙女を大男が数人がかりで追いかけまわしたことに正義感が燃えたためだった。
「そこの青年。このくらいの背丈の娘を見なかったか?」
後ろに控えるゴミ箱の中に心当たりはあったが知らぬ顔をして答えた。
「いいえ、さっぱりだ。もしかけらでも転がっていたら即口説いているでしょう」
立派な体格をした大男に恐れを感じなくもなかったが手前勝手な正義感が青年の無鉄砲さを鋭く磨き上げた。
「そうか、手間をかけてすまなかった。覚えなくてもかまわない。自分は海自のものだ何か心当たりがあったらこの名刺に書かれた番号に連絡したまえ」
明日に自分の行いを後悔することは明白になったことを知ったが実感を感じるには早すぎた。
名刺を受け取り自衛官を見送るとゴミ箱のふたを外したら中から少女が飛びついていった。
「なんでもいい。船に乗せて頂戴!」
「すぐそこにおやじの漁船がある。君は噂の船魂かい?」
「…答えなくちゃいけない?…その通り。私はある船の船魂。どうにかして本体が沈んだ場所に行かなくちゃいけないの」
「話は分かった。でもどうして自衛隊に追われたの?」
「私は政府が嫌い、ただそのためよ。それより早く船に乗せて!」
いわれるままに昼間に掃除を完了させた年季を経た漁船に少女を乗せたら不思議なことにエンジンが勝手に動き出し出港してしまった。
男は目の前で起こった奇跡に彼女が件の船魂である確信を抱いた。
「船がひとりでに、誰の操作も受けていないのに動いている。君はやっぱり船の神様だったんだね」
「後ろから何か来てる!政府の犬ね!」
後ろに乗り出してこらえてみるとそこにはいくつかの白い船がこっちめがけて前進するのが認められた。
その船から声が流れた、先ほど青年が会話した自衛官だ。船団へ指示を飛ばす様子から彼が集団を率いる中心人物であることがうかがえた。
何度も放たれる「止まれ」の支持を少女は無視して後ろを向いて舌を出して挑発すらする。
いきなり「まえっ、前を見て!」と青年は怒鳴った。船の先には垂直方向に進む客船の横っ腹がさらされていた。
「ぶつかる!うわあああ!」
と青年が目を閉じたら少女は大きく「はねる!」と唱えると、大きく船が空に飛びあがった。
真上を飛んで超えていく小さな漁船を客船の乗組員は眺めることしかできなかった。
そのまま水きりのように水面を軽やかに次々はね飛んで超高速で日本の海を貫通していくうちに青年は気を失った。
次彼が正気に返ったのは空母の甲板上であった。青年は軍艦を知らない。いびつな航空機が並んでいた
「桜花艦載型。私が載せるはずだったこの国の罪の塊」
青年は海底の不思議と空気がある空間で目にも彩に着飾ったついさっきまで同じ船に乗っていた娘と対面した。
頭上は青かった。いつも天高く上る太陽は波立つ水面に重なって薄暗くあたりを照らす照明に甘んじている。
「桜花…」
名前だけは知っている。戦時中に開発された特攻専用機。
ふと辺りを照らす光が途切れた。
上を見上げるとそこには数隻の船が固まって海に浮かんでいた。そこに一人の完全装備のダイバーが二人たたずむ海底にふわりと舞い降りた。
ダイバーは自ら仮面をはがすと名刺を預かっている自衛官の顔が現れた。
「鬼ごっこはおしまいだ。私と共に横須賀に来てもらう」
「いやだ!私はもう政府のものじゃない!もう絶対人を傷つけたくないの!政府の駒にはなりたくない」
「わがままなお嬢ちゃんだ。船魂艦は発生した港を有する国家の所有物だ。つまり君は我々政府の所有物なのさ。さぁ、一緒に帝国海軍を再興しよう!」
娘はキッと大男をにらんだ。
「私は空母信濃。私の任務は、特攻機桜花を搭載した打ち上げ台だった!この国が民に犯した犯罪、戦争を行うと決めたこと、特攻の命令を出したこと、そして多くの命を使いつぶしたこと。連合国に対してじゃなく、日本に対して犯した日本政府の罪はただの一度も裁かれていないという事実!私は信濃。特攻艦信濃。日本政府が日本に犯した罪の結晶が私なの!だから私は決めたの。もう絶対政府の思うようには動かない。今度は私は私のために生きようって思ったの」
自衛官はそれに答えた
「信濃。今は違う。我々は反省した。君がどう見ようと勝手だが、憲法に刻まれた平和への決意は本物だこの国は変わったんだ!」
「ごめんなさい。あなたの話は信じられないの」
信濃は青年の方を向いて
「ここまで連れてきてくれてありがとう。楽しい航海だったわ漁船なら今上で浮かんでいるわ。だから、さようなら」
「これで最後なのかい」と青年が返すと、
「私にもわからない」と返した。
「ほら、軍人さん、この子を一緒に上まで送って頂戴」
「本当に横須賀に来る気はないのか?」
「しつこい!」
と自衛官の発言に不機嫌になるともう何も話すことはないと言わんばかりに黙ってしまった。
仕方ないので言われたように二人で海面に上がった。
今でも信濃はあの海の底に沈んでいる。