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―怪奇行―  作者: カンナビス
3/19

D/D 3

 そろそろ日が沈みはじめる。

 こんな時間に彼女――春と下校するのは久しぶりだと重人は思った。

「重人、」

「ん?」

「ううん」

「んだよ」

「――――」

「……」

 そして二人の間で沈黙が続くというのも珍しい事だった。

「そういや」 重人が口火を切る。

「うん」

「屋上でよ、すっげー変な奴にあったんだけど今日」

「変な奴?」

「おう」

「どう変なの?」

 重人は仰ぎ見てくる彼女へ歯を見せる。

「それがよー!」

 さっきまでの沈黙が嘘のように話がはずむ。

「それ、A組の人じゃない? 名前は知らないけど見かけた事あるよ」

「あー、他のクラスの事あんまわかんねーしな俺」

「あんた――あたし以外に喋る相手いるの?」

 春の呆れ眼が重人を捉える。

「いるから! 名前は出てこねえけど」

「それ、いないって事でしょ」

「ま、まあ、あれだぜ? 喧嘩相手なら山ほど!」

「それ、誇らしく言う事じゃないから。ていうかあんたも何かスポーツすれば?」

「はあ? 俺が? ないない」

 重人は眉を寄せて否定。これに春は「勿体無い」 と呟いた。

「スポーツとかだるいだけじゃん?」

「柔道とか空手は? そんなに喧嘩が好きならさ」

 重人は目だけを空に向ける。

「違うんだ」 春は確信をもって訊いた。

「おう。好きかって言われると……なんか違うな」

「ふーん。ていうか話もどるけど、A組の」

「ああん? もう、そいつの話やめようぜ。ありゃ絶対危ない。お前も近づくなよ?」

「え、うん――危ない人だよね。やっぱ重人でも怖かった?」

「あん? 大した事ねえよ」

「ホント?」 春の表情がパッと明るくなった。それをみて重人は訝しみつつ「まあ、実はビビった」 と告げる。

「そっか。そうだよね」

「つかお前よくこんな話、真面に聞いてられるよな。もっと、嘘だーとか、ありえないーとか言うかとおもったぜ」

「え、うん驚いたよ」

「ほんとかよ? いや、まあ驚くよな? 普通ならまっぽにそっこうテルでしょ」

「警察!?」 春は声を上げた。これに重人は頭を引いて驚く。

 ――いきなりオーバーリアクションすぎんだろ。

「ああいうのは警察に任せるべきだな」

 重人は咳払いをしながら頭の位置を戻す。

「やっぱり、そうなるよね。危ないもんね」

「おう! ああいう奴がほらあの、なんだっけ」

「なに?」

「あれだよあれ!」 

 重人は駄々をこねる子供みたいに目を強く閉じる。

「うん」 春はふふっと小さく笑みこぼした。

「なんだっけ」

「言うと思った」

「はあ? だってでてこねえんだよ」

 重人は言いながら頭を捻る。

 そんな彼をみて春は目を伏せた。

「ねえ、重人」

「なんだよ」

「あのね――」

「お、着いた」 

 重人が言うと春は開きかけた口を閉じる。それから一瞬、口を真一文字して元に戻した。

「着いたね」 言いながら重人へ笑みを向ける。

「あー、やっと我が家にたどり着いたー。飯。はやく白米がたべたーい!」

 重人はいいながら開き戸を勢いよくあけた。

「おかえりなさい」

 女性の優しい声が出迎えた。

 春の母、秋衣である。

 いつも二人が帰ってくると、彼らの挨拶より速く迎えてくれるのだ。まるで自分達が帰ってくるのを、何十メートルも前から分かっているかの様だ。

 二人はそれぞれ二階の自室に入る。当然同じ部屋ではない。

 重人は直ぐに短パンとTシャツに着替えた。五月で若干肌寒さが残っている。しかし冬でも部屋着は短パンTシャツの重人とって、このくらいの肌寒さは有って無い様なものだ。

 下へ降りていき晩御飯の支度を手伝うのが、重人の日課だった。

「今日は、豚カツなんだ」 

 目を輝かせる様は実年齢より随分と幼く見える。

「ふふ、そうよー。重人くん好きでしょ?」 

 秋衣は横から覗き見る重人へチラリと目配せした。

「いやー、おばさんの豚カツは世界取れるよ! 俺が保証する!」

「ハハハ、そんな褒めてもお小遣いはでませんよ」

「ちっ、バレてたか」

 重人は冗談めかして言った。

「ふふ。それにしてもあの子()がこんな早く帰ってくるなんて珍しいわね」

「あー、なんか体調悪いらしいよ。確かに珍しいよね。前は三十八度熱あるのに部活出てたし。今回は相当具合悪いのかな? そんな風には見えなかったんだけど」

「うーん、まあ、あの子のしたい様にさせてあげましょ」

 重人はうんうんと頷いた。

 ――相変わらず放任主義だな。俺が警察マッポに補導された時もそうだったっけ。

 重人は酢の物の盛り付けをしながら、彼女の後ろ姿を見つめた。

 ――ちょっと痩せたよな、秋衣さん。

 自分がこの家に来てから何年がたっただろうか。

 重人は昔を懐かしんだ。 

 そもそも彼が鈴置家にお世話になっているのは、幼い頃に両親を亡くし、他に身寄りがなかった為だ。

 施設へ送られる――。

 そんな時に重人を引き取ると名乗りをあげたのが、親同士学生時代から交流のあった鈴置夫妻だった。

 重人も春のおじさん、春のおばさんという認識で、見知らぬ施設員よりは気心が知れていた。とはいえ、いくら顔見知りだからといって幼い子供が、いきなり連れてこられた他人の家で、気兼ねなく生活できるはずもなかった。

