口うるさい死神
ぱちり。
目を開けると、至近距離に死神がいた。
「……っうわぉ!?」
思わず飛び退ろうとして、自分が横たわっていることに気づく。
「あれ? ここは……あっ、穴!」
なんか穴に落ちたんだった! 何あの穴! 天罰? どっちの?
ごめんなさい神様、ぶっちゃけ私神様なんてどこの宗教もあんま違わないってゆーか同じようなもんだと思ってました! やっぱ違う神と混同されると気分悪いのか! 謝るからお許しを!
「やっと目覚めたようだな」
死神は少し距離を取り、重々しい声で言った。
ねぇそれどっから声出てんの? めっちゃファンタジーだね。
どうして私がこの人を死神だと思ったかっていうと、世間の死神イメージそのままの格好をしているからだ。つまり骸骨の体、真っ黒のローブ、右手には不吉な大鎌。カスカスの喉に声帯があるとは思えない。科学者が見たら憤死しそうだ。
死神ってことはどっちかというとキリスト教の方の神様が怒ったのかなぁ。一応私洗礼受けてるしなぁ。それで巫女のバイトしてたんだから不信心極まりない。でも忙しい時に手伝ってもらうのありがたいってお母さんが喜ぶんだよー。親孝行に免じて許して欲しい。
「娘、そなたには我等魔族の一員として魔王様のため尽力してもらう」
死神は骨ばった――ていうか骨の手で私の腕を掴んだ。
「ひっ! な、なんですか、マゾク?」
神様関係じゃないの? 魔王様ってどなた? RPGゲームぐらいでしか聞いたことないけど。あとは音楽の授業だな。シューベルトの『魔王』。
「そなたはその力を買われ、魔界に召喚されたのだ」
力? 力なんてないよ、全然。こいつただの女子高生になに期待してんの?
「あの、どうして私はここに」
尋ねると、死神はやれやれと言いたげに肩をすくめた。アメリカンかよ。
「鈍い娘だな。我等がそなたを召喚したからに決まっておろう。魔族は現在、戦いを目前に控えている。少しでも戦力を増やしたいのだ」
……はぁ?
召喚? あの穴で? ってことは、神様は完全に関係ないのね? ほぅ。なら強気で行こう。今までの話を聞く限り、こいつただの誘拐犯だ。
私は体勢を整え、死神を睨みつけた。
「私そんなの了承してない」
「依頼していないからな。そなたが我等に協力することは決定されている」
「勝手に決めんな!」
私の叫びに、死神は不機嫌そうに歯をカタカタ鳴らした。
「無礼な娘だな」
「誘拐犯に言われたくないね!」
「魔王様に直接お仕えできる機会など滅多にない! これは最高の栄誉なのだぞ!」
「知らんよ。あんたじゃ埒があかない、上司を呼べ」
「上司?」
「魔王様とやら、呼んで。その人が私を召喚することを決めたんでしょ? なんなら私から行ってもいいから、とにかく話させて」
「なんという不遜な……」
死神はぱかっと口を開けた。さっきから思ってたけどやけに歯並びいいな。きっと生前は虫歯なかったんだね。生前があるのかわかんないけど。
「……よかろう。元々謁見する予定ではあった。くれぐれも失礼のないようにするのだぞ。ついてこい」
ローブを翻し、死神は私に背中を見せる。
私は立ち上がってその三歩あとを歩きながら、必死で神様にお祈りした。
神様、疑っちゃってすみませんでした。慈しみ深き神様はあれぐらいのこと天罰落とすようなせこい真似しませんよね。私の信心が足りませんでした。どうかどうか、このわけわからん状態から助けてください。せめて痛い思いはさせられないようにしてください。魔界とか魔族とか魔王とか嫌な予感しかしないんです。あれ、ちょっと待って、神様って魔界に力及ぶの? ――いや、多分大丈夫なはず、だって地獄作ったのも神様だったような、でも魔界って地獄じゃないし、いやいや一念岩をも通す、違うな、信じる者は救われる。信じることが大事! どうか御加護を!
左手で袂から出したお札を握り締め、右手で十字を切る。目は真っすぐ死神をロックオン。少しでも不審な素振りを見せたらすぐに逃げ出せる準備しとかなきゃ。
黒っぽい光沢のある石でできた堅そうな床は、死神が歩くたびカツンカツンと音が鳴り、周囲の石壁の間で反響する。ブーツでも履いてんのかな。私は草履だからそこまで響かない。
石造りの建物は冷たい雰囲気を漂わせているが、道中見かける木のドアの重厚さや凝った彫刻が施されてる柱のおかげで、なんか妙にお金かかってそうな印象を受けた。華美さは一切ないけど渋くて高級そう。魔王がいるみたいだし、城の中なのかもしれない。
「そなた、名は何という」
死神が突然聞いてきた。
「佳山」
用心して、名字だけ答える。本名を全部知られたら従属させられるとかいう決まりがあるかもしれない。記号として呼び名が必要なだけなら偽名でもいいくらいだ。
「そうか。家名もない下賤な出なのだな」
鼻で笑うような言い方にいらっときたけど、頑張って抑えて内心舌を出す。これが家名なんだよばーか。
「あんたは」
「そなたが知る必要はない。魔王様がそなたを魔族としてお認めになれば、教えるもやぶさかでないが」
めんどくさいなこいつ。
「魔王様は寛大な御方だ。細かい礼儀作法よりも忠義心や功績を重視なされる。しかし、かといって平易な言葉遣いをしてはならん。魔界最強のお力を有される魔王様に相応しい敬意を表しその偉大さを讃え、なるべく顔は上げず話しかけられるまで口を開かずお言葉にはただ『御意』と答え――」
充分細かい礼儀作法だよ。
この死神妙に思いこみ激しそうで、どこまで本気にしていいのかわかんないな。ほかの人のやり方と魔王本人の反応で判断しよう。