めかにかるダンス
黒雲が日光を遮っている。其のせいで辺は薄暗い。
砂と岩の大地が続き、彼方で黒雲と一体になっている。
空気は薄く、何度深呼吸をしても肺が苦しいと悲鳴をあげる。
天も地も生も死に絶えた、そんな世界に重人は一人で佇んでいた。
――俺、しんだ……のか。
目を瞑り記憶を辿ると、やけに古い記憶がよみがえった。
重人は閉じられた瞼の奥で、自身すら忘れていたそれを見る。
――――「はるちゃん! みてみて!」
少年が絵の描かれた画用紙を掲げている。
幼いながらに精悍さを宿した顔立ちだ。順調に成長したなら、さぞ男前になる事だろう。
そんな少年の声を当てられた少女は砂場で山を作っている。
少女もなかなかの器量を秘めている。活力に満ちた目と、可愛らしい顔立ちは天性のものだ。
「しげとくん、そのえしかかかないじゃん」
少女は指をさして呆れた様に言った。
少年は絵を自分の方に向ける。
「だって、いつもこいつがゆめにでるんだもん」
それは幼い少年が描くにはあまりに鮮明、しかし意味不明なものだった。
「これどこなの?」
少女は少年へ駆け寄り指を差す。すると少年は首を傾げ、不思議そうに口を開く。
「これはちきゅうだよ」
「うそ、おうちは? どうろは?」
「ないよ」
少年は目をまん丸くした。
少女は納得がいかないのか、
「じゃあ! じゃあ!」
自然と声が大きくなる。
「このきもちがわるいのは?」 汚いものでも見るみたいに顎を引く。
「みればわかるでしょ!」 少年は声を荒らげた。眉間に皺を寄せ口を窄める。
「わかんないよぉ……」
少女は申し訳なさそうに眉を下げた。しかし彼女を責める者などいないだろう。
画用紙の中央に描かれているのはこの世の生物ではない。
しいて地球上のモノで例えるならば龍の様で虎の様な牛の様でイカの様な人の様な生き物だ。
そんな絵を指して少年は再度、少女に尋ねる。
彼女は泣きそうになりながら謝った。
少年は怪訝そうに少女を見ると、
「ぼくだよ」――――
荒廃した世界に佇む重人は閉じられた目をカッと開いた。
「あの……絵…………なんで」
記憶の中にいた少年――しげとくんと呼ばれていた子供が描いたモノは、重人がIF以降見るようになった夢に出てくる生き物だった。
「なんで――」
呟きながら更に記憶を辿る為、目を閉じる。すると頭に激痛が走った。
――クソ……。
重人はあまりの痛みに目をあけると、その場に崩れ息を荒らげる。
彼はとにかく見えた限りの記憶を整理する事に集中した。
あの少年と少女には見覚えがあった。
「あれは俺と春だ」
あの場所にも見覚えがある。
父親――実父に連れて行ってもらう公園だった。
仕事人間だった父が唯一手を引いて連れて行ってくれる場所。
重人は心の中で当時の様を思い描き懐かしんだ。
父親が傍にいる気がした。自然と心が和む。
――ん……。
父の姿を思い描く中で、奇妙な感覚が重人を襲った。
それはあの場所へ対する違和感だ。
公園そのものは見覚えがあるのに、その場所へ行くまでの道のりがまったく記憶にない。
ただ忘れているだけなのかもしれない。
そう思い重人は薄く笑みを浮かべた。
「あんな小さい頃の記憶なんて、はっきり覚えてるわけねえよな」
言いながらも胸につかえる不快感をはらいたくて思い出してみる。
父と手を繋ぎ、家のドアを開けて外へ。
「外にでて……そうだ、外に出て……外に……」
何度記憶を辿ってもそこまでしか記憶にない。
「でも、春は……春の奴もいたよな。あいつはこれを覚えているのか――痛っ」
またも頭に痛みが走った。激痛を耐える為に目を瞑り歯を食い縛る。
すると、別の記憶がよみがえった。
――――「はるちゃん、このくらい?」
「もっと、おしてよ~」
少年はブランコに座る少女の背を押している。
「もうつかれたー」
「え~、じゃあつぎはしげとくんがぶらんこにのっていいよ」
「うん!」
少年は目を輝かせながらブランコから降りる少女を様を眺めた。
しかし、少女が降りた後も乗ろうとはしない。その顔をどこか困っているように見える。
