1人、魔法使いは歩き続ける
いつのことだっただろうか。
おそらく10年ほど前のこと、両親はまだ小さかった俺と兄さんと姉さんと共にその場所に連れて行ってくれた。
どこまでも続く花畑。雲一つない蒼い空。
今まで生きてきた中で一番美しいとさえ感じるほどに素晴らしい景色だった。
あの時から俺は、この限りなく続く世界を歩き尽くしたいと思っていた。
だが、そんな世界はもう無い。もう無いのだ。この世界は今、あの時ほど平和じゃない。
みんな人に国にそして、世界に怯えている。
でも、それでも俺はーーーー
「そこの旅の人や。ちょいと休んではいかんかね?」
老人が声を掛けてきた。
考え事をしながら、いつの間にかとある村についていたようだ。
とは言っても、少年はまだ休むは積もりはなかったので、
「悪いけど、そんなに暇じゃないんで。」
と受け流すように断った。
「まぁ、そう言わず。1泊でもしていきなさい。体を休めるのも大事じゃぞ。」
と少年に対し、しつこく言い寄る老人。
ーーーしょうがない。
見過ごそうと思ったんだが、カマをかけてみるしかないな…
反応によってはこいつらをーーー
少年は早速行動に移す。
「立ち話も何ですから、さぁ、こちらへ。お荷物お持ちしますよ。」
満面の笑みで老人が一歩ずつ近づいて来る。
少年は真顔で口を開き、近づく老人に対して手をかざす。
その瞬間、老人の周りを火が囲んだ。
とは言っても、大怪我をするほどの火力は到底なく、軽い足止め程度だ。
「言ってるじゃないですか。ここでは休まないって。それとも何か別の目的でもあるんですか?例えば、俺の後ろに武装した人を隠しておいて、油断したところを襲わせる…とか。」
少年がそう言うと、住居に隠れていた3人の村人がのこのこと姿を現した。
体格の良い男性たちでありながら、各々、ナイフや斧などを武装している。
「やっぱり。村というには少しばかり活気がないですからね。」
「いつから…気づいていた。」
老人は表情を変えず問いかける。背後にいる3人は依然、武器を構えたままではあるが動く気配はない。
「そこに隠している死体を目にした時から。魔法で隠しているみたいですが、詰めが甘いですね。」
少年の発言に老人たちは少々狼狽える。
老人が先ほど腰掛けていた住居の中に、死体は隠されており、数十人ほどゴミのように積み上げられていた。
「貴様、魔法使いか? どこの国の者だ!?」
「どこの国の人でもないですよ。俺はただの旅人です。だからと言って見逃すわけにもいきません。こんな世界でも、人殺しは殺しだ。道理を踏み外しましたね。」
「だからなんだって言うんだ!この世界で生きるってのはこういう事だろ?騙される方が悪いんだろうが!」
背後にいた村人の1人は目の色を変え、こう言い放ち少年に襲いかかる。
それに合わせるように2人の村人たちも獲物を狩るかのように少年に向かって走り出した。
鋭い刃が少年に向かう。
それでも、少年は微動だにしない。
むしろ彼は”笑み”を浮かべていた。
老人はその光景に驚きと焦りを感じつつあった。目の前で起こったことに思考が追いついかない。
少年に近寄った3人の動きがピタリと止まったのだ。
まるで、その空間だけ時が止まっている様で老人にとっては奇妙に思えたのだろう。
「彼らはまだ、死んではいません。夢を見ているんです。」
「貴様は…、一体何者なんだ…。」
「何ってあなたも言ったじゃないですか。魔法使いですよ。」
と、老人の発言を遮った。
老人の顔から焦りが消えない。
逃げたくても、逃げられらない。足がすくんで動けない。これも何かの魔法なのだろうか。
一方、少年は少しずつ老人に向かって歩をすすめながら、説明する。
「彼らが見てるのは夢みたいなものです。身体が死ぬまで見続ける夢。ある意味、安楽死に近いですね。」
少年は老人の前に立ち、老人の眼を手で覆う。
老人の体はすでに動かず、徐々に意識はなくなっていき、遂には老人の目に光が消えた。
それでもなお、少年は語る。
「今、現時点をもって貴方の生きる世界は”そこ”だ。皮膚が腐敗し、骨がボロボロになって餓死するまで幸せな時を過ごすといい……おやすみ。」
いつの間にか老人を囲む火は消えていた。
少年は後ろを振り返ると、そこにいた村人たちが消失し、目の前の老人はただ立ち尽くしている。
「君たちがまた人として生まれ変われる頃には、もっといい世界に変えてみせるよ。」
魂の抜けた人形にそう呟くと、その姿は徐々に薄れて消え去っていった。
「ハァ」とため息を吐き、何事も無かったかのように少年はまた歩き始める。
一歩、また一歩と着実に迷うことなく進む。
自分自身を見失わぬように…
ー数時間後ー
日が沈み始め、辺りが暗くなり始める。
そんなことを知ってか知らずか運良く村に到着する。
考え事をしながら歩き続ける少年に、またもや声が掛けられた。
「そこのお兄さん!宿が決まってないなら、ウチにしませんか?」
14歳ほどだろうか、1人の少女とその後ろに弟らしき子が隠れている。
彼らの目は真っ直ぐで、少年本人を直視していた。少年は真顔で彼らに近づくと
「ちょうど探していたんだ。もう4日ほど野宿だったんでね。君たちのところで泊まろうかな?」
と彼らに向かって微笑んだ。
後ろに隠れていた弟も、その表情にホッとしたのか少年に近寄り尋ねた。
「お兄さん、名前、教えて。」
「アルノ=シュタット。アルノって呼んでね。弟君。」
そういうと、弟は頷き彼を宿へと連れて行った。
少年アルノは笑みを浮かべながら宿へと向かう。
この先にある未来よりも今を楽しむ為に…。