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―怪奇行―  作者: カンナビス
2/19

D/D 2

 終業を告げるチャイムが鳴った。

 それまで項垂れていた生徒達は、砂漠で水を得たかの様に活力を取り戻す。

「いやぁ、疲れた」

「まいったねぇ」

「帰ろうぜ」

「よっしゃ部活!」

 これから部活の者はやる気を漲らせ、カップルは心躍らせ教室を出て行く。

 それに引き換え重人はというと

「くっそだりぃ。帰んのも面倒くせ」

 屋上から戻った彼は昼休み同様、机に体を預けていた。

「春は部活か?」

「ううん、今日は体調が悪いから帰るかな」

「マジ? 珍しいな。限りなく人に近いゴリラと言われるお前が――うおっ!?」

 途端、サッと向けられたのは竹刀の鋒だった。

「殴るよ?」 

 彼女はにこやかな顔で言う。その目は笑っていない。

 ――相変わらずすげっ。

 重人は鼻先を撫でていった風を思い出す。自然と鼻がヒクついた。 

 ――さっすが剣道部のエース。インハイベスト4は伊達じゃねえ。

 抜き手も見せぬ竹刀さばきに、幼馴染の凄さを改める。

 ――もはやゴリラだ。

 そして、ぼやいた。

「いやー、流石夫婦だね~」 

 ここまでの遣り取りを見ていたのか、春の女友達が冷やかしてきた。

「誰がこんな奴!」

 春はありえないといった様子で否定した。重人も嫌そうな顔を作り、春に同意する。

 これを見て春の友人は、口の前で指を左右に振ると

「チ、チ、チ、だってその歳で同棲とか……ふふふ」

「ちょっ! 同棲って、こいつはタダ飯ぐらいの居候だし! 二人じゃなくてちゃんとうちの両親もいるんだからね!」

「はーい、はい……ふふふ」

 彼女は意味ありげな笑い声を出した。明らかに如何わしい想像をしていた。

「ないない! マジでねえから!」

 重人は声を上げる。気持ちのわるいことを言うんじゃない。そう目に込めた。

 春はその様をきょとんと見ている。

 彼女の友人は、そんな二人を交互に見ると

「この子鈍感だから、山田くんいく時はガバッといかないとダメだよ! こう、ガブっと」

 勢いよく何をか掴むみたいなジェスチャーを重人へ向けた。

 重人は言い返そうとしたが言葉に詰まった。内心では、

 ――ありえない。こいつとそんな……ないない。

 そんな風になると想像しただけで、全身に背徳感が走る。そして、春の方へ向いているのが申し訳ない気がして体を背けた。

 春は目をまん丸くして友人と重人を交互に見るばかりだ。

 友人はカバンを肩にかけると

「春もさ、剣道ばっかりしてないでもっとこう、ね? ふふ」

 そう言い残し教室を出て行った。

「ったく、あの女しめてやろうか」 重人が舌打ちすると、春は「ちょっと止めてよね」 と彼を睨んだ。

 分かったよ。はいはいといった様子で重人は溜息をついた。

「てか、お前あの冷やかし女と一緒に帰んなくてよかったの?」

「いいのいいの、あの子今日デートらしいから」

「まじ!? 相手は?」

「んー、聞いたんだけど教えてくれなかった」

「あー、これが女の友情の限界か」

「なにそれ」

 春はフフっと笑い、帰り仕度をはじめた。

「置き勉でいいじゃん」

「わざと全部持ってきて全部持って帰るの。結構いいトレーニングになるんだよ」

「お前……どこの熱血野球親子だよ!? そのうちバネつきギブスとかつけて来ないよな」

「ふふ、なにそれ」

「いや、お前はどちらかというと地上最強を目指すグラップラー系だな。ゴリラだなゴリラ」

 途端、パァンッと乾いた音が鳴った。

 仕舞った筈の竹刀を片手に春はニコニコしている。

 重人は、それに向かい合う形で頭を押さえていた。

 タイトル『夫婦』の絵がそこにあった。

「おっま! マジで叩くかよ!」

「あんたがくだらない事ばっかり言ってるからでしょ」

 この仕打ちに納得がいかないのか、重人は同意を求める為、辺りを見回した。何時の間にかクラスには二人だけ、と思ったら一人だけいた。

「なあ! 見たか! 今の見てたよな柳!」

 唯一残っていたのは美麗な少女だった。

 春も彼女へ目を向けた。そして、ついつい自身と比べてしまう。

 ――綺麗な目だな。鼻筋も凄い通ってるし。

 こういうのが本当の美人なんだろうと春は思った。彼女の視線はそのまま下へ移動する。そして思わず自分の胸に両手を当てた。

 ――う゛ーん、柳真央美……恐るべし。

 美麗な少女は重人に顔を向ける。そして、 

「ええ」

 と、一言だけ呟いた。

 そのあまりの素っ気無さに自分に宛てたものなのか、重人は一瞬わからなかった。

 ――俺宛て? だよな? 春と俺しかいねえし。まさかの霊感少女? んなわけあるかい!

