D/D
真東京を構成する四大区域の一つ東区。
最も平凡な為ノーマル区と呼ばれ、時代を経て若者達の間では○区と呼ばれている。
東区東栄町、東栄学園二年B組で流行りの話題といえば、世界を包んだ白い閃光、イノセント・フラッシュ――略称『IF』だった。
「もう三週間前だっけ?」
「そんなたつ?」
「つーか、もう一回おこらねえかな」
「あ、わかる」
一番後ろの廊下側にいる男子グループは、もう一度IFが起こればと切に願っている様だ。
IFの直後から四、五日はTVの全チャンネルがIF特集で埋まった。それからIFによる肉体的影響がないか医療施設での検診義務。そして休校措置だ。男子グループの願いはこれに起因する。
しかし女子達は最前列の窓側に集まり
「怖いよね」
「あの医者すっごいヤラしい目つきで最悪」
「キモかったよね」
などとIFの再来はこりごりな様子だ。
山田重人は一番後ろ、窓側の席に体まで預けて寝息を立てていた。
すると「よくこんなザワザワした中で寝れるわね」
重人の一つ前の席に座るショートヘアの少女――鈴置春が重人に声を掛けた。
「んん?」
重人はダルそうに頭を持ち上げる。完全に寝ぼけ眼だ。
それでも彫りが深めの精悍な顔立ちは威圧感がある。
少し癖のあるショートウルフをリーゼントぽく立たせた髪型が、ワイルドな雰囲気をより引き立たせていた。
重人は頭を斜めに傾けながら目を凝らす。いまいち焦点が合わず、更に目を細め春を認めた。
髪量が多く全体に大小幾つもの黒い束をつくっている。
目下まである細束の奥から垂れ気味のくりくりした瞳が重人を覗いていた。
「おはよ」 重人は軽い調子で言う。
そして再度、寝る為に頭を下ろした。
すると、
「こら! 昼休み終わるよ!」 春から激が飛んだ。
「旦那がこれだと苦労するね~」
集合している女子の何人かが直ぐに冷やかしを入れた。
「え、え、何言ってんのよ! こんな奴ただの幼馴染だから!」
頬を赤らめて否定する春に男子グループも「お似合いお似合い」 とちゃちゃを入れる。
春にとって重人が特別な存在なのは間違いない。
だがそれは幼馴染という意味で、むしろ兄妹に近い感覚だ。
――本当にみんなが言うような関係じゃないんだって、もう!
あんたからも言ってよ、と重人へ訴える様な目を向けた。
「まったくお前らうるせえなー。気持ちよく寝れねえじゃねえかよ」
重人はダルそうに体を持ち上げ、左手で右肩を揉むと
「おう春、静かにしてくれって」
彼にとって今はクラスメイトの誤解をとくより、睡眠の方が大事なようだ。
こんなマイペースな彼に対し春はため息しか出ない。
何でこんな奴の為に声を張って、顔を熱くしなければいけないのか。まったくアホらしい。
昼休み終了のチャイムが鳴った。同時に教卓廊下側のドアが開く。
「おーい、静かにしろ。授業はじめるぞ」
入って来たのは国語教師で担任の野中浩彦だった。
いつもスーツでキメており細面で端正なマスク。女子人気は校内でも随一である。
野中は教卓に教材を置くと当番へはじめの挨拶を促した。
「おい山田、飯の後で眠いのはわかるけど、もう少ししゃきっと立て」
「あいあい」
重人は面倒臭そうに姿勢を正す。
それを確認して当番が号令をかけた。
「礼」 続き、お願いします。と全員の挨拶があるはずだった。
しかし、誰も言わない。しん、と間があく。
重人だけが首を振り、他の生徒を見回した。
原因は今日の当番――柳真央美だ。
実年齢十六歳というのが信じられない程、繊細な色香と雰囲気を纏っている。
それ故、校内のヒエラルキーの枠外に存在し、男子だけじゃなく女子や教師からも一目置かれている。
再度、桜色の薄い唇が動いた。
「礼」
言いながら彼女は会釈をする。腰まで伸びた黒髪が、動きに遅れてさらりと揺れた。その綺麗な二重を二度三度瞬かせ、乳白の肌に映える大きな黒瞳で野中を認める。
「あ、すまん、」
野中はやや呆けた顔で他の生徒達に挨拶を促した。
生徒達はハッとした様に「お願いします」 と挨拶を終える。
全員が全員、柳真央美の色香にやられていたようだ。
しかし、
「何、今の沈黙」
どうやら重人には柳真央美の色香は効かないらしい。
それ故『mr.鈍感』などと不名誉なあだ名をつけられている。彼はこのあだ名を付けられた理由を分かっていない。まさに鈍感だ。
勉強が出来ない、遅刻が多い、いつも寝ている。
ぱっと見こんなダメ要素しかないが、これらを補って有り余る運動能力の高さ、腕っ節の強さ、光物にもビビらない肝っ玉、なかなかのルックス。これら学校社会でのステータスを持っている為、ヒエラルキーの上位にいる。