「どうしたのしげとくん?」
少女が尋ねる。
「もうすぐあれだからよういしないと」
「そっか~わたしあれきらい」
「ぼくも」
ふたりは顔を見合わせ笑みを溢すと、砂場へ移動した。
その場に暫し佇む。次第に少女の顔が不安げに変化していく。
「しげとくん」
「なーに」
「……こわくない?」
「ぜんぜん」
「そうっか」
「はるちゃんは?」
「わたしも」
言葉とは裏腹に少女は伏し目がちだった。
すると少年がそっぽを向きながら少女の手を握った。
彼女は少年に顔を向けて屈託の無い笑みを見せる。それから彼の手を握り返した。
それに対し少年は照れくさそうに笑みを溢す。
「ぼくはるちゃんをまも――」 刹那、白い光が二人を、公園全体を包んだ。
いや、まるで公園全体が、空間そのものが発光している様だった。
ブランコもシーソーもうんていも光に溶けた。
ジャングルジムも登り棒も砂場も。そして二人も―――――
「ぬわっ!?」 重人が叫びながら尻餅をついた。
剥いた目を荒廃した大地へ向ける。
――あの光!? 見覚えがある。わりと最近に……
「IF」
口をついて出たのは最近世間を賑わした謎の現象だった。
重人は自分で言いながらも内心でありえないと否定した。
「なんであの光が。春まで?」
彼は混乱した。
脳内では色々な想像が駆け巡っていたが、そのどれもが曖昧で映像にすらならない。それはまるで子供が行ったマーブリングだ。
考えれば考えるほどわからなくなる。
次第に何を考えているのかすらわからなくなった。
「なんなんだよ……」
重人は虚ろな目を空へ向けた。
「そういや、夢でよく見てたとこと似てるな、ここ」
――つか、そんな事今頃気付いたのか俺。
フッと自分を鼻で笑った。
途端、重人は孤独感を覚え、辺りを見回す。
どの方角に向いても見える景色に変化が無い。
――夢と同じか。て、ことは。
重人は目を凝らす。その視線の先に何かを認め彼は歩きだす。
次第にそれが何なのか見えてきた。
「人!?」
重人は思わず声を上げた。自然とその足がはやくなる。
近づくにつれて、はっきりと見えてきた。
「なんで!?」
夢と違う。そう思い重人は目を見開く。
そして、
「はるっ!!!」
目の前に立つ者の名を叫んだ。
途端、強い光が世界を照らした。
辺り一帯が真っ白になり、視界には白しか映らなくなった。
重人は思わず目を閉じる。
瞼越しですら変わらぬ白に、彼は前に一歩よろめいた。
覚束無い足取りで更に数歩進み、眉間や目頭に力を込めつつ少女の手をとった。
細く柔い感触を確認して、その後に備える。それから幾秒たっただろうか。気付くと握っていたはずの柔い感触がなくなっていた。
目を侵す白もいつの間にか心地の良い黒に変わっている。
重人は瞼の奥で暗闇をしっかり認め、恐る恐る目を開いた。
「あ……?」
思わず呆ける様な声が出る。
彼の視界には黄ばんだ天井が映っていた。
ぼやけ気味の視界を真面にする為、目を二度三度瞬かせる。
視線を動かすと蛍光灯の白光が見え、目の奥に鈍い痛み感じた。
「つぅ……」
重人は上体を起こそうと体を力ませる。しかし体は言う事をきかず、掛けられていた布団だけがべッドからずり落ちた。
どうにかこうにかもがき体を起こすと、今いる場所がどこなのか、やっと理解した。
「病院か」
重人はホッと胸をなで下ろし、改めてその場から周囲を見回す。
部屋全体は白を基調とし、淡い色で統一されている。黄ばみを気にしなければ、それなりの清潔感だ。
正面奥の壁手前には19型のテレビが、丁度いい高さに備え付けられており、左手側は大きな引窓が並んでいる。
右手側には数十センチ四方、四角柱の棚がある。その上には誰が持ってきたわからないが、花瓶にいけられた花があった。
重人の目線が下がった。
左腕に点滴が繋がっている。
右前腕と左前腕には包帯が巻かれている。
それを見て、彼の体は痛みを思い出した。前腕がかなり痛んだ。
――誰か人はいないのか。どうやって呼べばいいんだ?
