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魔王

 長い廊下を歩き続けていると、やがて開けた場所に出た。ここは一面に深緑の絨毯が敷かれていて、高い天井からシャンデリアのようなきらきらした灯りがさがっている。天井自体にも黒の鎧と青の鎧を纏った大軍勢が激突している絵が描かれており、そのセンスはともかく設計士の気合のほどは伝わってきた。


「見事だろう、ナギム・フェリオルサ渾身の天井画だ」


 得意げに死神が言う。私は微妙な顔で、はぁ、と曖昧な相槌を返した。

 正直あちこちで血が飛び散ってるような絵はあんまり見ていたくない。

 死神は私の生返事を気にもせず、広間の奥に進み一際大きな扉の前に立つ門番二人に話しかけた。


「召喚の儀が成功した。魔王様にお目通り願いたい」


 絵の中と同じ黒い鎧を着こんだ門番たちは、死神と私をじろじろ検分したあと、「お伝えします」と言って扉の横の壁に嵌めこまれていた紫色の石に向かって話しかけた。


「魔王様、アールル・ゴルド男爵と異世界より招いた淑女が拝謁の許可を願い出ています」


『通せ』


 渋い声が石ごしに聞こえる。どういう仕組みなんだろ、これ。用途は完全にインターホンだけど。


 門番は二人がかりで頑張って重そうな扉を押し開け、私達に一礼した。

 その間を偉そうに通り抜けた死神は、組み木細工みたいな模様の床の上を滑るように移動し、天蓋つきの立派な椅子に座っている滅茶苦茶大きくて怖そうな人の前ですっと膝を折った。


 うん……人……だよね? まぁ魔族なんだろうけど、かろうじて人型。皮膚が紫色なことに衝撃を受けた。めっちゃ禍々しい。

 座ってるからはっきりしないけど、多分身長が二メートル以上はある。そして横幅もある。かと言って太ってるんじゃなくて、異様にがっしりしてて、とにかく強そうで筋肉がある感じ。頭には山羊みたいな捻じ曲がった角が二本生えてて、にぃと笑った口からは鋭い犬歯が覗いている。

 角の間にある立派な王冠と座ってる金色の椅子を見るに、この人が魔王なんだろうな。黒い鎧の上にやはり黒のマントを羽織ってるけど、赤い裏地に金糸で魔法陣みたいな刺繍がされていて、豪奢な印象。

 今時珍しい、魔王イメージを裏切らない正しい魔王だ。


 死神が跪いてる場所のちょっと右には、高そうな貴族っぽい服をきた人たちが五人、同じ格好で並んでいた。この人たちも魔王に会う用事があったのかな。一人は手の甲に鱗が生えてて、一人は髪の毛の一部が蛇が蛇になってうねってる。魔族の外見は統一性がないようだ。

 

 うっかり突っ立ってぼーっと見ていたら、死神が慌てたように私に注意した。


「お、おい、カヤマ、魔王様の御前だぞ! 頭が高い!」


 あ、そうだった。跪かなきゃいけないのね。

 ……なんで?


 苛々がぶり返してきて、私は眉間にしわを寄せた。

 なんか雰囲気に呑まれて忘れてたけど、この人たち誘拐犯じゃん? 何故私が敬わなきゃならんのだ。魔王だろうと魔界最強だろうと知ったことか。見るからに怖そうなんでさすがに腰は引けるけど、言いたいこと言うよ私は!


 脳内で気合を入れ、足を踏ん張り魔王を見据える。


「こんにちは、魔王様。私はこんなとこ来たくなかったですけど」


「小娘!」


 ほとんど悲鳴みたいな死神の叫びは、魔王の豪快な笑い声でかき消された。


「なに、このぐらい気が強い方が良い。魔族に怯えて泣くような軟弱な者は求めておらん」


 わ、意外にも心が広い。

 そういえば死神も寛容だって言ってたな。上に立つ人は死神みたいにちまちましてないんだね。

 うーん、でも泣けば失望してくれるっていうなら今からでも怯えた感じで涙流してみるべきか。

 その前にとりあえず、確認しとこう。


「私、家に帰れるんですか?」


「そう焦るな。そなた、自分の力を知りたいと思わんのか?」


「力なんてないです」


「そなたの世界ではな。しかし、こちらに召喚された時点で、そなたには新たな力が目覚めておる。これは確かだ。召喚の儀とはそういうものなのだ。召喚される者は、自らの意に反して元の世界から切り離される代償として力を受け取る」


