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―怪奇行―  作者: カンナビス
9/19

ちらつく影 3

 重人、柳の両名が部室に到着するより、時間を遡る事、一時間。

 三手に別れ一人になった春は、まず携帯を見た。

 彼女は二人よりも圧倒的に広い交友関係を持っている。握られたスマフォの電話帳欄は名前でビッシリ埋まっている。

 まずは母親である秋衣に電話をした。

 授業をサボった事が学校から家へ伝わっているかもしれない。

 案の定、学校から秋衣の方へ連絡が入っていたようだ。

「学校から連絡があったけど、どうしたの?」 訊いて来た秋衣に、彼女は超能力の話題を避け、大事な用事がある。どうしてもやらなければならない事がある、と真摯に伝えた。

「だから、帰りは遅くなるかもしれない」

「重人くんと一緒?」

「今は一緒じゃないけど、あとで合流する」

「なら安心ね」 秋衣は言った。電話の向こう側で微笑んでいるのが分かるくらい柔らかい物言いだった。

 春は電話をきると電話帳から名前を探した。

 今日欠席した生徒達へ一件ずつ電話とメールを送り、ちょうど近くにある公園のベンチで暫し返信を待つ。

 その間、今までは聞こうとしなかった“声”に耳を傾けた。

 自分以外にも特殊な力を持った者がいる。異常な事ではあるが悪い事ではないのだ。そう思うと今まで不安で怖くて聞けなかった声が、喫茶店の団欒の様に自然と入って来た。

{人――いない。最近――子供――すくない}

{みんなテレビゲームに夢中}

{しかたない}

{マリちゃん遊んでよ}

{こうじくんこないかな}

 “声”は公園離れの激しい子供への訴えでいっぱいだった。

{お尻 お尻 お尻}

 突如聞こえて来た声に春は腰を上げた。

 ベンチの声だ。しかし人の様ないやらしさは感じない。

 単純に尻を尻として認識して呟いている様だった。

 春は一回咳払いをするとスカートを直しながら座った。

「ごめんね。人間が勝手に作っておきながら放ったらかしにして」

 春は公園にあるブランコ、鉄棒、ジャングルジム、うんてい、砂場、シーソー等、全体に語りかける様に言った。

{え}

{なんだ}

{どういう事}

{まさかまさか}

{聞き間違えに違いない}

 “公園”が動揺している。

 どこか言葉足らずの様ではあるが人間の様な焦燥を春は感じた。

「大丈夫だよ。私もびっくりしてるけど、どういう訳か声が聞こえるの」

 宙へ向かって言う。

 公園全体がざわついた。

 当然このざわつきを聞けるのは春だけだ。

 音量がでかい。春は意識集中させる。次第にザワつきが不快に感じない程度のボリュームに下がった。

 公園が語りかけて来た。なぜ? どうして? と。

 説明したかったが春にもよく分からない。

 とりあえずIF以降出来る様になったと伝えたら公園は渋々納得した。

 それからは会話と呼べる程度には話が出来た。

 主に公園が愚痴を吐くだけだったがベンチだけは上機嫌だ。

{ブランコにも乗らず何をしてるの?}

「携帯の返信を待ってるの」

 春は携帯画面を弄った。着信は無い。もう三十分くらい公園にいる。

 深く溜息をつき、辺りを見回すと男子が公園脇の道路を歩いていた。

 見覚えのある男子だった。

「重人の友達だっけ?」

 呟いて、おーい! と呼んでみる。

 男子は春の方を見たが、すぐ向き直り歩いて行ってしまう。

 春はそれを追いかけた。

「ちょっと、待ってよ!」

 男子は振り向く。

「何か用かい?」

「え、いや――」

 呼び止めたはいいが、これといって要件はない。

 ただ、公園で着信を待っているだけなのが、もどかしかったからかもしれない。

「えっと、確か名前は……」

 ここまで出かかっているのに名前が出てこない。

 銀縁のメガネに脛が見えかけるほどちょんちょんな学生ズボン――

「関谷だ。関谷直志! それに山田と交友関係はない」

 口をぱくぱくと動かしている春を見て、もどかしくなったのか関谷から名乗って来た。

「そうだ! 関谷君だ。重人と仲良かったよね!」

「だから違うと言っているだろ。あの時、山田と僕のやり取りを見てたろ」

 言われて春は思い出した。

 ――そうだ、重人とは犬猿の仲だ。間違えた。

 思った春は話を逸らす為に別の話題を探した。

「こんな時間に下校してるなんて、関谷君にしては珍しいんじゃない?」

「別に、ちょっと頭痛がひどくて」

 関谷はむすっとしながら答えた。

「早退かー」

「そんな君、鈴置君だったか。君こそこんな時間にどうして? サボりかい?」

 春は一瞬考えた。学園に超能力者がいて、二年B組で欠席が多いのは、それが関係しているかもしれない。そう全部言ってしまおうか、と。

 彼は信じてくれるだろうか。いや信じる筈がない。頭がおかしいと思われるのがおちだろう。

 そう思い春は当たり障りの無い返事を返す。

「まあ、そんなとこかな。そういえば、そっちのクラスは休み多いの?」

「ん?」

「こっちのクラス、休みが多くって」

「こっちはそうでもない」

 やはりB組だけなのだろうか。もしかしたらB組のクラスメイトが関係しているのかもしれない。

「何か心当たりがある。そんな表情かおだ」

 春はドキリとした。思いきり顔に出ているのだろう。昔から嘘をつくのが下手だと友人達から言われている。今は本人でもそう思える程に動揺している。心臓の鼓動が強くなるのを感じた。

