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―怪奇行―  作者: カンナビス
6/19

畏感 3

 今日は登校してから、ずっと重人に視線が集中している。

 原因は顔の左側にある大きな青あざのせいだろう。

 柳にノックアウトされてから暫くそのままの体勢で過ごし家に帰った。

 秋衣は「まあっ!」 と驚いていたが、中学時代の重人の無茶を見ていたせいか、それ以上はさほど驚く素振りもなく救急箱を出してくれた。

 大変だったのは春に見られた時だった。

 どうしたの!? 位には驚かれるだろうと予想していたが、その遥か上をいった。

 彼女は重人の顔見るなり大泣きしたのだ。

「ごめんね」 と何度も繰り返し

「あたしのせいで」「明日は学校いくから」 

 幼馴染のこんな姿を初めて見た重人は、兎に角「いいよいいよ」 と宥めた。

 結局、泣きっぱなしだった彼女を数時間慰めるはめになり、やっとこさ泣き止ましたのだ。

 そして忙しく時間は過ぎ、現在――昼休みに至る。

 柳真央美も普通に学校に来ていた。

 当然、教室で重人と合う事になるが、彼女は重人の顔を見ても普段通りの“柳真央美”であった。

 気まづいとか、申し訳ないとか、怖いという感情がこの女には無いのだろう。

 今、重人は自分の席に座り美麗な少女を眺めていた。

 ――読書ね。何の本だ? 格闘技? 武術? 亀仙流?

 重人は目を凝らし、更に細める。これは最早、見るというより観察といった方が正しいかもしれない。

 あの細い身体のどこにあんな怪力があるのか。

 改めて顔の左側を触ってみる。

「痛ッ」 

 じんっ、と打ちみ特有の痛みが伝わった。

「これをあいつがねぇ……」

「ちょっと見すぎだよ」

 春が指摘する。

 確かに傍からみたらかなり怪しいというか、柳に気があるみたいに思われてもおかしくない。それ程のガン見である。

「ああ、てかこれあいつにやられたの」

 重人は忌々しそうに顔の左側を指差した。

「自業自得っていうか? まあ――うん」

 なんだそれは! 昨日はあんなに自分のせいだ何だと言っていたのに。

 女はつくづく分からない、と重人は溜息をついた。

 そして、また柳へ顔を向けると彼女も重人を見ていた。

 目があった。

 重人は威嚇するみたく目を剥いた。

 彼女は涼しい顔を正面に戻し、読んでいる本を閉じる。そして、それを持ったまま席を立ち教室から出て行ってしまった。

「ん゛ー」

「何唸ってるの」 春が尋ねる。

「ごめん、ちょい抜けるわ。授業までに帰ってこなかったら山田はうんこ中って言っといてくれ!」

「は!? う、って――あたし女子ね! ちょっと! だめだって――」

 春が引きとめようとするのも聞かず重人は教室を出た。

 目的はもちろん柳だ。

 彼女を見つけるのは容易い。

 その存在感から後ろ姿だけでもわかってしまう。

 重人は直ぐに柳を見つけた。

「なあ」 と当たり障りなさそうな感じで重人は声をかける。

 彼女は振り向いて「何?」 と一言。

 重人は内心、何じゃねえだろ! と思ったが冷静に本題に入っていく。

「何か格闘技とかやってんの?」

「ううん、何も」

「じゃあ、どうやったの」

「ただの平手よ」

「明らかに違うでしょ。なに、柳ってサイボーグか何か? じゃないと説明つかないじゃん」

 間をあけずに返答していた柳が数瞬黙った。

「もしも、そうだよって言ったら信じる?」

 柳が言うと冗談なのか本気なのか非常に分かりづらい。

 表情には一切の歪みがない。声の抑揚も弱い。

 FBIの嘘発見器すらパス出来そうな程、平静に見える。

 ――どっちだ、YESかNOか。いや、悩むところかこれ。どう考えてもジョークだろ。ならばのっかるのみよ!