直接呼ぶしかないか、と、重人はベッドから降りようとした。
すると、右手側の壁に面し、数メートル先にある引き戸が開いた。
「あら、起きたの」
そう言って、開いたドアから雑誌を握った柳真央美が入って来た。
「柳!?」
「おはよう。って言えばいいのかな?」
「ああ? おう。それよりどうなった!」
そうだ、関谷は、そして春は!? と重人は目を血走らせた。
そして、ベッドから降りる。途端、カクンと膝が折れ床に座り込んでしまった。
――なんだ、どうした。
自分の足を恐る恐る触る。
――大丈夫、感覚はある。
だが、言う事をきかない。まるで、ずっと使ってなかったみたいに。
「んだよ! 力がはいんねっ」
「それはそうよ。山田くん、十日も寝てたのよ」
「とっ……十日!?」
「ええ」
柳は言いながら、部屋の隅に重ねてある、四足のパイプ椅子を一つ取る。
それをベッドと引窓の間に置き、座ると雑誌をパラパラと流し読みしだした。
「なんで、そんなのんびり構えてんだよ柳! とにかく! ほかの奴は大丈夫なのか!」
「ええ、関谷くんは殆ど無傷みたいなものよ」
「春は――?」
重人は喉を鳴らした。
もしかして……と悪い事ばかりが頭に過ぎる。
最後に見た彼女の寝顔――暴虐非道な人食いの瞳に映っていた春の姿が浮かんだ。
「鈴置さんは……」
先を聞きたくない。それ以上は言わないでくれ。重人は、そう心の中で叫んだ。
「無事よ」
――無事? 生きてる? マジで?
今まで味わった事のない安堵感が重人の全身を駆け巡った。言葉を出そうとするが何も出てこない。彼が今抱いているモノを言い表せる言葉があれば、それは間違いなくその系統で最上級とされるだろう。
重人は何度もつっかえる口に変わり、瞳から汗をながした。
「ただ、五人の中でも一番重傷だったから、まだ絶対安静よ」
柳が難しそうな顔で言う。
重人は頷く。
どんな状態でも生きていればいいんだ、と何度も頷いて
「よかった――」 呟いた。
「ただ……」
これに彼女は言葉を濁した。
目を伏せ、神妙な面持ちをしている。
「なんだよ」
重人は涙を拭きながら訊いた。
「野中浩彦だけど……消えたの」
「消えた!? どういう――」
重人は、野中との最後のやりとりを思い出す為に、記憶を手繰る。
――確かに……殺した。俺が……殺したのか……人を……。
体が戦慄く。そして、自身に起こった変化をあらためて確信すると、背中へ意識をやった。
「あれで――殺ったはずだ……」
「ええ、見ていたわ。正直驚いたし、怖かった――野中浩彦以上に……いや、正確には、もっと別の」
「やめろ! やめてくれ……」
重人は俯き目を閉じた。
自分は一体なんなのか。
あれが自分の能力なのか、と。心中で嘆く。
そして、柳や関谷の言っていた事を思い出す。
『本能や性質に――――』
――あれが、本当の俺なのか。
「顔あげなさい、山田くん」
「でも――」
「警察官は銃をもっているわね? でも彼等がそれを罪も無い人に向けるかしら? 仮に凶悪犯が相手でも、何の感慨もなく引き金をひけるかしら? きっと、今の君みたいに心を痛めると思うわ」
「柳……」
「だから気にするな、とは言わない。だけど、君は私達を守ってくれた。結果的に、とはいえね。仮にあなたが本当に凶悪な性質をもっていたなら、私たちも殺されていたはずよ。なのに君は野中浩彦に狙いを定めた――鈴置さんを守る為にね」
柳はウインクしてみせた――希少なワンショット。
動揺した状態じゃなければ、重人は目を剥いて驚いた事だろう。
「春を!? ち、ちげえよ! 別に――」
今はそれどころではないのだろう。
まだ感覚の怪しい体で、彼は身振り手振り否定する。
「ふふ。ちょっと鈴置さんが羨ましいわ。もし、あの時、野中浩彦の牙にかかっていたのが私なら、山田くんは、同じように、超能力を発現させたのかしら」
「はあ? どういう事?」
重人は不思議そうに尋ねる。
彼女は眉を触る。それから微笑むと、