「し、知らないよ!」

「何を?」

「え……」

 押し黙る春。

「興味ないけどね。ただ、最近学園がおかしいとは思うよ」

「そう?」

 春は態とらしく訊きかえした。

「実は僕のクラスは担任が休みでね。それも無断欠席だそうだ」

「何かあったのかな?」

「何があるっていうんだい?」

 春はうっ、と口を押さえた。

 どうしよう、このまま会話を続けていたら全部喋ってしまいそうだ。

 考えを巡らせ歩いていると

「危ない!」

 関谷が叫びながら春の腕を引っ張った。

 春は驚きで声も出ない。

 数秒おいて春がそのまま進んでいたら通っていたであろう交差点の影から、バイクが飛び出してきた。

「気をつけろ!」

「ごめん」

 交差点の存在に気付かなかった。普段ならありえない。超能力、超能力者、消える生徒。現状は彼女に大きく影響を与えていた。

「考え事でもしてたのか、死にたいのか――」

「だって――」

 出かかっている言葉が出ない。というより出せない。

「いらいらするな。言いた事があるなら言えばいいだろう」

 言えたらどれだけ楽だろうか。

 春は居た堪れなくなり走った。

 この場に居たくない。

 自分はどうしてああだこうだ考えているんだ。剣道の試合の時のように頭を空っぽに出来ればいいのに。

 どのくらい走っただろう。

 後ろを振り向き関谷が追いかけて来てないか確認する。来ていない。当然といえば当然だ。元々自分が勝手に声を掛けたのだから。

 追いかけてきて無理矢理にでも事情を聞き出し、この重荷から開放してくれる。そんな恋愛漫画にありそうな展開あるわけがない。

 立ち止まったそこは、あまりこない街の一角だった。

 午後という事で街を歩く人は、主婦や大学生などが多い。

 今は人のいる所に居たくないと春は思った。

 人を避ける様に、右に左に角を曲がっていく。自然と道は細くなっていく。

 気付くと街の裏側へ移動していた。

 入り組んだ路地は一通並の広さしか無い。建物が上手い具合に日光を遮り、人工物でつくった獣道となっていた。

 普段ならこんな不気味な場所には近付かないが、今では憩い場に感じる。

 この先こうやって日陰に身を隠しながら生きなければいけないのか、と春は空を仰いだ。

「あら、珍しいお客さん」

 そう声を掛けられ、春は声の方――春の左手側にある人間二人分程の細路地を見る。

 そこには東栄学園の制服を着た女子が立っていた。

 春より頭三分の一くらい背が高い。エアウェーブとデジタルパーマで加工された栗色の髪を真ん中で分けている。

 ふんわりとした髪の毛の間からは整ったキツ目の顔がのぞいていた。

 路地の陰湿な空気には不釣り合いな、華やかな雰囲気を纏っている。

 春はこの女子に見覚えがあった。

「檜高……さん?」

「あら、春ちゃんがわたしの事知ってるなんて光栄だなー」

 春はこの女子生徒、檜高敦子が苦手だ。

 中学が違い、高校では同じクラスになった事がない。当然、喋った事も無い。たまに学校ですれ違う程度だ。なのに、いつも見られている様な、それも敵視されている様な感じがする。

