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感情の無い彼

遅くなりました

(・ω<) てへ

(お気に入りの武器、か。)

 全長400mmぐらいのサバイバルナイフが千秋の手に握られている。

 あの時の千秋には大きかったグリップが今の千秋の手に丁度よく馴染んでいる。

 青みがかった銀色の刃が光を反射し光る。

 あの時が脳内で鮮明に再生される。

 父が死んだ時を。

 天使を刺した時を。

 右眼が銀色になった時を。

 前見た時はこんなこと起きなかった。まるであの地獄から抜け出した頃のようだ。

 握るナイフが震えている。呼吸が荒くなっている。


「千秋ちゃん、大丈夫?」


 突然後ろから声を掛けられ、ビクッとしてしまう。

 この声と呼び方は皐月か。

「ああ、大丈夫だ。」

 振り返らずに答えると同時に、ナイフをそっと鞘に収める。こんな物見せて怖がらせてはいけないと思ったからだ。

「何かあったの?」

 心配そうな口調だな。そんだけ今の俺は酷い状況だろう。

「・・・少し疲れただけだ。」

 我ながら下手な嘘だ。

「そう。皆で一緒に研究棟に行かない?真加奈ちゃんとアカネェーが下で待ってるんだけど。」

 いつもみたいに語尾を伸ばしていない。真面目な喋り方だ。まるで、俺を哀れむように聞こえてしまう。

「・・・すまないが少しだけ一人にしてくれ。後から行くから。」

 自分でも分かるくらい元気のない声だ。たかが昔のことを思い出したくらいで。

「うん、分かった。でも、困ってる事があったら私に話して。相談に乗ることくらいできると思うから。」

 皐月は優しいな。こんな俺にまで。

「ああ、ありがとう。」

 その俺の一言を聞くと、皐月は静かに部屋から出て行った。

 最後まで振り返らなかったから、皐月の顔を見なかった。どんな顔をしていただろう。怒っていただろうか。迷惑そうな顔をしていただろうか。

 すまないな、おまえの部屋でもあるのにわがまま言ってしまって。落ち着いたら謝りに行こう。



「あれ、同棲人連れてくるんじゃなかったのか?」

「皐月さんもあまり元気があるようには見えません。何かあったんですか?」

 寮から出てきた私を見て、真加奈と茜が心配そうに聞いてきた。

「大丈夫。千秋ちゃんは後から行くって。」

 私にも分かるくらい元気のない声だ。すると、そんな私を心配したのか真加奈がすぐに反応する。

「何かあったんだな。あの男がなんかされたのか?」

「千秋ちゃんはなにもしないよ!」

 自分で言うのもあれだけど、私が珍しく声を荒らげた。その反応に二人はより心配そうに聞いてきた。

「何があったんだ?」

「あなた、明らかに大丈夫ではありません。私達に話してください。相談に乗ることぐらいなら出来ますから。」

 このまま黙っているわけにもいかないみたい。二人には話しておこう。

「千秋ちゃん、すごく辛そうな顔してたんだ。昨日の夜も、うなされてて。千秋ちゃんの過去が知りたいとかじゃなくて、ただ力になってあげたいんだけどさ。一人にしてくれって言われちゃった。私、迷惑かな。」

