番外編 勇者タナカの活動報告 前編
今回は番外編。
勇者タナカのその後が気になっている方もいるかと思いましたので
「 ハァ~~……行き止まりかよ、こんちくしょう 」
心底参ったという表情で、田中はぼりぼり頭を掻いた。
前方には田中の進行を阻むように石壁が、そして後方には
「 追い詰めたぞ。
勇者タナカ……いや、逆賊タナカよ 」
逃げ道を塞ぐように殺到している武装した数十人の兵士たち。
魔王を倒して世界を救った英雄となった田中であるが、それも過去の話。
何をどう間違えたのか、英雄から一転して今やお尋ね者として追われる身であった。
そうして追手から逃げ回ること5日。
城下町の広大な地下迷宮を根城に身を顰めていた田中だが、
食糧確保のため久々に街に出た際、ドジを踏んで追手に見つかってしまったのだ。
急いで地下に潜り込むも行く先々で待ち伏せされ、とうとう田中は袋の鼠となってしまっていた。
「 おいおい……仮にも魔王倒して世界を救ってやった英雄を逆賊呼ばわりかよ……?
冗談にしちゃタチ悪過ぎる。
俺、なんか嫌われるような事したっけ? 」
前方の壁、後方の追手に挟まれ、半ば観念したように軽口を叩きながら、田中は兵士たちに向き直る。
少々お調子者ではあるが、田中は勇者としての責務を全うしてきたつもりだった。
勇者として魔王軍と勇猛果敢に戦い、召喚者側の期待に応え続けてきた。
魔王との最終決戦こそ不覚を取ったが、その事実は渋谷営業のフォローで揉み消され、事実として勇者田中が召喚者側を失望させた事はない。
要らぬ反感を持たれぬよう、敵以外にはある程度の礼節を持って接するよう心掛けてもいた。
「 それともやっぱりアレか?
報酬払うのがイヤだから抹殺しようとしてんのか? 」
それでもこうして命を狙われるに至った理由……心当たりがあるとすれば魔王討伐後の報酬請求である。
それは田中が召喚者側である国王から、魔王討伐を依頼される際に半ば無理やり約束させた額であったが、
額が額であるだけに、支払いの際に召喚者側が渋ってくるであろう事は予想していた。
魔王討伐後、恐怖から解放された人々による平和な世界の再建が始まり、そのためには金が掛かるというものだ。
約束した報酬額とはいえ、一個人に余計な出費を掛けたくないのは召喚側の本音であろう。
それを見越して、田中としても渋谷営業との相談の上、ある程度の値切りには応じるつもりでいたのだが、
魔王討伐後の田中に待っていたのは値切りの交渉などではなく、根も葉もない反逆者の汚名だった。
莫大な報酬額のせいで、召喚者側から買った反感が思っていた以上に大きかったのか。
それとも初めから召喚者側が田中が駒と見なして、利用するつもりでいたのか。
後者は特に悪質極まりないが、約束を反故にされた召喚者側としては、どちらにしろ堪ったものではない。
「 報酬の問題などではない 」
その時であった。田中の思案を否定する言葉が響く。
同時に兵士たちが左右に分かれて道を開き、新たな人影が歩み出てきた。
剣や槍で武装した兵士たちとは明らかに異なるシルエット。
その姿を見て、田中は苦々しく顔を顰める。
「 タナカよ。
空腹に耐えかねた末に街に出てパンを盗み、見つかって挙句こうして追い詰められるとはな。
随分と落ちぶれたものだな…… 」
現われたのは兵士たちと違い一切の武装をしていない……代わりに豪勢な装飾をあしらった身なりの良い初老の男。
その男は、軽蔑するような……それでいて憐れんでいるかのような視線を田中へ向けていた。
今の田中の姿は、5日にも渡る逃亡生活の末に全身薄汚れ、髪はボサボサ無精ヒゲも生え放題。
かつてその身に纏っていた白銀の鎧も黄金の剣も失くし、もはや勇者だった頃の面影は完全に無くなっていた。
田中は不機嫌そうに鼻を鳴らし、自分をこんな姿にした張本人……目前の男に吐き捨てるように言い放った。
「 ……こんな所までわざわざやって来るなんてよ。
随分とご苦労な事じゃねぇか? 国王サマよ 」
国王……そう呼ばれた男は、田中の皮肉交じりの口調に動じることなく、悠然と言葉を返した。
「 タナカよ……家臣からの進言もあり、貴様をこのまま生かしておくのは危険と判断した。
余は貴様の最期を見届けるため、ここまで来たのだ 」
追われている以上ある程度予想はしていたが、あまりに突拍子もない死刑宣告。
「 ……いきなり結論が飛躍してねぇか?