「気にしないで独り言だから」 ベッドを軽く叩いた。
「そ、そうか?」
重人は首を傾げ眉をよせる。
「ええ、それより――大変なのは、これからよ」
話を切るように柳はテレビへ体を向ける。
そして、弱く調節した念打でテレビのスイッチを叩いた。
目に見えずとも重人には分かる。彼女が超能力を使ったのだと。
「お前の――、便利だよな」
「ふふ、これも、それなりに訓練が必要なのよ」
柳は器用に念打を打ち、チャンネルを変えていく。
重人の中の彼女の力に対するイメージ――“豪打”とはかけ離れた、何気のない、それでいて精密で繊細な力の奔流に彼は眉を上げた。
そして半ば呆気にとられながらテレビに目を向ける。
――ニュースばっか。つまんね。
内心ぼやきながら一定の間隔で切り替わる画面を追った。
「ん?」
「気付いたかしら」
柳の言葉に、重人が無言で頷く。
テレビはどの番組も東栄学園をとりあげていた。
『えー、ここが東区東栄町東栄学園高校です。まだ記憶に新しい、連続失踪夜校事件の現場です』
『まーさか教師が犯人とはね~! しかも、何人だっけ?』
『生き残った子供達は、今どうしているのでしょうか』
『なんと被害者は六十人以上、これは近年の日本犯罪史上でも稀に見る』
『犯人はいぜん逃走中です』
見た事のある芸能人やアナウンサーが、東栄学園高校で起こった事件について語っている。
「おい、これって」
重人は柳に視線を移した。
彼女はかぶりを振って、息を吐く。
「そう、あの夜――私も気を失って、気づいたら病院だったんだけど、どうやら警備員が私たちを見つけて警察を呼んだみたいなの」
「みたいなのって、まてよ!? 俺の――」
言葉に詰まりながら重人は自身の背中に意識をやった。
「それは心配しなくていいわ。どうやら発見された時には消えてたみたいだから」
軽く頷いて見せる彼女に、重人はホッと胸をなで下ろす。
あんな物見られたら、確実に研究所おくりだ、と。
「でも、まてよ?」
彼の中に素朴な疑問がうまれた。それを尋ねるため言葉を続ける。
「その時、野中の野郎はいたんじゃねえのか? 消えたっていつ消えたんだ」
「うん、」
柳は考える様に数瞬天井へ目を向けた。それから口を開く。
「それは、私も不思議に思ったの。っていうのも、警備員が私たちを発見した時、既に彼は消えてたそうよ」
「なんで? 俺たちを殺らなかったんだ?」
重人の視線が宙を薙いだ。
「さあ、もしかしたら――」
彼女は目を伏せ言葉を切った。
「ん?」
「彼は……いえ、なんでもないわ」
「んだよ!」
どこか含みのある物言いに重人は不満を顕にした。
「それより」
彼の不満を遮るように柳が呟く。その顔に真剣みがました。
重人が訝しむように目を向けると、彼女は、
「これから大変よ」 と二人の視線がぶつかる。
「もう全部おわったじゃん。これ以上なにがあるってんだ」
学園から野中浩彦という悪意と驚異が消えたのだ。思い当たる限りで、あの人食いを凌ぐ“最悪”などありえない、と彼は内心で確信をもって頷く。
柳は視線を窓へ向ける。そこには澄み切った青空と東栄町の閑静な街並みがあった。
「きっと、いいえ絶対に、この事件は超能力者の仕業だって思う輩がいるわ」
「ん、いるか? 単純にイカれた教師の犯行って扱いじゃねえか」
重人は改めてテレビに目を向ける。
「山田くん、テレビに出る情報なんてほんの表層のみよ。むしろ、ネット――大型の掲示板とか、裏サイトとか、その辺では、もっと詳しい情報が行き来しているはずよ。例えば、私達の住所とか、あの夜起こった事の詳細とか」
「げ、マジで!?」
「ええ。そして、事件の詳細を突き詰めていくうちに、同じ超能力者達は気付くはずよ。犯人と生き残った高校生達は超能力者だ、ってね。それも対超能力者の戦闘を行い勝利したっていう戦績つきで」
「お、おう……それがまずいのか?」
柳は大きく溜息ついた。
重人はムッと顔を顰める。
――はい、どうせ俺は馬鹿です。教えて下さいよ柳先生!