 ただ力になりたいって感情以外にも何かある気がするけど、私にも分からない。

「一番ヶ瀬さんは皐月を迷惑だなんて感じてないと思いますよ。皐月さんと一緒にいるとき楽しそうでしたよ。」

「でも、私千秋ちゃんが笑ってるところ見たことないんだよ。私が一緒にいるからじゃないの?」

「確かに笑ってるところ見たことないな。あんまり表情も変わらない奴だよな。」

「そんなに不安なら本人に聞いてみればいいじゃありませんか。」

 確かに本人に聞いてみるのが一番確実だと思う。でも、そこで迷惑だって言われちゃったら私耐えれるかな。あれ?なんでこんなこと思うんだろう。

「時間はまだありますね。それじゃあ、行きましょうか。」

「えっ?今行くの?」

 茜が強引に私と真加奈の手を引き寮へ向かう。

「今以外にいつ行きますの?あなただけだといつまで経っても聞かないでしょう。私達が一緒に行きますからその場で聞いてください。」

 その通りだ。私だけだとそのままにしてしまうかもしれない。でも、二人が付いていてくれたら聞ける気がする。

「達って私も入ってるんだな。」

「嫌ですか?」

「まさか。親友のためならその程度のこと朝飯前だな。」

「真加奈ちゃん、ありがとう。」

 この二人にはいつも助けられちゃうな。今度何か恩返ししなきゃだね。

 寮に入ったところで、真加奈がふと思った事を聞く。

「でもよ。なんで、あの男のことそんなにこだわるんだ?」

「それは私もよく分からないんだよね〜。一緒に暮らすからってだけじゃ無いと思うんだけど。なんか、始めて会った時からすごく気になる人なんだよね。」

「それは一目惚れではありませんか?」

 茜の一言で皐月の動きが止まる。

「えっ?一目惚れってあれだよね。宮城県の美味しいやつだよね。コシヒカリより作るのが簡単だって聞いた事あるよ〜。」

「それは、宮城県登録米ひとめぼれです。」

「ワールドカップに使われたところ?」

「それは、ひとめぼれスタジアムです。」

「東京都千代田区の地名?」

「それは、一ツ橋です。」

「一目見ただけでほれる、つまり恋してしまうことを指し、一般的には一目見た瞬間に特定の相手に対して、夢中になる体験、もしくはその心的な機能のことを指す言葉?」

「それは、一目惚れです。あれ?ああもう、あなたが変なこと沢山言うから分からなくなってしまったではありませんですか。」

 髪の縦ロールを震わせながら茜が怒った。

「ごめん。楽しくなっちゃった。」

「それになんでそんな説明的なんですか?」

「ウィキペディア。」

「えっ?今なんて?」

「なんでもないよ。そんなことより私一目惚れしてたの?」

「聞かれてもあなたの事なんだから分からないですよ。ほら、早く行きますよ。」

 ひとまずいつもの皐月に戻ったみたいで茜と真加奈は安心する。そして、三人は再び歩きだした。エレベーターに乗り三階に上がる。

「うーん、よく分からないな〜。アカネェーは恋した事ある?」

「私はないですね。」

「意外だね。可愛いいからモテてるんだと思ってた。」

「モテる=恋した事あるのとは限りませんから。」

「モテるってところは否定しないんだな。」

「事実ですから。」

「じゃあ、真加奈ちゃんは恋した事ある?」

「私もないな。してみたいけどとは思うけど。」

「真加奈さんがそんなこと思ってたなんて、驚きです。」

「真加奈ちゃん意外と乙女っぽい事言えるんだね。」

 真加奈の顔が一気に赤くなる。

「い、いいじゃないか。私だって乙女なんだから。」

「その言葉は似合いません。」

「似合わないな〜。」

「なんか私だけ扱い酷くない?」

 泣きそうな真加奈をなぐさめてたら、皐月と千秋の部屋の前に着いた。




 話は少し前後する。

 皐月が部屋から出ていってくれた後、すぐにそれは起こった。

 突然の痛みで息が止まる。

(右眼が、痛い。最近はこんなことなかったのに。)

 千秋は洗面所に駆け込んだ。

 洗面所の鏡を覗くと、右眼の瞳が銀色になっている顔が写った。

 この眼はたまにこうなる。久しぶりに暴走したな。最近は上手く使えていたのに。

 普段の眼とこの眼は自分の意思で切り替えできる。しかし、たまに激しい痛みと共に勝手に色が切り替わろうとする。俺はこれを暴走と呼んでいる。暴走は精神が不安定な時に起きてしまう。あの地獄から抜け出したばかりの頃はよく暴走していた。

