第7話 アリスの帰宅と女王の決断
「わぁっ…!速い速いっ♪」
アリスを背負い、俺は森の中を飛ぶように駆ける。
アリスは小柄だし、身に付けていた防具も胸当てや肘当て、膝当てと軽装なので重さ的には問題ない。
ただ胸当てのせいで背中に伝わる柔らかい感触を堪能できないことだけが残念だ…。
ただ槍は大蟻に乗っているエドガーに背負ってもらっている。大蟻結構速く走れるんだな…
エドガーの2人の息子のアルクとオッドは初めて乗る大蟻ではしゃいでいるが、エドガーと妻のトトリは目が死んでいた。
気絶してないよな…?
「方向はこっちであってるのよね?」
「うん、もう少しだよ~。」
アリスはそう答えるとぎゅっとしがみついてくる。胸当て仕事し過ぎだ…。
「あれかしら?」
森の中に不自然に開けた所に小高く盛られた土山があり、その周囲を大蟻と蟻人族が囲んでいた。門番かな?
「っ!?何者だっ!?」
門番の蟻人族の女がこちらに叫んで槍を向けてきた。ここはアリスに任せたほうがいいかな?
「ただいまっ!この人たちは悪い人じゃないよ。」
「王女様!?どちらにいらしていたのですか!?」
あれ…?王女様…?
「アリスは王女様だったの…?」
背中にしがみつくアリスに問いかける。
「うん、次期女王だよ~。えへへっ♪」
そう言いながら頬ずりしてくる。というかお家ついたんだから降りなさいな。
もう少しくっ付いていたかったのに、と呟きながらアリスはしぶしぶ背中から降りる。
「うぅっ…。またおんぶしてくれる…?」
祈るように両手を組んで握りながら、目を潤ませ上目遣いにおねだりしてくる。仕方のない子だなぁ…。
「いい子にしてたらそのうち…。ね?」
頭を軽く撫で、触角の根元に軽く口付けをする。
「はぅっ…。」
アリス顔真っ赤にして俯いちゃったな。やり過ぎたかな…?
「嬢ちゃん女殺しだな…。計算づくなのか天然なのかわからんが…。」
大蟻から降りたエドガーが呆れ顔で言ってくる。
それ女性に言う言葉じゃないぞ…?中身男だがな…。
「王女様を助けていただいてありがとうございました。」
アリスが門番の女性へ事の成り行きを説明し終えると、門番の女性は礼を述べて頭を下げる。
ただアリスの説明は少し俺の事を美化していて、聞いていてくすぐったかったな。
「いえ、成り行きでしたしこんないい子と知り合えてよかったですよ。」
「はぅっ…♪」
アリスが頬を押さえ、またあちらの世界に旅立ってしまっている。いやんいやんと頭振って触角もぴこぴこ揺れて無駄に可愛いんだよな。だから尚更別れが辛く感じる。
「それじゃアリス。ここでお別れかしら…。」
「そんな!?お礼のもてなしもするからまだ行かないで!」
そう言うとアリスは俺に抱きついて胸に顔を埋めてくる。
「甘えん坊さんなんだから…。」
優しくアリスの頭を撫でる。情が移りすぎたな…。
「今帰られると私達も困りますね。もてなしもありますが女王がお話を伺いたいそうです。」
女王から直々のお誘いか。断ると面倒な事になりそうだな。
「嬢ちゃん、こう言ってくれてるんだし無下にしなくてもいいんじゃないか?拠点にすぐ戻らないといけないなら別だがな。」
エドガーもそう言ってくるしここはお誘いに乗るか。
「ではお誘い承りますね。エドガーも疲れているだろうに…。ありがとう。」
「気にするな。こういった経験はそうないだろうしな。」
何だかんだ言ってエドガーも楽しんでるようでよかった。
「ではこちらへどうぞ。」
巣に招かれ、入り口から結構深く潜った所に一際大きく、立派な扉が存在した。
「ここが女王のお部屋かしら?」
「そうです。失礼のない様お願いします。」
案内役の女性が一礼し、扉を開けると扉の横に控える。
「どうぞ。お入りなさい。」
扉の奥から一際澄んだ声が響いた。
「では失礼いたしますね。」
そう答え、エドガー一家とアリスと共に部屋に入った。
部屋に入るとテーブルと椅子が用意されていて、そのうちの一つの椅子に美しい女性が座っていた。
見た目はアリスに似ており、アリスが大人になるとこんな感じになるのかなと思ってしまった。
「どうぞおかけくださいな。」
「はい、失礼します。」
「貴方はこっちに座りなさい。」
俺達が椅子に座るとさも当たり前のように俺の隣に座ろうとしたアリスにその女性が言い放つ。
「あぅ…。」
なんだか悪戯がばれた子供みたいな反応だな。
「私がここの蟻人族の長です。娘がお世話になりました。」
そういうと頭を下げ、礼を言ってくる。女王の割には結構話しやすそうな人だな。
「いえ、成り行きでしたし。それにそんなに大した事ではないですよ。」
「それでも娘を助けていただいたのでお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。」
本当に大した事はしたつもりはないのだが、まぁとりあえずお礼は受け取っておくか。
「貴方は後でお説教ね…。また勝手に抜け出して…。」
「はぅ…。」
女王はアリスのほうに顔を向け、軽く怒気を孕みながら言い放つ。
アリスの態度から予感はしていたが、勝手に抜け出したらしいな…。というか『また』…?
