朝御飯(バーストファイク)
†
目を覚ましたら俺は上下左右すら把握できない程の真っ白な世界に居た。
天国かとも思ったがどうも雰囲気が違う。たぶんアニメとかでよく見る「夢の中」ってやつだろう。そう考えれば時系列的にも納得がいく。
「やっと会えたね」
俺の後ろから声がしたので振り返る。
金髪の美少女だった。見かけ10歳前後だろうか。綺麗な碧い眼をしていて、白のリボンで髪をツインテールにしている。格好は白のワンピースにガラスの靴を履いていた。
「あー……君は?」
背丈を除けば母さんに似ているその女の子に、怖がらせてはいけないと普段使い慣れない二人称で応える。
「私の名前はサンナイト。趣味は世界征服。おっぱいはSカップよ」
「……」
「中盤は冗談よ。それより、災難だったわね今回は」
「災難?」
「RPG世界に閉じ込められちゃったんでしょう? でも大丈夫、安心して。既にあなたには私の孫達がかけた補正があるわ」
「ちょっと待てよ。その見かけで孫持ちとか冗談キツイぜ」
「まぁそうね~。私も自分で言ってて説得力ないな~って思った」
そう言って女の子はてへぺろといった感じに舌を出した。可愛すぎる。しかし「見かけ」とは違って喋り方はしっかりしている。本能的な何かで俺はこの子が「頭良いに違いない」とどこかで感じた。
「補正って?」
「まぁあなたは元々補正かかってるんだけどね~。あのRPG世界ではそれがより発現しやすいってことよ」
「へぇー、どんな補正なんだ?」
「それ教えちゃうとつまんないから教えな~い。まぁすぐ分かるわよ」
どうやらこの子の口癖は「まぁ」のようだ。
「んー、どうして俺の味方をしてくれるんだ?」
敵じゃないのは雰囲気的にも明らかだが、念のため聞いておく。
「変なこと聞くね~。まぁ天使は困ってる人を助けるものだし、暇つぶしよ。あなたシリーズには孫達もお世話になってるしね。か、勘違いしないでよねッ! それだけなんだから!」
なんで急にツンデレ入ったし。それに意味がわからない単語がちらほら。天使は百歩譲ってスルーするとして、なんだよ、「あなたシリーズ」って。
「まぁ私はあなたの300万倍頭いいから、何か困ったら私はここに居るからまた来てよ」
「寝ればいいのか?」
「まぁ基本的には。あなたが寝ても私がここに居ないこともあるし、気が向いたら私がそっちに顔出すこともあるかもしれない。まぁ私気まぐれだからあまり期待はしないでね」
「今日も気まぐれでここにいるのか?」
「ん~、初夜の時ぐらいはさすがに挨拶したほうがいいかなぁ~って」
初夜の意味間違ってる気がするぞ。
「あっ、もう朝よ。そろそろ私行かなくちゃ」
「ま、待ってくれ。最後に一つ聞きたいことがある。あのRPG世界から元の世界に戻る方法はあるのか?」
「あるよ。それはね、3つの――――」
――ギリッシュ王国 ダンダグラス地方 ライラックタウン 宿屋 6:00――
瞼を開けると宿屋の一室の天井が目に映った。
残念。実はRPG世界に迷い込んだことそのものが夢だったというオチを期待してたのに。どうやら避けられない事実のようだ。結局脱出方法聞きそびれちまったなあ。
「おはよう」
俺の左側から声がしたので首をそっちに振り向ける。ルナが俺の隣で寝転がっていた。パジャマで。
「ってお前!! なんで俺の隣で寝てんだよ!! 近い近い!!」
俺は飛び上がって距離をとる。
「いや申し訳ない。まさか君がこんなに早起きだとは思わなかった。9分しか添い寝できなかった……」
そう言ってルナはうなだれた。
「残念がることじゃないから!! お前はもう少し恥じらいというものをだなあ……」
