第1話 今を生きる勇者たち
長い間放置して申し訳ありません。
第1話投稿します。
まだ実質まだプロローグではありますが……
『 需要 』と『 供給 』。
それは市場経済の根幹を成すモノ。
物資、土地、資金、そして人材……それらを必要とする者がいて、それらを提供できる者がいる。
『 要する者 』と『 給する者 』……彼らが巡り合うと、自然そこにビジネスが生まれる。
逆を言えば『 需要 』と『 供給 』……この二つが対称として存在する限り、どんなビジネスも成立し得る。
そう、どんなビジネスでも……
時は西暦20XX。
日本列島。
とある県のとある都市の中心。
高層ビルが立ち並ぶオフィス街には、日曜だというのに日が高いうちから外回りのサラリーマン達でごった返している。
その忙々とした様は、高度に発展・複雑化した日本経済の表れとも言えよう。
休めば経済は停滞する。そして停滞した経済は瞬く間に崩壊する。
故に現代日本人は働き続けるのかもしれない。
そこに需要があり、そこに供給がある限り……
「 いよいよか…… 」
一人の青年が呟いた。
スラリとした長身に端正な顔立ち……一言で済ますなら異性からモテそうな容姿である。
恰好はパリッとした紺色のスーツに知的な黒淵の眼鏡。
傍からみるなら、まさにエリートサラリーマン。
彼の名は小野寺聖。
ちょっとワケありの、この物語の主人公である。
そして彼の目の前には、高層ビルが立ち並ぶ一帯で、頭一つ飛び抜けて高いビル。
50階建て。各階には東証やNASDAQなどの上場企業がオフィスを構え、毎日千単位のビジネスマンが出入りしている。
まさに経済の塔と言うべき建物である。
スーツ姿のサラリーマン達に混じり、社員証を掲示しながら正面玄関からビルに入る聖。
そしてだだっ広いロビーを通って、他のサラリーマン達と一緒にエレベータに搭乗。上の階へと向かう。
地上36階……そこが小野寺聖がこれから向かうフロアである。
そして36階。
一人エレベータを降りた聖はしばらく廊下を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。
その扉には『 勇者派遣協会 第5営業所 』……そんなプレートが貼ってあり、ここが小野寺聖の目的地であった。
「久しぶりだな。ここに来るのも」
そんな独り言を呟きながら、扉を開ける聖。
部屋はフロアの広さに反して意外と狭い。
物も少なく、来客用の机とソファー、そして事務処理用の机とパソコンが置いてあるくらいである。
そして部屋に入った聖は、目的の人物の姿を見るなり声を掛けた。
「お久しぶりです。渋谷さん」
声を掛けられた男……一人でデスクワークに勤しんでいた渋谷は、聖に視線を向けた。
「こんにちは。小野寺君。
日曜だというのに、急に呼び出してすみませんね」
そう言葉を返し、席を立つ渋谷。
「早速ですが、仕事の説明に入りましょう。
適当にソファーにでも座ってください。
そして、これが……」
渋谷はA4サイズの紙束を聖に手渡す。
「小野寺君の次の派遣先となる『 第24ポジ世界 』の資料です。
一応ここで説明しておきますが、詳しい内容はこれに書かれてますので後で読んでおいてください」
聖は受け取った資料を鞄に仕舞うと、ソファーに腰掛けた。
そして渋谷は部屋の電灯を消し、プロジェクターを起動させた。
数秒後、壁一面に映像が映し出される。
「そして、これは私が『 第24ポジ世界 』で撮影してきた写真です」
壁に映し出されたのは、とある光景を写した写真。
石造りの家が立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の街並みである。
そしてスライドショー形式で写真が切り替わり、同様に街並みを写した光景が次々に流れていく。
時折写っている人々の服装も、ほとんどが現代人のそれと比べて質素で地味な物ばかり。
現代のヨーロッパでも、今はお目にかかれそうにない光景であろう。
「第24ポジ世界。
我々の住む世界から第5次元軸+24の座標に位置する世界です。
文明は写真を見れば分かるように、中世ヨーロッパに相当します」
写真を映し出しながら、手元の資料をスラスラ読み上げていく渋谷。
そして渋谷の説明を聞きながら、次々流れていく写真を何の感慨もないかのように眺め続ける聖。
「そしてこの世界では多種多様な種族が存在し、互いに共存しながら暮らしています」
そして次に映し出されたのは、スタイルの良いスラリとした金髪美女。
「渋谷の趣味か?」と思いきや、着目すべきはソコではない。
