ちらつく影 2
重人は彷徨っていた。
探すといっても何をどう探せばいいのか。見知らぬ人に宇野ちずるの事を聞いても知らないと言われるのがおちだろう。
「はあ、聞き込みなら学校が一番なんだけどなぁ」
そう言いながら学校へ行かないのは柳が、自分は学校を調べると言っていたからだった。
そして春は交友関係が広い。
他の友人達にメールや電話で、いくらでも聞き込みが出来るだろう。
重人が出来る事は最早無いと言っても過言ではない。
町をブラブラ歩く。
――あ゛ー、イライラしてきた。どっかに殴らせてくれるヤンキー君でもいないかね。
重人は断続的に舌を打ちながらガニ股で進む。角を見つけては右へ、右へと曲がっていく。すると、いつの間にか十数年前は栄えていた廃工場群エリアへ来てしまった。
あまり来た事がない場所だ。本当にここは日本なのかと疑いたくなる有様だ。恐らく悪名高い北区もこんな感じなんだろうと重人は思った。
――気味わりぃな。
鬱蒼と立ち並ぶアスファルトと鉄筋の塊。この場所だけ少し薄暗く、気温が低いんじゃないかと錯覚させる。。彼は妙な畏怖を感じた。
――戻った方が良さそうだな。
そう思い引き返そうとUターンをする。
「ん?」
はて、と目を凝らす。何やら蠢く物体を三つばかし認めた。
背は低い。一番高い所で重人の膝くらい。それから四足歩行だ。
「犬?」
そう呟いたと同時に、その三つが重人目掛けて走ってきた。近づくにつれてはっきりと、その四足が犬であると確認できた。明らかに飼い犬とは違った気性の粗さが伺える。ヨダレを四散させながら重人に齧り付つかんとしていた。
「ま、まじかよ!?」
重人は走った。走力には自信がある。しかし、それでも直線だと確実に追いつかれそうだ。角を見つける度に曲がるのだが相手もなかなかどうして。お手本の様なコーナリングで、ぐいぐいと重人との差を縮めていく。
「やべえっ!」
とにかく真面に走りっこしても敵うわけがない。そう改めて実感し、周りを見回しながら走っていると、廃工場の一角にハシゴが二つ並んでいるのを見つけた。
工場壁に密着しているタイプの物で、一つは屋上まで伸びており、もう一つは二階非常口に繋がっている。
重人は短い方のハシゴに飛びついた。
間一髪だった。一メートルほど登った所で追いつかれたのだ。
もしも走り続けていたら、今頃噛み殺されていたかもしれない。
下を見ると三匹の野良犬が、吠えたり唸ったりしながらこちらを見ていた。食わせろ。肉食わせろ。そう言っている様な気がして重人は身震いした。
「もう、ぜってえーここ来ねえわ」
ハシゴを上りきり約二メートル四方の錆びた網床に立ち「ふう」 と一息ついた。
そして工場内へ入る。
ドアが半開きになっていたのは幸いだった。
「はあ、ここはここで不気味だなあ」
作業ラインが形成されていた跡が伺える。
小型トラックを丸々運べそうなベルトコンベア式の床がざっと並んでいる。床を操作する為の台には青、赤、黄色、オレンジとボタンがならんでおり、まだ動きそうな雰囲気が漂っていた。
「犬たちはまだ下だろうし……これ、どっかに降りれるとこあるのか?」
重人は道なりにぐるりと周る。
「お、階段発見!」 と階段を道なりに降りていき一階のベルトコンベア床に立った。
「これ、いきなり動き出したりしないよな」
床を注意深く見ながら、犬たちから離れる様に出口を探す。
「あの、こっちに出口ありますよ」
突然、人の声がした。
重人は声の方へ向く。おかっぱ頭で背の低い少年が立っている。
「誰?」
「え、驚かないんですか?」
少年は不思議そうに問いかけた。
「あ、まあ。そうねぇ――つかお前、同じ学校?」
「僕の事知ってるんですか?」
「わりぃ、知らね」
重人は学ランの襟元を相手に見せる様に引っ張った。
「あ、制服か。でも学ランなんて似たような物沢山あるのによくわかりましたね――校章か! なんだ、噂じゃ凄い馬鹿って聞いてたのに意外と洞察力あるじゃないですか」
――馬鹿って……まあいいや。
「てか、なんで微妙に敬語? もしかして一年?」
「はい。佐藤拓己っていいます」
「ふーん、で出口どこ?」
言われた佐藤はムッと顔をしかめた。しかし直ぐに笑顔に戻す。