俺、別に国家転覆とか物騒なこと企んだりしてないって。
つーか誰だよ? んないい加減なこと進言した馬鹿は 」
半分呆れながらも、取り敢えず田中は反論する。しかし
「 ……貴様には判るまい。
魔王を討ち倒したはよいが、魔王すら滅ぼす勇者の力……もしその矛先が今度は我らに向かうやも知れぬと思うと……
……その恐怖が貴様に判るのか? 力無き我らの気持ちが 」
表情を変える事なく、淡々と語る国王。
――なるほど
田中は内心で理解する。
これは魔王を倒した勇者がその力を恐れられ、次の迫害の対象となってしまう悪い方向での王道展開。
しかし理解はしても納得は出来ない。
田中からすれば、これは完全に言い掛りである。
「 いやいやいや……
いいか! 俺は! アンタらに! 危害を加える気なんて! さらさら無いって!
だから勝手な被害妄想は止めろって!! 」
声を荒げながらも、言い聞かせるように言葉を区切り、自分の無害を主張する田中。
「 黙れ小僧!
……過ぎたる力は人の心を狂わせると云う。過ぎたる力は存在自体が悪なのだ。
故に貴様はここで滅びねばならぬ。
世の泰平のためには、魔王も勇者も在ってはならぬ存在なのだ 」
しかし国王は国王で田中の弁明に耳を貸す様子はない。
「 だ~か~ら~!
報酬さえ貰えりゃ、自分で元の世界への帰還方法を探して、勝手に帰るって言ってんじゃん!
それでアンタ等の望み通り、この世からキレイさっぱり居なくなるワケじゃん!!
つまり万事解決じゃん!!! 」
話は全くの平行線を進むのみ。
あくまで自分の無害を主張する田中に対して、一方的に田中を悪だと断じる国王。
国王たち召喚者側は知る由もないが、派遣勇者としてこの世界を訪れた田中は、当然ながら仕事が終われば元の世界に帰還する事になる。
召喚者側が送還する術を知らなくとも、渋谷営業ら協会のスタッフが迎えに来てくれるのだ。
つまりわざわざ田中を抹殺しようとしなくても、仕事を終えた田中は勝手にこの世界から消えてくれる。
とどのつまり田中を生かしておくと云々という召喚者側の言い分は、完全に杞憂というわけである。
無論それが説明出来れば、最初からこんなイザコザ起こりはしない。
「 信用できん!
そもそも元の世界とやらへの送還術など在りはせぬ。
そうである以上、貴様が存在が我々にとって危険因子となるのだ! 」
しかし協会の規則としてソレが説明出来ない以上、田中はこの茶番を続ける他ない。
尤も説明したところで、そんな突拍子もない裏事情を召喚者側が信じてくれるとは思い難い。
――元の世界へ帰れないと悟った時、絶望した田中は国王たちを逆恨みし牙を剥く
国王たちは正しくそんな展開を危惧しているのであろうが、
派遣勇者としての立場上、田中に限ってそんな事は起こり得ない。
まさしく茶番であると、田中は心の中でごちる。全ては渋谷営業がここへ到着するまでの辛抱であった。
「 じゃあさ、なんで勇者召喚とかやるかなぁ……? 」
漏れ出た言葉は田中自身の心中ではなく、勝手な都合で召喚された人々を代弁してのものであった。
毒を以て毒を制す……その理屈は理解できるが、実際に召喚された側としては納得は出来ない。
田中の場合、あくまで仕事で送り込まれただけで召喚されたわけではないのだが、
実際にこの無責任な言動を目の当たりにし、なぜ渋谷営業ら協会創設メンバーが異常なほどに悪質な召喚側を憎んでいるのか、
その気持ちがハッキリと分かった。
「 然るに我らが責任を持ち、危険因子をこの世から抹殺しようとしておるのだ 」
そして田中の問いに対する国王の答え。
「 分かった。話が通じないという事がよ~く分かりました 」
相変わらず平行線しか辿らない会話に、田中はついに諦めたように頭を振る。
「 流石にここまで一方的だと、普段は温厚な俺でも対応を改めざるを得ないぜ 」
これ以上は下手に出る必要は無しと判断し、田中は声色を変える。
――カチャリ
様子が変わった田中に対し、兵士たちは一斉に武器を構え直す。
それを嘲笑するかのように、田中は兵士たちに言い放つ。
「 お前ら、根本的な事を失念してるぜ。
魔王にビビって召喚なんぞに頼ったお前らが、どうして俺を倒せると思ったんだ?
