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雑多小説倉庫

鼬を食う虎

作者: 腹黒ツバメ


 煙草とマリファナ臭い空気が鼻腔を刺激する。

 ここは地方都市のとある廃ビル最上階。中空に昇る満月が、割れた窓から薄暗い内部を微かに照らす。

 部屋の中央には、廃墟に相応しくない豪奢なソファに身を鎮めた、体格のいい禿頭の男。その周囲に数人の若い男たちが控えている。

「俺たちのシマになんの用だ、テメェ」

 迫力のある、高圧的な声音。まるで言葉そのものが重量感を有しているかのようだ。

 マフィア集団〈死神の鎌(デスシックル)〉――この一帯の裏社会を牛耳る、未成年を枢軸とした組織だ。

 尋常ならざる凶暴性を秘めた胡乱な双眸に見据えられ、しかし部屋の入口に立つ俺は大胆不敵に笑みを深めた。

 禿頭の男――恐らく首領だろう――の柳眉が苛立ちに震える。

「……馬鹿にしていやがるのか?」

 滅相もない。胸中で彼の台詞を否定する。


 俺は快感に浸っているのだ。


 刺すような敵意、貫くような殺意が心地いい。マフィアとして定番の行動。こいつらは悪役の鏡だ。

 無意識に舌舐めずり。

 不審の視線を一身に受け、俺は右手で脱色した銀髪を掻き上げ、哄笑するように宣言した。

「正義の男、参上」



〈鼬を食う虎〉



 勧善懲悪――それは子どもの道徳であり、同時に真理でもある。

 正義は必勝し、悪は成敗される。それが太古より続く世の理想像だ。

 だからこそ、正義を名乗る者に敗北は許されない。

 自分の信念を貫くにはそれに背く悪を完膚なきまでに滅却する力が必要で、そのことは常識として現代もまかり通っている。正義は必ず勝つ、という理論だ。

 ならば正義は常人には務まらない。

 屈強な肉体、不動の精神、そして悪との戦いに身を投じる覚悟を持った者こそ――



 ★



「――思ったより骨のない連中だったな」

 まるでひと仕事終えたと言わんばかりに、俺は両手をパンパンとはたいた。

 足元には無残に転がる五つの屍。いや、殺してはないが。

 しかし勝手にアジトに侵入された挙句に挑発的な態度で煽られたとはいえ、向こうから強襲を仕掛けたというのにものの数分で返り討ちに遭うとは、随分と情けないマフィアだ。

「ま、これに懲りたらもうストリートギャングの真似事なんかは卒業するんだな」

 聞く者のいない忠告を残して、俺は依然として不快な臭気を放つ深夜の廃墟を立ち去った。



 街灯が月光を掻き消す風情のない遊歩道をのこのこと歩いていると、背後から妙な気配を感じる。例の廃ビルを出てからずっとだ。

 ――誰か尾けていやがる。

 恐らくデスシックルの一味だろう。俺のねぐらを突き止めて報復の機会を窺おうという算段なのだろうが……

「どうでもいいか」

 闇討ちをしてくるわけでもない、少なくとも現在の俺には関係のない話だ。そんなことより早く寝たい。

 尻に浴びせられる猛烈な視線をとことん無視し、午前一時に届く前に帰宅。カバのような大口で欠伸をひとつ、俺は倒れ込むようにベッドへ――

「そこ公園のベンチじゃねぇか!」

 ――寝転ぶ直前、静かな月夜に似合わぬ大音声が、俺の安眠を邪魔した。

「あぁ?」

 しぶしぶ身体を起こし、声の主を見遣る。

 身長は俺より低い。とはいえ俺が二メートルを悠に越える巨漢なので比較にならないのだが。日本男性の平均身長では長身の部類に入るだろう。短髪の好青年然とした容姿だが、向けられた眼光は堅気のそれではない。