「教えてもいいんですけど、ここで先輩を殺さなくちゃいけなくって」
重人は一瞬耳を疑った。
喧嘩を売ってくる奴は数多くいるが、未だかつて出会った中でも、この少年は最弱なのではと思ったからだ。
――背だけなら春と同じくらいなんじゃねえか……。
170台後半で70キロ以上ある重人が負けるはずがない。大人と子供くらい差があるのではないか、と重人は人差し指で頬を掻いた。
「あ、僕の事雑魚とか思ってます?」
「ていうかマジなの? やめとけよ」
「何でです? 自分の方が強いから怪我するぞ、とでも言いたいですか? ムカつくんですよね。あんたみたいな中途半端に正義感ぶってる奴」
佐藤は徐に片手を上げた。掲げたと言った方が近いかもしれない。すると、ざわざわと何か動く気配を重人は感じた。辺りに気を配る。
人数を集めやがったか上等だ。そう思ったが――
「げっ!?」
思わず声をあげた。
集まってきたのが犬だったからだ。
「お前何、ブリーダーか何か?」
「あはは、この状況でよくそんな冗談言えますね」
佐藤が掲げた手を手首だけブランと下げる。すると、十数匹はいる犬達が、全くの誤差もなく伏せをした。
「世界一のブリーダーでもこんな事出来ないと思いますけど?」
佐藤は、どうだと言わんばかりに笑みを作った。
「だから、つまり実は世界一のブリーダーは君だった。はい、おめでとう。って事で出口教えて欲しいんだけど」
重人は飄々と言ってのける。だが、内心ではかなり焦っていた。
――こいつも超能力者か? 柳の言う通りになっちまったか。
『いい能力者とは限らない』
重人は彼女のそんな言葉を思い出した。
「馬鹿にしてんじゃねえよ山田! 今すぐコイツら全員お前に嗾けてもいいんだぞ!」
佐藤のそれは脅しではない。
どういう能力なのか。兎に角、犬を自由に操れるのは間違いなさそうである。
重人は唇の端を噛んだ。どんな調子でどんな事を言っても、この絶体絶命の状況は変わらない。
――どうする。
半ば諦めながらこの状況から抜け出す方法を考えていると
「とはいったものの今仲間が欲しいんですよね、僕」
佐藤は視線を泳がせた。
「仲間? 超能力者のか?」
「ええ、先輩は気づいてないかもしれないけど東栄学園には、かなりの能力発現者がいますよ。まあ、なんていいますか今は、その能力者同士の骨肉の争い。みたいな状態でして」
「覇権争いってやつか。どうなのよ君のポジは」
重人は漫画で見た暴走族同士の抗争を思い浮かべた。
――ゴォォォォッ!!! とか、がぁぁあぁあッ!!! とか叫びながらやりあってんのかな。
『超能力者』同士の筈が、重人の空想ではリーゼント頭の特攻服が木材で殴り合っていた。
佐藤は嬉しそうに笑いだした。
「いや、それが今は主人を見つけて、その人の下で働いてますよ。今ここにいるのもその為です。ただこの先、僕等を脅かす能力者が現れるかもしれない。校内だけじゃなく町中で、日本中で、果てには世界中で――その時の為に出来るだけ能力者の兵隊が欲しいんですよね」
「なにそれ、世界征服でもしようってわけ?」
「それは飛躍しすぎですけど、とりあえず東栄学園は僕らがいただきますよ」
「僕ら?」
「知りたいです?」
佐藤は頭だけ前に出して煽ってくる。
――うぜぇ。
重人が内心イラつき黙っていると、佐藤は自分から内情を話してきた。
『主人』という人物が今現在もっとも力があり、次いで佐藤を含めた『主人』に力を貸す四人の超能力者が、実質東栄学園を仕切っているとの事だった。
「で、先輩の能力は?」
「あん? んだよ――」
「先輩って超能力使えないんじゃないですか?」
「んなわけねえじゃん」
「あはは、嘘ついてもバレバレです」
「あ?」
「部室での会話聞いてましたから。まあ正確にはこいつらが」
佐藤は犬たちへ視線を流す。
「ち、じゃあ何で俺にそっちの事情を話したの」
「あんた蚊帳の外なんだよね。それをわからせるためさ」
佐藤の目が細まった。
攻撃してくるか。いよいよフィナーレだ。重人は唇の端を噛む。しかし直ぐに止めた。どうせ殺られるなら堂々と弱みなど見せずに殺られてやる。
――さあ、こい。
そう思った時だった。パトカーのサイレン音が近づいてくる。重人は通報した覚えがない。
――いったい誰が。