 鈴置家に問題があったわけではない。むしろ不自由はなかった。

 それでも、自分は本当にこの家に居ていいのか。急にそんな不安襲われ、勢いのまま鈴置家を飛びだしのだ。しかし当時重人は小学生。行ける場所なんて限られている。家の周りをうろうろしたり、近辺の街を探索したり。そのうち知らない道に入ったあげく迷い、隣町の公園のベンチに座って泣くしかなかった。人がくると無性に怖くて隠れる。またベンチへ、そして人が来ればまた隠れる。食べる物もなく、帰り道もわからない。完全に途方に暮れていた。

 そんな時、秋衣が迎えに来た。また怒られずに何時も通り優しく――。

 しかし、その時の彼女は違った。

 涙ぐんで重人をビンタしたのだ。

 そして抱きしめた。一言「よかった」 と言って。それ以上は何も言わなかった。

 以来、重人は鈴置家が本当の家だと思える様になった。

 その時の事を思い出し、重人は自然とニヤけてしまった様だ。

「あら、何ニヤニヤしてるの? 何かいい事でもあった?」

 そう言われて、重人は自分がニヤついている事に気付いた。

 照れくさくなり「なんでもないよ」 と誤魔化す。

 秋衣は微笑み「そう」 と一言。手際よく料理を仕上げていった。

「これで完成よ」

 家庭的な料理が机に並んだ。メインは豚カツ。ワカメ、カリブ、キュウリを合えた酢の物。油揚げと葱の味噌汁。そして千切りのキャベツが、直径四十センチはある皿にてんこ盛りだ。

「うまそー! 春呼んでくる!」

 重人は颯爽と二階へ上がると、部屋のドアを勢いよく開けた。

「飯できたぞ! あっ――」

 しまった、と重人は思った。

 部屋に入る時はノックしろ、と言われていたのを思い出したのだ。

 ――やばい! 怒鳴られる。いや、ビンタか飛び蹴りか!? 竹刀で面か胴か!? 

 そんな危惧をしたが、意外な返事が来た。

「ごめん。今日は御飯いらない」

 春はベットで横になり掛け布団にくるまっていた。こんな姿は本当に珍しい。

「まじ? そんな体調悪いのか?」

「うん、ちょっと……」

 春はそのまま押し黙ってしまう。

 これに重人はピンときた。

 言いにくい事、そうかそうか、そういえば春も一応女だったな。生理なら仕方がない。

 それ以上は聞かず部屋を出た。

 夕食が終わり重人は自室で寝っ転がっていた。

 食欲と味覚に充実感を得て大満足といった様子だ。

 このまま襲って来るであろう睡魔に身を委ねるのは容易いが、重人にはもう一つ日課がある。

 ここ数週間、出張でいない春の父、鈴置一すずおきはじめに言われて毎日腕立て、腹筋、背筋をしている。小学生の高学年くらいから続けているせいか、最早、癖の様になっており、やらないと体中がムズムズして眠れないのだった。

「五百っ!」

 最初は10回で精一杯だったが今では数百回を超えても息すら上がらない。

 一は何故こんな事をしろと自分にいうのか一度訊いた事があった。しかし、備えあれば憂いなし、と言うだけだった。

「普通は、やれって言うなら勉強とかだろうなぁ」

 日課を終わらせた重人は大きく深呼吸をした。あとは風呂に入って寝るだけだ。

 一階に降りようと部屋を出た時だった。

「五月蝿いのよ!!!」 春の怒鳴り声。それも自分がからかったりした時に言うものではなく本気のテンションである。

 重人は何かあったかと思い、春の部屋へ勢いよく飛び込んだ。

「どした!?」

 春はベッドで布団に包まって、横になっていた。

「な、何でもない!」

 春はあたふたと重人へ向いた。

 何かあるのは明らかだ。 

 しかし追求しても無駄なのは、重人が一番よく分かっている。

 ――あん時と同じ目だ。

 春は小学生の頃、短い期間だがいじめにあっていた。

 靴を隠されて裸足で家まで帰ったり、ズタズタにされた教科書で授業をうけたり。それでもいじめられている事を誰にも言わなかった。

『誰にやられたんだよ春! そいつ、俺がぶっ飛ばしてやっから!』

『なんでもない。自分でやったの』

 そう言って今みたく、彼女は強い意思の篭った目を重人に向けていた。

 自分がこう、と決めたらテコでも動かない。頑固という他ない。

「んじゃあ、まあ何かあったら言えよ」

 重人はこれだけ言って彼女の部屋を出た。

 風呂に入り、自室へ戻ってベッドで横になる。

「はあ、眠て。明日も学校だりぃ――」

 重人の意識はゆっくりと闇に溶けていった。

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