燃えよ剣
宙を舞うそれは銀光を放ち、掌から少しハミ出す長方形。
「これでも、まだ勝てる気するー?」
長方形が真ん中で割れ、二つの細い長方形を作り出す。
春はこれを見て青ざめた。
二つの長方形の間から鋭い刃が生えていたからだ。
「バタフライナイフ!?」
春の目が忙しく宙を漂う銀光を追う。実物を見るのは初めてだった。ただ、昔に流行ったという話は聞いた事があった。
それが五つも宙に浮いている。持ち手部分を上下に揺らしながら舞う様はまさに蝶だ。しかし、本来蝶が持っているはずのない刺が、今にも春に狙いを定め飛んで来そうである。
檜高がニヤっといやらしい笑みを作った。
「時速四十キロ、遅いと思う?」
今一ぴんとこない。
――遅い?
春はそう思い目を細める。
ナイフが動いた。上下、左右、正面から春に向かい銀光が奔る。
それは非常に微妙な速度だ。
遅くはない。しかし見えない程速いわけでもない。目視後、一瞬考える時間があった。
右か左か。春は躱そうと足に力を入れる。だが、
――体が反応しない。
眼前まで迫り、やっと春の体は動いた。
上体を捻り、反らせ、木刀をデタラメに振る。
たまたま一本を打ち落とし、躱し、肌を掠め、痛みに顔を歪めた。
春の柔肌を削ったナイフは宙に赤い放物線を描く。
「どう? ごっこじゃないのよ? 痛いでしょー。でも、まだまだこんなもんじゃないから」
春は掠めた肩を押さえる。掌に濡れる感触があった。
――痛っ。
顔を歪めながら自分に問いかける。なぜ躱せなかったのか。呼吸が荒い。大して動いていないのに。
春は自身の体の変化に気付いた。
――そうか……だから体が。
ナイフは春にとって嫌な速度だった。目視してから十分躱せる。だが目視後の一瞬の間――考える時間が逆に恐怖を生み反応を遅らせたのだ。
またも五つの銀光が春を襲う。五本とも放物線を描き、それぞれが別の角度から春に向かってくる。
最早、剣道もくそもない。春は床に倒れこむ様にして避けた。
武道館の床は柔道用の人口畳が敷かれている為、頭でも打たない限り致命になる事はそうない。この場で数少ない春の味方であった。
鍔迫り合いで何度先輩に吹っ飛ばされただろうか。
春は、ふとそんな事を思い出した。
――この畳の感触。
春は立ち上がり木刀を構え直す。
「はあっ!!!」
声を出して気合を入れた。
遅れて銀光が奔る。
――よく見ろ、相手の癖を攻撃の拍子を。
「たあっ!!!」 春の剣が迫り来るナイフの一つを叩き落とす。同時に斜に構えながら一歩前へ。すると残りのナイフは、春の後ろをそれぞれ交差する様に通り過ぎた。
「なんでよ!」
檜高は目を剥いてがなる。再度、上下左右正面にナイフを放った。
銀光が春を包む様に迫る。
しかし春は大きくバックステップをすると、ナイフの合流地点を見極め唐竹一線――五本のナイフを弾き飛ばした。
宙に散らばったナイフは、二股の持ち手をパタパタさせながら檜高の傍へ戻っていく。
――だ、大丈夫。先輩達の打込みに比べれば……。
春はなんとか活路を見出した。しかも今は彼女自身も理解していない守護の影響を受けていた。
それは木刀である。
数十キロで飛んでくる刃を何度も叩いているのに、その刀身には深さ一ミリにも満たない薄傷が数個あるだけなのだ。
春の能力は言ってしまえば物との意思疎通である。
戦いの前に春は願った。
力を貸してくれ、と。
この春の願いが毎日素振りで愛用している木刀に伝わったなら……。
木刀から声はない。なぜ声がしないかは不明である。
しかし、密かに木刀が春の願いに応えようとしているとしたら。強く、ただ只管に強くあろうという意思のもといたとしたら。
「飽きた!」
檜高は操るナイフを一本にしぼる。そして放たれた銀光は今までみたく放物線を描く軌道ではない。動く、という瞬間が分かっても反応できるか際どい速度で、真っ直ぐに飛んだ。ナイフは吸い込まれる様に春の肩口に刺さった、と彼女自身思ったに違いない。
ナイフは甲高い金属音を鳴らし弾け飛んでいた。
――とめ、た!?
