牢獄(アッドゥアビス)
――未開拓地B地区 アビス城 牢獄――
「……ん、ここは……?」
気づいたら見慣れない景色だった。いや、景色というよりは光景といったほうが正しいかもしれない。
そこは暗い部屋だった。しかし完全な真っ暗闇というわけではなく、壁に幾つかの長方形の穴が開いており、そこから月明かりがわずかに差し込んでいた。その穴のどれにも鉄格子が嵌っている。
そして正面には廊下らしきものが見えていた。部屋と廊下の境界にも鉄格子。
実際に見たことはこれが初めてだが、おそらくここは牢獄なのだろう。ゲームや映画のイメージで何となく分かる。
腕を動かそうとしたらガチャガチャと音がした。手錠だ。後ろ手に組まれているので肩が少し痛い。格好も、中世の囚人が着ていそうなイメージのある灰色のボロ布一枚だった。寒い。
とにかくこういう時は冷静な状況判断だ。周りに誰も居ないのだし、疑問は自分で解決しなくてはならない。俺は神経を研ぎ澄ませる。
すると、波の音が聞こえる気がした。足枷は無いようなのでなんとか立ち上がって壁の格子付き穴から外を見てみると、やはり海が広がっていた。下を見ると険しい崖になっており、そこに波が打ち付けられ派手な音をたてていた。ということはこの部屋は断崖絶壁の上に位置するのだろうか。高度もかなりありそうだ。仮にこの壁がなかったとしても、飛び降りるのは無理だろう。主に精神的な意味で。
次に廊下側の鉄格子に近づき、廊下の様子を探る。どうやら見張り役は居ないようだ。廊下の明かりは蛍光灯ではなく、数メートル毎に配置された松明だった。いまどき松明……?
もう一度手を動かしてみるが、やはり手錠がガチャガチャと音を立てるだけだ。
「……そもそもここはどこだ……?」
俺に牢屋に放り込まれるような悪事を働いた心当たりはもちろんない。それに明らかに場所が大幅に移動している気がする。俺の家は都会の真ん中にあるし。それに松明を使っている辺り、ここには電気が通ってないのかもしれない。そういう国や地方なのか……あるいはタイムスリップ……?
部屋の中央に戻って胡座をかきながら策を練る。
「いっそ助けを呼ぶか……?」
普通の人間なら大声を出してそうしたかもしれない。でも俺はなんとなくだが、大声を出してはいけない予感がした。ここで大声を出すことは得策ではないと、俺の中の何かが知らせていた。
「そういえば指輪……」
背中の後ろで左手で右手を触る。母さんから託された指輪はちゃんと右手の薬指に嵌っていた。
「よかった、取られるなって母さん言ってたもんな……。取られたら『カレーにカルピスの刑』どころじゃすまないぞ……」
無事に帰れるかも分からないのに家族のことを想う。
「オヤジ……母さん……」
その時、俺の手錠がカチャンと外れた。続いて息がかかるほどの耳元で女性の声。
「シッ、静かにして」
正直その声にビックリして大声を出しそうになったが、なんとか堪えて言われたとおりに沈黙を貫く。
人の気配が背後から正面に回る。しかし姿は見えず。
「……そのー……ありがとう……」
小声で礼を言う。
「いやいや、そういうクエストだからな。気にすることはない」
そう小声で返し、声の主は姿を現し始めた。