「普通、超能力を持ったら使いたくなるよね?」
「お、おう、多分な――」
「じゃあ、全然知らない超能力者が傍にいたらどうする?」
重人は一瞬考える。
「んー、友達になるかな」
彼は非常にらしい答えを導き出した。
「……それは希なケースよ。大概、怖いって思うわ。どんな力なのか、その人は何をしてて、どういう人間なのかってね」
「ああ、まあそうか」
「当然、超能力者は、超能力がどれだけ凄い事が出来るか理解してる。だから、出来れば争い合いたくない。そして超能力者はみんな、今、私がいった風に考えてる人が多いはず。だから、争い事なんて起きない。起こさない。ってね」
「うーん、まあ事実、あの夜以外で、目立った事件なさそうだしな」
「そう。つまり、超能力者は争い合わない。やり合わないのが無難。そんな心のボーダーライン――心の垣根を破る行為を、他の超能力者に知らしめたの。その後は集団心理みたいなものよ……」
柳は含みを持たせて言うとかぶりをふった。
「そんなもんかねえ」
重人には今一実感のない話に思えた。
そんなささいなもので何かがかわるのか、と。
「野心や、支配欲は強いけど、この垣根があったため行動を起こさなかった者達が、一気に悪の道へ走るかもしれない。超能力者同士、積極的に徒党組んで、悪い事をするかもしれない。元々悪い奴らは、野中浩彦を止めた私達みたいな存在――を、邪魔だと思うかもしれない。何より怖いのは、非超能力者が超能力者の存在を知った時、どうなるのか……」
「やっぱ研究所送り?」
「どうかしらね。もしかしたら、もう、どこかで超能力者を狩る組織みたいのが有って、動いているかもしれない。もし、そうなら私達は確実に狙われるわ」
重人は固唾を呑む。
「ごめん。怖がらすつもりはなかったの。だけど、ある程度、危機感は持ってほしかった」
「ああ、わかった」
彼女を見つめ、彼はゆっくり頷いた。
テレビからは尚もあの夜の事件の話が聞こえてくる。
『五月十三日の二十一時頃、東栄町東栄学園高校。この閑静な夜の校舎にて同学園教員である野中浩彦(32)男性が同学園生徒五名に重傷害行為を行ったとして、警視庁は以前その行方をおっているとのことです。
更に同学園で発覚した六十件以上の失踪事件にも関わっているとされており、この度全国指名手配及び、懸賞金がかけられる事となりました。
市民の間ではこの異例な措置に反対の意見も見受けられます』
『酷い事件ですね。被害にあった生徒たちもですが、野中教員の最初の被害者である岡田理恵さん(29)が気の毒で仕方ない』
『はい。そろそろ番組終了の時間がきました。これより改めて、命を絶たれた岡田理江さんへ黙祷を捧げる事とします』
番組の黙祷に重ねるように重人も目を瞑った。
柳はテレビに目を向けている。
番組には事件の凄惨さ、野中の暴虐性を煽るようなテロップが出ていた。
「彼は……」 そう呟いて以降、柳は口を閉じた。
【加害者 野中浩彦(32) 失踪六十件に関わる容疑。
重傷害五件及び殺人一件の容疑。
被害者 東栄学園高校生徒五名。存命。
被害者 岡田理恵(29) 死因絞殺】
黙祷が終わり、重人が目を開けると同時にテロップは消えた。
テレビからはこれまでと打って変わって、気のいいポップソングがかかるCMが流れた。
――――――一ヶ月後
「あー! 暇だわー!」
重人は東栄学園の屋上で叫んだ。彼の目の前には青い空が、そこに美味しそうな雲が浮かんでいる。
「鈴置さんがいないからかしら?」
重人後ろから柳が声を掛ける。