 ――やはりさっき潰した連中の手先だろう、と大体の目星をつける。

 姿を現したからには戦う気か。警戒するも野郎は、

「こんな一介のホームレスにデスシックルは……」

 目を伏せ、なんか本気で落ち込んでいた。なにしに来たんだ、こいつ。

 しかし、不審者が隣にいる状態で快眠など望めない。俺は意を決して目前の男に接触を試みた。

「で、尾行する対象についツッコミを入れちゃう阿呆ってわけでもねえだろ。俺になんの用だ?」

 切り替えの早い男だ、問うと瞬時に鬱屈を表情から塗り潰し、切れ長の瞳で俺を睨んだ。

虎谷(とらや)克則(かつのり)だな?」

「……なぜ俺の名前を?」

「テメェはこっちの界隈ではレノンやジャクソンばりの有名人さ。正義を騙るギャング狩りの白髪頭――そんな糞野郎(ヘイター)、世界にふたりといねえ」

 風評被害甚だしい、俺は真の正義の男だ。内心で毒づくが、話の円滑な進行のため、無言で続きを促す。

「いいか虎谷、ボスからの伝言だ。近い内に必ず貴様に報復する。いくら逃げようと地獄まで追い詰め、首を掻っ切る。それが死神の鎌の所以だ」

 宣戦布告というわけか。胸が躍る、典型的な悪党、潰し甲斐のある敵役者。

 俺こそ悪戯好きの悪童のように唇を斜めにして笑い、野郎に挑発する。

「待ってるぜ」

 そしてくるりと背中を向ける。

 深夜の公園に、ようやく静謐が訪れた。ここが幽霊街でないことを証明するように街灯がちかちかと点滅している。

「…………」

「…………」

「……で?」

 その静寂を無粋にも破ったのは、野郎の間抜けな疑問符だった。せっかく綺麗に締めたってのに、まだなにかあるのか。

「虎谷、おまえ……俺を()らないのか?」

「あぁ?」

 すこぶる疑念を塗りたくった視線で野郎を睨める。体格もよく男女問わず好かれそうな顔立ちだが、異常性癖ならば話は真逆だ。こんな奴がマゾとか世も末だな。

「あらぬ誤解を受けてる気がするが――まあいい。言わば俺は密偵だ。口封じでも見せしめでも、殺す理由ならいくらでも……」

「ああ、そういうこと……。生憎と下っ端には興味ねえんだ。失せな」

 釈然としない様子の野郎にひらひらと手を振り、今度こそ俺はベンチに横になった。

 しかしいくら経っても隣に立つ気配は消えず、そこに佇んでいる。

 そろそろ疑問に感じ始めた刹那、俺は片手を強引にひかれた。ベンチから転げ落ちる。

「なにしやが――」

 文句を垂れようとする俺を、奴の傲然とした口調が遮った。

「ついてこい」



 敵の一味に唯々諾々と従うのも妙な話だが、真夏の深夜、屋外でも寝苦しいような夜を退屈に越えるよりましかと思い、常時営業の店舗が軒を連ねる一帯へとつき従う。

 そうして野郎に案内された先は、マンガ喫茶だった。自動扉をくぐると、レジ前で携帯電話と睨めっこをしていた店員が慌てて居住まいを正す。

「払いは俺が済ます」

 幾人もの見知らぬ女子高生にパパと呼ばれる親父のような台詞を吐いて店内に進む野郎。

 その背中に俺は狼狽して尋ねた。

「おい、どういうつもりだ?」

「どうもこうも」

 奴は憮然とした表情を浮かべて説明口調で、

「俺の任務は報復宣言と、可能ならば監視の続行だ。公園の片隅に一晩中――なんてやってられるかよ。今夜はここで過ごせ。ギブアンドテイクだ」

 それ単なる怠慢じゃねえのか? まあ根無し草の俺にも決して悪条件ではないので口を噤んだが。

「おう、とにかくありがとな。名前は、えーと……」

「……久米(くめ)日達(ひたち)だ」

「そっか、感謝するぜ日達」

 日達の背中をバンバンと叩く。衝撃に咳込んでいたが気にしない。

 夜中だけあってがら空きの店内に入り、俺たちは広間のテーブルを挟んで対面するソファに寝転んだ。ベンチより数段心地いい。

「なあ、虎谷はどうしてホームレス紛いのことをしてるんだ?」

 快適な環境過ぎて逆に睡魔に襲われず暇を持て余していると、やはり眠れない様子の日達が尋ねてきた。

 俺は天井を見上げ、過去を想起しながら答える。

「別にたいした理由はねえよ。この世に蔓延る悪を粛正するため、着の身着のまま田舎から飛び出してきたからってだけだ」

「ふ、ふーん……」

 曖昧な反応に日達の方を向くと、奴は奇妙なことに唇の端を引き攣らせ、顎骨が外れたようにあんぐりと大口を開いていた。

 ――そうか。日達の野郎、俺の崇高な目的を知り、猛烈な感動のあまり絶句しているのか。「こいつ、正真正銘の馬鹿だ……」とか言っている気がしたが、きっと聞き間違いだろう。

