畏感
「あれ?」
珍しく遅刻を免れた重人は、教室の変化を見て呟いた。
普段、真面目に時間通り登校している生徒数人の姿がないのだ。
みんな遅刻なのかダメな奴らだ、と自分を棚に上げて溜息をつく。
始業のチャイムが鳴った。
暫くして担任の野中が入ってきた。
「今日の欠席は、松田と越野と宮田と鈴置と――」
「今日休み多くね!?」
重人が思わず声を上げた。
春が休みなのは今日の朝に直接本人から聞いたので分かっている。
しかし他の生徒まで、それも同時に八人も休み。インフルエンザが流行った時ですら、ここまで休みが重なる事はなかった。
重人は自分もサボればよかった、と普段通り机に体を預けた。
「一日がなげえ!」
昼休みに自分の肩を揉みながら、重人は首を一回、二回と回す。
回している最中に視界に入ったのは、こちらを見る柳真央美だった。
「何かよう?」 きっと無視される、という覚悟で彼女に声を掛ける。
「鈴置さん――」 と珍しく返事が返って来た。
それも私用で他人の名前を口にする彼女を見るのは初めてだった。
「春? 具合悪いらしい」
「そう。風邪かなにか?」
「んー、多分違う」
「なぜ?」
訊かれて重人は考えた。
――あのゴリラがただの風邪で学校を休むか? いや、根がクソ真面目だからないない。生理だから? 生理ってそんなに苦しいのか? 男に生まれてよかったわ。って、なんか趣旨からズレそうだ。なぜ? なぜだろう。なんかこう胸騒ぎの様なものが? つまり勘。俺の天才的な――。
「何か言ってた?」
考えが纏まらないうちに柳が訊いてきた。
こんな積極的な彼女は本当に珍しい。重人は眉を寄せる。
――もしや春の事を……。
重人は得意なゲスの勘ぐりをしつつ
「そういや――」 と昨日の事を話した。
「というわけ、まあ風邪って感じじゃないな。そもそも、ただの風邪なら休まないと思うしさ」
「……鈴置さんが五月蝿いって叫んだ時、本当に誰もいなかった?」
「え、ああ多分、あっ、もしかしたら死んだご先祖様が」
重人は態とらしく音を立てて唾を飲んだ。
しかし、それに対するリアクションを彼女から得る事は出来なかった。
それどころか、この会話が無かったみたいに無言で教室を出て行ったしまった。
「聞くだけ聞いてあれかよ」
重人がむっすりと腕組をしていると
「おいおいおい!」
男子グループの一つが凄い勢いで駆け寄ってきた。
四人の男子の表情は、まるで重人を親の仇か何かだと思い込んでいるかの様だ。
「おっ、おっ、おまえっ!! 鈴置さんじゃ飽き足らず、柳さんまで!?」
血相を変えた男子の一人が唾と共に言葉を放つ。
重人は唾の方が気になって話を聞くどころじゃない。
顔を背け昼食混じりの唾を避けるのに必死だ。
「ちょ、お前、汚ねえから!」
「何で! 何で柳さんを汚した! 柳さんも何故山田なんかを!」
「なんかって……そもそも俺と柳は、お前らが思っている様な関係じゃないから」
二年になってから約一ヶ月。クラスにはまだよく知らない生徒も多い。やれやれ、これは面倒臭そうなのに絡まれたと重人は思った。
「くっそ、くっそ、俺たち柳四天王として柳さんを守る義務があるんだ! それに、お前には鈴置さんがいるだろ! 東栄学園、二年女子四天王を二人までも毒牙にかけるとは――!!」
「し、四天王? 何の秘密結社だよ」
勘違いも甚だしい。柳との事もそうだが、春に関しても幼馴染でしかない。
幼い頃は一緒に風呂とかも入っていた程だ。
今、裸の春を目の前にしても全く同様しない自信が重人にはあった。
――なんでみんな俺と春をくっつけたがるんだ? 想像しただけで気持ちわりいから……。
「つか、あいつ男子からそんなに人気あったのか」
――どこがいいんだ……。
重人は目を瞑り頭をひねった。出来るだけ幼馴染というフィルターを薄めて幼馴染の姿を思い浮かべた。
――確かに、見た目は少し童顔で健康的な感じだ。どことなく守ってやりたくなる系で、男心をくすぐるんだろうか……。いや、でも胸はないし、色気もないし、ゴリラだし、ゴリラだし、やっぱゴリラだしな。
そんな風に思っていると、四人の内の別の一人が重人へ顔をぐいっと近づける。目を開けた重人は突然顔が現れた事で「わっ」 と声をあげた。
こいつは誰だったかと重人は思考を巡らせる。
ああ、そうだ確か名前は広瀬彰宏見た目はパッとしないが、テストで常に学年一桁をキープしている優等生だ。
広瀬はまるで教師の様に分かっているのか? ん? と、やたら上か目線の物言いで話始めた。
「学校ってのは人の大集団だ。それぞれ違う個性を持ったな。当然、そんな中では上下関係というものが生まれる。学力、運動能力、容姿、性格、オーラ、金といったステータスの有無で、自然とヒエラルキーが生まれるんだよ。そこで僕たち柳四天王が独自の方法で、目星い生徒の調査を行った」
「つまりは人気調査だろ?」 重人は多分こんなもんだろ、といった感じに言ってみせる。
「超精密な、な!」 広瀬は言い直し再度話始めた。
「二年女子の学園ステータス、上位四人を僕たちは女子四天王と呼んでいるのさ。ちなみに一位は柳さんで三位が鈴置さんだ」
「柳はまあ何となくわかるけど、春が三位って……お前らの調査ってやつもあてになんねーな」
重人はやれやれ、ぐだらないといった様子である。しかし、ここまで聞くと春と肩を並べる他の二人が気になった。
「あと二人って誰よ」
広瀬はやっとこの調査の素晴らしさに気づいたか、とでも言わんばかりに背中からノートを取り出す。
どういう風に仕舞っているのか気になるとこだが、重人はとりあえず彼が開いたノートを見た。グラフやら数字が書いてあり、やたらと本格的に調べてある様だ。
「この二人が二位と四位だよ」
広瀬が指した所を見ると女子二人の名前がある。
重人も聞いた事ある名前だった。
「檜高敦子と木村真か」
どちらとも話をした事すらない。ただ色々な噂からその名前を知っている。
檜高は一年、二年のギャルグループ筆頭で、噂じゃ援助交際の斡旋、恐喝、傷害事件まで起こしているらしい。
木村真は文武両道、生徒会役員でもあり全校集会などで、生徒会からの知らせなどがある時に何度か見かけた事があった。
「なんつーか、濃いメンツだな四天王って」
――春の奴もこんなメンツに入れられて難儀なことだ。
「なんだ山田その顔は! 檜高敦子に関しては俺個人の意見としては大嫌いだが、これは生徒達の意見も参考にしているんだぞ! そうだ、取っておきの情報を教えよう! 檜高は最近一年のいじめられっ子とよく連んでい――」
「はいはい、もういいから」
重人は広瀬の顔を手でぐいっと押しのける。
タイミングよく昼休みを終えるチャイムが鳴り、柳四天王と名乗る男子四人は不服そうに席へ戻っていった。
馬鹿らしい、と重人は机に身体を預ける。
何時もと変わらない日常だ。いつもならここで春の平手が飛んで来る筈だ。重人は机に顎をつけながら前の席を見つめた。
「けっ――しゃあねえな」 重人は身体を起こす。
そして久しぶりに真面目に授業を聞いた。




