後日譚
「大人しく“保護”されてくれないかな?」
しんと静まり返った自然公園に二人の男が佇んでいる。
一人はまだ若い青年。
そして言葉を放ったのは三十代後半くらいの男性のほうだった。
辺は暗い。それもそのはずだ。日が沈んで大分経つのだから。
自然保護と地域民へのアピールの為につくられた自然公園。そこには街灯すら存在しない。
只々だだっ広い芝生があり、その周りを規則正しく並べたみたいに木々が囲っている。
広さと美味しい空気だけが取り柄の、真東京西区に存在する『緑のオアシス』だ。
そんな謳い文句を思い出しながら男性が言葉を続ける。
「えーと、君の能力は」
そう周りに聞こえないくらい小さく呟くと、手に持った十数枚はありそうな書類をぱらぱらと捲る。
「見づらいねぇ」
小言のように愚痴ると、男性がパッと円形の光で照らされた。光は上下に移動し、男性の詳細を顕にした。
七三分けの髪型は真面目そうな印象を与えそうなものだが、その顔はとても堅気の雰囲気を要していない。
タレ目気味の濁りきった瞳と彫りの深さが相まり、光が外れるとまるで髑髏である。
そして、首から下は安そうなスーツだ。
青年は、最初ヤクザが絡んできたと思ったに違いない。
「もう一人いたのか」
青年が言った。その目が細まると、男を照らす光の発生元に向いた。
そこには三十歳くらいの女性が、懐中電灯を持ち立っている。
服装はパンツスーツでキリッとした風だが、切れ長で伏し目がちなところが、どこか幸のうすい印象を青年に与えた。
「もちろんだよ。僕たち仕事で君らを追ってるわけだからね? 確実性をあげるためにも一対一なんて真似はしないよ」
男性が書類を確認しながら言う。
「そうです」
女性の方は言いながら頷く。
「あんたみたいな美人さんに追われるなんてシリアルキラー冥利につきるな」
青年がニタリと舌をだした。その中央にはドクロのピアスがついている。
「それは良かったですね」
女性は淡々と言ってのけた。全く抑揚のない棒読みと共に、光を男性から青年に移す。
青年の姿はというと普通――ハーフパンツにスニーカー、上はロングTシャツ一枚である。
「なんで、あんたら俺を追っているんだ? もっと他にもいるだろう。なんだったか、そうそう一ヶ月程前に東区の高校で殺人事件を起こした教師。そうだ、あれを追えばいいじゃないか。賞金もかかっているんだぜ? あんたらヤクザは金が大好きだろ?」
青年はにやにやと蔑むように言うと、忙しく視線を二人へ交互させる。相手がいつ動いてもいいように、との事だろう。
男性と女性は顔を見合わせた。数瞬行う目での会話なのだろうか。直ぐに二人は青年に向き直る。
「違うよ違う。僕たちはヤクザさんじゃないよ」
「そうです」
「へえ、じゃあ警察? 俺を追ってるって事は、ね」
「まあ、ヤクザよりは警察よりかな」
「そうです」
青年は訝しみつつ二人の姿を観察する。
「まあ心配しなくてもいいよ。保護したいだけだからさ」
男は言いながら依然として書類を見ている。細められた目は白目がほぼ無くなり死んだ魚だ。
「多分、九枚目です」
女性が男性へ言葉をかけた。
見ていられなくなったのだろうか。仕事とやらをはやく終わらせたいだけなのだろうか。その顔から感情の変化を見取る事は出来ない。こちらはこちらで依然伏し目で幸が薄そうだ。
「ああ! 見つけた! えーと、岡崎隼人君ね。お、二十二歳か、若いね」
男性は嬉しそう書類を読み上げている。ただ、その目は全く嬉しそうではない。それから青年――岡崎に目を向けると、尋ねる。
「君の能力、よくわからないんだけど」
青年は一瞬目を見開く。
「能力? 何の話?」
「とぼけても無駄です」
女性が言った。抑揚の無さのせいか、“無駄”という語句に異常な説得力がある。そこには昂ぶりも消沈もない。故に裏がない。青年にそう思わせた。
「えーと、うちらの調べだとね~……CN:Pantherってあるんだけど、」
途端、青年の目にぎらりと殺意の色が浮かんだ。
「観念したようですね」
女性が言うと青年は「ああ」 と答える。
「いいねえ。そのまま一緒にきてくれるとありがたいんだけど」