その女性の耳……人間にはあり得ない、長く尖った耳である。
写真が切り替わり、他にも小柄のズングリした髭ボウボウのオッサン、猫耳しっぽが付いた美少女が映し出されていく。
これらは俗に言う、エルフ・ドワーフ・獣人であり、2次元以外ではお目にかかれない存在であった。
普通ならば、こんな写真を見せられれば「コスプレ?」あるいは「合成写真?」などと顔を顰めてしまう事だろう。
しかし聖、こんな写真を見せられ続けているにも関わらず、さっきからまったく驚いた様子はなく、特に関心もない模様。
まるで「それがどうした」と言わんばかりに、聖は写真を流し見ていく。
聖にとって、これら写真の示す光景は既に知れたモノであり、今さら驚愕に値するものではなかった。
「しかし最近になって魔王が復活し、世界征服に乗り出したそうです。
配下の魔族たちは各地で大暴れ……やりたい放題というわけです」
さらに写真が切り替わり、今度は豚の顔をもつ肥満体の化け物や、さらにその数倍の体躯をもつ巨人が映し出された。
オークにトロール。どちらも現実には存在しない怪物である。
次々に写真は切り替わり、オークやトロールの大軍が一面を覆い尽くして村に押し寄せる光景や、
田畑を食い荒らしたり、家に火を着ける光景が映し出されていた。
まるっきり映画のワンシーンである。
「そして人間側は魔王軍に対抗するために、古代より禁忌とされる召喚術を用いて、伝説である【 異界の勇者 】を召喚する準備を進めています」
次に映し出されたのは、大理石で造られた神殿らしき場所。
白を基調とした服を身に纏った巫女らしき美少女が、石畳に描かれた巨大な魔法陣の上に立ち、何やら祈りを捧げている光景。
その周りでも同じく白い服を纏った神官らしき数名の人物たちが祈祷していた。
ここで、今まで黙って映像を見ていた聖が口を開いた。
「なるほど……
今回の仕事では、僕はその第24ポジ世界に派遣され、伝説の『異界の勇者』として魔王を討つわけですね?」
そう言葉を発した聖の顔は至って真面目。
突然こんな映像を見せてきた渋谷に対し、冗談に付き合ったわけでも、皮肉を言ったわけでもない。
聖はこれまでの映像が、映画でもCGでも合成写真でもない事を知っていた。
「その通りです。
ま、今さら聞くまでもない事でしょうが」
そして、あっさりとそれを肯定する渋谷。
この二人、冗談でこんな話をしているのではない。本気と書いてマジであった。
『第24ポジ世界なる場所に向かい、伝説の勇者となって世界征服を企む魔王を討つ』
そんな耳を疑うような内容が、今回小野寺聖が請け負った仕事であった。
世界は幾つも存在する。
その数は合わせ鏡のごとく無限にあると言われ、世界同士は次元の壁を隔てて隣り合っている。
一般に認識される4次元時空とは別に第5の次元が存在し、その第5次元軸上に幾つもの世界が並んで存在しているというイメージだ。
そして地球が存在する4次元時空から幾つ離れているかによって、『第~世界』というように、それぞれの世界に番号付けがされている。
一つの壁を隔てて存在する世界の場合、両隣りに『第1ポジ世界』と『第1ネガ世界』が存在する。
地球のある時空から、第5次元軸方向に+1の座標に位置する世界は『第1ポジティブ世界』……略して『第1ポジ世界』、
第5次元軸方向に-1の座標に位置する世界は『第1ネガティブ世界』……略して『第1ネガ世界』と呼ばれる。
同様に+2なら『第2ポジ世界』、-2なら『第2ネガ世界』となっていく感じである。
今回話題となっている『第24ポジ世界は』、地球から第5次元軸方向に+24の位置に存在する世界というわけである。
これらの世界は基本的に物理法則は同じだが、様々な進化を遂げた生物や文明が存在する。
ドラゴンやら魔王やらが存在する魔法の世界、SFみたいなハイテクだらけの科学の世界、あるいはその両方が混在した世界など……
無論、地球に似た文明の世界も幾つも存在するが、それが幾つあるか……それを確認した者はいない。
「調査によりますと、過去にも魔王を退治するために何度も勇者召喚を行ってきたようで、
その度にこちらの世界で行方不明者を大量に続出させていたようですね。
昔話でよくある神隠しなんかは、元を辿ればその多くがこの世界に行き着くのかもしれませんね。
……そして懲りず近々、また召喚のために儀式の準備を進めている模様です」
呆れたような口調で、渋谷は説明を続ける。
召喚……目的達成のために必要な資質を持つ人間を、次元の壁を突っ切って別の世界から取り寄せるシステム。
もちろんファンタジーに分類される世界が用いる。そして召喚の対象となりやすいのは地球人。