 ――ちょっと気まずい……緊張するなぁ。

「檜高さん、何でこんな所に?」

「こんなところって、一応ここはうちらの溜場だった場所だからね」

 檜高は栗色に混じったシルバーのエクステを、指で螺旋を描くように弄った。

 春は想像を巡らせる。

 檜高はギャルグループの筆頭。この薄暗い空間でいったい何をしていたんだろうか。

「ここねー。前は結構デコったりして華やかだったんだけど――確かにこんなところって言われても仕方ないか」

「そんな、全然馬鹿にするとかそんなつもりで言ったんじゃないよ」

「わかってる。春ちゃんは、そんな子じゃないもんねー。イイ子イイ子だもん」

「え……そんな――」

「事あるよ! 超能力があるのに悪い事しないし。むしろ今いい事の為に使おうとしてる」

「え!?」

 檜高は嫌らしい笑みを浮かべた。

「隠さなくていいのよー。わたしもだから」

 まさかの告白に春はやっと肩の荷がおりた気がした。

 ついにぶちまけられる。そして協力をを仰ぐ事のできる相手に巡り会えたんだ、と。

「あのね、実は今うちのクラスが――」

「欠席が多い。そして欠席者と連絡がとれない。かな?」

「うん!」

「それは、きっと悪い超能力者の仕業ね!」

 檜高は口元に手を当てて考える様な仕草をとる。

 ギャルギャルしい姿と合わさりとてもシュールだ、と春は思った。

「やっぱりそうなんだ……どうしよう?」

「とりあえず。そこで相談しましょう」 檜高は自分の後ろを親指で差した。

 春から見て檜高より更に奥、十数メートルの場所に開けた場所が見える。

 春は言われるまま彼女に着いていく。

 そこは使われなくなった建物や、現役の建物が上手い事重なり合い約十メートル四方の広場と化していた。

 広場を形成している壁の一つに茶色い片開きドアがある。

 檜高は「この中で話しましょ」 と促して来た。

 こくりと頷いた春は彼女の後に続きドアを通った。

 なかの第一印象は暗さ、そして臭いだった。

 路地より更に暗く、目が慣れるまで足元も覚束無いくらいだ。

 鼻に靄でもかけられた様な不快感と息苦しさ。とても人が集まる場所とは思えない。

「あの、ここって?」

 春が訊ねた。

 すると前方から、香水まじりの風がふわりと吹くのを春は感じた。

「昔、っていってもIFの前だけど、それまでは溜場だったよ。今はね――」

 暗い部屋なのに、春には彼女の表情が何故かはっきりと分かる気がした。

 檜高が壁に手をかけ、何かを弄るように動かすと部屋がパッと明るくなる。

「ヒャッ!!」

 春は思わず声を上げた。

 赤い染みだ。一面赤黒い染みがついている。

「倉庫なの」

 檜高は歯を見せて笑った。

 春はやや狼狽気味に目を動かし室内をぐるりと見回す。全面アスファルトで出来た数メートル四方の空間。春の右手側の壁には更に通路がある。その先は本当に真っ暗で、何があるのか目視では確認出来ない。

