第6話 猫がくれた素晴らしき出会い
第6話、投稿します。
「 俺はラッセル。よろしくな坊主 」
「 アタシはエノーラ。よろしくねっ! おにいさん♪ 」
「 え、えぅ~~……モ、モニカですぅ…… 」
ギルド1Fの客間にて、聖の前に立ち並ぶのは、ガタイの良い中年男性と、活発そうな獣耳少女、そして大人しそうなエルフ少女。
ギルド責任者曰く、彼らが聖がこれから臨む試練に同行する、一押しの冒険者であるという。
「 小野寺聖です。
こことは違う世界から来ました。
色々迷惑を掛けると思いますが、宜しくお願いします 」
シンプルに挨拶を済ます聖。
口調は丁寧だが、早口なため如何せん素っ気なさは否めない。
「 むぅ~~、なんかノリ悪いな~
おにいさん、せっかくカッコいいんだから、もっと愛想良くしないと 」
そんな素っ気ない態度の聖に、獣耳少女のエノーラが腕を絡めてくる。
初対面の男性に対してそんな大胆な行為をするあたり、見た目通り社交的な性格の少女らしい。
「 ……いや、そういうのは苦手なんだ 」
普通だったら男なら誰しも鼻の下を伸ばす状況であるにも関わらず、聖は顔を叛けながら無愛想に返すのみ。
まるで色恋沙汰には興味が無い、あるいは奥手な少年の反応である。
もちろん内心では
( おにいさん……シンプルながらいい響きだ…… )
と、自分の腕に当たる柔らかな感触を、歓喜とともにしっかり噛み締めていた。
そして顔を叛けながらも、きっかり横目で自分の腕に抱きつく少女を観察する。
年の頃14~15歳。
狼らしき獣耳に尻尾。
赤毛のショートカットに勝気そうな黄色の瞳。
陽に焼けてやや褐色の肌。
未発達ながらも、鍛え上げられたスラリとした無駄のない肢体。
黒いショートパンツにニーソの元気っ娘。
聖的にはもう百点満点の少女だった。
「 あっ……カストゥール先生。御無沙汰してますです~ 」
「 ふむ、君も元気そうだな。モニカ。
冒険者としての君の活躍はよく耳にしているぞ 」
そしてもう一人の少女、エルフ族のモニカ。
同じくエルフ族であるカストゥールとは既知らしく、会話から察するに教師と教え子の関係らしい。
年の頃18~20歳。
金髪ロングに優しそうな青色の瞳。
雪のように白い肌。
ローブの上からでも分かるほどの豊かな胸。
オドオドしてて護ってあげたくなる印象の娘である。
聖はこの少女にも、心の中で百点満点を掲げる。
( ツイてる……俺はなんてツイてるんだ…… )
仲間となる三人の内、二人が女の子。それもそれも獣人とエルフの美少女である。
言うまでもなく、男であるラッセルは既に眼中にない。
ついぞ弛みそうになる頬の筋肉を、必死で支え続ける聖。
たとえ内面にどんな邪な心を抱えようとも、表にさえ出さなければ、聖は知的ハンサムでまかり通る。
それを自覚しているからこそ、常に聖は無口クールのキャラ作りに余念が無い。
―――― ぺしっ
そんな彼の邪心を咎めるように、聖の顔面に何か叩きつけられる。
フワフワした茶と黒と白い毛が入り混じった尻尾……聖の頭上に乗っかった奈々子の仕業である。
( なんだよ奈々子、拗ねてるのか )
ぷいっと知らん顔をする奈々子。
何故か奈々子は、聖の頭の上をお気に入りの場所としていた。
肩なりバッグの中なり、もっと他にも落ち着けそうな場所はある筈だが、
何故か奈々子は聖の頭の上に居座ろうとするのだった。
( まあ、いいんだけどな )
傍から見ればシュールな光景ではあるが、特に何か不都合があるわけではない。
聖は深く考えずに、奈々子の好きにさせる事にした。
「 ねぇねぇ。
ところでおにいさんって、どんな武器を使って戦うの? 」
大通りを歩きながら、エノーラが訊ねてくる。
その後ギルドを出た聖たちは、王都の武器屋に向かっていた。
これから試練に臨むにあたって、武器や防具といった装備を揃えるためだ。
「 剣だ。剣術を少しばかりかじってる 」
「 ふぅ~ん? なんだか普通なんだね 」
聖の基本戦闘スタイルはオーソドックスに剣術である。