「観念はしたさ。だかそれは――ッ」
青年がとびかかる。
初速から生身の人間の最高速を上回る突進だった。しかも彼の爪は宙を駆ける途中に獣の鍵爪へと変化したのだ。
男性へ向かってその爪を振り下ろす、刹那、青年が後方へ数メートル吹っ飛んだ。
地面に背中から激突し仰向けで倒れる。
「なん……だ、」
「言ったでしょ、僕ら仕事だって」
男性は倒れた青年に寄ると覗き込むように顔を近づける。それから言葉を続けた。
「なんで不意打ちをしないのか、って考えなかった? だめだめもっと頭まわして」
青年が男性を睨んだ。しかし、その視線は直ぐに外れた。睨んだ彼自身が外したのだ。とてもじゃないが真正面から見ていられない。男性の目はまるで奈落の底のように暗いのだ。街灯もない、夜の暗中でも尚黒く目立つ瞳は人のそれとは思えない。
青年は背筋に寒気を感じた。死への恐怖が原因ではない。今目の前で自分を見下ろしている男へ抱く感情のせいだ。
「何故だ……俺は何をさ、」
「疑問に思うよね」
男性は青年の言葉を遮る。それから、苦しそうに呼吸する彼の顔の横に何かを落とした。
青年はそれを見て驚愕。 「嘘だ!」 と声を搾り出す。彼の目に映ったのは銀色の光沢をもった、一粒のパチンコ玉だった。
「だからさ。不意打ちしない理由。その一、身体能力の高い超能力者相手に不意打ちは結構リスクが高い。一合でキメれなきゃ警戒されるし、逃げられるのが一番やっかいなんだよ。だからむしろ正面から堂々と手の内を晒す方が、相手の出方を誘導できるし制限しやすい。その二、君のような能力者はその身体能力の高さから、真正面からくる相手に対し、自分が有利だと慢心しやすい。総じて真正面からの特攻を仕掛けてくるね。その三、不意打ちする必要がない。君より僕の方が強いから。以上」
青年は説明を聞きながら半ば信じられないといった様子だった。しかし、何故か説明の途中から、その顔に余裕が浮かびはじめていた。
「あんたの、弱点も教えようか……」
青年が掠れた声を出す。
「どうぞどうぞ」
男性は余裕をもって促した。
「説明が――長いっ」
男性が眉を上げる。自身の体の変化に気付いたからだった。
青年を眺めていた、その視界が歪む――まさに泥酔状態のように平衡感覚が曖昧になる。更に、不思議な事にいい気分なのだ。それは欲情だ。青年に対してムラムラと下腹部が膨らむ。もはや彼を保護するなどという気は、ほぼ消え失せていた。それよりも早く青年と交わりたい、と。
男性が目頭を抑える。微かに残る正気を保つためだろう。
「なるほど……だから、パンサーか――うちの奴らもややこしいCNをつけたねえ……むしろ身体能力と鍵爪は二次能力か――やられた、よ」
男性はいいながらふらふらと、その場に尻餅をついた。なんとか正気を保つのが精一杯といった感じだ。
逆に青年は立ち上がる。その胸には服の上からでも分かる打撃痕があった。苦しそうにしながらも、その口元には勝利を確信した笑みが浮かんでいる。
青年が口を開き息を吐くとほのかにピンクがかった気体が男性を包んだ。
「なんで俺が“上手い事”シリアルキラーを続けてられるかわかったか? 誰も俺の吐息にはさからえないからだよ」
気体に包まれた男性にはもはやこの言葉は届いていないであろう。その気体だけ白目を剥き昇天しそうになっているのだ。
「もうイクのか? まあいい、イクと同時に逝かせてやるよ」
青年が鉤爪を構える。
途端、青年は男性から離れるように跳んだ。その頬に薄く傷がつき血が垂れている。
彼は傷の原因をキッと睨んだ。その視線の先には幸のうすそうな女性が、ナイフ片手に立っている。
「あんたも戦るのか? できれば女は、それも美人は時間をかけて殺したいんだけどな」
「戦ります」
女性がただ一言、青年の発する言葉に何の感慨も抱かず放った。
青年の瞳が戦闘態勢に入る。間髪いれず気体を吐き出す。
女性は何の抵抗も出来ず、それに包まれてしまった。
「さて」
青年は言いながら女性に近づいた。
途端、気体の中から腕が伸びた。
「なに!?」
その手は驚く青年の首をがっちり掴んだ。
