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―怪奇行―  作者: カンナビス
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畏感 2

「あー、疲れた」

 午後は一睡もせずに授業を受けたせいか、変な達成感と疲労感を感じて重人は背伸びをした。

 終業のチャイムが鳴ってから十分ばかり経とうとしていた。

 クラスに残っているのは重人と数人の生徒だけだ。

「そういや今日、春の友人Aも休みだったな」

 昨日冷やかすだけ冷やかし、デートがあるからと春をおいて帰った女子が休みな事に重人は気付いた。

「今頃~」

 そう重人に話しかけてきたのは、彼の中で春の友人Bと名付けられている松坂恵美まつざかめぐみだった。

 春と仲がいい女子の中で一番派手好き。不健全な生徒であり、一年の頃は檜高率いるギャルグループの幹部的存在だった。しかし男関係で仲間外れをくらい孤立していたのを春が助けた。それをきっかけに今では春の事を敬愛している。

 ――だれだったか……確か。

「おう、友人B」

「誰がBよ。恵美でいいよ。ちなみに山田くんがAって呼んでる子は宇野ちずる(うのちずる)って名前なのわかっててAって呼んでる?」

「え……」

 重人は恍ける様に後ろ頭を掻きながら視線を泳がせた。

「はあ、ホント山田くんって春と柳さん以外には興味なしって感じだよね」

「は? なんでその二人? どいつもこいつも」

「だって春とはべったりだし、今日はあの柳さんが積極的に話してたじゃん?」

「春とは幼馴染なだけだし、柳は……何でだろ」

「実は柳さんね、今日私にも春の事訊いて来たよ。変わったとこないかって」

「まあ、あいつが学校休む事じたい変な事なんだけどな」 重人は春の席を見る。

「確かに。それに変と言えばちずるだよ。昨日から連絡とれないんだよね。あのメール魔がデート報告してこないってのは気になる。だから春はどうなのか訊こうと思ったら休みだしさ。山田くん、ちずるのこと春に訊いといてもらえない?」

「別にいいけど」

 どうやら友人Bの要件はこれの様だ。

 直接家に行けばいいのにとも思ったが、女には女の友情のカタチがあるのだろう。重人はそう思いながら頷き、友人Bが教室を出て行くのを見送った。

 


「お帰りなさい」

 案の定、帰宅時の挨拶は秋衣からだった。

「ただいまー。春の調子はどう?」

「部屋から全然出てこないのよ。思春期ってやつよね~。そういえばお友達が見舞いに来てるわ」

 そういえば靴が一人分多い。重人は玄関でそそくさと靴を脱いで二階へ上がる。

「春、入るけどー」

 中に入って重人は驚いた。

 友達と聞いていたのでBかAかと思っていたら、まさかの――

「柳!?」

「こんばんわ」

 柳はまったく表情を変えずに挨拶した。

「なんで柳が!?」

「少し鈴置さんに話があって」

「へえ、そんなに欠席理由が気になるのか?」

「ええ、おかしいかしら?」

「おかしいっていうか――」

「宇野さんについても、教えて貰えるかしら」

 いったい何で? 男関係の縺れ? 彼女に限ってそれはないだろうと重人は思った。

「そんな事、聞いてどうする? 何かあるのか?」

 重人は何時になく真剣な面持ちになる。

 理由はわからないが胸の奥でこう、微かな胸騒ぎを感じたからだ。それは巨大な湖に落ちた一本の毛筋の様に小さいもの。あってない無い様なものだ。しかし、あるのは確かだ。そして妙にそれが気になった。