もちろん魔術による攻撃も出来るし、その気になれば拳闘だってこなせるが、
正統派勇者の獲物は、剣と相場は決まっている。
協会の派遣勇者たちの間では、剣術に魔術を織り交ぜた所謂魔法剣士としての戦い方がポピュラーであった。
聖もこの例に漏れず、魔法剣士としてのスタイルを用いているのである。
「 はっはっはっ……
少しばかりとは御謙遜が過ぎますぞ、サトシ殿 」
聖とエノーラの会話を聞いていたらしい。
久しぶりに再会した弟子モニカと、会話に花を咲かせていたカストゥールが割り込んできた。
「 サトシ殿の剣術の腕前は、
指南に当たった近衛騎士団長殿が太鼓判を押しておられた程のものですぞ。
それこそ国一番の剣の使い手と謳われる近衛騎士団長殿が…… 」
「 へうぅ~~、サトシさんすごいです~~ 」
「 さっすが、勇者さまだね♪ 」
( そういえば、そんなイベントもあったな )
聖は召喚後、カストゥールの魔法講義の他にも、
近衛騎士団長による剣術指南などというイベントも体験していた。
当然ながら派遣勇者として訓練を受けてきた聖が、一国の近衛騎士団長に実力で劣るなどある筈が無い。
それでも騎士団長の面目を潰さないよう気を遣いながら指南を受けた事を、聖は今更のように思い出した。
しかし今はそんな事より、聖には一つだけ気掛かりがあった。
( 渋谷さん、どこに行ったんだろう……もぐもぐ )
先ほどギルドでお茶受けに貰った饅頭を頬張りながら、聖は考え始める。
先ほどロビーで発生した渋谷営業との再会イベント。
聖はてっきり、これから臨む『 試練 』への助っ人として、渋谷営業が参加するものだと思っていた。
渋谷営業ならば、短期間の内にギルドでのし上がる事など造作もない筈。
ギルド一押しとして紹介される冒険者の中に、当然ながら渋谷営業の姿があると思っていたが、聖の予想は見事に外れてしまった。
それとなくギルドの職員たちに聞いてみたところ、
渋谷営業(この世界ではフリー○と名乗っていたが)がギルドに登録したのは数ヶ月前。
意外な事に、特に名の知れた凄腕というわけではなく、ランクS~Fの7階級の内、Cランクという中堅。
というのも、まめにギルドに訪れているわけではなく、偶にフラリと現われては、そこそこの依頼を受けていく程度。
この世界の情勢を調査していた頃に、資金繰りのためにギルドを利用していたらしく、
極力目立たぬように表向きの活動は細々していたようである。
渋谷営業自身、見た目はうだつの上がらなそうな眼鏡を掛けた三十路くらいの男である。特に印象に残るような人物ではない。
それでもよく故郷の菓子などを土産に持って来てくれていたので、ギルド職員たちからの覚えは良かったという。
現在、聖が頬張っている饅頭も、元は渋谷営業が差し入れてくれた土産だそうだ。
ちなみに、もみじ饅頭である。
( 接触するんなら、もうそろそろだと思うんだがな…… )
渋谷営業が何のためにこの世界を訪れたのか、聖には既にその見当はついていた。
そしてどんな形で接触してくるのか、それも既に知っていた。
「 ンニャぁ~~~ 」
突如、例によって聖の頭上で丸まっていた奈々子が鳴き出した。
「 んみゃぁああああ~~~ 」
そして聖の頭の上から跳び降り、シュタッと勝手に走り出す。
「 奈々子、待て! 」
聖も走り出し、奈々子の跡を追う。
「 サトシ殿!? 」
驚きながらもカストゥール達も走り出し、聖に追随する形となる。
角を曲がり、大通りから狭い路地へと入り込む奈々子。
それを追う聖。そしてその後を追うカストゥールたち。
さらに幾つもの角を曲がり、狭い路地を走り続ける事およそ3分、
途中で何度もチンピラや浮浪者らしき人たちとすれ違い、
ようやく狭い路地を抜け出て、開けた場所に出た。
抜け出た先は人気のない空き地。
四方は民家の壁で囲まれていて、そこそこ開けた空間だが陽の当りは悪い。
「 こんな場所に何があるんだ、奈々子 」
ようやく止まってくれた奈々子に近づきつつ、聖は奈々子の視線の先を追う。
「 オイオイオイオイ、オッサンよぉ!!