「なんでだよ!? むしろ、あいつ居なくて平和だわー」
「あら、そう」
「っていうか、山田、お前ちゃんと能力をコントロールする練習してんだろうな?」
関谷が横合いから言った。
「ばりばりやってっから! 廃工場群でさ、一人寂しくさ、上半身裸でさ――どうなの? 能力使うたびに服が破れるって、どういう事なの?」
重人は泣きそうな顔で二人に訴えた。
二人の能力はそんな支障ないのに、と。
「まあ、仕方がないだろう? そういう力なんだから」
「そうよ、山田くん。それに練習しとかないと、いざって時に上手く扱えないわよ」
「だよなー、って騙されるかい! いざって時こないじゃん。めちゃくちゃ平和じゃん!」
「ていうかお前、なんで鈴置君のお見舞いに行ってやらないんだ?」
関谷が心底不思議そうに尋ねると、重人は「うっ」 ともらし黙る。
あの夢の中で蘇った記憶を見て以来、彼は春に会うことに対し、心なしか恐怖に似た感情を抱くようになっていた。どんな顔で会えばいいのか、何を話せばいいのかわからない。記憶の話を訊きたいという気持ちはあるが、その返答を聞いてしまうと何かが終わるような気がして、彼の決心を渋らせるのだ。
「そうだ、山田くん」
柳が重人へ向いた。
「んだよ」
「ちょっとまってて」
そういうと彼女は出入口へ歩いていってしまった。
――へんなやつ。
重人は内心ぼやきながら空を仰ぐ。
これから世界はどうなってしまうのだろう。そんな身の丈に合わない心配事が脳裏に過ぎる。
結局野中の被害にあった者たちは重人達、それから岡田理江以外、皆失踪者扱いとなっている。
インターネットなどで調べてみても超能力というワードは見当たらなかった。
世間はこれを酷い事件としてそのまま捉えているに違いない。
――垣根か。
重人は柳が病室で言っていた言葉を思い返した。
もしかしたら今世界のどこかでは野中のような恐ろしい超能力者達が悪意をふりまいているのかもしれない。それなのに自分はこんな事をしていていいのだろうか。
「山田」
耽っている重人へ関谷が声を掛ける。
重人が振り向くと、そこには関谷と屋上からはけていった柳が戻ってきていた。
そして、もう一人、重人が一番会いたくて一番会いたくない自分がそこに立っている。
「久しぶり」
その人物が伏し目がちに挨拶をした。
「おう、ひさしぶり春」
重人は彼女から視線を外し言葉を返す。
「な、なんだ折角サプライズしたのに、なんかもっとこう、感動の再会! みたいにだな!」
どこか余所余所しい二人の雰囲気に関谷が声を上げた。
柳はやれやれといった様子で、関谷に行きましょうと促す。
関谷と柳が離れ、その場には幼馴染の二人だけとなってしまった。
暫し沈黙が続く。
「お見舞い、こなかったね」
春から口を開いた。責める気など微塵も無い、むしろ申し訳なさが色濃い声色である。
「んー、まあな。てか体はもういいのか?」
「うん。運動とかはまだ出来ないけど、私生活は問題ないって言われた」
「そっか」
「うん」
そして、またも気不味い沈黙が流れる。
重人はあの夢の事を訊こうか訊くまいか迷っていた。
「あのよ……」 と口に出してみてもついつい途中で言葉を切ってしまう。
すると、意外なことに春が「夢を見た」 と言ってきた。
重人は訊き返した。それはどんな夢なんだ、と。
「あたしがね、お花畑で眠ってるの。それでね、ずっと目を覚まさない自分を眺めてる感じ。次第に怖くなってきて、そしたら重人がでてくるの。優しくあたしの手に手を添えるんだよ。それから……」
春が言葉に詰まる。心なしかその頬が赤くなっている。