「信じるぜ? あの威力なら世界獲れんじゃねーか!」 重人はファイティングポーズをとり軽くジャブを突いて見せる。

「ふうん。全然怖くないんだ?」

「あ、ああ、怖くはないよ。ボッコボコにする気なら俺が倒れてからいくらでも出来ただろうし。しなかったって事は敵意はないって事だろ」

 柳はまた黙った。今度はさっきより少し長い。何か考えている様にも見える。

 そして、その考えが纏まったのか一回頷いた。

「鈴置さんの事もあるしね、いずれはバレるか」

「ん?」

 いったい春がどう関係しているのか重人には見当すらつかない。春と柳に接点なんて無いに等しいのだから。

「じゃ、山田くん着いて来て」

「え、いや、もう昼休み終わるけど」

「そういうの気にする柄じゃないでしょ」

 柳は薄くほくそ笑んだ。

 

「こんな所あったのか!?」

 重人は感嘆にも似た声を上げた。

 柳に連れられて来た場所は、校舎から幾分離れた所にある物置小屋である。

 ボロボロで引き戸がちゃんと開くのかすら怪しい外装とは裏腹に、中は20畳以上はある小奇麗な空間だった。

 床には畳が敷かれており、座布団が数枚と大きく脚の低い長机が二つ。

 部屋の隅には本棚が数個並び、びっしりと本が並べてある。

 定期的に掃除されているのか埃っぽさはまったくない。

「あったのか? そっか、山田くん来たことないのか」

「え?」

「ここ、オカルト研究会の部室だよ」

「マジ!? すげー! 部室って校内の備え付けみたいな部屋だけかと思ってた。なんか秘密基地ぽくていいなここ」

「今じゃ私しか来ないけどね」

 特に嫌味で言ったわけではないのだろうが、重人は部活に出ていない事が申し訳なく思えて謝った。

「いいのよ」

「でも、柳って何でオカ研? イメージと全然違うじゃん。まあスポーツって感でもないけどよ」

「最初は帰宅部になるつもりだったんだけどね。なんだろ、オカルトって結構面白くって。理論だったものは直ぐに解けちゃうから」

 ――こいつに因数分解で苦しむ俺の気持ち、ぜってえ分からねえだろうな。

 思いながら重人は虚空へ向いた。そしてハッと我にかえると質問をする。

「え、なになに、もしかして心霊スポット巡って研究したりとか?」

「それはイメージ先行だよ。それに私はそれ専門外かな」

「じゃあ何?」

 訊かれて柳は押し黙った。

 ――気 ま ず っ

 重人は思いながら辺りに視線を泳がす。

「えっ!?」 突如、重人が声を上げた。

 彼が見たのは摩訶不思議な光景だった。

 畳に置いてある座布団が、弾ける様に宙を踊っているのだ。

 ――なんだ。なんだ。なんなんだ。

 怖い話をすると霊が寄って来るという話を彼は思い出した。心霊スポットというワードに霊がよって来たのか。

「ありえないだろ」

 もはや言葉はそれしか出ない。唖然とする他ない。

 すると柳は「ふう」 と運動でもしていたかの様に息を吐いた。座布団は吐息と同時に躍動感を失って畳に横たわった。彼女の眉尻にはさっきまで無かった小さな汗の粒が見て取れる。

「専門はこれよ」 言う彼女の顔は今まで見た事が無い程活気を含んでる。これが私。これが本当の私なの、とでも言う様だ。

「ちょっと……まて、まてまて。つまり?」

 柳はきょとんとした顔で重人を見つめ口を開いた。

「超能力」

 困惑。驚愕。そして困惑。

 ――これは現実か、夢か。

 重人は顔の左側を触った。

「痛っ!」

 ――現実だ。まるで漫画かアニメじゃねえか。

「お前いつからそんな事出来るんだよ」

「IFから二日後くらいからかな。コップを持とうとしたら弾かれた様に割れて、まさかって思ったけど」

「いやいやいや!!! まさかすぎるだろ!」

「うん。だけど、部活で超能力の事を一年の時から調べてたから、なんかこう意外と驚かなかったかな」

「冷静にもほどがあるって!」 

 重人は声を張り上げた。

 焦燥している彼を見て柳は少し俯いた。

「能力よりも――いきなりこんな事が出来る様になったのに、平静でいる自分に驚いてる。今思えば」

「お、おう……」

 重人はまだ事態が飲み込めないでいる。目の前で見た事が俄かには信じられない。だが、もう一回見せてくれという勇気はなかった。なぜか、もう一度見てしまうと世界が変わってしまう様な気がした。いや、自分が変わってしまう気がして怖いと重人は思った。