誰の許可もらってココで商売してんだアァ~~ん?? 」
「 ここで物を売りてぇならよ、まずは俺たちにショバ代を払うのが筋ってもんじゃねぇのか? 」
「 つか貧乏な俺たちによ、恵んでくんねぇかなかなぁ~~
ヒッヒッヒッヒッ…………… 」
「 そ、そんな……
私は少しの間だけ、ここで商売をと…… 」
そこには三人のチンピラと、それに絡まれている眼鏡を掛けた気弱そうな男性がいた。
「 ガタガタ言ってんじゃねぇ!
さっさと金出せって言ってんだよ! 」
そう怒鳴り散らし、男性を突き飛ばすチンピラの一人。
「 うわぁっ……!!? 」
男性は見た目通り気が弱いのであろう、チンピラたちの剣幕に押されるように尻もちを着く。
「 とっととボコって、とっとと身ぐるみ剥いじまおうぜ! 」
「「 おう 」」
「 え、えと……め、めがねめがね…… 」
男性は突き飛ばされた際、眼鏡を落としてしまったらしく、
チンピラたちに背を向けて、地面を弄りながら眼鏡を探している。
チンピラの一人がそんな男性を足蹴にしようと、嗤いながら片足を振り上げる。
「 やめろ 」
瞬時に間に割り込んだ聖が、チンピラの靴の裏をガッチリ受け止める。
「「「 な、なんだテメェは!? 」」」
「 語る必要があるのか 」
突然の闖入者に戸惑い、声を荒げるチンピラたち。
そしてそれをクールに受け流す聖。
聖の目指すカッコイイ勇者とは、普段の言動にもカッコよさが滲み出るもの。
例えチンピラが相手であっても、聖は気を手を抜くつもりはなかった。
「 口上など不要な筈。
文句があるなら黙って拳で語ればいい 」
無表情で淡々と語りながら、聖は拳を握りしめる。
そして最後に言い放つ。
「 ……来い 」
「「「 舐めやがってぇ~ うらぁっ!! 」」」
そんな聖の言動が気に障ったのか、一斉に聖に襲いかかるチンピラ三人。
しかしチンピラたちが拳を振りかぶった時には、聖の右拳、左肘、左膝が既にチンピラ三人を捉えていた。
ゴキッ! メキッ! ドスッ!
三連続で鈍い音が響き、チンピラたちは呻きながら崩れ落ちる。
聖は無表情のまま、それを冷やかに見降ろす。
「 ゲホッゲホッ!?
や、やべぇ……コイツめちゃくちゃ強ぇぞ。逃げろ! 」
「「 げほっ……あ、ああ 」」
聖の強さに怖気づき、逃げ出そうとするチンピラたち三人。
「 待て 」
しかし聖はそれを見逃さず、チンピラの一人……リーダーらしき男の首根っこを掴む。
そして首根っこを掴んだまま、力任せに引き上げる。
「 ひぃっ!?
お、オレたちが悪かった!
は、反省している。ほ、本当だぞ!?
だ、だから助けてくれ!? 」
鼻水を垂れ流しながら、必死に許しを乞うチンピラ。
残りの二人は脇目も振らず、一目散に逃げ去ってしまっている。
もはや残された一人の殺生与奪は、聖が握っていると言ってもいい。
もちろん聖にはこれ以上、このチンピラを痛めつける理由はない。
聖としては、二度と悪事を働かないよう徹底的に叩きのめすというのもアリだが、今この場には他にも人の目がある。
カストゥールたちも既にこの場に辿り着いており、事の成り行きを見守っていた。
聖が次にどういった行動を取るのか、全員が黙って聖に注目している。
これは勇者としての資質を見られているといっても過言ではない。聖はそう感じた。
聖は怯えるチンピラに視線を向け、言い放った。
「 俺に負けて悔しいと思ったならギルドへ行け。
きっとお前たちが求めるものがある 」
「 …………は? 」
呆気に取られるチンピラ。
構わず聖は語り続ける。もはやこれは彼の十八番であった。
「 人は誰しも心の内で、常に戦いを欲している 」
「 生きる事とは戦う事。
戦いがなければ人は生きる目的を見失い、目的が無ければ人は停滞し堕落する 」
「 堕落はやがて人を焦燥に駆り立て、やり場のない焦りは無益な争いを生む 」
「 このまま弱者相手に暴力をぶつけても、お前たちの心が満たされる事はない 」
「 満たされたかったら自分より強者に立ち向かえ。
……それが真剣に生きるという事だ 」
語り終えると、チンピラから手を放す聖。
チンピラは口を開けたまましばらく固まっていたが
自分が解放された事に気付くと、聖の様子を窺うようにジリジリと後ずさりを始める。
チンピラの表情から察するに、残念ながら今の台詞に心を打たれた様子はない。
尤も実際のところ、聖もこの台詞で自分が何を言いたいのか分かっていなかった。
これは例によってチャット仲間たちから募った台詞であり、聖がカッコイイと思ったものを厳選したものだ。
要はカッコイイ雰囲気さえ出ていれば、それでO.K.というノリだったのだが
「 けっ! バカヤロウ~
な~にが真剣に生きる~だ?