「それからなんだよ」
重人は訝しげに彼女を見た。なにをもじもじしているんだと思っていると、春が小さく呟く。それは、傍で耳を済まさなければ聞き取れない程のものだった。
「はあ!? な、な、なに言ってんだよお前! やめろよ! 気不味くなんだろ!」
呟きを捉えた重人は声を張り上げた。その頬が春以上に赤く染まる。
「だって、仕方ないじゃん! 夢なんだし! てかなにそのリアクション!」
「そりゃそうだけど! お前、色々溜まってんじゃねえか!」
途端、重人の頭にグーパンチがとんだ。
「あ、あんた! アホなの!」
「いってぇ! 病人ならもっと大人しくしろっての!」
「あんたがガキすぎるからあたしは寝てらんないのよ!」
「んだと!」
「なによ!」
二人の顔の距離がぐっと近づく。するとフ、と春が笑みを溢した。
「なんだよ!」
「え、ううん、なんか凄い懐かしいなって」
「おう、まあな」
「ねえ、重人」
春は言いながら胸を押さえた。
「んだよ」
「柳さんから聞いたよ。重人が先生を……」
「ああ? まあ――」
重人は照れくさそうに、それでいてうしろめたそうに頭をかく。柳のやつは何を話したんだ、と女子トークの内容が気になった。俯く春の姿を見て、もしかしたら悪い事でも吹き込んだのでは、と不安に駆られる。あの凄惨な戦いの結末、その時の自分の様を事細かに柳は話したのかもしれない。重人が目を伏せた。その表情は何か諦めにも似ている。
「重人、」
呼ばれ彼は顔あげた。
「なんだよ……」
彼女の口からどんな言葉がでるのか。彼は罵倒される覚悟が決まった。
「がんばったね」
彼女が顔をあげて微笑んだ。
その屈託の無い笑顔に重人は言葉を返せない。
何故か溢れそうになる涙をこらえるので必死だったからだ。
彼はそっぽを向くと「あー眠てえ眠てえ」 と言いながらあくびをした。正確にはフリである。
それを見た春がフフ、と笑みを溢すと、目を充血させた重人は春へ向き直り「寝不足なんだよな」 と、頭をふってみせる。
二人は“幼馴染”に戻った。
その空気を察してか、離れたところでみていた柳と関谷が駆け寄ってくる。
「元通りになったようね」
柳はいいながら慈愛に満ちた笑みを見せ、関谷はうんうんと唸った。
「んだよ、お前ら見てたのかよ」
重人はぼやく。
春は照れくさそうに笑っている。
そして、あの夜の凄惨な事件を生き延びたもう一人の人物、檜高敦子はこの四人の様子を屋上出入り口――四角いコンクリの出っ張りの上から眺めていた。
「檜高先輩もあそこにまざればいいのに」
檜高の横に佇む寺子進が口を窄める。
「はあ? ありえないし」
彼女は鼻を鳴らす。
「てか、先輩、義手つけましょうよ」
寺子が檜高へ視線を向けた。
流行に乗ったメイクとヘアスタイルだ。
しかし制服の着こなし――左の袖が中腹で片結びにされている。これは流行ではなく傷跡だ。
それはあの夜の凄惨さを物語るように、風が吹くたび小さく揺れている。
「わたしに義手なんていらないのよ」
「はあ? そうです? ――わっ!?」
尋ねる寺子の体がふわりと浮いた。
「な、なるほど――わかりましたから! おろしてくださいよ!」
彼が懇願すると、その体がすとんとコンクリート地に落ちた。
彼は腰をさすりながら起き上がり、
「力つよくなってません?」 と驚き混じりに尋ねる。
「入院中、暇だったからね」
檜高はいいながら寺子を一瞥。それから春たちへ目を向ける。その視線の先では四人が楽しそうに談笑していた。距離的に会話は入ってこないが、その表情を見れば十二分に雰囲気の良さが伺える。