 銀の眼を使うと超人になる。ふざけているのではなく、真面目にそうなるのだ。

 この眼の能力は発動させると空間認識力や視力などの視覚的能力、記憶力や判断力などの脳の能力を大幅な向上をさせる。

 戦場ではいくら強くても広い視野と冷静な判断が無いとすぐに居なくなる。父がよく言っていた言葉だ。しかし、この眼があればその不安要素はなくなる。

 だが、そんな眼がタダで使い放題な訳が無い。

 使うためには自分の生命力を消費する。原理は蒼眼と同じだが、違う所がある。それは、生命力の消費量だ。

 蒼眼は人により生命力の消費量が少なくなるように手を加えられたドゥームの金属を使用している。しかし、この眼はドゥーム金属そのものだ。消費が半端ではない。この眼の限界稼働時間は一時間といったところだ。蒼眼との服用は自殺行為になるだろう。

 この眼を見たら皆は、皐月はどう思うだろう。化け物だといって俺を避けるようになるのだろうか。昨日のように夜飯を一緒に食べたり、今朝みたいに皆で登校したり出来なくなるのだろうか。

 ふと頬に触る。

 涙が出ている。

 なぜだろう。

 父が死んだ時以来の涙だ。


 あの時から今までの三年間、俺は一人で暮らしていた。

 一人で生きてきた。

 人を避けてきた。

 この眼のせいもあるが他にもある。

 人と一緒にいても何も感じなくなっていたからだ。


「唯一の肉親だった父を目の前で失った事と生死に関わる極限状態に長時間さらされていた事により、精神的負担が限界を超えてしまった。そんな状況を打開するために脳が喜び、悲しみ、痛み、などの一部の感情を消した。それにより、精神的負担が無くなり生きて帰ってこれた。」


 あの後に俺を診断した医者はそう言った。

 俺に残された感情は、恐怖と怒り。脳が生きるために必要と判断した感情だ。

 恐怖で敵から逃げ、怒りで敵を殺す。実に合理的だ。

 感情はなくても自我はあり、日常生活は普通に出来きた。

 感情はなくても悲しむ感情がないから悲しくなかった。

 そんな俺が涙を流した。

 恐怖で流れる涙と違う涙を。

 ありえない。

 そんなことが出来る感情など、残っていない。

 俺は少しの間、涙を流す姿を見つめていた。



 眼も、息も、涙も、全て落ち着いた。

 リビングに戻り鞘に収まっているサバイバルナイフを引き抜く。

 深く息を吐き、右手に構える。

 父に教えてもらった技や見せてもらった技を空中に放つ。

 静寂感漂う部屋に空気を切り裂く音が鳴る。

 今までの訓練とは意味が違う。

 たかがこのナイフを見たぐらいでさっきのように不安定な状況になってはいけない。

 その信念を表現するようにナイフを振る。

 素早く切り裂き、突き刺し、逆手に持ち変えボクシングのように構え、殴るように切る。

 技の途中途中には回し蹴りや上段蹴りを混ぜより実践的な技を繰り返し放つ。

 青みがかった銀色の刃が光る。まるで俺の信念を試すように。

 最後の技を決めナイフを鞘に収める。

 俺は思った。あの涙を見て。

(なんで、涙が出たかは分からない。でも。)

 小声で呟く。

「俺はここに居たい。」

 たとえ、過去の記憶の恐怖を思い出しても、暴走なんてさせない。ここに居るためなら、どんな事にでも耐えてみせる。

(あの涙の意味を知りたい。なぜここに居たいのか知りたい。なぜ皆と居たいのか知りたい。)




 彼女達は千秋の技をリビングへ通じるドアの隙間から見ていた。

「やっぱり、千秋ちゃんはかっこいいねー。」

 小声で皐月が言った。

「いやいや、あいつは部屋でなんてもん振り回してんだ。止めなくていいのかよ。お前の部屋でもあるんだぞ。」

 真加奈が小声で返す。

「千秋ちゃん、かっこいいー。」

 真加奈の言葉を無視するほど皐月は千秋の動きに見とれていた。そんな中、茜は二人とは全く違うことを考えていた。

(あの身のこなしも異常だけど、あのサバイバルナイフの刃の部分はおそらくドゥーム金属でできています。そんな物持ってるなんて、一番ヶ瀬さんって何者なんでしょう。)

 千秋がナイフを鞘に収めた。

 何かを呟いたようだが彼女達には聞こえなかった。

次回、蒼眼装備します。

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