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嫌なモテ方

 どこか愛嬌のある顔つきの狛犬二体に挟まれた石畳の上で、私はスーツを着た男の人と対峙していた。


「ごめんなさい、おつきあいはできません」


 申し訳なさそうに断ると、男の人はがっくりと肩を落とし、しかし何故か少し期待するような目で私を見た。


「そ、それはやっぱり、職業的な理由で?」


「……まぁそうですね」


 この回答が一番無難だということは、これまでの経験で学んだ。

 案の定、男の人はふられたばかりだというのに嬉しそうに笑い、「そ、そっか、困らせてごめんね、じゃあまた!」と足早に立ち去っていく。

 彼の姿が見えなくなった頃、私は、はあぁと深いため息をついた。


 巫女幻想強すぎ。

 

 母方の実家が代々続く神主の家系なもんで、お母さんは神主をやってて、私はたまにその手伝いをしている。

 まぁアルバイトみたいなものだ。高校生としては多めのお小遣いが貰えるし、長年見てきた仕事内容だから間違う心配もないし、上司は家族で気楽。

 なんだけど、どういうわけかたまにこうやって参拝客に告白される。

 

 私は別に、すっごい美人というわけじゃない。良くて中の上ぐらい。そんなに歪みのない、でも注目も集めない平坦な顔。

 それが巫女装束を着た途端、神秘的なお姉さんに見えてしまうらしいんだな。

 多分これは、看護婦さんとかフライトアテンダントとかに対する幻想と似たようなものなんだと思う。

 看護婦さんなら優しそう、フライトアテンダントなら上品そう、巫女なら清らかそう。

 職業補正というのは恐ろしい。それを知らないで浮かれてつきあった最初の彼氏は、私服の私を見て「……あれ?」と不可解そうな顔をした。

 結果、告白された一週間後に振られるというスピード破局を味わうこととなる。なんなんだ。いたいけな乙女である私は一晩泣き続け、奴が住む方角に向かって呪いの念を送っておいた。

そんなに巫女装束が好きなら自分で着てろ! 通販で取り寄せて女装趣味に目覚めるがいい!


 それ以来、私が巫女姿の時に告白してくる男は信用しないことにしている。

 勝手に夢を見られ勝手に幻滅されるなんて御免だ。

 

 私は止まっていた手を再び動かし、竹ぼうきで石畳をざっかざっか掃き始めた。

今日はいい天気だ。寒くもなく、暑すぎもしない麗らかな春の日差し。

周りに人もいないし、暇なので、自然と歌を口ずさんでしまう。


『うるわしき 主の御心

 花咲く丘に 御教えの

 かおり高し 白百合の花』


 聖歌288番。明るく綺麗な曲だ。


 うちはちょっと変わった家族構成である。

 お母さんは神主、お父さんは神父なのだ。

 そう、カトリック。宗派どころか宗教が違う。

 本当は神父って結婚できないんだけど、お父さんは早いうちに結婚し、そのあと思い立って離婚して神学校に入ったから、妻帯はしてなくても私という娘がいる。

 不思議と離婚してても両親の仲は悪くない。お母さんは、同じ宗教家として気持ちはわからないでもないと言っていた。心広いなぁ。私が同じことされたら口もきかない自信がある。


 ただ夫としては駄目でもお父さんとしては優しいから、それなりに懐いてて、教会にもよく出入りしてるのだ。聖歌はその時に覚えた。


『あわれみの主の御心

 野にも山にも 御言葉の』


 神社に似つかわしくない鼻歌を歌いながら、石畳の上から砂利を取り除いていく。と、突然目の前の石畳に、ぽかりと黒い穴が開いた。


「……ん?」


 なにこれ。なんか穴っていうかブラックホールみたいな――


「ぅわっ!?」


 穴広がった!


 のけぞっている間もなく、黒い穴は私の足元まで到達し、逃げる余地を与えない速さで体を呑み込んでいく。


「えっ、待っ、誰か、たす――!」


 伸ばした手は虚空を掻き、足は支える地面をなくして落下する。

穴に落ち切ったところで、すぅ、と頭上で穴が閉じた。


 ――なんでこんなことに……!


 視界が黒に塗りつぶされた途端、頭まで朦朧としてきて霞がかかったように思考がぼやけていく。

 やはり異教の神を讃える歌を境内で歌うべきじゃなかったのか、という後悔を最後に、意識が途絶えた。




信心深い方を不快にさせてしまいましたら申し訳ありません。

一応私は緩いクリスチャンです。

ヒロインは、信仰心はあれど細かいことはぐだぐだです。

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