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13cards  作者: 天野 美羽
6/9

服(アバター)

「酒場にいないと思ったらこんな所に居たのか。勝手に歩き回られては困る」


後ろからの聞き慣れた声に振り返る。そこにはルナの姿があった。


「あぁ、ルナか……」


「いったいここで何があったのだ? この男は……黒蠍のジャカールじゃないか」


ルナはリーゼント男と「きぜつ」から目覚めたモヒカン男が二人がかりで引きずっている、血みどろの大男に一瞥くれる。


「……死ん……だのか?」


俺は非常識的なこの現状に思考が追いついていかない。ファンタジーRPG世界に常識を求めている時点で間違っているのかもしれないが。


「「しぼう」判定が出たということは、そういうことになるだろうな」


ルナはさぞ当たり前のように平坦な口調で言う。


「君は記憶を失っているようだからこの際言っておくが……この世界ではこんなことは日常茶飯事だ。早く慣れた方がいい」


「……」


「まぁヤツほどの大物が狩られることはそうそうないがね。相手はどんなヤツだった?」


「……わかんねえ。黒いフードを身に纏ってたことぐらいしか……」


「そんな格好はこの世界にはたくさんいる。他には」


「……SSを使ってた」


「ふむ。それならヤツほどの大物が狩られたのにも納得がいく。賞金稼ぎ……あるいは正義の味方か」


「黒蠍団ってなんだ?」


「……それについては宿屋で話そう。ここは危険だし、夜ももう遅い」


「わかった」




宿屋に向かう途中、ルナの「それにしてもその格好は何とかした方がいいな……」という提案に乗り、「アバターショップ」なる服屋に寄ることにした。


そこでアバターと装備の違いなどについて色々説明を受けた。


武器や防具の上からアバターを装備して、本来の自分の装備を外から判別できなくするスタイルが「普通」らしい。


アバターの中で一番便利そうなのは、頭部・胸部・胴部・脚部に同時有効な黒フードだった。


なので俺がそれを選ぼうとすると、


「君にそんなものを着られたら隣にいる私まで怪しく見られるじゃないか」


とルナに言われ、別のアバターをあてがわれた。


結局俺の格好は、


「これを選ばないなら私は払ってやらん」


というルナの強引なお勧め(?)の結果、白の長袖カッターシャツの上に薄い茶色のブレザー、濃い青色のネクタイ、ズボンの色はチャコールグレーという、ブレザーやネクタイの色を除けばそこら辺にいる高校生の制服姿みたいになってしまった。


なんでファンタジーRPGの世界まで来て学生服を着ているんだ……俺。


ついでに部屋着を2着と、ご丁寧に下着まで3着買い揃えてくださりやがりました。


料金はルナが奢ると言って聞かなかったが、なんとか俺の出世払いという形で収めた。




――ギリッシュ王国 ダンダグラス地方 ライラックタウン 宿屋――




「申し訳ございません。只今お部屋が一つしか空いておりません……」


「構わない」


「えっ」


俺と受付係の人が同じ反応をする。


「構わない」


「で、では、305号室になります。ごゆっくりお休み下さいませ」


ルナに部屋の鍵を渡し、お辞儀をする受付係。


階段を登り始めるルナを俺は慌てて追いかけ、小さな声で聞く。


「なんで同室なんだよ」


「何か問題でも?」


「…………」




部屋の大きさは6畳ほどだった。せめてもう少し広ければルナと距離取れたのに……。


ルナはというと、俺に何の断りもなく急にアバターを解除し始めた。下着が顕になる。


「なにやってんのっ!?」


「着替えだが」


「そうじゃなくて!! もう少し恥じらいというものをだな!! てか、一言断ってくれ!!」


「はっはっはっ。私の身体は女性らしい魅力に乏しいから、そういう心配はしていない」


「でも俺だって男だから!! とにかく後ろ向きますね!!」


「君は面白いなぁ。……ほれ、もう終わったぞ」


「本当でしょうね」


「自分の目で確かめるといい」


俺は恐る恐る振り返る。確かにルナは着替え終わっていた。


白色のモコモコした上下パジャマ、なぜかウサ耳のカチューシャを付けていた。いや、それは寝るのにむしろ邪魔だろ。


単眼鏡モノクルも外していてさっきまでのタキシードやマントの姿と違ってギャップがあり、正直可愛かった。


「さてと、私は寝るとしよう」


と言ってルナはベッドに入り始める。


「って!! この部屋ベッド一個しか無いじゃねえか!!」


「ソレハコマッタナー」


確信犯か……くそっ。


「……とにかく俺今から着替えるから、覗くなよ。布団に潜ってろ」


「普通そういう発言は女がするものではないか?」


「お前に言われたくねえよっ!!」


あーもうなんなんだよ……調子狂う。


冷静に考えたら俺は男なんだからもしかしたら着替えを恥ずかしがる必要はないのかもしれないが、それでも会ってまだ一日と経ってない女に着替えを見られるのには抵抗がある。


それに引き換えルナときたら、俺の下着を買うわ男女同室でも構わないとか言うわいきなり着替えだすわ無防備にベッド入るわ……。


「って!! 黒蠍の話はどうなったんだよ!!」


すっかり忘れるところだった。そもそもその話をするためにここに泊まったんじゃなかったか?