「やっぱり、まざり――」
寺子が言いかけた所で、檜高は彼に睨みをきかせる。
「でもでも、鈴置先輩の事は心配なんじゃないですか? だからこうやって見に来たんですよね?」
檜高は暫し黙った。その目は四人に向いている。
「先輩?」
「必要ないわよ」
檜高が呟く。
「はあ、」
「春ちゃんにわたしなんか必要ない」
そう言う彼女の目は、まるで遥か彼方を見るように四人を、鈴置春を眺めていた。
寺子は意気消沈といった具合に「はあ」 ともらし、冗談ぽく「先輩には自分がいるじゃないっすか」 と愛くるしい顔をくしゃりとさせる。
「は、じょ、冗談でしょ! 別にあんたなんかいなくてもわたしは一年と二年のギャルをまとめてるのよ」
「はあ、でも」
「ん?」
「理解者――はそう多くないはずっすよ」
聞いて檜高が目を細める。何を考えているのか、まるで読めない顔である。怏々如く切なげで儚い、尖ったガラスの様な表情に寺子は目を伏せた。
「そういえば」 檜高が口を開く。
「あ、はい」
「佐藤は?」
「ああ、あいつは事件後直ぐに西区の方に転校していきましたよ」
「そう」
「野中先生の事、ショックだったんじゃないですか多分。あいつだけは心底先生の強さに感服してたし敬愛してましたから」
「そうね」
「あの……なんか怒ってます?」
檜高が寺子を一瞥。それから、
「別に」 と一言。
「あ、んー。そういえば、最後まで彼はきませんでしたね」
「ん?」
檜高は眉を寄せる。彼とは誰の事をさしているのか、一瞬分からなかった為だ。
「野中四天王! 最後の一人! 彼!」
寺子はまるでアニメの煽り文句のように仰々しく言ってみせる。
これに檜高は目を丸くした。そして、少し、分かるか分からない程度だが口元を緩ませる。だが直ぐにそれは真一文字へと変化した。
「彼――そうね、あの人は最初から野中に加担する気はなかったんじゃないかしら」
「え、っていうと?」 寺子が首を傾げる。
「彼は多分、野中を監視するために傍にいた……野中が暴走した時、止める為に」
「あ、はあ、でも確かに――」
寺子の視線が談笑する四人へ向く。
「似てるもの」 言いながら檜高の視線も四人を捉えた。
「実は僕も思ってました」
二人の視線はある一点で交わった。
その点がクシャミをした。
「ぶるあっ! くそ、誰か俺の噂してやがるな!」
「おい山田! クシャミをするなら顔を背けろ!」
そう不満げにしている関谷の顔には重人の唾が無数についている。
「いや、わりぃ。くしゃみって、当てる対象がある方が気合はいるよな!」
「お ま え な !」
悪びれる様子もなく言ってのける重人。それに対し文句を吐き散らす関谷。その様を微笑ましそうに眺める柳。
「ねえ、しげと」
「あん?」
呼ばれ彼が向くと春が手を差し出していた。まだ怪我の後遺症が残っているのだろう。宙に置かれた手は小刻みに震えている。
「あたしたち変わらないよね」
重人の脳裏に夢で見た記憶がよみがえる。
それには病室で見た時のような不安、恐怖といった類は感じない。感じたのは少女と公園で楽しく遊んだ懐かしさと和み――心の温まるものだった。
重人はこれでもかというくらい優しく春の手を握った。
それから記憶の中で、白い光により遮られた“少年”の言葉を心の中で紡いだ。
すると、まるでそれを聞いて安心したみたいに、彼女の手は震えを止めた。
そして記憶の中の少女と何ら差異のない、純粋無垢な笑顔を向ける春に、重人が確信をもってこたえる。
「うん、かわらない」