何故か地球人は潜在的に高い魔力を持ち、それ故に一般人であってもファンタジー世界では世界を左右する存在になり得るという。
それにも関わらず地球に魔法ではなく科学よりの文明が築かれたのは謎と言われる。
尤も人類が始まったのは40万年以上前。
一説には有史以前の空白の時間の中に高度な魔法文明を築いていた時期があったとも言われている。
……あまり関係ないので話に戻る。
異世界召喚により、近年でも地球……特に日本では毎年何十人と言う行方不明者が出る始末。
召喚された地球人たちは、各々が召喚主の意向に嫌々ながらも従い、魔王退治なり世界統一なりをする事になる。
力及ばず志半ばにして倒れる者も入れば、激闘の末に魔王を退治して目的を達した者いる。
後者の場合、世界を救ったヒーローとして持て囃され、ゲームや小説などの物語ならばハッピーエンドを迎えられるだろう。
だが現実は物語とは違う。
物語が終わっても現実は続き、現実が続く限り新たな物語が生まれる。
死に物狂いで魔王を退治し、無事に元の世界に戻ってこれたとしても、彼もしくは彼女には何が待っているのだろうか?
ある日突然失踪したら、当然のごとく家族や友達は心配するだろう。
当然警察も動き出すし懸賞金を掛け、それでも見つからず、夜も眠れぬ日々が続くだろう。
そんな彼らの前に、どの面下げて戻れば良いのであろうか?
失踪している間の空白の時間はどう説明したら良いものだろうか?
その後の尋問タイムにはどう対処したら良いのであろうか?
散々周りを巻き込み、騒がせた挙句、
「異世界で魔王退治してました。テヘ♪」
なんて発言した日には、白い目で見られる事は間違いない。
変人やら厨二病のレッテルを貼られる事だろう。
異世界の地で身に付けた魔術とかの摩訶不思議パワーを披露するのはどうだろうか?
TV番組などに引っ張りダコになるだろうが、その後は研究所送りになるのは間違いない。
それに異世界の存在の証明になるかは微妙。ミュンヒハウゼン症候群と思われるのが関の山である。
世界を救った勇者が元の世界ではホラ吹き男爵。
挙句、馬鹿だの氏ねだの2chで叩かれ、謂れのない中傷を受けるのは避けられない。
どちらにせよ、穏やかに暮らす事など出来そうにない。
失踪後、家族や友達にHDの中身を見られたら?
真っ当な精神の持ち主なら、もはや生きていたくはないだろう。
異世界にとどまって永住すればよかったと後悔するかもしれない。
このように異世界から現実に戻って来た人間たちには、残酷な現実が待ち受けている。
とにかく末路は悲惨……間違ってもハッピーエンドではない。
「これ以上、こちらの世界で被害者を出されてはかないません。
そこで小野寺君の……派遣勇者の出番というわけです」
期待の込められた渋谷の視線が聖に向けられる。
真面目な表情で、黙って頷く聖。
派遣勇者……20世紀末あたりから登場した新職種。
勇者派遣協会に所属し、勇者を必要とする世界に送られて魔王退治を主に請け負う、れっきとした外資系産業である。
そして勇者派遣協会。
単に協会とも呼ばれ、予め召喚のターゲットとなりそうな素質のある若者をスカウトし、訓練を施す。
一般の若者ならば、いきなり異世界なんかに呼ばれた日には死ぬ危険性大だが、
召喚される前から勇者として完成していれば話は違ってくる。
日本の将来を担う若者を護る……という大義名分を抱えているわけだが、実際は異世界に対する復讐の色合いが強い。
その真の目的は、優秀な勇者を派遣して貸し出す代わり、莫大な報酬をせしめ取る事なのである。
というのもこの組織の創設メンバーは、かつて異世界でタダ同然でこき使われた挙句、人生を台無しにされた被召喚者達。つまりファンタジーに恨みを持つ者達なのだ。
一見普通のサラリーマンにしか見えない渋谷も、若い頃は勇者として魔王討伐をやらされた一人である。
特に報酬も貰えず帰郷した後は、両親に怒られるやら、大学受験に失敗するやら、当時付き合っていた彼女に愛想を尽かされるやら、とにかく散々だったらしい。余談だが、これにはHDの中身を見られた事も起因していた。
その後は同じ境遇の者たちと勇者派遣協会を結成。
自らは営業として数々の異世界を行き来し、その世界の情勢や勇者の需要を調査する事を担当していた。
そして聖については、勇者派遣協会からスカウトされた新世代の勇者というわけである。
そんな色々とツッコミどころ満載の組織であるため、一般には協会の存在は秘密となっている。
所謂秘密結社というわけである。
「以上が派遣先の説明になるわけですが……何か質問は?」
「期間は?