論理的に矛盾してるだろ 」
薄ら笑いを浮かべながら、田中は片手を宙空へと掲げる。
その不審な行動に兵士たちが眉を顰めて見守る中、田中は超空間中に収納していた協会支給のカタナを引き出す。
「「「「 っ!!?? 」」」」
突然現われた見慣れぬ形の剣に、兵士たちの表情が一斉に強張る。
何もない宙空より武器が出現するという不可解な現象も衝撃的だが、
それ以上に、何の武器も無く徒手だと思われていた筈の田中が、ここにきて武器を手にしてしまった……問題はそこであった。
田中自身が言うように、田中は勇者であり魔王すら倒した男。
選りすぐりの精兵といえど、本来なら兵士たちの手に負える相手ではない。
――魔王すら倒した男が、その力を今度は自分たちに振るおうとしている。
そんな焦燥が、今になって兵士たちの中に湧き起こってくる。
兵士たちとて、元から田中を甘く見ていたわけではない。
ただ戦いが終わって田中が武装を解除していた事に加え、意外なほど逃げ腰なその態度が手伝ってしまい、彼らの危機意識が薄れていたのは事実であった。
実際のところは田中が魔王を倒したわけではないのだが、この場でその事実を知るのは当の田中のみ。
田中は内心で嘲笑いつつ、飢えた獣のような眼で兵士たちを睨みつける。
魔王にこそ不覚を取ったが、彼ら程度の相手ならば問題ない。
今まで渋谷営業の到着を待って辛抱してきたが、田中の堪忍袋の尾はもはや切れる寸前。
事実として田中は飢えていた。溜まりに溜まったフラストレーションを爆発させる対象に。
故に田中は兵士たちが仕掛けてきさえすれば、手中のカタナで以て容赦なく返り討ちにしてやるつもりだった。
敵意を剥き出しにした田中の一挙一動に、兵士たちの恐怖と緊張はより一層高まっていく。
そんな時、国王が口を開いた。
「 思い上がるなよ、小僧。
魔王や勇者が最強などという時代はもう終わったのだ 」
同時に兵士たちを掻き分けるように、ひときわ異彩を放つ集団が出現した。
それはまるで闇を纏ったかのような、漆黒の鎧を身に着けた9人の騎士たちであった。
「 タナカよ……もはや旧き時代の勇者など不要となった。
我ら人類の新たな守護者 "ハイペリオン=フォース" の誕生によってな 」
ハイペリオン=フォース……国王にそう呼ばれた9人の漆黒の騎士たち。
重厚な黒色の全身鎧に、得物は腰に差した黒色の両刃剣。
9人とも装備は完全に統一されており、さらに兜で頭を完全に覆っているため個々の判別がつかない。
全身黒づくめ、さらに顔も隠れて表情が窺えないため、不気味な雰囲気を醸し出している。
しかしそれ以上に、田中はこの漆黒の騎士たちに対して奇妙な既視感を感じていた。
「 ……あれは魔鎧か? それに魔剣? 」
僅かだが赤黒く発光する騎士たちの鎧と剣。
田中はアレらが強い闇の力を纏った所謂 "魔の装備" である事に気付いた。
というのも田中はつい最近、正真正銘の "魔の装備" とお目に掛かったばかりなのだ。見間違えよう筈もない。
「 流石に気付いたようだな。
これらは伝説の魔装・魔剣ニビルエッジと魔鎧ニビルアーマー。
かつて魔王が所有していた武具だ 」
魔王が所有していた武具……どおりでやたら禍々しい気を放つその理由を知り、田中は納得する。
実際に魔王と戦い、思わぬ苦戦を強いられた田中は、それら魔装の力を身を以て知っている。
しかし田中にはどうしても腑に落ちない事があった。
( でもよ、その魔装とやらって……あの時、渋谷さんが魔王と一緒に徹底的に破壊したはずだろ? )
そんな田中の疑問を汲み取ったのか、ニヤリと笑って国王は話を続ける。