春が内心呟く。手に強い痺れを感じ持ち手を見た。彼女自身が一番驚いていた。なぜ受けられたのか自分でも分からないのだ。
日頃の練習の賜物なのか偶然か。
ただ、何故か心の底から感謝の気持ちが湧いてくる。一人で戦っている筈なのに一人じゃない気がした。
恐怖が和らいでいく。次第にそれは意気へと変わった。
殺傷される危険を含むこの場ですら、春にとっては『試合』となっていた。
檜高の顔があからさまに焦りを見せる。
ナイフの数を五本に戻し再度春を襲うが、もはや通じる筈もない。
春は摺足二回からタタンッ、と剣打の射程圏に檜高を捉えた。
「メエェンッ!!!」
決まる、はずだった。
何故か木刀は檜高を追い越し後ろの空を叩いていた。春はその勢いのまま檜高に体を預け、彼女もろとも畳に倒れ込んだ。
――なんで?
春は茫然自失に畳を眺めた。
――操作された?
彼女の脳裏に『倉庫』での体験が蘇る。あれをされたのか、と。
しかし違った。
彼女以上に檜高が驚いているからだ。
「オラっ!」
檜高が一瞬はやく正気に戻った。
仰向けに倒れた状態で春の体を蹴り剥がす。
完全に無防備――攻撃がくるという意識すらしていなかったところにケリをくらい、春は地面に転がった
「っざけんじゃねえ!」
檜高は起き上がり、畳に落ちているナイフの一本をテレキネシスで操る。それは宙を舞いながら彼女の手に収まった。
「今度近づいでみろ! これで刺すからな!」
息を荒げ持ったナイフを春へ向ける。
この間テレキネシスで直接春を操作しなかったのは、それだけ檜高も焦り動揺があったからだろう。
春はなんとか起き上がり木刀を拾う。そして構えをとりつつ思い返した。
何故、打ち込みが当たらなかったんだ。完全に捉えていたはずなのに、と。
――次は必ず。
春は内心で宣言した。
檜高を見据えて測る。
大丈夫、隙だらけだ。もう三歩はいれば何処にでも打ち込める。
二人の距離が縮まっていく。
春のそれは距離の変化を察知させない見事な摺足だった。
剣道に階級制はない。元より小柄な春は、自分よりも大きくリーチのある者の相手をせざる得なかった。普通に振っても相手の攻撃だけ命中する事が多々あった。そうさせない為、常に間合いの測り方に気を配り、同時に自分が有利となる距離を見極め判断する。これを磨き抜き今の春がある。
素人の檜高相手に見合いで圧倒するのは当然だった。
スっと一歩、頭の高さを其の儘に素早い踏み込み、
――胴!