 あの柳が返事をするなんて珍しい、と重人は口元を掻いた。

 彼女の態度は一貫している。男子にも女子にも、教員に対しても同だ。私用での会話なんてまずしない。係の仕事や授業などで発言しなければいけない時に、必要最低限の言葉を出すだけなのだ。

 つまり重人の他愛のない戯言に一言返した、というのはなかなかレアな光景だった。

 春は内心驚いている。

 彼女が返事をした事もそうだが、その彼女に明け透けも無く、なあなあと声を掛ける重人に対してもだ。

「あー、と、柳も一緒に帰るか?」

 重人は何時も通りの調子で訊いた。

 ――ちょっとあんた、柳さんがうんって答えたらどうするの! 地味に気まずいし。ていうか、うんなんて言うわけないよね。

 春は固唾を呑んだ。

「部活だから」

 柳はそう言うと踵を返した。

「そっか、んじゃな」

 重人は肩あたりの高さに手をあげて、教室を出て行く彼女を見送った。

 直後、

「あっ!」

「なによ?」 

「いや、柳って部活してたっけ?」

「何かと思ったら。柳さんは確かオカルト研究会の部長だよ」」

「まじ!? あれが? あれで、なんで!?」

「知らないわよ。ていうか、あんたもオカ研でしょ!」

「ああ、そういえば……一回も顔出したこと無いわ」

 それなのにあれだけ口をきいてもらえるとは、と春は頭をひねった。

 ――重人は意外とモテるのか。 

 彼に目を向け、足元から頭の頂辺までを査定する。

 ――なんか、うーん。見た目は悪くないんだけど、それでも柳さんには釣り合わないよなぁ。

「んだよ」

「別に」

 春は、世の中不思議な事もあるもんだ、と頷いた。

「なに一人で納得してんだ?」 重人は眉をしかめる。

「なんでもないよ。さ、二人になっちゃったし早いとこ帰ろ!」 

 二人は教室を後にした。

 重人と春が廊下を歩いていると、二年D組の引き戸が開けている。

 重人は何気なく右を向いて教室の中を見た。一人だけ生徒が残っている。最前列窓際の席に姿勢を正し座っており、明らかに学校の教科書とは違う分厚い参考書を見ている

「もう、何止まってんのよ」

 足を止めて教室を覗き込む重人に春が言った。

 そんなに面白いものがあるのか、と彼女も覗く。

 そこに居たのは銀縁メガネをした、まるで昔の苦学生のような少年――関谷直志せきやただしだった。

 テストではいつも柳真央美と学年一位二位を争う秀才だ。

 柳を才の人とするなら、関谷は努力の人といったところか。

「あいつ苦手だわ」

 人の好き嫌いが少ない重人にしては珍しい発言だった。

「なんで?」

「いや、なんていうか勉強ばっかで何が楽しいのかなって。一年の頃同じクラスだったんだけど勉強出来ない奴を見下してるっていうか」

「ふーん」

 確かに重人とは真逆のタイプだろう。

 制服の着こなしを見ても、それはよくわかる。

 やや丈の短い改造学ランに、腰でズボンを履く重人。それに対し関谷はノーマル学ラン、そしてズボンをこれでもかと言うくらい上げている。

 誰でも苦手な人はいるだろうが、この二人が仲良くなる事はなさそうだ、と春も納得した。

「何を見ている!!」 

 関谷がキレのある首振りと共に二人を見て怒鳴った。

「いや、別に」

 重人は溜息混じりに返事をする。

「山田か。気が散るんだよ!」

「はいはい、こんくらいで気が散るなら家でやれよな」

 関谷は何も言い返さず、鬼気を飛ばす様に参考書を睨みつけた。

 ――何をそんな真剣に見てるんだろう。

 春は少し気になった。

 重人は覗くのを止めて不機嫌そうに「行こうぜ」 と春に促した。

 春は目を凝らし何の参考書なのか見定めようとした。

 ――視力2.0をなめるなよ。

 目に力が篭る。

 ――超 は き P ま え シ ……ダメだ。

 何とか数文字見取ったところで諦めた。

 ――せめて表紙が見れればな。あっ。

 自分より目のいい彼なら見えるかも、と春は隣へ向く。

 しかし重人は何時の間にか先に行ってしまっていた。

 廊下の先に、その姿を認め

「ちょっと待ってよ!」 春はパタパタと音を立てて追いかけた。

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