薔薇蠍(ビー・スコーピオン) -サイス-
――ギリッシュ王国 ダンダグラス地方 ロックランド山 某所――
「ここかァ……黒蠍団の本部ってのはァ……」
俺の目の前には小さな洞窟。周りには事切れた見張り役の死体が2つ。
「さーてとォ……お片づけの時間だァ」
俺は洞窟へ入る。
洞窟の中は一本道だった。しばらく歩いていると奥に広い空間が見えてきた。人の気配がする。
「お、お前何者だー! み、見張りは何をやってるんだよぅ!」
明らかに低級な装備した雑魚が喚く。
「見張りだァ……? さァな、そんなもんはとッくに消えちまッてるだろうよォ」
「ひっ……!」
「何をやってるお前ら!! かかれー!! 絶対に生きて返すなー!!」
幹部の男が命令する。その声を合図に幹部もろとも剣を抜いてこっちにかかってくる。
「1ィ、2ィ、3……たった6人かァ? 少ねェ!! 少ねェよォ!! 俺を殺したいんだったら、1兆人ぐらい連れてきやがれッてんだ三下ァ!!」
全員殲滅。たった一人を除いて。残っているのは奥でこの光景を眺めていた、黒蠍団のマスター、ビー・スコーピオン。
身長3メートルはゆうに超えてる大男。肌は黒めで筋骨隆々のスキンヘッド。
「残りはお前だけなわけだがァ……さァて、どうスクラップして欲しいのかなァ?マゾビーくん?」
「……フフッ。アハハハハハハハ!! まいったねー。お前か? 噂のレベル0ってのは」
「アヒャヒャヒャヒャ!! あまりにもレベルが低すぎてェ、レベル100を超えてても勝てねェかもなァ……?」
「なるほど。黒フードに黒髪に黒眼帯、そして黒剣……お前が『黒の殺人鬼』か」
「フン」
「ちとお前には前から聞きてえことがあんのよぉ。なんで俺らを潰して回る? お前に得があんのか? それとも正義のナイト気取りか?」
「得……? ナイト……? さァねェ……理由なんてもんはとッくに忘れちまッたねェ……アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 趣味だ」
「!! ふざけるんじゃねえぞおらぁ!!」
スコーピオンが武器を実体化させ攻撃してくる。
「ふんッ!! 薔薇鞭なんて雑魚武器で俺を倒せると思ッてんじゃねェぞォ!! 格下ァ!!」
俺は鞭の軌道を見切り、ギリギリのところで避ける。
「それになァ、鞭属性は剣属性に弱――」
そこまで言いかけた瞬間、後ろからも同じ鞭が迫ってくることに気づく。
駄目だ、SSを詠唱してる暇はねェ!! 回避が――!!
「ぐはッ!!」
素早さをフルに使って回避したが、それでも喉の右側に傷を受けた。
「アハハハハハ!! お前、目の前で部下が皆殺しにされても俺がどうしてこんなに余裕なのか、考えなかったのかぁ?」
右手で傷を押さえて様子を見る。危ねェ、かすり傷だ。
「……トラップスキルか……!!」
「そう!! そういうことー!! ついでになぁ、俺のこれはただの薔薇鞭じゃねえんだわ。 薔薇の輪廻つって、攻撃力や長さはもちろん、猛毒のおまけ付きー!!」
「……」
「もちろん俺はお前に解毒の隙なんか与えねーよ? 対人戦で薬使う余裕を与えるバカはいねーよなぁ!! だからお前は、この戦いの途中で死んじゃうってわーけー!! アハハハハハハ!! お前を潰せば解体屋なんて無いも同然!! これからは俺ら犯罪ギルドの天下となるわけだ!! さてと、まずはこの噂を広めて全世界の賊を俺の配下に……ってお前、なぜHPが減ってない!?」
俺のHPゲージは、猛毒のダメージで減ってもその後すぐに回復し、それを繰り返していた。
「減ってねェッてことはねェよ。普通の毒だッたら、計算上俺はあと14時間で死ぬ。猛毒だからもッと早くて残り30分ッてところかァ……? そんだけあッたらァ、お前を潰すには充分だよなァ!!」
俺は剣を鞘から抜き、スコーピオンの元に駆け出す。
「くそっ!!」
スコーピオンは鞭を振り回して行く手を阻む。
「遅せェ!! 遅せェぞゴルァ!!」
迫る鞭を剣で断ち切って間合いを詰める。
「ローズシールド!!」
薔薇の鞭がスコーピオンの周りの空間を包むように覆う。
「上がガラ空きだぞォ!! SS、オーバーフライ!!」
俺の背中に黒い翼が生え、飛翔して薔薇鞭の壁を越える。
中に居るスコーピオンは薔薇鞭の壁に覆われているせいで逃げ場がない。俺は下方攻撃の構えをする。
「ば、ばけもの……!!」
「化け物ォ……? アヒャヒャ!! 新ネタだ」
「チッ……思ったより毒の回りがはえェ……」
俺はまだ洞窟の奥の、その空間にいた。猛毒だけではなく、麻痺も併発しているからだ。
「あの野郎ォ……最後の悪あがきに余計な置き土産しやがッて……」
俺が上方からとどめを刺す時、ヤツは闇雲に薔薇の輪廻を振り回して来やがって、それが俺の何箇所かを掠った。麻痺はそのせいだ。
猛毒は時間経過でダメージが増えていきやがるッてのに、麻痺のせいでウィンドウを開くどころか身体すら動かせねェじャねェか。話と違ェぞ。
残りHPは486/20252。あと6分で0ッてところか……。ここまでHPが減ッたのはあの時以来かねェ……。まァここで死ぬッてんなら、俺はそれはそれでい――。
「いた」
俺の側に見たことない金髪ショートカットの女が立っていた。
「なァんだてめェは」
金髪女は俺を無視して、ウィンドウの通信タブをクリックして通話回路を開く。
「おい無視すんなゴ――」
「もしもし」
「貴女ねぇ……回路はウィンドウじゃなくて思念の方にしなさいって何度も言ってるでしょ!!」
通話画面から女のキツイ声が聞こえてくる。
「いい? 私達がこの世界の掟に従う必要はないの。私達は私達による私達だけの私達のための世界を――」
「『サイス』を確保しました」
「!」
「いかがいたしましょう」
「連れてきてちょうだい」
「しかしマスター。サイスは猛毒にかかっています。死亡まであと225秒。そちらまで運ぶには間に合わないかと」
「じゃあ貴方が治しなさい」
「分かりました」
金髪女は解毒薬と痺れ治し薬をアイテムウィンドウからオブジェクト化して俺に振りかけた。
「チッ」
動けるようになった俺は、アイテムウィンドウからエリクサーを出して飲む。HPが全快する。
「初めましてサイス」
金髪女の通話画面、「SOUND ONLY」から俺に声がかかる。
「ふん。俺をどうしようッてんだァ? 答え次第じャあ、今からこいつを殺ッててめェの所にぶち殺しに行くことも出来るッてわけなんだがァ……?」
「……まったく、貴方はなんで毎回毎回こう攻略が難しいのよ……。そうね、それも含めて貴方とちゃんと話したいの。素直にこっちに来てくれると嬉しいのだけど。争いはナシで、ね」
「……ふん。剣を抜かねェことは約束しねェが……まァいい、暇だから行ッてやる」
「じゃあリフ。連れてきて」
「分かりました」
「……クソッタレ」