だ~れがギルドなんかで働くか!
覚えてやがれ、クソッタレ! 」
ある程度まで距離が離れた途端、いきなり態度を一変させ喚き散らすチンピラ。
「 これからはせいぜい夜道に気をつけんだな! 」
そう捨て台詞を残し、チンピラは一目散に逃げ出した。
( ……あのチンピラ野郎、問答無用でボコるべきだったか )
今の余計なオチのせいで、せっかくの魅せ場にケチがつき、台無しになってしまった聖。
今からでも追いかけて、あのチンピラをボコボコにしてやりたいところだが、
カストゥールたちがいる手前、そういうわけにもいかなかった。
「 あ、あはは~~
ア、アタシはおにいさん良いこと言ったと思うけどな~~……?
後半ちょ~っとアレだったけど…… 」
今まで事の成り行きを見ていたエノーラが話し掛けて来るも、少しその声は上擦っている。
シラけたオチに呆れているのか、それとも聖の台詞の臭さに呆れているのか、あるいはその両方か。
他の面子も似たような感想らしく、曖昧に苦笑いを浮かべるだけ。
( くっ……なんだこの羞恥プレイ……
どういう事だよ、ニャンコ師匠。話が違うじゃねぇかよっ! )
聖がネタを提供してくれた友を心中で罵っていると
「 素晴らしい!
なんという素晴らしいお考え!
なんという崇高な精神!
わたくし、感動いたしました! 」
聖が助けた眼鏡の男性が感極まったように叫び出した。
あまりに突然で呆気にとられる一行。
「 申し遅れました。
わたくし、武器商人のシブタニといいます 」
聖に向き直り、ニコニコ笑いで自己紹介を始める眼鏡の男性改めシブタニ。
「 貴方の様な素晴らしい御方に出会えるとは、わたくしなんという幸運。
ここはぜひ、助けて頂いたお礼をさせてもらわねば。
ささ、こちらへどうぞ 」
そう言ってシブタニは、聖とその一行を広間の端にある露店らしきスペースへと案内する。
そこに敷かれた絨毯の上には、剣や槍や弓さらには鎧までが所狭しと並べられていた。
「 貴方にはぜひ、わたくしの卸した武器防具を使用して頂きたいのです。
いえ、お代は要りません。
助けていただいたお礼もありますが、なにより貴方のような素晴らしい御方に使っていただくのなら、
わたくしにとってこれ以上ない栄誉ですから。
オススメするのはこのバトルアーマー。
見た目はシンプルながらも、その分だけ丈夫、おまけに軽い。
そして獲物はやはりコレでしょうか?
これはカタナと呼ばれる片刃剣であり…… 」
有無を言わせぬ勢いで、シブタニは装備の説明を開始する。
聖もカタナを手に取り、まじまじと見つめる。
そして
「 ……うん、コレは気に入った 」
そう呟くと、聖は軽く素振りを始めた。
「 へぇ~……そんなにいいのか?
コレ……随分と珍しい形状だが……
なあ坊主、ちょっとその武器を見せてくれよ 」
聖の言葉にラッセルも興味が出てきたらしい。
聖からカタナを受け取ると、魅入られたようにまじまじと観察する。
「 た、確かにこりゃあスゲェ……
こいつは、とんでもない業物じゃねぇかよ! 」
「 いやはやお目が高い。
類は友を呼ぶといいますか、貴方も素晴らしい慧眼をお持ちのようで……
どうですか? そんな貴方にもお勧めの武器が……
このバトルアックスなんていかがでしょう?
出血大サービスでとてもお安くしておきますよ。
そちらのお嬢さん方もどうですか?