「 古の悪魔の名を冠しその力を受け継ぐ魔剣と魔鎧……それらは確かに貴様が魔王を倒した際、粉々に打ち砕かれた。
だがその破片を回収し、再練成する事で新たな兵器として再生させたのだ 」
つまり田中たちが魔王を討伐した後、蛻となった魔王城に調査隊やらを送り込んで魔装備の破片を回収し、
田中を反逆者として追い回す一方で、5日というスピード開発で新兵器を誕生させたという事である。
それも田中たちに回収を命じず後に調査隊を送るあたり、極秘として進めていた計画のようである。
「 新たな魔剣と魔鎧により、余の私設部隊は人間の限界を遥かに超える力を持つに至った。
流石にオリジナルには性能の面で幾分劣るが、練成された魔装は9人分。
未だ地上に蔓延る忌々しい魔族の残党どもを駆逐し、人間の世界を取り戻すには充分な力だ。
如何に貴様が魔王に勝ったといえど、生まれ変わった余の私兵 "ハイペリオン=フォース" には敵うまい 」
まるで演説でも行っているかのように、熱を込めて説明を続けていく国王。
先ほどまで田中に対して怖気づいていた兵士たちも、その熱に浮かされるように次第に戦意を取り戻していく。
「 逆賊タナカ、貴様の討伐を以てハイペリオン=フォースの実戦テストは完了する。
貴様の死こそが新たなる時代の幕開けとなるのだ。
光栄に思え。それが勇者としての貴様の最後の使命だ 」
田中は理解した。
――要するに、この国王は……
「 人のことアレコ偉そうに言っておいて……
結局はテメェも力が欲しいだけだろ?
そしてテメェが手に入れたオモチャの実験がしたいだけじゃねぇか 」
溜息を吐きながら、田中は改めて国王に目を向ける。
その眼には呆れと怒り、そして強い侮蔑が籠もっていた。
先ほど国王が言っていた "過ぎたる力は人の心を狂わせる" とは、奇しくも今の国王自身そのもの……そう田中は感じた。
そしてその事に気付かず、自身を悪とは疑わない国王の言動に、田中の中で急激に怒りが膨らんできた。
「 ……言い残す言葉はそれでよいのか? 」
田中の言葉が癇に障ったのか、酷く冷めた声で最終通告へと入る国王。
表情こそ平静を装っているが、今の田中の言葉は図星だったらしい。
田中は静かに答えた。
「 言いたい事なら他にもあるぜ 」
田中は大きく息を吸い、国王らに向かって言い放った。
「 お前らクズだ 」
そして休む事なく、口を走らせ続ける。
「 お前らクズもクズ、どうしようもないクズ共だよ。
言ってる事もやってる事も、ぜんっぜん筋が通ってない。
勇者召喚までは百歩譲って大目に見てやる。
別世界の無関係な人間を勝手に喚び出して、
一方的に魔王退治なんて押し付けるのがいいわけないけど、
それは目を瞑ってやる。
お前らだってあとが無かったんだろうしな。
問題はその後。
人間一人の人生を狂わせちまったんだから、最後まで責任持てよ。
元の世界への送還方法が無いなら、戻す方法を作り出せよ。
どうしてもそれが出来ないなら別の方法で償え、つーか償う努力しろよ。
お前ら頑張ってないんだよ。
お前ら魔王退治なんて厄介事を俺一人に押し付けたんだから、せめて別のところで頑張れよ。
魔王を倒した後の勇者の扱いが困るって?
アフターケアぐらいしろよ!
逆恨みして自分たちに牙を剥くかもしれない?
だったら味方に引き込むなり敵に回さないよう立ち回れよ!
説得すりゃいいじゃねぇかよ!
仮にも世界を救ってくれた勇者様だろうが!
それをお前、何の話し合いも無しに一方的に排除?
魔王退治終わった途端、手の平返してハイ用無し?……そりゃ、反感も持つわ!
誠意を込めて頭下げて謝罪して、せめて反感抱かせないようにする!
それだって一つの努力だろが!!