「はぁ」


 救済措置みたいな? 選択権ないなら意味ないと思うけど。力が欲しいなんて願ったことはない。


「嘆くのはその力を確認してからでも遅くはあるまい。特別に我輩が手伝ってやろう。こちらに来たまえ」


 魔王のがっしりした手に手招きされる。うーん。

 まぁいっか。この人、死神よりは話通じそうだし。それに確認した結果力がないならもう期待されないから帰してくれるかもしれないし、力があるならそれを元に脱出を考えればいい。


 私が魔王に近づくと、魔王は揺らめかせていた手を私の頭にがっと添えた。思わずびくりと身が竦む。


「ははは、案ぜずとも良い。これからそなたの魔力を引きだしてやる」


 魔王は朗らかに笑う。

 び、びっくりした。頭潰されるかと思った。油断ならないなこのおじさん。


「まぁじっとしていろ。そして我輩の手が置かれている場所に集中したまえ。そこに熱を感じないか? そう、それだ。それをゆっくり下ろしていく。腹の辺りが良いな。力を込めるときわかりやすい。それを段々膨らませて――」


 うんうん、お腹ね。

 魔王の手が置かれた頭頂から、すーっと何かが落ちてきたので、それをお腹に溜めるよう意識する。熱いもの飲み込んだみたいな感覚だな。これを大きくすればいいの?

 大きく大きく――あれ、どこまで?


「う」


 ちょ、待って、ストップ、これ以上大きくなったらなんかヤバい気がする、駄目だお腹痛い出る変なもん出るどうしよおじさん!


「お、強大な魔力のようだな。ではそれを手のひらに移し――」


 手のひらねわかった!


 私はお腹に溜まったなんかどろどろしてる熱を急いで手に移した。どうやって移ってんのかはわかんないけど、とにかく移れ!って念じて移動させる。ぐうって上に持ちあげて脇、腕と通してって両手に。

 すると手のひらがピカ―と光って、やたらめったら熱を放ちだした。あつ、なにこれ超熱い、いたたたたたた!


「や、火傷するっ!」


 力ってこんななの使いようないじゃん、怖い!

 とにかくこの熱いのを体から切り離したくて、私は両手をべしべし振った。

 その甲斐あって手からなんかめっちゃ眩しい光が放たれ、目の前にいた魔王の体を貫く。


 シュウウウウウウゥ……


 気の抜けた効果音と共に魔王の体は崩れ落ち、後ろの壁には穴が開き、重そうな王冠が私の足元にごとりと落ちた。



「………え?」


 あれ? 魔王様? 大丈夫ですか? 今何が起こったの? 

 私は、すっかり元に戻った自分の手と倒れてる魔王と風が吹き抜けてくる穴を見比べ、放心した。


 ざわめく周囲の魔族たちの中から一人真面目そうな眼鏡の男の人が歩み出て、魔王の脈を取り、首を振る。

「崩御なされました」

 

 なんですと。

 崩御ってつまりあれだ、死んだってことだよね、魔王。なんで? あんなに元気そうだったのに? そんな馬鹿な。てゆーか、てゆーか物凄く直視したくないんだけど多分その原因ってもしかしてもしかしなくても……


「カヤマ様」


 眼鏡の人は私に跪き、目を伏せて言った。


「第三十五代魔王就任おめでとうございます。我等魔族一同、心よりの忠誠をお誓い申し上げます」


 ………な、


「わ、わたくしも同じ気持ちでございます」

「素晴らしいお強さでした!」

「魔族史に残る闘いでありましたな!」


 口々に私を褒めそやす魔族たち。なんと死神までそれに加わっている。

 何言ってんのちょっと待って整理させて魔王就任がなんだって? 闘うつもりなんかこれっぽっちもないよ過去も今もこれからも。って魔王やっぱ死んでんの? 私殺しちゃった? ひえええええぇ!


「ど、どうしようどうしようどうしよう」


 わなわな震えながら呟いていると、最初に忠誠云々言った眼鏡の人が、立ち上がって寄り添うように私の傍に立ち、小声でそっと囁いた。


「魔族の世界は、力が全てですので」


「ええええぇ」


「前魔王をお倒しになったからには、責任を取っていただかなくてはなりません。カヤマ様がお取りになれる道は二つに一つ、全魔族の命運を背負うか、ほかの実力者に殺されるか」


 究極の選択過ぎる。

 なんなのこの急展開。


 頭がいっぱいいっぱいになり、目をかっぴらいて口を引き結び眼鏡の人を見上げると、彼はとても優雅な仕草で一礼して見せた。

 

「御覚悟がお有りなら、わたくしは全力で補佐させていただきます」


「いっ……」


 ――いーやーだあああぁ!


 激しい罪悪感と重圧に押し潰されそうになりながら、私は心の中で絶叫した。




 佳山梓、高校二年生、女子。

 この度異世界で魔王に就任することになりました。


 あぁ……神様こんなのあんまりです。

 




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