 ガラガラっと、突然部室のドアが開き重人は飛び退いた。

 先生が来たからでも霊現象が起こったからでもない。ましてや柳の『超能力』が発動したわけでもなかった。

「おじゃましまーす。お腹痛いって言って授業抜けてきちゃった。本当に力の使い方教えて――え!?」

 ドアが開いた原因、重人が飛び退いた原因、それは春が入って来たからだった。

「春っ!? お前何で!?」

「あんたこそ! 柳さん!?」

 柳は小さく溜息をつくと二人に座るように促した。

 重人は胡座をかき春は正座で座る。

 柳は本棚の方へ歩いて行くと、そこから一冊の本を取り出した。それを机に置いて腰を下ろし正座をした。

「二人共、そんなとこにいたんじゃ何も教えられない」

 言われて二人も本の置かれた机に寄る。

「じゃ、いい? 超能力って言っても色々あって念動力テレキネシスだとか精神感応テレパスだとか念力サイコキネシスだとか」

 柳は本の開かれたページを指差し、丁寧に超能力について語った。

 科学的にはっきりとしていない、定義も曖昧なものを自分なりの解釈も交えてわかりやすく説明していく。

 重人は本を見ながら頷いていた。しかし、真剣なその面持ちとは裏腹に

 ――読めない漢字おお過ぎんぞ! 