「でもやっぱ、悪い奴じゃないんだな、おまえ」

 ふと感傷的な眼差しで俺をまっすぐ見つめている日達に気づく。唐突にどうしたというのか。

「なんだ、仇討ちの相手になにを言っていやがる? 気でも触れたかよ」

「……そうだな、おやすみ」

 からかう俺に、日達は誤魔化すように首を左右に振ると、もぞもぞと動いて背中を向けてしまった。今にも雨粒を落としそうで落とさない曇天にも似た、釈然としない行動。

 俺は立ち上がり、そんな日達の肩を叩いた。彼は振り返らない。

「なあ、ひとつ相談なんだけどよ」

「――ん?」


「十八禁コーナー行っててもいいか? いつも屋外だから下の処理も大変でよ」


「……さっさと行け」

 まあ日達の意味不明な言動など、どうでもいいのだが。



 精の匂いが充満した室内で目が覚める。

 鼻孔に刺さるイカ臭さに思わず渋面になるが、数秒経って自分から発せられる匂いだと気づいた。

 ついで低血圧の脳内に順々と昨夜の記憶が蘇る。

「眠い……」

 まだ微睡みに片足を突っ込みながらも、日達を探すため俺は個室を出た。俺にだって他人の金で長居しない程度の分別はあるのだ。

 しばらく店内を適当に闊歩していると、入口付近で携帯電話を片手に佇んでいる日達を発見した。

「おっす。久しぶりによく眠れたぜ、ありがとよ」

「――ッ!」

 ぽんと肩を軽く叩くと、日達は予想外に過敏な反応を見せた。

 瞬時に振り向き動転に揺れた瞳で俺と視線を交錯させると――

「……おまえか」

 心根から安堵したかのように深い溜息を吐き出す。尋常でなく不安に駆られたような仕草に、俺は柄でもなく気を揉んでしまう。只事ではない予感がする。

「どうした、なにがあった?」

「虎谷……」

 俺の名前を呼び、逡巡するように双眸を左右に転がす。

 しばし日達は黙秘を続けたが、やがて深呼吸を幾度か繰り返すと、瞳に不退転の決意を宿してゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「――今すぐ逃げろ」

「なに?」

 突然の忠告に俺は眉根を寄せた。冗談として捉えるには面白みに欠ける。それに、奴の声音は真剣すぎた。

「どういう意味だ? 説明しやがれ」

 緊迫した空気に急かされるように、俺は日達を問い詰めた。負けじと日達も台詞に焦燥感が増す。

「さすがボス、手回しが早いぜ。今夜にでも虎谷に雪辱を果たす準備が整ったそうだ」

 表社会に身を置く者にとっては非現実的な単語の連打に、記憶が馴れ合いで忘れかけていた自分たちの関係性を急速に掘り起こしていく。正義の男。未成年マフィア。復讐にぎらつく死神の鎌。

 そして同時に違和感。日達は敵だ、敵なのに――

「おまえはなぜその情報を俺に教えた? あまつさえ『逃げろ』なんて……マフィアにとっちゃ、明らかな裏切り行為じゃねえか」

 日達は俺の言葉に、まるで唾液に鉄錆の味が混じったように苦い表情をした。昨晩と同じ店員が怪しげな視線を向けていたが、知ったことではない。

 日達が震える声を絞り出す。

「正直に言や、俺は報復なんて不毛だと思ってる。デスシックルが虎谷に報復をしたとして、今度は虎谷の方がデスシックルにその借りを返す……結局、イタチごっこになるだけなんだ。そんな戦いに意味なんてない」