決まる。
「あれ――」
決まらなかった。
春は檜高の目前で足を縺れさせたのだ。そして斜め前方へ頭から飛び込む様にして転けた。
檜高は困惑した。何をやっているんだこいつ。舐めているのか、と。棒立ちの自分をまるで……。
「あんた、もしかして」
檜高はニヤリと、これまでの切羽詰った表情から一転、余裕に満ちた笑みを作る。
春も今、実感する事が出来た。
圧倒的に優位なところから相手を加害する恐ろしさ。
――やだ、だめ。こわい。
必中必倒の剣打が外れた理由。檜高が超能力を使ったわけでも、春が間合いを測り間違えたわけでもない。
春自身が無意識に檜高を避けたのだ。
何故自分は木刀を手にとったのか。
これで相手に打ち込む。相手はどうなってしまうんだ。下手をすれば死ぬだろう。そうじゃなくても重症を負うはずだ。生身の人を叩く感触って、どんな感じなんだろう。肉が裂け、骨が割れる感触はいったい……。
彼女は、直にそれが伝わると思うと怖くて仕方がなかった。
手には滴るほど汗をかき、握る木刀の感触が曖昧になっていく。
足がすくみ胃がしこる。冷たいものがはい上った。
――だめだ、戦えない。
「あたしには打てない」
呟く春の目から完全に意気が消えた。
「なーんだ。やっぱ春ちゃんスポーツマンだなぁ~」
打ち込んでこないと分かり檜高はキャッキャウフフと春に近づいた。そして持っているナイフの腹で彼女の頬をペチペチと叩く。
まるで品定めでもする様に春の顔を見て「ふーん」と、何やら考えている様である。
「そーんなに怯えなくてもいいのよー。まだ、殺したりしないから」
言われて春はハッと目を見開く。眼前の檜高を見るなり叫び、肩から体当たりをした。
ナイフを恐れたのでも檜高を恐れたのでもない。
もしかしたらこの攻撃で諦めてくれるかも、というあまりにもずさんで突拍子もないものだった。
当然、苦し紛れのタックルでは檜高の機嫌を逆撫でするのが精一杯である。
胸を押さえ数度咳き込んだ檜高は、鬼の形相で春を睨む。そして手に持っていたナイフを宙に浮かせた。
ふわふわと宙を漂うナイフは、戦いはじめと比べ躍動感を失っていた。
檜高もここへきて疲労のピークを迎えようとしている。
春自身を操作できなかったのは誤算である。操作するための念を何度とばしても当たらない。これはパンチの空振り同様にドッと疲れるものだった。その額にはおびただしい汗が滴っている。
「はやく諦めろ……」 檜高が小さく呟いた。
これに春は違和感を感じたが人の事に構う余裕はない。構えたはいいが手の感覚が曖昧なのだ。前腕から力が抜け、鋒が不規則に揺れる。今にも木刀を落としそうだ、と口を真一文字に歯を食いしばる。
――あいつ、こんな事ばっかりしてたんだ。
春は重人に少し感心した。
「檜高さん……もう、あたしに力は残ってません。この一撃で終わらせます」 春は自身を追い込む為あえて告げた。靴下を脱ぎ、改めて足指で畳を掴む。
――ここでダメならそれまで……でも終わりたくはない。
春は消えかけていた意気を幾分取り戻した。
しかし彼女の発言はしっ策だったのかもしれない。
聞いた檜高は今までにない真顔になった。
相手を認めた証拠だった。
鈴置春は強敵だ、と。
操るナイフは一本。しかし今までは見せなかったフェイントをおり交ぜた動き。戦いはじめよりも本数こそ少ないが、明らかに運動量と精度が違う。
真っ直ぐくると見せて速度をそのままに旋回――切先を春に向けたまま、背後へ銀光が奔る。
しかし春はそれを許さず。
ナイフの尖端に剣先を合わせ、百八十度からだの向きを変えた。
鋒同士が数度触れる。撫で合い突っつき合う。無言の探り合だった。
――やりずらい。
ナイフと春の位置が目まぐるしく入れ替わる。
動きの読み合いでは春に軍配があがっていた。相手が人間なら数え切れないほど剣打が入っていたことだろう。しかし、今相手にしている奇異なナイフに肉体はない。故に予備動作もダメージもない。
――まずい……。
残りの体力も考慮して春は一旦距離を取った。
どちらも動きがないまま数十秒が経とうとしている。
