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『行きつけの喫茶店』

 あなたには行きつけの喫茶店というものはあるだろうか?


 僕にはある。


 今住んでいるアパートは、卒業した大学に近い所に就職したのもあって


 大学時代からずっと住み続けてもう10年にもなる。


 そのアパートのとなりが喫茶店であり、そこがいわゆる僕の行きつけの店なのだ。


 そこのマスターは無口なことを売りにしているのかほとんどしゃべらない。


 店にはマスターのチョイスした小粋なジャズが静かに流れるだけである。


 ……いつ頃から気が付いたのだったか。


 僕がコーヒーを飲みに来るといつも店の奥のボックス席に


 黒い髪を長く伸ばした女の人がこちらに背を向けて一人で座っているのだ。


 最初は特に何も思わなかった。


 だが気付くと、彼女はいつもその席にいたのだ。


 こんな偶然もあるものかと思ったがそれにしても不自然すぎる。 


 こんなにも見ず知らずの人と行動が一致するものなのだろうか?


 そしてなによりも……。


 僕はいまだに彼女の顔を見たことがないのだ。


 この店は奥に長細いつくりになっている。


 僕がいつも座るのは入口に近いカウンター席。


 彼女とは対角の位置である。


 したがって彼女が店を出る場合、


 必ず僕の後ろを通らなくては店に入ることも出ることもできないはずなのだ。


 だが僕は彼女の顔を一度も見たことがないのだ。


 一度休日を利用して彼女の秘密を暴くためその店で張り込んだことがあった。


 だが気付くと彼女はその席に座っていて、コーヒーを飲み


 気がつくといなくなっていたのだ。


 あなたはただ単純に僕が気付かなかったのが悪いのではないのかとお思いだろう。


 違うのだ、たとえ僕はずっとは見ていなくとも意識だけは常に集中していた。


 それがたった数秒目を離しただけで彼女はそこから姿を消してしまった。


 しかもマスターは当たり前のようにカップをかたずけるのだ。


 数日後、僕は意を決し、席を立って彼女の席まで歩いていくことに決めた。


 僕が店に入るとすでに彼女はいつもの席にいた……。


 心臓がドクンとなる……。


 僕はゆっくりと歩みを進めて遂に彼女の席の前にまで来た……。


 ゆっくりと左を向き、彼女の顔をそっと覗き込む……。


 彼女には、顔がなかった。


 僕の言葉にならない叫び声が店内に響き渡る。

 

 僕はおもわず後ろに倒れこんだ。


 すると彼女はすぅっと溶けるように消えていった。


 マスターが何事かと驚いてこちらに駆け寄ってきたところで僕の記憶は途切れている。


 意識を取り戻した後、マスターは僕にある話をしてくれた。


 マスターにはかつて一人だけ娘が居た。


 しかし彼女は大学の実験中に顔面に強い薬品がかかり、顔が焼けただれその後、絶命した。


 マスターはお客が少ない時はいつでも亡くした娘のことを思っていた。


 だから娘の指定席であった店の一番奥の席に、空のコーヒーカップを置いていたのだという。


 彼女がその席に見えたことを告げると、いつもの彼では想像できない姿で咽び泣いてしまった。


 僕は今でも同じアパートに住んでいる。


 そのとなりには僕の行きつけの喫茶店がある。



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