俺に何の後ろ盾も無いとか思って足元を見るな!!
召喚側としての義務を果たせ! 誠意を見せろ! 負い目を感じろ! 対価を払え! 努力くらいしろ!
それが出来ないならテメェらに勇者召喚なんてする資格はねぇ!!! 」
マシンガンの如き口撃を吐き続け、田中はようやく一息ついた。
静寂が場を支配する中、溜まりに溜まった不満を全て吐き終えた田中。
その眼に宿す憤怒は相変わらずも、表情はどこか清々しそうであった。
「 若造の分際で……言わせておけば…… 」
そして田中とは対照的に、額に青筋を浮かべて顔を歪ませる国王。
――この若造は何処まで国王である自分を虚仮にするつもりなのか
国王の中で、田中に対する怒りと屈辱感が膨れ上がっていく。
そんな国王の怒りに応じるように、9人の黒騎士たちは無言で田中の前へと並び立ち、一斉に剣を引き抜く。
そして黒騎士たちはジリジリと移動し、田中の周りを囲んで臨戦態勢を整える。
「 逆賊タナカよ。
国王陛下に対する数えきれぬほどの無礼、断じて許されはせぬ。
国王陛下への……ひいては人類全てへの反逆と見なし、我らハイペリオン=フォースが貴様を断罪する 」
9人の内1人……リーダーらしき黒騎士が剣の切っ先を田中に向け、死刑宣告を言い渡す。
他の黒騎士たちも一斉に、剣の切っ先を田中に向かって突きつける。
「 上等だ……かかってこいや!
雑魚どもがオモチャを手にしたくらいで増長しやがってよ!!
この最強勇者タナカ様に勝てるとか思ってんじゃねぇぞ!!! 」
カタナを片手で構え、声を荒げる田中。
国王はそんな田中を小馬鹿にするように一瞥する。
「 ふん……まるでチンピラだな。
ハイペリオン=フォースよ、逆賊タナカに正義の鉄槌を下すのだ!
このチンピラ風情に新世代の守護者の力を思い知らせてやれ!! 」
国王は配下の黒騎士たちに、高々と田中の死刑執行を言い放った。
その時、
『 いいえ、思い知るのはアナタたちの方ですよ 』
地下通路内に響き渡る声。
突然の声に、兵士たち、黒騎士たち、そして国王は振り返った
通路の奥……それは先ほど自分たちが田中を追ってやって来た方向。
そこにはカツカツと靴底を響かせながら、こちらに向かって近づいてくる人影があった。
「 何者だ!! 」
兵士の一人が問い掛けるが、
人影はその問いに答える事なく、尚も歩を進めていく。
その場にいる全員が注目する中、その人影は淡々と靴底を鳴らせて近づいて来る。
やがて天井に設けられた照明が、その正体を顕わにした。
人影の正体は、スーツ姿で眼鏡を掛けた三十路くらいの男。
男は姿を見せるなり、ようやく先ほどの問いに答える。
「 しがない営業マンですよ。
そしてお待たせしました、田中君 」
そして男は跳躍。
兵士たち、国王、そして黒騎士たちの頭上を天井スレスレで通過し、田中のすぐ横へと着地する。
そのあり得ない跳躍力に驚愕するも、あまりにあっさり立ち位置を変えられた事に呆然とする国王たち。
「 本当に遅ぇぜ、渋谷さん 」
不機嫌を隠そうともせず、その男……渋谷営業に口を尖らせる田中。
救援が遅れたおかげで、今までどんな酷い生活を強いられたか。
地下で身を顰め、風呂にも入れず、まともな食事にもありつく事も出来なかった。
いかに相手が渋谷営業といえど、愚痴の一つでも言いたい心境であった。
「 ま、その事については後でタップリ文句言わせてもらうからイイけどよ 」
それでもようやく着いた救援に、田中はニヤリと口の端を釣り上げる。
渋谷営業が到着すれば百人力。もはや敗れる事などあり得ない。
そうなれば、最早やるべき事は一つ。田中はカタナの柄を握りしめる。
――あとは心置きなく暴れまくり、このふざけた召喚者連中に思い知らせるだけ
これまでの鬱憤を晴らすべく、田中は足を踏み出そうとする。
「 田中君、ここからは私に任せてもらえませんか 」
しかし、それは渋谷営業の手に遮られた。
田中の表情が露骨に歪む。
せっかく国王たちをボコボコにしてやろうと意気込んでいたのだ。
いきなり待ったを掛けられても納得出来ない。
相手は田中が下手に出ていたのをいい事に、今まで散々コケにしてきた連中。
さらには下らないイチャモンをつけて、田中を殺そうとまでしてきた。
自らの手で連中を直接叩きのめさなければ、とてもじゃないが田中の腹の虫は治まる気配がなかった。
