第8話 女王の心境
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今回は蟻人族の女王視点のみです。
衛兵から娘が人族の女とドワーフ族の男女を連れてきたという報告を衛兵から受けた時、私は安堵すると共に不審に思った。
普段この森では盗賊以外では滅多に人族に出会わない、ドワーフ族は更に会う確率は低いだろう。
「先日盗賊団に襲われたばかりでの人族の来訪…。何かあると考えたほうが正しいでしょうね…。」
今の所来訪者は敵意がないそうだ。ならば私自ら彼女達から話を聞いたほうがいいだろう。
そう判断し、衛兵に連れてくる様に指示を出した。
従者にテーブルと椅子を準備するように手配し、来訪者が部屋に訪れるのを待つと、扉の向こうに気配を感じた。
他のものには判らないかもしれないが、この気配は人が放つものではない。もっと異質な何かを感じ、私は緊張で身を強張らせる。
扉が開き、来訪者の男女の姿が露になる。
「どうぞ。お入りなさい。」
そう声をかけ、来訪者を部屋に招く。
「では失礼いたしますね。」
先頭の女が返事をし、部屋に入ってくる。
(彼女が気配の主かしら…。少なくとも人ではなさそうね。)
女王は心の中で呟きながら先頭の女を注意深く観察する。
赤いドレスを身に纏い、金色の髪をなびかせ、目は大きくて見た者に幼い印象を与えるが人を惹きつける美しさを備えた女だ。
私はスキル【観察眼】を発動して見た目だけではなく内面を調べようとするが、何も見えなかった。
今までに観察眼を幾度となく使い様々な種族を見てきたが、見えなかった事は今までに一度もなかった。
(本当に何者かしら…。敵ではない様だけど…。)
もし彼女が敵ならば私はもちろん。一族総出でも敵わないかも知れない。
そう考えていると彼女は私の前までやってきた。
「どうぞ、おかけください」
「はい、失礼します。」
どうやら敵対する意思はないようだ。もし敵対するつもりなら今のやり取りの前に命を奪われているだろう。
「貴方はこっちに座りなさい。」
「あぅ…。」
彼女の動向に注視していると、娘が当たり前のように彼女の隣に座ろうとしていた。
まったくこの子は何を考えているのやら…。
彼女たちがテーブルを挟んで私の向かい側に座ると、私は失礼のないように礼を述べる。
「私がここの蟻人族の長です。娘がお世話になりました。」
そう伝え、頭を下げる。
「いえ、成り行きでしたし。それにそんなに大した事ではないですよ。」
少し困ったような表情をしながら彼女は答える。
「それでも娘を助けていただいたのでお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。」
娘を助けていただいた事に変わりはないし、ここは本音を伝えるのが正しいだろう。
ただ娘にはお説教が必要だわね。
「貴方は後でお説教ね…。また勝手に抜け出して…。」
そう隣にいる娘に声をかけると、目を潤ませて身を強張らせる。
「ま…まぁ大事に至らなかったので穏便に…。」
そう彼女が言ってくる。人柄はいいのだろうと言うのが伝わるが、それでもお説教は必要だ。
「この子は何度も抜け出しているので今日こそはお説教しないと駄目です。」
そう言い放つと彼女は諦めた様に苦笑していた。
娘から彼女達の自己紹介と、事の仔細を詳しく聞いた。
エドガーと言うドワーフの一家はただのドワーフ族のようだが、レイ・ミカドと言う彼女は人族だと言っていた。
あの異質な気配と【観察眼】でも見通せない内面はただの人族ではないだろうが、今指摘しても状況がよくなるとは思えない。
ここはあえて受け流したほうがよさそうだ。
「こちらも幾つか質問してもよろしいかしら?」
そう彼女、レイ・ミカドが問いかけてくる。
「ええ。答えられる範囲であれば大丈夫ですよ。」
どんな事を聞かれるか緊張しながら彼女の言葉を待ったが、盗賊の事と、巣の移転の事を聞かれただけで私たちのコロニーの生死に関わる様な事は聞かれなかった。
「レイ様…。何とかならないですか…?」
娘が突然そんな事を言う。彼女の力があればもしかしたら…。という思いはあるが事はそんな簡単な事ではないだろう。
「アリス。個人を保護することですら簡単な事じゃないんだから…。一族全てとなるととても難しいことなのよ。」
彼女は娘にアリスという名をつけていた。私たち蟻人族同士では体から発するフェロモンで個人を識別しており、名前を呼び合うことはない。
彼女が名前を付けたと言うことは彼女も娘もお互い信頼していると言う証のようなものであり喜ばしいことであった。
だからと言って彼女は無条件に娘のアリスの願いを聞き入れる事はないようだ。失望するよりも彼女は物事をきちんと把握している事に交渉の余地はあると判断できる。
「レイ様。娘を救っていただいた上に申し訳ないのですが…。私達に力をお貸ししてくださらないかしら。」
だめもとで彼女に交渉を持ちかける。私の思ったとおりならまずは断るだろう。
「力を貸す…。というよりも保護する事は可能ですが、私にとっては何もメリットはないですよね?」
断るのではなく、手をかした所でメリットはないと言ったのは予想よりもいい感触だ。
メリットがないのであれば彼女にとってこの交渉を受けることでメリットがあると言うことを伝えればいい。
「ええ。ですので保護していただけるのであれば私の全てを貴女に捧げます。」
とはいえ、私にできるのはこの身を捧げる事くらいだ。私の体内にある魔石や、私の甲殻はそれなりの価値はあるだろう。
「っ!?レイ様に全て捧げるのは私の役目です!!」
娘は何を思ったのかそう叫ぶ。彼女の紹介を受けたときから感じていたが、相当彼女に懐いているようだ。
「今は冗談を言っている場合じゃないの。」
そう言い娘の頭を叩くと、彼女は呆れた顔で苦笑していた。
「女王の全てと言うのは軽いものじゃありませんが…。一族全てを保護するには足りませんね。」
「そうですか…。」
私の身では一族全てを守るには足りないと言うのは判る。やはりだめかと項垂れてしまう。
「一族全てを保護するには…。一族の全てを私に捧げてもらう必要がありますね。」
こんな事を彼女は言ってくる。つまり一族全ての命を差し出せば一族を守るという、一見矛盾した事に聞こえる。
しかし彼女の目は真剣で、眼の奥に欲望は伺えない。
「嬢ちゃん!それは…。」
ドワーフの男が抗議するように彼女に訴えるが、彼女はそれを制止する。
「エドガー。大事な事だから今は抑えてね。それで女王。どうします?」
再び彼女は私をまっすぐ見据え、真剣な表情で決断を迫ってくる。
これは一種の儀式だ。彼女は私たちの命を欲しているのではなく私たちの決意を見ようとしている、そう感じた。
この人なら…。信用できるだろう。
そう思い、席を立つ。後は行動に移すだけだ。
私はその場にしゃがみ、片膝をついて頭を垂れる。
「私達一族の全てを貴女に捧げます。」
これが私たちのコロニーの決意であり、私たちの今後を決定する一言であった。