柳ほどではないが特異な存在なのかもしれない。
「でたよ鈍感」
「mr.鈍感」
「神がかり的な鈍感」
みんな口々に呟く。
しかし聞こえていないのか重人は昼休み同様、机に体を預けて頭のしっくりくる位置を模索するのだった。授業が面倒というのもあるがIFがにあって以来、異様な程の睡魔に襲われる事があるのだ。
一応検診にはいったが異常は見つからず。
IFのせいで異常が出た人はいないと発表されている。
重人は思う。医者がなんと言おうが自分の体は自分が一番分かっている。何かがおかしい。これは確かだ。
――体がだるい。熱があるかもしれないな。
「早退してぇ」
重人は顔を伏せたまま寝言の様に呟く。そして授業を子守唄に眠りについた。
彼は最近よく同じ夢を見る。
見渡す限り砂と岩しかない世界が目の前に広がっている。
空は黒い雲で覆われ、明かりといえば薄く指す太陽光のみ。
薄暗く粉っぽい空気は高山の山頂の様に薄い。
まるで別の星――月や火星の様だ。
今、夢の中の重人はそんな荒廃した世界に一人立っている。
ずっと何をするわけでもなく砂色と暗黒色の地平線を見続けている。
そしていつも耽るのだ。
何故か往なれた感じがする、と。
――ここは地球だ……。
根拠はないが確信があった。
――ここで生まれ灰銀色の宇宙船に乗り、隕石と共に地球へ降ってきたのかもしれない。……あれ、どこかで聞いた事ある話だ。ん――。
重人は遠くに何かを認めた。
――ああ。
この夢を見る度にそれは現れる。
瞬きの度に距離が縮まり、姿形がおぼろげに見えてくる。それはなんとも形容しがたい化物だ。地球の生き物じゃないのは確かであろう。あえて地球の生物等で例えるなら、龍の様で虎の様な牛の様でイカの様な人の様である。
しかし怖くはない。向うに敵意はない。重人には何故かそう感じられた。
そして怪物と向かい合っていると溶け合う感覚に陥って、いつの間にか立っている位置がお互い逆になっているのだ。
それが現実側で自分が夢側とでも言う様に――。
「お……い…………!」
夢の中に声が入って来た。
――春か? いや違うな。誰だよ。
「おき……ろ…………や……ま……!」
――ああ、聞き覚えがあるな。誰だっけ。毎日聞いてるのに誰だか思い出せない。そんな存在だ。俺に嫌悪感を抱かせず、警戒心も抱かせず、好意も抱かせない。ああ夢も終わりか。
重人はスっと二重目蓋を持ち上げた。
「お、やっぱ先生か」
重人を見下ろす様に野中は立っていた。
まるで泣きじゃくる子供を前にした様な困った表情で
「お前なあ。堂々と寝すぎだ」
「すあーせん」
寝起きのせいか謝る気がないのか、いい加減な謝罪の言葉に野中は「仕方ないな」 溜息をつくだけだった。
そして教卓へ戻ると再び授業を再開する。
くどくどと注意しないのは注意しても無駄だからではく、当然生徒が怖いという理由でもない。かと言って野中が無気力教師かと言えばそうじゃない。
注意する時は誰が相手でも注意するし、少し前など職員室で同僚と教論を熱く語り合っていた程だ。
「先生ーあまーい!」
男子生徒の一人が野中に向かって言うと、すかさず女子の一人が
「彼女とラブラブだもんねー」 と、野中の私生活を暴露した。
重人に甘かった理由は私生活の充実であった。
帰りを待っていてくれる者、それも愛する彼女とくれば仕事でどんな辛い事があっても耐えられる。それどころか余裕すら出るというもの。
「彼女は理恵さっだっけー?」
女子が勢いづいてきた。
女子高生にとって国語の勉強より恋話の方が楽しいと感じるのは当然だ。
「ほら、授業に戻るぞ!」
「いいじゃいいじゃん! 先生も私生活もっと暴露してこうよー」
も、という事は他の教員の中には思い切り暴露している奴がいるのか、と重人は思った。
寝てばかりだから知らないのも無理はない。
むしろ東栄学園の教員の三分の一は生徒の心を掴む為にプライベートをネタにしている。
「先生はそういう事話さないよ。ほら、授業」
言うと、野中は淡々と授業へ軌道修正した。
しめしめ今日は先生の機嫌がいい様だ、と重人はもう一度眠りにつこうと頭を伏せる。
しかし今度は春がそれを妨げた。体を重人の方へよじると
「あんた、また寝る気でしょ? あんたの内申悪くなるのは構わないけど、テスト前に泣きつくのはやめてよ」
「え、いや、それは持ちつ持たれつっていうか――」
