不穏
飛行機には相変わらず慣れなかった。長くボストンに留学していたから、飛行機なんて何回も乗ったけど、苦手なものは苦手だ。秋波は隣の勇二を起こさないようにそっと繋いだ手をほどきながら深いため息をついた。機内は暗く、乗客は寝静まっていて声もしない。飛行機はまだまだ着陸する気配はなかった。
それから到着したのは七時間後、ミュンヘンの空港に着いたのは夜の9時を回ったところだった。スーツケースは勇二の大きいやつ、赤のバンダナ付き、
「俺がとるから秋波は座ってて」
勇二は優しい。秋波はありがたくベンチで待たせてもらうことにした。スーツケースを早くも見つけ、レーンから引きずり出そうとするカップルとぶつかりそうになり慌てて避けつつベンチに向かう…あれ機内でみた馬鹿っぷるだ…女のけばけばしいピンクのセーターの記憶が強く、ネイビーの品のあるロングコートを羽織っていてイメージがちがかったので一瞬わからなかったのだ…が無事スーツケースを引きずり出しにっこりするのをぼんやりと眺めていた。
ので勇二が我々のスーツケースを無事引き上げる勇姿を見ることなく、スーツケース片手に近づいてくる勇二の先導で空港をあとにした。時間はもう10時をまわるところだった。