「倉庫っていったい――」

「悪い超能力者の仕事場ってところかな」

「それって――」

 言い終わる前に春は壁に叩きつけられた。

 檜高は一歩も動いていない。まるで自分が磁石になって背から壁に吸い付くかの様に――。

 痛みとショックで春はぐったりと膝をつく。

 檜高が一歩前に出た。

「あー、剣道でインターハイいってて、超能力まであってこの程度? 弱っ! もっと早くシメとくんだった」

 頭をふる彼女を春は真っ直ぐに見据えた。

 何故こんな事をするのか訊きたかったが、直ぐに檜高が怒鳴り散らす。

「あんたさ、ホントむかつく! スポーツ万能で、勉強もそこそこできて、見た目もよくて、性格もいいとかさ。その目もムカつくんだよね! 怒りもない、見下すわけでもない。こんな事されてんのに、わたしの事を一片も憎いって思ってないでしょ? 怒ってみろよ! さあ! さあ! さあ!」

 檜高が春に手をかざす。すると春の体は縛り付けられたかの様に締まり、数十センチ浮き上がった。

 ――縛られてる? 違う、体が……。

 春は体を動かそうとした。だが力が入らない。感覚だけ残し麻痺したみたいに動かないのだ。

「これがわたしの能力! どう? 凄いでしょ!」

 体がねじ切れる。そう思った時だった。

 何かがドアから飛び込んで来た。

 それは檜高の肩あたりに当たり、途端春の体は自由になった。

 春は間髪いれずドアから外に出た。走る、全速力だ。

「きゃっ!?」

 しかし直ぐに何かにぶつかり春は尻餅をついた。

 ぶつかった対象も同じく尻餅をつく。

 二つの視線が交差して春は声を上げた。

「関谷君!?」

「鈴置君――」

 関谷は春の腕を掴み駆けた。

 何が何やら。引っ張られるままに走った。

 細路地を抜けて『倉庫』の入口が見えなくなる。更に幾つも角を曲がって、ついに路地から脱出する事が出来た。

「君は何を考えているんだい!?」

 途端溢れそうになる涙を春は堪えた。

 直に当たる日光が懐かしい。

 時間にすればほんの数分から数十分の出来事だ。それなのに迷宮にでも迷い込んでしまったかの様な恐怖が、今になって襲って来た。

 抜け出す事ができたんだ、と青空を仰ぎ実感する。

「もうダメかと思った……」

 胸を撫で下ろす春をしげしげと見つめる関谷。

「ん?」

 春は真っ直ぐ関谷を見返す。

「いやっ、まさか君も超能力を発現させてたなんてな」

「も!? って事は関谷君も超能力を? 何か飛び込んできたけど、あれ関谷君がやったの!?」

「な、今頃気付いたのか」

「だって、夢中で走ってたから……」

「まあ、そうだろう。ドアが開いててよかったよ。正直、閉まってたら自分から開ける事はないからな」

「でも、関谷くんは何であんな場所に?」 春は訝しんだ。助けたふりをして実は檜高の仲間なのでは、と。

「君、僕があいつの仲間なんじゃ、って疑ってるのか?」

「なんで」

「顔に思いきり出てるよ……」

 春はしまった、と口元を押さえる。

「いやねえ僕があいつの仲間なら、あの状況で君を助けるのは有り得ないだろ」

 春は暫し黙り考える。

「とりあえず、信じる。でも何であんな場所に?」

「君の様子がおかしかったから追ってきたのさ。能力を使ってね」

「石を投げる能力?」 春は冗談めかして言った。

「それ超能力でも何でもないじゃないか! それより早いとこ移動しよう。追って来るかもしれない」

 春はハッと倉庫の方角へ頭をふった。

 大丈夫だ来ていない。しかし油断は出来ない。

 春の体があの不可思議な感覚を思い出した。

 自分の体が別の意思を持っているみたいに、勝手に締まり捻れ叩き付けられる。背中にズキリと痛みが走った。

「鈴置くん?」

「行こう」

「どこへだい?」

「学校」

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