どれくらいかかるでしょうか」
渋谷が一通り説明を終えるなり、間髪いれずに質問をする聖。
派遣される勇者にとって、時間は切実な問題である。
数日ならともかく、何週間……何ヵ月……何年もかかるようであれば、間違いなく元の世界では失踪騒ぎに発展してしまう。
「小野寺君はまだ学生の身ですしね……
夏休みを利用した大体1ヵ月くらいを見積もっています。
優秀な小野寺聖君なら、レベル的にも油断しなければ大丈夫でしょう」
渋谷の言葉に安堵する聖。
1ヵ月……それが本業が学生である小野寺聖にギリギリ許される時間であった。
プルルルルル……プルルルルル……
そこへ渋谷のデスクの電話が鳴った。
話し途中の聖に視線を合わせつつ、渋谷は受話器を取る。
「もしもし、渋谷です。
……どうしました? 田中君」
相手が誰か分かり、若干ながら渋谷の声が和らぐ。
しかし……
「それで報酬の件はどうです?
……ほう? 魔王討伐の報酬を要求した途端、亡き者にされかけたと……
案の定というか何というか……ふざけた連中ですね」
次第に険しくなる渋谷の表情。
常に細目なので遠目には笑っているようにも見えるが、今の渋谷は明らかに怒っていた。
「状況は判りました。
すぐにそちらへ向かいましょう。
……待機中の勇者を10人ほど引き連れてね。
それまで身を隠していなさい」
そう一息に言い終えると、渋谷は受話器を置いた。
そして若干放置気味の聖に言った。
「今日はこれでお開きです。急な用事が入りましたので……
相棒については後ほど郵送でお届けします」
聖としてもこれ以上は特に聞く事はなく、素直に渋谷の言葉に従う。
「……はい。
それでは失礼します」
そう答えて部屋を出ようとする聖。
その去り際……
「さて、連中からたっぷり絞り取らなくては……
クククククク…………」
心底愉快そうに、そう呟いた渋谷の言葉が強く耳に残った。
そして帰宅。
都心から数km離れ、閑散とした住宅街となっている地区の一画。
築30年、六畳一間の古アパートの一室……そこが勇者・小野寺聖の根城である。
部屋に戻るなり聖は、着替えもそこそこにノートパソコンを立ち上げる。
これから彼は3次元から2次元の住人へ切り替わるのである。
そして向かうは、多数の人間が集ってリアルタイムで会話を楽しむ場所。
……そう、チャット部屋である。
【 万年貧乏斎 が入室しました 】
【 万年貧乏斎 】……それが聖がチャット内で使用しているハンドルネームであり、2次元における彼のもう一つの名である。
なお、このチャット部屋……只のチャット部屋ではない。
『 TANAKA : おひさ~~wwww! 』
『 花沢不動産 : 貧乏斎、久しぶりでお邪る 』
入室した聖を迎えたのは、このチャットの住人【 TANAKA 】と【 花沢不動産 】。
やはり彼らも只者では無かったりする。
『 万年貧乏斎 : 派遣先の異世界が決まった 』
『 TANAKA : そういや今日、協会から説明を受けてきたんだっけwwww? 』
『 花沢不動産 : 貧乏斎はこれで二度目?