「あたしは全然持たれた覚えがないですけど!」
「う……それは……あれだ! お前が気づいてないだけなんだよ! 本当は日夜、闇の刺客からお前を守ってるんだぜ!」
「あ、はいはい」
春は半開きで、じっとり睨みをきかせた。
彼女の冷たい視線が突き刺さり重人は大人しく黙るしかなかった。
五限目の途中、重人はある作戦を決行しようとしていた。
――うーん、いけるっしょ。
内心納得しながら彼は手をあげる。
野中は目をこらした。別段目が悪いわけではない。
またか。
そう目で言っているのだ。
「なんだ山田?」
「あ、腹いたくて」
「またか?」
「また」
言いながら重人は睨みをきかせる。
野中は溜息を一つついて許可をだした。
これに重人は、
「行ってきます」 歯を見せて笑い教室を後にする。背後から春の声が聞こえたが彼は鼻を鳴らしてあしらった。
「イエス!」
重人は叫んだ。
ここは校内ではない。校外でもない。
「ああ、生き返るー」
青空を眺め大きく息を吸った。
アスファルトの地が広がり、高い柵でその場を囲ってある。
「屋上が一番落ち着くわ」
彼は柵の近くまで歩き東栄町を一望した。
――絶景、絶景。
「お~い、やまだぁ~」
突然くぐもった声が重人に当てられた。振り返ると剃り込みの入った角刈りの少年が立っている。
短ランにボンタンという格好で、体格は重人と同じくらい――180センチくらいだろう。高校生にしては大柄な部類だ。
「だれよ」
重人は言いながら舌を一回鳴らす。その意図は、
――ラッキー!
「何嬉しそうな顔してやがる!」
角刈りが怒鳴る。
重人は鼻の下を伸ばし、溢れる笑みを消そうとした。彼にとってこれから起こるであろう出来事は、ほぼ趣味のようなものだ。
ストレス解消、と重人は拳を作る。
角刈りはそれを確かめるように目を細め、重人めがけて駆けた。
お互い手の届く距離になり、先制を奪取したのは角刈りだった。
胸の前で腕を小さくたたみ、それを真っ直ぐのばす。そして重人の襟をいともたやすく掴んだ。
角刈りにとって慣れ親しんだ動きなのだろう。
粗暴な見た目とは裏腹に、それは機械のような精密さがうかがえた。
――こいつっ!?
重人は内心で忌々しげに舌を打った。同時に彼の中のスイッチが入る。その目は獲物に食らいつく虎だ。
重人は睨める。相手を睨める。
これを受けて角刈りの瞳は恐怖を顕にした。
傍からこの光景を見たなら重人が一回り大きく映ってもおかしくない。
完全に呑んだ、と重人は拳を引き
「うらぁっ!」 角刈りの顔面へ。
しかし相手が恐怖で身をよじった為、大きく宙を薙ぐはめに。
「とっととっとっとっ!」
あらぬ方向へ数歩よろめく重人。体勢を立て直しつつ角刈りに虎眼をむける。
角刈りの顔は完全に引きつっていた。
これに対し怪訝に思った重人は、
「なあ、聞いときたいんだけど」 眉を寄せて言うと更に続ける。
「何で俺に喧嘩売ってきたわけ? あんたヤンキーって感じしねぇんだけど」
「す、」 角刈りが何か呟いた。
「すず?」 重人が聞返す。
「鈴置さんは……渡さない」
「はあ?」
重人のは顔を歪めた。口も目蓋も頬も明後日の方を向いた。
「渡さない――」 再度角刈りは言った。呟く様に。
そしてまた重人との距離をつめる。途端、
「うおっ!?」
重人が声を上げた。目の前に炎が出現したのだ。それも不思議なことに角刈りが翳した掌から。
これを横に倒れこむ事で間一髪回避した重人。そして彼は思った。火炎放射器はなしだろ、と。
「おめぇ! そんなもん仕込んでどういうつもりだよ! マジ殺す気かよ!」
「仕込む?」
俯く角刈りは息を荒げながら重人へ視線を移した。
「お、おう。ナイフだ~スタンガンだ~って奴は何人かいたけどよ、そら無しだろ!」
角刈りの目が細まる。
「やまだ。お前……何も知らないんだな?」
「はあ? いや、不良事情に関してはお前より詳しいと思うけど」
「……本当に知らないのか?」
「いや、だから――」
「わかったよ」
角刈りは何か納得したように頷いた。
「え? いや、だから――」
「知らないならフェアじゃないな」
「あん?」
噛み合わない。重人は三度舌を打つ。
――何だよこの電波君。
「知らない方が」
「あ?」
「知らない方が幸せなのかもしれない」
言いながら角刈りは踵を返す。それから屋上出入り口に向かって歩き、重人の前からいなくなった。
「んだぁ?」
重人はクエスチョンマークを三つ浮かべた。
炎の出る手、謎の言動。そして、
「あぁいつだぁ~れだよっ!!!」