「年下の記憶喪失に倫理を説かれるとは……」
「お前いくつだよ」
「レディーあるぞ? 我、レディーあるぞ?」
「はいはい」
どうでもいいや。
「記憶で思い出したのだが、君、訓練塾に入ってみる気はないか? 基本は子供向けの学習塾なのだが、この世界には稀に君のような何の知識も無い青少年がフラッと現れる。訓練塾にはそういうタイプにも対応した特別なカリキュラムもあるんだ。学習期間は成績の出来次第だが早くて3日、遅くても1ヶ月で卒業できるだろう。拘束時間もそんなに長くない。どうだ? 強制ではないが」
「ありがたいけど、スクールって言うからには金がかかるんだろう?」
「それは心配しなくていい、私が立て替えてやる。君の好きな出世払いでいいよ」
「いいのか?」
「あぁ、私は顔が広いと言っただろう? 私の知っている所を紹介する」
どうする。正直「勉強」はしたくない。しかしこの世界の右も左も分からないのは事実だ。基礎知識を詰め込むぐらいはしてもいいんじゃないだろうか。城で見たようなモンスターがごろごろ現れ、街中だろうと決闘が普通に行われる世界だ。そんな世界で子供以下の知恵レベルというのはあまりにも危険過ぎる。このままルナに頼りぱなしというわけにもいかねえし……仕方ねえなあ、「勉強」って考えると癪だから、ここは一つ、「修行」と割りきって。
「なんか悪いな。じゃあお言葉に甘」
コンコン。部屋の扉がノックされた。
「入って、どうぞ」
ルナが応える。
「朝ごはんですよー。あ」
「あ」
開いた扉の向こうに居たのは、昨日の酒場に居た看板娘だった。
「昨日引きずられながらどこか行っちゃった人じゃないですか。こんな所に居たんですね。メロンソーダ代ちゃんと払ってくださいよー」
「な、なんでここに」
「私がいつどこでバイトしていようが勝手じゃないですかー。それよりメロンソーダ代ー」
「とりあえず私が払っておこう」
ルナが巾着袋から小銭を渡す。
「まいどありー。あれ? その制服……スクールの生徒さんだったんですか?」
「そういうことだ」
俺の代わりにルナが答える。てかこの服スクールの制服だったのかよ。それで昨日ルナは俺にこれを着せると言ってきかなかったんだな。つまり俺がルナに(金銭面的意味で)逆らえないのをいいことに、俺がスクールに入ることは昨日から既に決定事項だったわけだ。
「でも見かけない顔ですねー」
「遠くから来て途中で事故に遭ったらしい。だから特別カリキュラムに放り込もうかと」
あ、一応俺が牢獄に居たのは内緒なんだな。依頼に関わることだから守秘義務とかかな? 遠くから来たってのはあながち間違いじゃないけど。……ってか俺の答え待たずに入学することやっぱり決まってる!? やっぱり確信犯だったか……。出会ってまだ一日も経ってないが、だんだんルナという人物像が見えてきたぞ。
「そうなんですかー。それでルナさん程の有名人が昨日から親身に世話してあげてたんですねー。あっ、朝ご飯ここに置いておきますねー、ごゆっくりお早めに~」
「どっちだよ」
「ここのチェックアウトは6時半だからな。それまでに退室しないと罰金がかかる」
「えっ!?」
「そういうことですー。ではー」
そうして酒場の看板娘兼宿屋の給仕係は扉を閉めて次の部屋へ向かっていった。
ちなみに置いていかれた朝ご飯のメニューは、焼きたてホカホカの食パン2枚と、ベーコンハムエッグ2皿と……味噌汁だった。
「さてと朝ご飯を頂いたら早速訓練塾に出発だ。もたもたしている時間はないぞ」
「やっぱり俺に決定権無かったんだな」
「断る気もないだろう?」
「……まあな」
俺は味噌汁を飲みながら答えた。