「捕まえました」
「なんで、正気でい――」
青年が体の変化に気付く。男性の時とは逆だ。視界に靄がかかり、意気がどんどん消失していく。
「どうやら、似た力のようです。私には人を超える身体能力も鋭い鍵爪もありませんが」
言う通りだった。青年の首にくい込む手は普通の成人女性相当。本来、青年の力ならば軽々と振りほどけるはずだ。しかし、彼の体は何故か本来の力を失っていた。もはや腕を上げることすらままならない程に。
青年は辛うじて目だけを下に動かす。女性の手が見える。きめの細かい女性らしい肌だ。
「な……」
青年が何かを認めた。そして確信した。何かに体を侵されている。それが肌を通して――女性の手から侵入してきている事を。
そのきめの細かい肌が濡れているのだ。それも毒々しい濃い紫色の液体で。恐ろしいのはそれが、女性の肌から絶え間なくにじみ出ている事だ。
もがこうとしても時すでに遅し。その体は完全に弛緩し、ついには視界が闇に覆われる事となった。
「安心してください。暫し微睡みです」
女性は言うと青年から手をはなし、男性の方へ歩き出した。それから息を吐くと、濃い緑色の気体が放出され男性を包む。
暫くして緑色が晴れると男性が立ち上がった。
「いやー、まいったねどうも。まさか、男に欲情するはめになるなんて」
「油断しすぎです。最初の一撃できめるべきでした」
「まあまあ、いいじゃない。結果オーライって事で」
男性が親指を立てる。
女性はそれを見て、初めて微かな感情の変化を顔にあらわした。
「それ古いです」
「な、なに!?」
「おじさんですね」
「おまえ! そんなに歳かわらねえだろ!」
「八つ違います」
「あ、まあそうだな……」
男性は一回咳払いをすると、スーツの内ポケットから携帯を取り出す。それから番号を打ち込むのだが、なんと打ち込んだ番号は規則性のなさそうな三十桁だった。普通はかかるはずがない。しかし男性の携帯からは呼び出し音がなっている。
「あ、もしもし、こちらはF/men第五班のCN:Javelinと、しず――じゃなくって、CN:Venomです。とりあえず今月のノルマは達成したんでこのまま帰りますね。はい、はいはい、はーい、お疲れ様です」
男性は電話を切り携帯をしまうと「さあ帰ろう」 と女性に向いた。
これに対し女性が「あの、――――」 と尋ねる。
「なに、もう八時間も残業してんだよ? 帰るよ、ほら!」
男性は心底疲れた様子で促す。
「東区はいいんですか?」
「ん? 東栄学園の?」
「はい」
「彼らは“まだ”保護対象じゃないよ。あくまで“監視”対象だから。あ、行方不明の野中浩彦はべつだけど、彼はLevel3以上の危険人物だから、出来れば相手にしたくないよね~」
男性は言いながら地面に落ちた書類を集め、数枚を女性に渡した。
女性はそれを眺めた。
「君が気になってるのって、野中を倒したその五人でしょ?」
男性は渡した数枚の書類へ顎をしゃくる。
女性は俯いたまま男性に目だけを向けた。
「はい。好んで対超能力者戦を行った危険人物だと思いますが?」
「好んで、か。どうだろうね」
「――?」
女性は首を傾げる。
「それを見極める為の監視だよ」
男性が女性へ優しく微笑みかけた。しかし、その目は一片も笑っていない。
これに女性は一回頷き従った。改めて渡された書類に目を通す。
「CN:Aliens CN:Gaea call CN:Canon CN:Maybe CN:Saw――」
彼女は誰にも聞こえないくらいに小さく、書類に書かれたネームを読み上げた。
「あ!!!」
突如男性が声を上げる。
「なにか?」
「みてみて!」
男性は手首を女性に向けて差し出す。
「はあ、」
「残業が八時間だよ、いや、さっき言ったけど。これ申請したら残業代つくよね。君、証人ね!」
「はい」
女性の返事に満足したのか男性は踵を返し歩き出した。
その後ろ姿を暫し見つめ、女性が駆け寄る。
「あの」
「なにかな?」
女性は言いにくそうしている。男性の横を歩きながら、ためて、ためて、ためて、ためてから口を開いた。
「腕時計つけてないですよね」
「……アハ」




