浴衣とジャージ
光の正体は、金や銀のカラーテープだった。テープの光沢が、明かりの色に反射していたのだ。
眩しさに目を細めつつも、顔にかかったテープをはらい、周りを見回す。
目の前には二人の男女が立っていた。
金髪の浴衣姿の外国人風の男性。そして、ジャージを来た黒髪の女性。
二人の手にはクラッカーのような物が握られており、おそらくテープの発生元はそれだろう。
二人とも、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべている。
「驚かせてしまったみたいだね」
男性が笑顔で手を差し出してくる。握手を求めているようだ。
「俺は、ディラン、ディラン=ハーンだ。君の隣の部屋を借りている」
名前からして外国人だろうが、とても流暢な日本語である。ディランは真正の出しかけた手を強引につかむと上下に振った。
「あ、はい……どうも」
真正は困惑し愛想笑いを浮かべたが、ディランはそれに気づくことはない。握手しようとしてくれたことに気を良くしたようだ。
ディランと真正の会話が終わった頃を見計らって、女性が話始めた。
「はじめまして、天野真正さん。わたしは、東川幸音です。よろしくお願いいたします」
女性ーー幸音はそう言って、一礼した。真正にはその動作に大上と通ずるものが感じられた。
幸音の言葉には独特の訛りが感じられたが、あまり気にならない。
それより真正には、ここの住人は礼法の指導でも受けているんじゃないだろうかという考えが浮かんでいた。
「お部屋に案内する前に、少しお話ししましょうか。飲み物は用意していますよ」
幸音の提案にディランは嬉しそうにうなずいた。真正も異論はないとうなずく。最初のコミュニケーションは大事なのだ。
真正自身は人見知りすることはないが、彼らと普通に接することができているというのが、真正にとっては不思議だった。
今、真正たちがいるのは食事をするであろう広いスペース。左右の壁にはそれぞれ三つづつの扉があり、そこがそれぞれの部屋へと繋がっている。
よく貴族が食事していそうなテーブルがあり、椅子は六つ。真正は右側の前から一つ目の椅子、ディランはその隣、幸音は真正の正面に座った。
「どうぞ。落ち着きますよ」
出されたのは緑茶だった。これに真正は困った顔をする。
彼は緑茶があまり好きではなかった。昔母に風予防だとあまり美味しいとは言えないものを飲まされため、苦手意識があるのだ。
ディランは旨そうに飲んでいて、二杯目をおかわりするほど。幸音さんは自分の分を飲み終えて、真正が飲むのを待っているかのように、見ている。
淹れてくれたのを残すことはしたくない、その考えで真正は一気に飲む。
緑茶は熱くなくで火傷することはなく、 しかし冷めているというわけでもない。丁度いい温度で喉を潤すのは心地よかった。
「どうでしょう?」
「すごく、美味しい、です」
真正の感想は本心から来たものだった。昔飲まされたものよりははるかにうまい。それだけではなく、淹れる人の優しさも感じられた気がしたのだ。
真正の言葉に、幸音は満面の笑みで答えた。
その後は自己紹介などの時間だった。真正が話すことを、ディランと幸音は楽しそうに聞いていた。家の風習には驚きつつも、楽しそうに聞いていた。特にディランは、侍の話が出たからだろうか、とても食いついていた。
真正が興味を引かれたのが、ディランの好きなものは馬であるということ。
ディランの生まれはイギリスであり、彼の実家では馬を飼っているという。競馬も若干ながらハマっているらしく、そのことについて楽しそうに話していたが、幸音に注意されていた。
真正が、馬肉は好きなのかと尋ねると、ディランは、吐きそうな顔で、あれは騎士の食すものではないと言っていたが、真正には意味がよくわからない答えだった。
他には、幸音が鍋好きで、彼女一人に食事を任せると絶対に鍋になるという話を聞いた。鍋を囲む雰囲気が好きらしいが、熱弁する彼女を見て、ディランは困ったように首を振っていた。
その後は、暮らすうえでの注意や役割分担などの説明がなされた。
そして、真正が驚いたのはあと二人住人がいるということである。
二人とも女性であり、一人は真正と同じく新しく入ってくる人であり、もう一人は自室で眠っているらしい。
真正は眠っている人のことを訪ねたが、幸音とディランは少し困ったように顔を見合わせ、後でと返すだけだった。
真正はその反応に疑問を抱いたが、そこで話は終了となった。
◇◇◇
「すっげぇ、広い!」
真正の自室となる部屋に案内された、彼の第一声はそれだった。
「それじゃ」
真正の反応に笑い、案内役のディランは外へと出ていった。
それを確認すると、真正はベッドの上へダイブ。
部屋は彼の実家の部屋よりも広く、大きな窓があった。ベッドは建物の雰囲気から天蓋付きを想像したが、そんなことはなく一人用よりは少し大きめのベッドだった。
真正は明日からことに期待と不安を混じらせながら、色々なことを考えていた。
その内、疲れが出ていたのだろうか、微かな寝息をたて始める。
幸音が一度様子を見に来たが、彼の様子を見て優しげな笑みをこぼし、毛布をかけ、部屋をあとにした。
真正はそれに気づかず、完璧に眠りへと落ちていた。
それが彼が絶叫する夜までの出来事である。
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