 彼はひとりごちる。

 ――もう少し勉強しとけばよかった。

 彼は後悔した。

 隣に座る春を見ると真剣な面持ちで、食い入る様に見ている。

 その姿を見ていると何故か負けられないという気になって、柳の説明に改めて耳を傾けた。

「ちなみに私の力はこれ、サイコキネシス」

「わっ、なんか凄そう!」 春は言いながらまじまじと本を眺める。

「正直比べる人がいないから断言は出来ないけど、単純にサイコキネシスと言っても得て不得手があるみたい」

「えてふえて?」 重人が柳へ目を向ける。

「私の場合、距離が遠いほど力は弱くなる。自分から近いほど強くなる……っていうのは昨日実証済みかな」

 柳がチラリと重人を一瞥した。

 重人は彼女の視線に眉を上げる。

「ああ、もう懲り懲りだよ」

「ごめん、一応手加減したんだけど――」

「いいの! いいの! こいつ無駄に頑丈だから!」

 彼にとっては有り難くない春のフォローが入り、少し場の空気がや和らいだ。

「近いほど力は強くなるんだけど、距離が違っても持続力は殆ど変わらないの」

「へー、その感じだと持続力? ってやつも遠くなるほど下がっていきそうなのにな」

「うん、だからきっと人によって似た能力でも使い方が違ってくるんじゃないかな」

 柳は自身の掌を一瞥した。

「じゃあ! あたしのは――」

「そうそう、春のは――って、え!?」

 重人はまたも困惑した。

 どういう事だ。まさか春も超能力とやらが使えるのか。何時からだ。

「ごめん」

「いや、謝んなくてもいいけどいつから?」

「具合が悪いって言って部活休んだ日あったでしょ?」

「あんときからか」

「うん。気味悪いよね」

 春は笑った。

 重人には分かる。彼女が無理やり笑顔をつくっているのが。

 きっと誰にも相談できずに苦しかった事だろう。いっぱいいっぱいだったに違いない。自分が彼女の立場でもきっと誰にも言えなかった筈だ。

「どんな能力よ! すっごい系? お金がっぽり稼げる感じ!?」

 重人は態とらしく冗談めかした。

「お金って! あんた、本当に煩悩の塊だね!」

「うるせい!」

「そういえば、私も詳しくは聞いてなかったわね。どんな力なのかしら」

 柳は本のページをペラペラと捲った。

「柳さんの説明を聞く限りだと……サイコメトリー? なのかな?」

「かなって、自分で分からないのかよ」

「わかんないよ! なんか突然声が聞こえたり、その……」

 春は言葉を濁した。

 声が聞こえるって事ならテレパスなんじゃないか? と重人も柳すらも思った。

「はっきり言えよ~。今更隠しても仕方ないっしょ」

「うるさいなぁ……そのね、石とか花とかの考える事が分かるの。声も人からじゃなくって石とか花とかグラウンドから聞こえたり――」

「おいおい、誰か埋まってんじゃねえか」

 重人は態とらしく喉を鳴らして唾を飲んだ。

「ちょっと! 怖い事言わないでよ!」

 春が重人を叩く。そして続けた。

「でもね、何時も聞こえるわけじゃなくって、昨日は聞こえてた花の声が今日は聞こえなかったり、声じゃなくてなんて言うか、意思みたいな感じで伝わってきたり色みたいに感じたり」

「それって、その花とかと会話できんの?」

 ――スピリチュなんとかみてえだな。

「え、うーん、怖くて試してないけど多分――一度、あまりに煩くて黙れって強く思った事があって、そしたらそれまで煩かった声が静かになった。だから多分だけど」

「私とは全然違うタイプの力ね。人じゃく、無生物や植物の声を聞いたり感じ取る能力か。なんだろう、確かにサイコメトリーの様で、テレパスの様でもある――人間以外の動物は?」

「あ、聞こえないよ」

「そっか。でもなんか素敵な能力ね。お花と会話が出来るんだもの」

 柳は薄い笑みを見せた。

 あの柳真央美がこんな風に笑うなんて、と重人はある意味、超能力以上に驚いた。

「ありがと柳さん。そういえば重人は? ここに居るって事は重人も超能力使えるって事?」

「あ、山田君は使えないよ」

「はや! もうちょっとそこはタメようぜ」

 重人は眉間にシワを寄せた。

 春を驚かすネタを潰され、やや不満の様だ。

 春は不思議そうに柳を見つめた。そして

「なんで重人に話したの?」 素朴に問いかけた。

「なんで――かな。正直自分でも分からないけど、多分理解者が欲しかったのかな。超能力のある人だけじゃなく普通の人からの反応を見てみたかったのかも」

 言いながら彼女は頷く。

「ま、ひとえに俺の人間としての器のデカさってやつ? こう、俺って何でも受け入れちゃう系だし」

 重人はニシシと歯を見せた。

「調子にのんな!」

 春の平手が重人の左顔面にヒットした。

「いってぇ! こっち側はやめろ!」

「うるさい、この!」

 じゃれ合っている二人を見て、柳は「ふふっ」 と笑った。

「もしかしたら山田くんにも近いうち」

 真剣な面持ちで柳は言う。

 そして、体の向きを変えた。その延長線上には校舎がある。

「分かっているだけでも、一クラスに私と鈴置さんの二人の能力者が居るんだもの。もしかしたら他のクラスにも、学年にも居ておかしくない。私も鈴置さんもIFの後にこうなったわけだから、やっぱりあの光が関係してると思うの。IFにあった山田くん――ううん、全世界の人が超能力に目覚める可能性があると私は思う」

 重人は腕組みをして唸った。

「なるほどな、どうせならカッコイイのがいいなー炎だしたりとか!」

「とりあえず重人に透視とテレパスの力だけは備わって欲しくないね」

 重人はそれがあったかと胸の前で手を叩き合わせた。

「それと、二人共分かっていると思うけど、超能力の事はこの三人だけの秘密よ」

「なんで?」 重人は不思議そうに訊いた。

「あんたねえ、当たり前でしょ! いきなりこんな力使えますーなんて頭おかしいと思われるだろうし、信じてもらえても、下手したらどっかの研究所送りとかになるかもしんないじゃん!」

 春の発言を聞いて、なるほど! と重人は頷く。

「あと、それだけじゃい。細かく言えば、他に能力者がいた場合、その能力者がいい能力者とは限らないし、中には力を持つのは自分だけでいい。みたいな人もいるかもしれない。考えたくないけど、もしも戦闘になった場合こちらの能力詳細は知られてない方が有利だからね」