「先輩……覚えといて下さいね」
そう言い残し佐藤はあっさり引いた。
意外だった。さり際に犬を嗾ける事も出来ただろうに。
重人はその場にへたり込んだ。
「はぁ……マジ死ぬかと思った」
「死んでてもおかしくなかったわ」
そう声がして向くと、そこには柳真央美がスマフォを片手に立っていた。
「柳!? なんで? 学校へ行ったんじゃないのか――」
「学校を調べようと思ったんだけど少し心配だったの」
「心配?」
「ええ、もしも超能力者が絡んでて、私たちの行動が筒抜けだとしたら――ってね」
「……お前、よくそこまで頭まわんな?」
「そうかしら?」
柳は不思議そうに言った。彼女にとっては本当に当然の事なのだろう。
「でもホント助かった。感謝感謝。今度マックおごるわ」
「いいのよ、思わぬ収穫があったし」
「収穫? ……今の会話聞いてたんか? つか何時からいたの?」
柳は口に手を当て小さく微笑んだ。
「犬に追い掛けられてるあたりからかな」
「おい、その時点で助けろよ!」
「助けようと思ったんだけど、その時あの佐藤拓己君を見つけて何かあるなって思ったの」
「思ったの。じゃないから!」
「山田くんなら逃げ切るって思ったから。多分」
「多分って!」
重人はこの女が一番怖い。無数の野良犬なんか屁でもない。これはまさに魔性の狐だと内心でぼやいた。
「それにしても四人の超能力者と、その主人ね……」
柳は顎に手を添えて何か考えている様だ。
差詰めそれっぽい生徒を記憶の中から見つけ出そうとしているのだろう。
「なんか超能力っていうのが当たり前に感じてきたわぁ」 重人は宙へ視線を泳がす。
超能力の存在を知って、まだ一日も経っていないというのに馴染み始めている。見えていなかっただけで、これほどまでに目まぐるしく世界は変わろうとしているのか、と重人はゆっくり息を吐いた。
「とりあえず逃げましょ。警察来るから」
言われて、そうだった! と重人は慌てて立ち上がり柳と共に廃工場群を後にした。
とりあえず部室に戻ろう。
そう彼女に言われ重人は春にメールで伝える。
「ちょっと期待したんだけどな」
部室へ向かう道で柳が言った。
「何を?」
「山田くんも超能力を発現させるかもって」
「あ、なんかすまん」
命の危機をうけても無理だったんだから、もしかしたらこのさき一生、超能力を発現する日はこないのかもしれない。重人は口をへの字にした。あんな能力や、こんな能力を妄想していたのに、とやや落胆を見せる。もしも今ここにテレパスでもいた日には一生軽蔑対象になりかねない。
「ま、まあ、でる時がくれば勝手に出てくんじゃん? こうドーン! みたいな感じで」
「そうね、こういうのは思いもよらない時に出るのかもしれないわね」
部室までもう少し。
重人が携帯で時間を確認した。もう十六時になろうとしている。
「あー、おもっきし授業さぼったから、まーた職員室行き&反省文かな」
と、忌々しそうに頭をかく重人に柳はきょとんと目を向ける。
「どしたよ?」
「いえ、そう言えば○区は、そういうのがあるのかと思って」
「柳って○区出身じゃなかったっけ?」
「ええ、私は中学までは中央区にいたから」
「そうだっけ? お前も災難だよな。○区なんて平凡なとこに来たかと思えば、こんな事になって」
「そんな事ないわよ」
「そうか? あ、」
学校が見えた。なんだか懐かしの我が家にでも帰ってきた気分だ。
下校している生徒とすれ違う。恐らく違う学年だろう。数人でかたまって談笑している姿に重人は胸をなで下ろした。
よかった。平和だ。超能力とか今まで聞いた事、体験した事が嘘の様だ。しかし超能力は確かに存在し超能力者は確かに、この学校に潜んでいる。
「そういえば、鈴置さんはもう部室にいるのかしら?」
言われて重人は携帯をひらく。メールが来ていた。
部室にいるとの事らしい。
二人は足を早める。
部室を開くと春が座布団に座っていた。
そして、もう一人生徒がいる。
重人は、その生徒に見覚えがある。と言うよりよく知っている。と言うと語弊があるかもしれない。
この生徒の中身を詳しく知っているわけではないからだ。
だが名前は知っているし数少ない嫌いな男子の一人だ。
「ガリ勉関谷!? なんでお前が――」