 訥々と語る内容は、つまり組織への背信だった。一言一句を口にする度、日達はまるで心臓を握り潰されるかのように表情を苦痛に歪めていた。

 ――なるほどな。

 日達の不可解な物言いにようやく得心がいく。そして、その心意気には激しく賛同する。

 復讐――それこそ誰の益にもならない、無意義極まりない人類が生んだ悪習だ。仲間の信頼を捨ててでもその事態を避けようとした日達は実に賢明だと思う。

 だが、

「……イタチごっこにはならねえよ」

 透明のガラス扉から黎明の空を見上げ、そっと呟く。

 日達の耳朶にも俺の台詞は届かなかったようで、奴はただ肩を震わせ、俯いていた。

 その横をすり抜け、俺は店内を後にする。去り際に日達の肩を優しく叩いた。仲間を傷つけた――そしてこれからも傷つけることへの、謝罪の代わりだ。

「安心しろ」なんて言えなかった。

 デスシックルは――悪党は総じて俺の宿敵だから。

 太陽光の降り注ぐ歩道をしっかりとした足取りで歩きながら、俺は無意図に虚空を睨んでいた。



 ★



 猛暑は続く。

 陽炎揺らめく夜に俺が訪れたのは、昨夜と同じ廃ビル一階の元ロビーらしき場所だった。乱闘による周囲への被害を危惧しての場所選択だ。

 かくしてきっかり深夜一時、月明かり照らす室内に、複数の薄く短い影が伸びた。

「……来やがったな」

 そちらに双眸を向ければ、三十人は悠に越えるだろう集団が、俺に並々ならぬ殺気を放っていた。

 先頭には、昨夜も拳を交えた禿頭の男。片腕を包帯で吊っていたが、もう片方の腕には大振りの棍棒が握られている。

 ハゲ野郎は俺と視線が合うなり両眼に燃えるような敵意を漲らせ、額に青筋を浮かべた。

「虎谷、テメェは俺たちデスシックルに牙を剥いた。理性のない獣でもそれは許されねえ。因果応報だ――その首、この死神の鎌がいただく」

「刃毀れしてるぜミスター。それじゃ俺の首の皮だって剥げやしない」

 野郎の威嚇に動じず、挑発を返す。

 ぎり……っ、と野郎が憤懣に奥歯を噛み締める音が響いた。

「……死にたいらしいな」

 連中は一晩で集結したという大所帯で、壁を利用し包囲の輪をじりじりと狭めてくる。痺れるような殺意が徐々に近づく。

 各々が武装している――金属バットやら多節棍やら、モーニングスターなんか持っている野郎までいる――のは、この際どうでもいい。どうせ雑魚だ。

 そんな烏合の衆の最後尾に、俺は日達の姿を認めて片眉を上げた。不安げに趨勢を見守る瞳の色から戦意は窺えない。

「あいつ……」

 日達は見届けようとしているのだ。この復讐という名前だけは立派な茶番劇の行末を。

「うっし」

 ならば俺も、生半可な気持ちではいられない。正義の名の下、全身全霊でクライマックスを演じてやるさ。

「さあ来いよ、悪党ども」

 口元を吊り上げながら、脳内で戦いのイメージを構築する。

 この人数相手では、さすがに前回のように一筋縄ではいかない。

 敵の動きを察知した俺は、一瞬で膂力を溜め――

「死ねぇぇ!」

 ――ひとりが飛びかかってきた刹那、その力を解放した。

 鉄パイプが振り下ろされるより速く、拳が野郎の顔面に吸い込まれる。鈍い感触。男はどうと仰向けに倒れた。

「テメェ!」

「生きて帰れると思うんじゃねえぞ!」

 仲間の卒倒に激怒した男たちの粗野な雄叫びが、乱闘開幕の合図だった。

 左右から襲いくるノッポとデブの二人組、その獲物を一歩後ろに飛んでかわす。交差した奴らの腕を、俺は両手で掴んだ。

「「なっ!」」

 マフィアどもが仰天するのも無理はない。俺は奴らを片手にひとりずつ持ち、万力で軽々と振り回したのだ。ちぐはぐの肉体が周囲の同胞をばったばったと薙ぎ倒す。

 この人間武器は剣と盾、双方の役割を兼ね備えている。迂闊に接近できまい、と高を括った俺だが、

「見ろ、あいつ……!」

 どよめき。

 なんとノッポの野郎が気絶状態で失禁を始めやがったのだ。縦横無尽に小便が飛び散る。

「ぐわ、汚え!」

 たまらず放り投げる。飛翔したノッポ改めお漏らし野郎は軌道上にいた数人を巻き添えに撃沈した。

「今だかかれ!」

 防御を放棄した俺に敵陣の士気が上がる。

 次々と肉薄するマフィアたち。しかし戦況に変化の兆しはない。俺の鬼神の如き暴虐に、敵の総数は徐々に減っていくばかり。混戦となったため遠距離からの攻撃はなく、肉弾戦一辺倒な争いだ。