「ま…まぁ大事に至らなかったので穏便に…。」
「この子は何度も抜け出しているので今日こそはお説教しないと駄目です。」
常習犯か…。これは庇いきれそうにない…。
「それで…。貴方の口から説明してくれるかしら?」
「はい…。えっと…。」
アリスが口ごもりながら女王に事の成り行きを説明する。流石に女王には俺の事を美化せずに事実を話している。
「そうですか…。」
女王は顎に指を当て考え込む。
「こちらも幾つか質問してもよろしいかしら?」
「ええ。答えられる範囲であれば大丈夫ですよ。」
折角女王との会談だし、色々情報を聞き出すことに越した事はないな。
「先日盗賊の襲撃を受けたと聞いたのですが、この辺りでは盗賊の襲撃はよくある事なんですか?」
エドガー達の事といいこの蟻人族の事といい、盗賊が多い気がする。力的には無視してもいいんだろうが知っておくに越した事はない。
「人族が神話の地と呼ぶこの森は魔物が多くて開発できない場所なので、盗賊達が逃げ込んで拠点を作るにはもってこいの場所なんです。」
なるほど、国境の緩衝地帯で危険で開発ができず、人が立ち寄らない所なら盗賊にとってはいいアジトになるか。
「ふむふむ、盗賊が多いのはわかりました。それならよく襲撃があってもおかしくはないですね。」
「いえ、襲撃事件が起きるようになったのはここ最近で…。何があったかは私達もわかりませんね。」
「わし達の里も今回襲われるまでは盗賊に会うことすらなかったな。」
ということはここ最近盗賊たちの活動が活発になる何かがあったって事か。俺がこっちの世界に来た事は関係ないよな…?
「わかりました。それで…。巣を移られるという事ですが充てはあるので…?」
「今は各方面を調べている段階で…。候補になるような場所はありませんね…。」
まぁいい場所は既に別の氏族が住んでいたり、盗賊がアジトにしていそうだからな。
「レイ様…。何とかならないですか…?」
アリスが目を潤ませて聞いてくる。
「アリス。個人を保護することですら簡単な事じゃないんだから…。一族全てとなるととても難しいことなのよ。」
「あぅ…。」
アリスは俯いてしょんぼりしてしまう。でも何でもかんでも俺なら解決できると誤解するのもいけないしな。
「レイ様。娘を救っていただいた上に申し訳ないのですが…。私達に力をお貸ししてくださらないかしら。」
「力を貸す…。というよりも保護する事は可能ですが、私にとっては何もメリットはないですよね?」
そう、その気になれば保護することも可能だ。ただ無闇に保護するのは俺にとっても、彼女らにとってもよくはない。
「ええ。ですので保護していただけるのであれば私の全てを貴女に捧げます。」
「っ!?レイ様に全て捧げるのは私の役目です!!」
女王の爆弾発言にアリスが暴走した。っていうかアリスよ素でボケるな…。
「今は冗談を言っている場合じゃないの。」
そう言うと女王はアリスの頭を軽く叩く。まぁ今のは俺でも叩くわな…。
「女王の全てと言うのは軽いものじゃありませんが…。一族全てを保護するには足りませんね。」
「そうですか…。」
女王は残念そうに俯く。早とちりしている様だが保護しないつもりという訳ではない。
「一族全てを保護するには…。一族の全てを私に捧げてもらう必要がありますね。」
「嬢ちゃん!それは…。」
エドガーが抗議するように言葉を荒げる。まぁ今は少し待て。
「エドガー。大事な事だから今は抑えてね。それで女王。どうします?」
女王に決断を促す。一族を守って欲しいなら一族の全て、命すら捧げろと言っているようなもんだから普通なら受け入れられないわな。
暫し静寂が部屋を支配し、女王が黙ったまま椅子から立ち上がる。これは駄目か…?
そう思ったら女王はその場にしゃがみ、片膝をついて頭を垂れる。
「私達一族の全てを貴女に捧げます。」
まだまだ続きます。