「 冗談じゃねぇぜ、渋谷さん。
アイツらは俺が直接…… 」
抗議しようと口を開くも、田中の言葉はそこで途切れた。
渋谷営業の纏う空気がいつもと違う。
いつも通りの無表情な渋谷営業であったが、その身から発せられるピリピリ刺すような空気。
渋谷営業は怒っている。
それも目の前のゲスな召喚者側に対し、田中以上の怒りを感じているのだと、田中は理解した。
少しだけ迷った末に、田中はカタナを超空間へと仕舞う。あとは渋谷営業に任せる。
田中の本音としては、存分に暴れてストレス解消といきたかったのだが、
これほど怒りを燃やしている渋谷営業ならば、召喚者側に思い知らせるという意味では、田中などより適任かも知れない。
それだったら傍観してた方がよっぽど面白そうだ。そんな気持ちも田中の偽らざる本心であった。
「 答えよ! 貴様は何者だ! タナカの仲間か!? 」
再度、兵士の一人が声を荒げて問い質す。
先ほどの跳躍力もそうだが、スーツというこの世界には存在しない服装。
正体こそ分からないが、只の通りすがりとは到底思えない。
それどころか田中が親しげに話し掛けている所を見ると、田中に味方する者と考えるのが妥当。
そう考え至った兵士たちは、渋谷営業に対しても警戒を強め、それぞれの得物の柄を握りしめる。
そんな兵士たちを余所に、渋谷営業は口を開いた。
「 アナタたち、どのツラ下げて正義を語りますか 」
アナタたちと言いつつも、渋谷営業の眼はしっかり国王を捉えていた。
「 別の世界の人間を勝手に召喚し、
一方的に魔王退治などを押し付けただけに飽き足らず、
事が済んだ途端に邪魔だという理由で抹殺。
挙句そのようなオモチャを拵えて、魔王に代わって世界制覇。
魔王に怯えていた輩が今更になって威張り散らす……中々の笑い草ですね 」
淡々とした口調ながらも侮蔑の籠もった渋谷営業の物言い。
それも先ほどの田中と同じ言葉に、国王の表情はますます歪む。
そして怒りの暴発を耐えるかのように、国王のコメカミが断続的に脈を打つ。
「 ……何者かは知らんが、余に対するその物言い……万死に値する。
ハイペリオン=フォースよ! 」
視線で黒騎士たちに指示を送る国王。
田中に仲間がいたところで問題はない。むしろこの場で不穏分子をまとめて始末する絶好の機会。
環となり武器を構えた黒騎士たちが、中心の標的二人……特に渋谷営業に対して殺気を放つ。
今しがた現われた人物に国王を侮辱され、さらに最強を自負する自分たち "ハイペリオン=フォース" をオモチャ扱いされたのだ。始末するには充分過ぎる理由である。
そんな黒騎士たちの放つ殺気を意に介する様子もなく、渋谷営業は口を開いた。
「 ところでアナタ方にお土産があるんですが…… 」
――土産?
現在進行で相対している敵からの予想し得ない言葉。
場の空気にそぐわない、あまりに突拍子もない発言。
黒騎士9人のみならず、傍観していた国王と兵士たちまで思考が止まる。
言葉の意味を図りかね、眉を顰める召喚者連中に対し、渋谷営業は言い放った。
「 アナタたち、もみじまんじゅうは好きですか……? 」
……………………………
「 ……ひ……ひぃっ…… 」
短く悲鳴を上げ、尻もちをつく国王。
その視線の先には、渋谷営業……手に着いた血をハンカチで拭いながら、悠然と国王に近づいてくる。
「 だ、誰か余を助け…… 」
カタカタ歯を鳴らしながら、周りの兵士たちに助けを求める国王。
しかし動く者は誰もいない。否、動けなかった。
今しがた起こった出来事に、誰もが渋谷営業に恐れ慄き、
本能が自らの保身を優先しているのである。
本来なら国王を護るべき立場にある黒騎士たちは、床に倒れたままピクリとも動かない。
黒騎士たちの漆黒の鎧と剣は、見る影もないほど粉々に打ち砕かれ、
さらには辛うじて息はあるものの、彼らの背中や肩や腕や脚、さらには顔と……体中至る所に無数の痛々しい傷。
まるで鞭を叩き込まれたように真っ赤に腫れ上がり、その存在を主張している掌の痕。
確かにそれは紛うこと無き 紅葉腫れ であった。
何が起こったのか分からないほど、あまりに一方的な戦力差。。
分かったのは、国王が誇る最強戦力 "ハイペリオン=フォース" が無残に敗れ去ったという事だけ。
―― 一体、この男は何者なのか?