春は向かい合うナイフの数メートル先に立っている檜高を見ていた。
――この人本当に強い。最初からこれをやられていたら直ぐに勝負は……。殺す気ならあっと言う間に……。
背筋につつっと嫌な汗を感じた。
――でも、じゃあ何で? きっとそうだ。檜高さんは……。
春は目を閉じた。それは瞬きよりほんの少し長い瞑想だった。そして、カッと目を見開き思い切り畳を蹴った。檜高に向かって一直線に走っていく。
ナイフが春を中心に孤を描く。銀光の軌跡を残しながら背後へ回り込んだ。
ナイフが春を追う。
春が檜高との距離を詰める。
どちらが速いか、明白であった。
春の体勢が崩れる。背後から左肩にナイフを受けたからだ。
左腕がだらりと下がる。しかし春の前進は止まらない。
――私闘をしてみてわかった。自分は加害されるより、する方が怖いという事を。そして、それはきっと檜高さんが、あたしを本気で殺すつもりはないから。
檜高は大きく目を開いた。
春が消えた――いや、右へ素早く移動したのだ。
「ってぇぇええ!!!」
気合の叫びと共に春の剣が奔る。狙いは小手。
目の前から消えた事で、檜高の腕は意識の外から緊張も力みも無く春の剣を受入れた。
檜高の左手が凄い勢いで宙を薙ぐ。上半身もその勢いで右前方へ傾いた。彼女はそのまま畳に蹲る。ふるふると震え、全身を駆け回る感覚に耐える事しかできなかった。痛い。ただ只管に痛い、と。
小手が頭部や腹部に比べれば優しい。なんていうのは間違えかもしれない。
神経が集まり、肉の薄い手の甲への剣打は、生命活動こそ害さないが確実に相手の戦力を削ぎ、尚且つ痛みでもって死に体にさせる。
頭や腹を打って昏倒させてやる方が、ある意味では優しいと言えるのかもしれない。
しかし頭や腹部は急所の塊である。竹刀ならまだしも木刀で殴れば殺してしまうかもしれない。良くて重傷だろう。
小手は春が考えうる中で唯一、相手を殺さず戦闘不能に出来る苦渋の策であった。
春の手には木刀を通して骨の砕ける感触が伝わっていた。打った者と打たれた者にしか聞こえないであろう、竹を割る乾いた音――雷の様だった。
春の手からするりと木刀が落ちる。蹲り、声にすらならない痛みに耐える檜高を見て、その場に膝から崩れ落ちた。その目には涙が溢れている。
檜高は頭だけ動かして怪訝な目を春に向けた。その目が細まり、閉じる。それからゆっくり開くと、何かを諦めたように目を伏せた。
「もう……やめた……ちょー、痛いし――もう、いいや……」
言うと檜高も涙を溢した。起き上がろうと体を動かす。
それを見て春は慌てて彼女へ駆け寄った。打たれた手は倍近く晴れ上がっている。
「早く病院にっ!」
「これは自業自得だし、もうちょっと痛いままにしとくよ――」 と檜高は何故か嬉しそうな笑みを作った。
「それより春ちゃんは傷、大丈夫?」
春は今思い出しみたいに肩を見る。切れてはいるが浅い。檜高に比べれば軽傷なのは間違いなかった。
「檜高さん、やっぱり刺すつもりなんてなかったんだね」
「バレてたか」
檜高は胡座をかいて、右手で自分の頭をこつっと叩いた。
「だって――」
「やっぱ無理だなー。嫉妬心だけじゃ勝てないや」
檜高は春の言を遮り、視線を泳がせた。
春は思う。自分の何に嫉妬するのだろうと。顔もスタイルもお洒落も檜高が上だ。勉強やスポーツかなとも思ったが、そんな事に嫉妬するタイプには見えない。
「なんで、そんな不思議そうな顔してんの?」
檜高はムッと頬を膨らませる。
その顔は春の中にある彼女のイメージと随分かけ離れていた。
春から自然と笑みがこぼれる。
なんだか可愛らしい。自分より幾つも年下の子供みたいだ、と。
何となくこちらの方が学校で見かける姿よりもらしく見えた。
春がそんな事を思っていると、子供っぽいふくれ顔は儚げで消え入りそうな表情へ変わる。
「学校ってさ、みんな自分じゃない誰かを演じてると思うの。嫌われたくないだとか、目立ちたいだとか、こう見られたい、こうは見られたくないって感じ。でも春ちゃんは違う。周りの目なんて関係なくって何時も素でいるじゃん? しかもそれで皆から好かれてるし。必死こいてお洒落して、舐められない為に虚勢はってるわたしを全否定されてるみたいで……」
