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触覚
蛾の触覚の本数は必ずや偶数だそうだ。あのふさふさした触覚の一本一本を抜いて確かめた昆虫博士がいた。
夜寝る前に台所のシンク上の窓を開けておいて、シンクに水を貼りその上に蝋燭を浮かべて火をつける。水には一滴のオリーブオイル。蛾はオイルの匂いと炎に誘われて近付き、そして水に落ちる。朝おきると、3、4匹の蛾が水に浮かんでいる、それを、つまみとりコットンの上に広げてシンクの水を抜く。必ずコロンビア産のコーヒーを豆から挽いてコーヒーをいれ、朝のいっぱいを飲みながら虫眼鏡を覗きつつ一本一本触覚の毛を抜くのだ。丁寧に本数をノートに書き留めたあと、一本毛の触覚となった蛾は妻の手でキッチンペーパーにくるまれてごみ箱へ。それを毎日7年続け、交通事故で博士が死んだ1922年8月5日に 終った。