これでようやく中堅勇者の仲間入りでお邪る 』
こんな会話を臆面もなく交わしているあたり、彼らが一般とはかけ離れた存在である事は容易に想像はつくであろう。
そもそも派遣だの、異世界だの、さらには協会なんてワードが出ている時点で、彼らが勇者派遣協会の関係者である事は間違いない。
しつこいようだが、勇者派遣協会は一般には知られていない秘密の組織。
このチャット部屋も魔力波による無線通信を利用したもので、一般人は入室出来ないし、この会話が世間に漏洩する心配もない。
『 TANAKA : でも二度目が鬼門だなwwww
ゲームじゃないんだし、一度経験してるから楽勝なんて考えてると痛い目に遭うwwww
まさしく俺はそんな状況だwwww(涙) 』
『 花沢不動産 : 一体どうしたでお邪る? TANAKA 』
『 TANAKA : 思ったより魔王が強くて、渋兄ぃが助けてくれなかったら危なかったwwww
そしてようやく魔王を倒したと思ったらwwww
腐れ王様のクソ爺がよ、報酬を要求した途端に刺客を差し向けてきやがったんだwwww
現在進行形で逃亡中wwww 』
『 万年貧乏斎 : マジか……最近多いらしいな。
魔王退治して用済みになった途端、邪魔だからって抹殺しようとするのは。
って、TANAKAはチャットなんてしてる場合じゃないだろ!? 』
『 TANAKA : 今は地下に引き籠りながら、渋兄ぃが助けに来るのを待ってるwwww
もうしばらく地下暮らしが続きそうwwww(涙) 』
TANAKAも花沢不動産も万年貧乏斎・聖と同じ、勇者派遣協会に属する派遣勇者である。
このチャット部屋は主に勇者派遣協会に属する勇者たちが情報交換の場として利用していた。
なお魔力波は次元の壁を越えて伝播する性質があり、モバイルパソコンと専用の魔力波送受信装置があれば、異なる世界同士での通信が可能である。
TANAKAのように、派遣先の異世界からチャットに参加する事も出来る。
『 花沢不動産 : 頑張れ……強く生きるでお邪る。
ところで貧乏斎、いつ出発でお邪る? 』
『 万年貧乏斎 : 夏休み開始あたり。
その間に冷蔵庫の中を空にしとかないと……
ブレーカーも切っておきたいし 』
『 花沢不動産 : リミットは一ヶ月か……麻呂たち学生にはそれくらいが妥当でお邪る。
でも、せっかくの夏休みをマルマル潰すのは嫌でお邪るな 』
『 万年貧乏斎 : けどこれさえ乗り切れば、報酬で学費も余裕だし、このオンボロ家からも脱却できる。
俺……派遣先から帰ったら、都心のそこそこ広いマンションに引っ越してやるんだ 』
金……これが小野寺聖が派遣勇者なんてものをやっている理由だった。
田舎から進学のために上京し、一人暮らしをしている聖は、実家が裕福ではないため仕送りは無し。
以前は遊ぶ時間を削ってコンビニや工事現場でバイトしていた。
そのハンドルネームが示す通り、彼は貧乏なのである。
せっかくレベルの高い進学校に通い、上位の成績をキープしているに関わらず、学費の工面し続ける毎日。。
そんな現状に、「やってられっかーーー(怒)!!!」といい加減キレたところで、勇者派遣協会からお声が掛かったのだった。
曰く「一攫千金を狙ってみないか?」「上手くいけば一ヵ月でがっぽりボロ儲け」
どう考えても怪しい仕事の勧誘だが、半ばやけくそになっていた聖は、この話に乗ったのである。
『 TANAKA : まあ、異世界に行ったらエルフっ娘とか猫耳娘とか見れるんだし、
目の保養に行くとでも思えばいいんじゃないwwww? 』
『 万年貧乏斎 : おお、そう言えば渋兄ぃに写真見せてもらったんだった。
エルフっ娘と猫耳娘の写真!!
……あとドワーフのオッサンの写真もあった気がするけど、あんまり覚えてない 』
『 花沢不動産 : ドワーフのオッサンなんて、どうでもいいでお邪る!!