「君がこの布団に入ってきたら、その話をしてあげるとしよう」


布団の中からモゴモゴとした声で応答が返ってくる。


「…………はぁ」


俺は諦めて溜息をしてからアバターを解除して、その上から部屋着のアバターを装備する。


「終わったぞ、出てこいよ」


モゾモゾとルナが顔だけを布団から出す。


「似合ってるぞ。さすが私のセンス」


「ほっとけ」


ちなみに今の俺の格好は上下グレーのスウェット。センスとかそんなものは存在しない無難な格好だ。


「さぁ次のステップだ」


「は?」


「言っただろう、「この布団に入ってきたら、その話をしてあげるとしよう」と」


「……あぁもう!!」


俺は自棄っぱち気味に布団に入る。もちろん恥ずかしいからルナと正面から顔を合わせないように、ルナの顔の向きと同じ方向に身体ごと向ける。


「これでいいだろ!」


「君は実に面白いなぁ」


ルナの声と一緒に吐息が首裏に吹きかかる。くすぐったくて一瞬変な声が出そうになる。


「お、お前もあっち向け!」


「なぜ?」


「なんででも!」


「はっはっはっ。からかいがいがあるねぇ君は。さてと」


ルナがモゾモゾと身体を反転させる振動が俺に伝わってくる。


「どうやら黒蠍はこの辺一帯を牛耳っているギルドらしい。私もこの街に来たのは今回が初めてだが……さっき調べた。暴行や恐喝で住民の平和を乱す悪党だ。ボスの名前はビー・スコーピオン。総勢10人。ボスが1人、幹部が3人、下っ端が6人だ。君が見たのはそのうちの幹部1人、下っ端2人といったところだな」


「たいして人数いないんだな」


俺は率直な感想を述べる。


「ここは辺境の街だから住民自体が少ない。カモが少なければそれだけ悪党も小規模になるさ。大きいギルドでは数百人という規模のところもある。あ、ギルドと言っても必ず悪党なわけじゃないぞ」


「ふーん……」


「君、本当に何も覚えてないんだな。どこの街出身とかも分からないのか?」


「…………」




そういえば俺はなんでこの世界にいるんだ?


オヤジ達と一緒に飯食ってて、指輪を貰って、触ったら、気付いたらこの世界に居た。城の牢獄に閉じ込められていた。


この世界からの脱出方法はあるのか?


オヤジ達は意図的に俺をこの世界に送り込んだのか? それとも何かの事故なのか?


ルナ含めこの世界の住民は元々ここに住んでいたのか? それとも俺のように外から来たのか?


そもそもこの世界はなんだ? 


ファンタジーRPGなんて謳ってはいるが、ファンタジーは幻想世界だからこそのファンタジーなのであって、このように実体験なんて出来るものではないはずだ。2337年現在の科学は残念ながらそこまで進歩しちゃいない。


もしかして向こうの世界が俺の幻想だったのか? いやいやそんなことあるはずがない。それなら俺のここでの記憶が「牢獄から」始まってることの説明がつかない。




「……zzZ」


ルナの寝息が聞こえてきた。どうやら俺が思い悩んでるうちに眠ってしまったらしい。


「俺も寝るとするか……今日はなんだか疲れた」


聞くこと聞いて用が済んだ俺は、布団から出て床に寝転がる。制服のブレザーをオブジェクト化し、布団代わりに体にかける。


「おやすみ」




               †




同時刻。その宿屋の屋根の上で、一人の女が誰かと思念通話の回路を開いていた。


「もしもし」


「なに」


「黒蠍団のジャカールが堕ちました」


「で? それだけ? くだらない事を一々報告しないで頂戴。それでなくても私は忙――」


「その場にて『サイス』を発見しました」


「!」


「いかがいたしましょう」


「……しばらく尾行を続けなさい。バレないように、慎重に」


「分かりました」


回線が切れる。




「尾行、ですか。そう命令されるとは思ってなかったから、既に見失ってるんですよねー……」



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