近接武器も、魔術行使の触媒も一通り揃えておりますが、
どれも一級の品だと自負しておりますよ 」
興奮した様子のラッセルに斧を手渡す一方で、遠巻きに見ていたエノーラとモニカにも声を掛けるシブタニ。
エノーラとモニカも聖とラッセルの様子を見て触発されたらしく、あっさりと陥落した。
「 う~ん、じゃあアタシも見繕ってもらうかな? 」
「 わ、私も見てみたいです……あれ? カストゥール先生、どうなされたんですか? 」
皆が浮かれる中、カストゥールだけが何故か一人で難しい顔をしている。
何か腑に落ちないという表情をしていた。
「 いや、なんというか……上手く言えないのだが……
違和感というか……話が上手すぎるような……
……いや、なんでもない 」
発端は唐突に聖の飼い猫が走り出した事。
猫を追い掛けたところ、その先でチンピラに絡まれていた男性と出会い、助けた男性は武器商人で、そのお礼が武器防具。
無料ではないにせよ、一流の冒険者であるラッセル曰く一級品の装備が格安で手に入る結果となったのだ。
それもちょうど、試練のための装備を揃えようとした矢先である。
ラッセルたち冒険者組は特に気にしている様子はない。
単に嬉しい誤算と思っているのか、それとも舞い上がって気付いていないのか、嬉々としながら装備を選んでいる。
しかしカストゥールには、どうにも話が上手すぎているように思えてならなかった。
それに考えてみれば、シブタニと名乗るこの男性自体も不可解である。
それは商人を名乗る割に、こんな人気のない空き地で露店を開いている点。
人目を避けて良からぬ事を企んでいるのでは……当初はそんな勘繰りもしたが、
こんな治安の悪そうな場所で護衛も付けず、ましてやシブタニ自身お世辞にも強そうには見えないし、
実際に先ほどはチンピラに絡まれて、有り金を巻き上げられそうになっていた。
それこそ偶然聖がこの場に訪れたからこそ助かったのだ。
悪事を企むにしては行き当たりばったりというか、単なる間抜けという気がしてならない。
――そもそも何故、猫は走り出したのか?
カストゥールは事の発端の張本人(?)、少し離れたところで寝そべっている奈々子に視線を向ける。
「 ふみぁ~~~っ 」
当の奈々子は、呑気に欠伸をかましていた。
猫の行動原理なんて、当然ながらカストゥールに理解できるはずが無い。
結局カストゥールは、全て偶然なのだと結論付けざるを得なかった。
「 いや~~、いい意味での誤算だったな。
こんなにいい武器がこんな格安で手に入るなんてな 」
「 私も前から欲しかった魔術用のアクセサリが手に入って嬉しいです~ 」
「 おにいさんと猫ちゃんのおかげだね♪ 」
装備一式を新調し、ホクホク顔で元の大通りへと戻っていく勇者たち一行。
「 では皆様、道中お気をつけて 」
そしてそれをニコニコ顔で見送る、武器商人シブタニ改め渋谷営業。
奈々子をダシに使い、聖に装備を支給する作戦は見事に達成された。
途中でチンピラに絡まれた事も計算の上。
助けてもらった恩義を理由に、多少強引だが協会支給の装備はバッチリ聖の手に渡らせた。
冒険者三人に格安で売った装備は、あくまで演出上のフェイク。
この世界の技術レベルに合わせて作らせた、比較的性能が高いだけの代物。
もちろん聖に支給された装備とは比べるべくもない。
それでもこの世界の基準からすれば、充分に一級品というわけである。
「 それにしても……
なるほど、面白い構図ですね 」
遠ざかっていく聖の後ろ姿を眺めながら、渋谷営業は呟く。
もはや定位置だと言わんばかりに、聖の頭上に乗っかっている奈々子。
渋谷営業はそれの意図する事を理解していた。
「 奈々子が頭上に乗っかって『 猫かぶり 』ですか。
なかなか皮肉の効いた洒落をしますね、奈々子も。
しかし…… 」
好物のもみじ饅頭をかじりながら、渋谷営業は首を傾げた。
「 あの猫がオスだということ、小野寺君は気付いてないんでしょうか……? 」
三毛猫のオス。それこそ3万匹のうち1匹とも云われる超絶レアな存在。
そしてそのオス猫に奈々子という名前を付けたのは紛れもなく聖であり、その理由も謎である。
――三毛猫だけに初見でメスだと思い込んでしまったのか?
――しかし共に過ごしていればいずれは気付くはず。
――気付いてて敢えてメスのように扱っているのか?
――それとも本当に気付いていないのか?
少なからず小野寺聖を知るだけに、渋谷営業としてはどれとして否定する事は出来なかった。
次回、ようやく冒険が始まる……予定です。
<< ネタ的まとめ >>
勇者オノデラ……その表層からは、内面の邪な心は一切読み取る事が出来ない。読み取れるのは「 ハンサム 」「 クール 」「 知的メガネ 」の三つの情報……すなわち三本の毛のみ。これを勇者オノデラ脱毛定理という。