……で? 可愛かったでお邪るか? 』
『 万年貧乏斎 : 萌え萌えでしたがな。
しかし渋兄ぃも、よくあんな真正面から撮影出来たな。
気付かれなかったのかな? 』
『 TANAKA : 渋兄ぃの超スペックなら何でも出来るっしょwwww
……でも渋兄ぃの撮る被写体って、なんか美少女多くねwwww? 』
『 花沢不動産 : そう言えば……
前に麻呂が種族に関する参考資料見せてもらった時も、
9割くらいが猫耳美少女の写真だったでお邪る 』
『 万年貧乏斎 : うん……そう言えばそうだ。
エルフっ娘と猫耳娘はくっきり綺麗に写ってるのに、
ドワーフのオッサンは少しピントがズレてた気がする。
……なんて事だ。渋兄ぃって……実はムッツリだったのか!? 』
『 TANAKA : うおおおおっwwww!!
ショーーーーックwwww!!!!
まあ、俺たちも人の事は言えないんだけどwwww 』
さっきから話に出てくる渋兄ぃとは、渋谷営業担当の事である。
敏腕営業マンとして異世界を飛び回り、その世界の情勢を探りながら、果てあの様な写真を撮って来る。
しかも若い頃は凄腕の勇者として知られており、聖たち若手から先輩として尊敬の念を集めていた。
しかし、その分ネタにもされやすい。
本人が聞いていないのをいい事に、好き勝手言われ放題の渋谷営業。
『 万年貧乏斎 : あと召喚の巫女も美少女だっていうのもポイント高い。
俺が第24ポジ世界に送られて、最初に出会うのは多分あの娘だろうな 』
『 花沢不動産 : 何っ!?
ロマンスの始まりではお邪らんか!? 』
『 万年貧乏斎 : 今から楽しみ過ぎる!!
エルフっ娘や猫耳娘の時もそうだったけど、
写真見ている間、弛もうとする顔を引き締めるので大変だった 』
そしてパソコンの前に座る聖の顔が、見る見るうちに弛んでいく。
「 み・な・ぎってきたぁ~~~!!! 」
突然、聖は大声を上げるとベッドにダイブ。
チャットを放置したまま、そのままゴロゴロと転がり始める。
渋谷の手前では真面目を装っていたが、今は部屋に彼一人。
抑圧から解き放たれた聖は、存分に本来の自分を曝け出していた。
親が見たら泣くような、聖の名に恥じるような光景であった。
「 うるせぇ!! 静かにしろっ!! 」
ドンッ
突然の怒声とともに部屋の壁が大きく揺れる。
隣の部屋の住人のようである。
このアパートは壁が薄い。
夜中にこうやって騒ぎ立てれば、当然ながら苦情の一つもあるだろう。
我に返った聖はパソコンの中に座り、再び二次元の住人に戻る。
『 花沢不動産 : どうしたでお邪る?
しばらく会話に参加してこなかったでお邪るが 』
『 万年貧乏斎 : いや、なんでもない。
それより何の話をしてたっけ? 』
『 TANAKA : 渋兄ぃが猫耳フェチかもしれないって事wwww 』
『 万年貧乏斎 : 猫耳の話だっけ? 』
『 花沢不動産 : 間違っちゃいないでお邪るが、そんなピンポイントな内容でもなかったでお邪る。
……それよりあんまり猫々言ってると、ヤツが来るでお邪る 』
『 万年貧乏斎 : はっ!? そう言えば…… 』
『 TANAKA : ああ、ヤツが来るwwww…… 』
三人の間にしばし沈黙が走る。
その時だった。
【 ニャンコ師匠 が入室しました 】
『 ニャンコ師匠 : おまいら、情けないニャ!!
さっきから聞いてりゃ、猫耳なんぞに現を抜かすニャんて!!
猫耳娘なんざ、本物の猫の愛らしさには遠く及ばないニャ!! 』
突如、三人の会話に加わってきた乱入者【 ニャンコ師匠 】。
彼もまた、このチャットの住人である。
『 花沢不動産 : 師匠、久しぶりでお邪る。
ところで師匠も今は何処にいるでお邪るか? 』
『 ニャンコ師匠 : 異世界ニャ。
神様を名乗るジイさんから喚ばれたんだニャ。
人間と魔族の争いを治めて世界を統一しろ、
なんて無理難題を押し付けられたニャ 』
『 万年貧乏斎 : 神様って……マジでいるのか?