その疑問で兵士たちの頭が埋め尽くされる。
唯一分かるのは、田中の仲間であるらしいという事。
「 ひぃっ!? よ、寄るなっ! 寄るんじゃない!! 」
しかし現在進行で追い詰められている国王には、そんな疑問を抱く余裕すら無い。
―― 殺される
国王の頭の中にあるのは、その恐怖のみ。
腰を抜かしながらも、必死で手足を動かし、後ろ後ろへと下がろうとする国王。
そんな国王に構うことなく、無表情で国王へと歩み近づく渋谷営業。
どんどん距離を詰めてくる渋谷営業から逃れようと、国王が更に後ろへと下がろうとした時だった。
「 おいおい、国王サマよ。
散々エラそうなこと言って、今さら逃げるなんてシケた真似するなよ 」
背後からガッシリと国王の肩が掴まれた。
「 っ!!?? 」
国王が振り返ると、そこに居たのはニンマリと邪悪な笑みを浮かべた田中が。
「 ……ふっふっふっふ 」
前方には、不気味に笑いながら幽鬼の如く近づいてくる渋谷営業が。
「 ……へっへっへっへ 」
そして背後には、不気味に笑いながら逃がすまいと肩をガッチリ掴む田中。
さしずめそれは前門の渋谷、後門の田中。
『 ふっふっふっふっふっふ 』
『 へっへっへっへっへっへ 』
不気味なほどに二人の笑い声が同期する。
「 ……ひっ……ひっ、ひぃ!? 」
恐怖のあまり国王の下半身……股間から生暖かい染みが広がっていく。
『 ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ 』
『 へっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへ 』
TANAKA : 今日はもう遅いし、報告ここまでwww
花沢不動産 : 何という寸止めでお邪るか
ニャンコ師匠: 卑怯ニャり、このフラストレーションどう解消すりゃいいニャ!
TANAKA : 前編って言ったろwwww 後編はまた近いうちにwww
花沢不動産 : 同情するわけじゃないけど、召喚側これからの事を考えると哀れ過ぎるでお邪る
ニャンコ師匠: 自業自得ニャ、というかTANAKAも営業の人も悪ノリし過ぎ、まさに現代日本人の鑑ニャ
花沢不動産 : つーか渋谷営業のもみじ饅頭ってそんな凄い技なんでお邪るか?
ニャンコ師匠: 確かに話聞くだけじゃどうにもイメージが湧きにくいニャ
TANAKA : 俺にもよく分からんかった。渋谷さん曰く、一瞬で無数の平手打ちを叩きこむ技らしいんだけどwwwww
TANAKA : 一瞬、渋谷さんの腕がブレたと思ったら、敵がフッ飛んでたwwww 理解不能wwww
ニャンコ師匠: そんだけ凄い攻撃されて、よく敵も死ななかったニャ
花沢不動産 : 確かに一瞬で意識が飛ぶほどの攻撃なのに、紅葉腫れだけで済んだというのもある意味凄いでお邪る
TANAKA : だから生かさず殺さずの妙技なんだってwww あんま深く考えちゃ負けだってことwwww
TANAKA : とにかく今度また集まった時に後編やるわwww
TANAKA : そん時までに協会に提出するレポートの類ぜんぶ片付けないとwww
ニャンコ師匠: なんて面倒くさそうな、やっぱ被召喚はフリーに限るニャ
後編に続きます。一体更新はいつになるやら……(汗)
尚これはあくまで勇者タナカのケースであり、勇者オノデラの冒険のネタバレというわけではありません。