「おうおう、流石柳! そんな事まで考えてんのか。でも柳なら負けないんじゃね? あの一撃、手加減してあれなんだろ? むしろ相手を殺しちゃわないかの方が俺は心配だ」

 言われて柳は自分の掌を見た。視線を戻し再度見る。

「ええ、正直怖いわね――だからこそ能力の事は秘密にしておきましょ」

 これに春が黙って頷いた。重人も同じく。

「そういえば、今日休み多くない?」

 春は思い出したかの様に言った。クラスの変わり様に驚いている。一日休んだだけなのに、と。 

 今日は昨日休んだメンバープラス更に三人休んでいた。

 このままなら学級閉鎖にもなりかねない。

「その事で話があったわ。鈴置さんって宇野さんと仲がいいよね? 連絡取れるかしら?」

「そうそう! 俺もその事訊いてくれって頼まれてたわ。B――じゃなくて松坂の奴に」

「うーん、チズ?」

 そう言って春はスマフォを取り出した。

 慣れた手つきで宇野へ電話をかける。

 どうやら相手の電源が入っていない様だった。

「んーだめっぽい」

 春はおかしいなー、といった面持ちである。

「何だよ。でないのがそんなにショックなのか? たまたま電源切ってたり、休みって事は寝込んでんじゃないか?」

「うーん、でもあの子、凄いメール魔っていうか寝る時でも電源つけっぱで、何かあれば写メ付きメール送ってくる子なんだけど」

 そして春は黙り込む。

 柳が「やっぱりか」 と小声で呟いた。

 重人はそれを聞き逃さなかった。

「柳、何か心当たりがあるのか?」

「まあ――」

 柳が言葉を濁す。

 超能力の事をカミングアウトした後でいったい何を躊躇っているのか、重人には不思議で仕方なかった。

「今更なに隠すっていうんだよ。超能力より凄い事なんてないだろ。世界の滅亡にでも関わってるってなら分かるけどよ」

「ううん、私の考え過ぎかもしれないし、もしかしたら危険な事になるかもしれない――二人を巻き込んでいいのか……」

 柳にしては弱々しい言葉だった。

 本当に二人の身を案じているのだろう。

 そして考え過ぎと言ってはいるが、その考えとやらも何か確信に近いものがあるのかもしれない。

「とりあえず宇野さんの家へ行きましょう。それではっきりすると思うの。詳しいことは向かいながら話すから」

「ああ」

 重人の胸にひしひしと嫌な予感が広がっていく。

 春の神妙な表情(かお)がそれをより加速させた。



 体育館ステージ裏は暗く、狭く、入り組んだ空間だ。

 普通に学校生活を送っていると殆ど訪れる事がない。

 夜の音楽室や理科室なんかより、真に霊気に満ちた静けさで畏れを抱かせる。

 仄暗さと一体化した人型はここで食事をしていた。

 この場所がこの者の食事場なのだろう。

 バキッ ボキッ と噛み砕く音を響かせている。

「食事中すいません」

 少年の声が仄暗い人型を捉えた。

 暗さにより少年の姿も背が低い事以外はっきりとしない。

 人影の食事は続く。

 聞こえてはいるだろう。少年と人型は数メートルという距離だ。

 少年は背中を丸め淡々と口を動かしている人型へ言葉を続けた。

「あの三人、感ずいたっぽいです。色々と嗅ぎ回ってくるかもしれません」

 人型の食事は止まらない。

 掌に収まるサイズの『何か』を口に次々と運んでいく。それも素手で。

 もう三十分以上も食事を行っているのだ。

 何キロ、何十キロ食べているのだろう。

 少年は出来るだけ、その様子を見ないよう目を伏せた。

「じゃあ、あんたが何とかすれば?」

 今度は少女の声だ。

 少年から見て人型より更に数メートル奥。そこで人型に背を向ける形で体育座りをしている。

 ただ少年や人型同様に、その姿は暗さでハッキリとしない。

 少女もこの食事を見たくはないのだろう。嫌悪感たっぷりといった感じに「まだ終わりませんか?」 と人型へ訪ねた。返事はない。

「掃除頑張ってよ先輩」 少年が少女へ向けてエールを送った。

 少女はそのままの体勢で「あんたは早く行けよ」 とイラつきを顕にする。

「言われなくても」

 少年はそう言い残し、その場を後にした。

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