春は驚いた。まさかそんな風に思われていたなんて、と。
自分なんて眼中にないと思っていた。むしろ嫉妬というなら自分の方がしている。思った事を何でも言えて校則にしばられる事もない。お洒落で何時もいい匂いをさせていて、部活後の自分とくらべたら月とすっぽんじゃないか。
春はそう思いながら檜高を見つめた。
「なんか、言いたい事いったらスッキリしたな――もう春ちゃんとは戦いたくないや」
檜高は“らしい”笑みを見せる。
これに春は心底安堵した。終わったんだ。もう傷つけなくていいんだ、と。
そんな春の表情を見た檜高は「それでも――」と呟き、言葉を続ける。
「もしも、あいつとやりあう事になったら。逃げて――全力で。もしも逃げられない時はこれで――」と右手を差し出してきた。そこにはバタフライナイフが握られている。
「こんなもの使えないよ!」
春は手を引く。それでも檜高は戦慄く様な目で訴えてくる。
突然、武道館内の照明が消えた。
二人は同時に「えっ!?」 と漏らして周囲を見回す。
急に暗くなった為、目が慣れない。月明かりがせめてもの救いだった。
武道館の出入り口、右手側にある照明スイッチの所に人影らしきものが直立している。これがゆっくり近づいてきた。
春は体を強ばらせる。
「そんな、用心しなくても大丈夫っすよ」
人影は月明かりで照らされた武道館中央手前で動きを止めた。
影の左右――腕がゆっくり持ち上がった。何らかのジェスチャーをしているようだ。
「あんた来てたの」
檜高は言いながら痛みを堪えつつ立ち上がる。
立ち上がる迄に嗚咽を数回もらすのを聞いて、居た堪れなくなった春は、一歩踏み出しながら檜高を庇う様に立った。
「誰? あなたが黒幕なの?」
春は影を強く睨む。
何が面白かったのか影は大笑いした。そして春の問いに「違う」と答えた。
「わたしと佐藤だけのはずでしょ!」
檜高は凄い剣幕で影に詰め寄ろうとした。
しかし影の右横――腕が持ち上がると、檜高は悔しそうに奥歯を噛み締め、足を止める。
「まあまあ、先輩、そんな殺っきにならないで。俺はやり合うつもりないっすから。怪我人とはいえ、超能力者を二人同時にってのはどう考えても俺が不利っすからね」
確かに影から殺気、怒気といった類は感じられない。春は内心胸を撫で下ろした。
「じゃあ、何しに来たの?」 檜高が訊く。
「まあ――先輩が心配で」
「はあ?」
忌々しそうに舌打ちをする檜高。こいつはそんな奴じゃないと言いたげである。
「ていうか、早く逃げた方いいっすよ二人共。あの人向ってるから」
影のこの言葉を聞いた途端、檜高の表情が一気に凍りついた。一歩、二歩と後退る。
「まさか、なんで」と明らかに動揺している。
「何? どういう事?」
春は訝しげな目を影に向ける。
「ええっと、僕は“あの人”って呼んでるんですけど」
影は左右に動きながら話しだした。どういう行動心理なのか分からないが、この者の癖なのだろう。
「実は檜高先輩も理由があってあの人に従ってたんですよねー?」
「余計なこ――痛っ」
身を振って遮ろうとする檜高だったが、傷の痛みで黙るしかなかった。
「確か友人を襲うって言われて渋々協力したんでしたっけ?」
影の肩あたりが小刻みに揺れる。
「それって!?」
春は声を上げながら檜高に目を向けた。
檜高はバツが悪そうに唇を噛む。それから一息吐くと、なんともいえない表情で天井を仰ぐ。
「柄じゃないんだけど」
檜高は笑い混じりに言った。
「檜高さん……」
春は思う。何かを――宇野ちずるを助ける為に行動している自分と同じじゃないか。かたちは違えど彼女も自分の大切なものの為に戦っていたか、と。
春の胸の奥でふつふつと怒りが沸いた。
「だれ!」
「え……」
春の激昂に影は面食らった様子だ。
「教えなさい!」
春は一歩でた。その顔は完全に剣士のそれである。
迫力におされたのか影は「わかりました」と言うと一回咳払いをした。
一瞬しん、と静まり返る。
「あの人の正体は――」
春は目を見開いた。