未だに信じられないんだけど? 』
『 TANAKA : 神様なんてウソ臭え、そのジイさんwwww
未だにフリーでいるから面倒事に巻き込まれんだよwwww 師匠はwwww 』
『 ニャンコ師匠 : 組織なんて堅苦しいからイヤだニャ。
それに協会なんて入った日には、きっと今まで以上に異世界に行く頻度が増えそうニャ 』
ニャンコ師匠だけ少々変わった立場にあり、協会に所属しておらず所謂フリーであった。
あと無類の猫好きらしく、猫について語らせると少々うるさい。
万年貧乏斎たちも、その程度にしか認識していない。
普段は、万年貧乏斎・TANAKA・花沢不動産・ニャンコ師匠の4人で駄弁る事が多い。
現実での面識はないが、こうしてチャットに集まって他愛のない話に花を咲かせるのだった。
『 ニャンコ師匠 : それでニャ、ハゲ治療のつもりで頭に治癒術かけてやったらニャ、
なぜか落ち武者ヘアーになっちまったニャ、その人 』
『 TANAKA : ちょwwww その光景すげぇ見たかった~~~wwww
師匠、写真とってくれりゃ良かったのにwwww 』
『 花沢不動産 : 師匠……外道すぎるでお邪る 』
『 万年貧乏斎 : 早くその人のこと救済してやれよ……
思いつめて自殺したらどうすんの 』
『 ニャンコ師匠 : ……最近ちょっと忙しくて、中々そっちには手が回らないニャ 』
勇者といえど、彼らも生粋の現代人。
肉体というくびきから解放される二次元では、素の自分を曝け出せるのであった。
そして、類は友を呼ぶ。
この四人が集まって、二次元限定とはいえ交流を持つようになったのは、ある意味自然の摂理であった。
『 万年貧乏斎 : そういや、ふと思ったんだけど……
みんなは異世界に出張で家を空ける場合、周りにどう言い訳してんの? 』
『 TANAKA : んなモン、適当にでっち上げてるwwww。
俺は「 全国の駅弁を全て制覇してくる 」って周りに言ってきたwwww 』
『 花沢不動産 : 「 青年海外協力隊に参加してくる 」って言ってるでお邪る 』
『 ニャンコ師匠 : おまいらユーモアが欠け過ぎニャ。
自分なら「 沖の鳥島に行ってくる 」って言ってくるニャ 』
『 花沢不動産 : あんなコンクリートしかない所、普通は行かないでお邪る 』
『 ニャンコ師匠 : ボランティアで拡張工事とか、日本の経済水域を護るためとか、
もっともらしい理由はいくらでもあるニャ 』
『 花沢不動産 : 全然、もっともらしくないでお邪る 』
『 万年貧乏斎 : つか、全然参考にならねぇ 』
こんなショウモナイ集団でも、いったん異世界に召喚されれば(実際は送り出される)、魔王を討ち世界を救う勇者となるのだ。
世も末……というか日本が特殊なのである。
真面目で使命感溢れる、古き良き勇者。
そんな絶滅危惧種、現代日本では小川でメダカを見つけるくらいに難しい。
『 万年貧乏斎 : もう深夜0時か。
明日は学校あるし、もうそろそろ寝るわ 』
楽しい時間ほど早く過ぎるもの。
『 TANAKA : えっwwww!? もうwwww? 』
『 花沢不動産 : じゃあ、麻呂もそろそろ御暇させてもらうでお邪る 』
『 ニャンコ師匠 : んじゃ、自分もニャ 』
みんな現実にはそれぞれの生活があり、それぞれの場所へと戻っていく。
『 TANAKA : お~~~い、みんなwwww
現在、俺は地下に身を隠して一人ぼっちなんですけどwwww
誰も相手が居なくなったら、心細くて死にそうなんですけどwwww 』
『 花沢不動産 : 渋兄ぃが来るまで頑張るでお邪る。
それじゃ、貧乏斎。
異世界で困った事があったら、何でも相談するでお邪る 』
『 ニャンコ師匠 : そうニャ。
助言くらいはしてやれるニャ 』
『 万年貧乏斎 : おうよ。
そん時は頼む 』
【 万年貧乏斎 が退室しました 】
心強い仲間達に見送られ、万年貧乏斎は2次元からログアウトを果たし、小野寺聖へと戻る。
これから彼に待っているのは、2次元のような生ぬるい世界ではない。
弱肉強食のファンタジーなのだ。
『 TANAKA : むしろ今すぐ俺を助けろよwwww 』
……頑張れ、TANAKA。
自分でも思った以上に亀な更新スピード。
リアルに負けず、次はもっと早く更新できるように頑張ります。