 肉塊を踏み締め、また新たな肉塊を増やしていく作業。

 気づけば、俺の眼前に立ち塞がる者は消え――


「危ない!」


 ――警告が耳に届くより先に、俺は軸足を使い背後に蹴りを放っていた。

「バレてんだよ」

 驚愕に目を瞠るハゲを、俺の視界が一瞬だけ捉える。

 その横顔に俺の爪先がめり込み、派手に吹っ飛んだ首領は地面で幾度かバウンドし、無様にも仰向けに昏倒した。傍らに、気を失うまで頑なに手放さなかった棍棒が転がる。

 時間にして十分弱、未成年マフィア集団〈死神の鎌〉は、今度こそ壊滅した。

「虎谷!」

 ひっくり返したオモチャ箱のように人間が転がる惨状を、日達が駆けてきた。律儀に同胞を踏まないよう気を遣っている。

「終わったぜ」

「ああ……」

 淡々と、朝飯のメニューを教えるのと同じ口ぶりで話す俺に、日達は感慨深げに頷いた。ギャングどもは軒並み気絶している。俺と日達が交流している場面を目撃される危険はないが――

「よかったのかよ、日達」

「……なにが」

「とぼけるなよ。『危ない!』なんて裏切りもいいとこだ。コンクリ詰めで日本海に沈められても知らねえぞ」

 そう、首領の奇襲に声を上げたのは、日達だった。あのハゲ野郎が気づいたかはわからんが、確実にごめんなさいで済むレベルの裏切りではない。

「うるせえ、本当は危険を教える必要なんてなかった癖に」

「当然だ」

 まあ確かに警告を聞かずとも、殺意丸出しだったので余裕で反撃できたのは事実だが。

 それに、たとえ背信行為だったとしても、もうデスシックルは再構成不可能だろうし関係ないか。

「でも、これでわかったろ。イタチごっこなんかにはならない」

「……ああ」

 俺と奴らは同格じゃない。イタチ同士でなければ、喧嘩にもならない。ただの強者の独断場。

 報復を受ければ、幾度だって叩き潰す。今回のように、敵方が完全に崩壊するまで。

 自分が信じた道を、正義を、腕ずくで開拓していく。

 それが、俺の勧善懲悪の流儀だ。

「でも、それは――」

「理解する必要はねえさ。俺も他人に意見を押しつけようなんざ考えてねえし」

 反論を吐こうと息巻く日達を、俺は片手で押し留めた。

 そりゃこんな屁理屈、倫理的に見れば当然間違っている。強者の絶対王権の失敗例なんて、歴史の教科書で八百万と語り継がれている。


 だが、それがまかり通るのが現実だ。


 支配。

 偽善者がいくら世間を跳梁跋扈しようが、皮を剥がせば世界中がこの二文字に満ちている。宇宙の仕組みは、強者が有利にできている。ニューヨークの温室育ちのお坊ちゃんでもわかる、全国共通の常識。

 ――だからこそ、俺は正義を掲げ、悪を屠っているのだ。

 悪党が世界を蹂躙すれば、絶望的な未来が訪れるのは真理だから。


 支配の頂点に立つ者は――鼬を食う虎は、正義でなくてはならない。


 黙して瞼の奥に悲哀を湛える日達に、俺は無表情で一瞥をくれた。

「じゃあな、日達。もう二度と会うことはねえだろうさ」

 ――短い間だったが、楽しかったぜ。

 そのひと言は喉の奥に押し込んで、俺は深夜の廃墟を去った。

 淡い月光が横顔を照らした。

 蒸し暑い小道を歩く。

 もう、背後に気配は感じなかった。







 読んでいただきありがとうございます!


 昨年、時代劇〈水戸黄門〉が放送終了しました。

 小学生の頃から馴染み深かった作品で、終わると聞いたときは至極残念な気持ちでした。

 良民を救うご老公一行へ幼心に憧憬を抱いたこともありましたが、よく考えてみると、〈水戸黄門〉における正義にも首を捻ってしまうような部分があります。

 弱気を助け強きを挫く――あの王道パターンは一見すると理想的な勧善懲悪のようですが、実は黄門さまも権力と暴力を行使して事件を解決していますよね。善悪の違いはどうあれ、やっていることは悪代官と大差ないわけです。

 フィクションに言っても詮なきことですが、もしもご老公一行が正義の心を持っていなかったら、むしろ代官と癒着してその力により民衆をさらに苦しめた……なんて可能性も。

 そんな“正義のあるべき形”についての自分の意見を、拙作を通じて綴った次第でございます。


 なお、〈死神の鎌〉やら未成年マフィアやらしょうもない発想がどこから生まれたかは不明である模様。



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