「今のところ、あなたには関係ないわ」

 柳は何時も通りの綺麗な顔を崩す事なく言った。

 ――こいつが、こんな風に人と関わり合うなんて。

「なあ春、何を訊かれたんだ?」

 重人は春に話を振った。

 相変わらずベッドで布団に包まっている。

「なんでもないよ」

 春からはこの一言しか返って来ない。

「じゃあ、そろそろ御暇するわ」

 柳が部屋を出ていく。

 重人はそれを目で追った。どうする、やっぱり気になる。春の体調の事に関係あるのか。友人Aも関わっているって事は何か事件性のあるものなのか。

 暫くその場で考えたが纏まらない。

 考えるのは苦手だ、と重人は柳をを追った。直接聞き出す。腕ずくでも。

 家を飛び出し左右を見たが柳の姿は見えない。

「角を曲がったか!」

 方向を定めて走り出す。直ぐに交差点に差し掛かり足を止め左右を見る。

「柳!」 見つけた。重人は全速力で走る。

 ――逃がさねえ。

 柳は振り向いて足を止めた。

「まさか追ってくるなんて、山田くんって直情型ね」

「そりゃ、あんだけ何かありますよって匂わせればな。何隠してんだよ! 春に関係ある事か? 何かの事件に巻き込まれたのか!」

 重人は柳の腕を掴んだ。手に力が篭る。

「痛いわ」

「あ、悪い」

 彼女の細腕に自分の指が沈んでいくのを感じ、思わず手を離す。

「じゃあ、そこの公園で」

 彼女は腕を軽く押さえると特に何の感慨もなさそうに、近くの公園を指差した。日も落ちてきて公園には誰もいない。

 秘密の話をするには丁度いい、と重人は頷いた。

「さ、着いた。話せよな」

「誰も、話すなんて言ってないわよ」

 柳は持っている学校指定カバンをベンチに置いた。

「おいおい、何の真似だよ」

 重人は困惑した。

 彼女はまるで今から喧嘩でもしようかという雰囲気を醸し出しているのだ。

 ――こいつ、本気か? ガタイ差考えろって。つか…… 

 結果は分かりきっている。

 体格差以前に男女差があるじゃないか、と重人は呆れた。

「あら、遠慮はいらないのよ」

 彼女はふざけ半分なのか両手を胸の前に構えて挑発して見せる。

 これはもしかしたら手を出せないという事をわかった上で諦めさせる作戦なのかもしれない。

 重人は口の端をつり上げ勢いよく柳へ駆けた。

 ――殴るふりでもすればビビって引くだろう。

 手の届く距離まできた重人は、足に踏ん張りをきかせた。引ききった拳を奔らせる。そして、ピタッと柳の眼前で止めた。

 いや、止めさせられた。

 ただただ真っ直ぐに重人を見据える柳。

 ――なんつー目してやがんだ。

 その黒瞳からは恐怖を一切見て取れない。

「あら」

 柳は涼しい顔で言ってのける。

 彼女は避ける気がない。かといって真面にもらう気もなさそうな気がしてならなかった。

「どういうつもりだよ!」

 重人は圧倒的な肉体のスペック差を持って、彼女に追い詰められていた。

「意外と意気地なしなのね」

「んなっ、女を殴れるかって!」

「優しいのね。じゃあ私から殴ればいいかしら」

 柳は手を顔の横でひらひらと踊らせて見せた。

 重人は内心でそっちの方がやりやすいと思った。

 いくらやっても当たらない。仮に当たっても全然きかなければ心が折れるだろう、と。

 柳が大きく右手を引いた。弧を描く様に腕を振る。

 遅い。避ける必要もない。こんなの当たっても頬がちょっとヒリヒリする程度だろう。あえてくらって動じないところを見せる。これで心を折る。

 争いごとに関しては非凡な才を持つ重人が描いたシナリオだった。

 重人は彼女の平手を余裕を持って見た。

 格闘技経験なんてない重人から見てもド素人といえる平手だ。

 念のため奥歯を食いしばる。

 首をかためる。

 万全である。

 ほらどうだ全然へっちゃらだ。重人は心の中で余裕ぶいてやろうと思った。

 だが、そこには地面に横たわる重人の姿があった。

 ――何が起きた。何で地面が顔の横に。

 自分が倒れている。その事実に気付くまで数秒を要した。

 ――マジかよ。

 起き上がりたい。体が言う事をきかない。

 まるで別人の四肢と交換でもされたみたいに。

 ――なんだよ、ただのビンタだったろ。

 重人は当たる瞬間を思い出そうとした。食らう瞬間の記憶がすっぽり消えている。それほどの一撃。何となく頭の隅に残る記憶を繋ぎ合わせた。相撲取りのぶちかまし――重たい何かで瞬間的に顔を押される様な。

 重人の視線が人影を捉えた。

 柳が見下ろしている。

 その視線を感じて、重人は顔の痛みよりも恥ずかしさが勝った。

 ――やめろ、見るな。こんな姿、こんな筈じゃない。

 柳はベンチに置いたカバンを持つと、地面に横たわる重人を一瞥した。

 その表情は学校にいる時と変わりない。平静そのものだ。

 この結果は当然。最初から分かっていた。とでも言っている様であった。

 彼女が去ってからどれくらい時間が経ったのだろう。

 もう体は動くはずなのに重人は張り倒されたままの状態でいる。

 悔しい。張り倒された事が。

 それ以上に『自分が上だ』と当たり前に思っていた事に。思っていた自分に腹が立って仕方がない。

「あーあ。俺も明日休むかな」

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