終着の波音
AM 2:15。
世界が寝静まった時間に、海岸線だけがかすかに息を白く吐き出していた。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った砂浜に、穂乃華は一人で座り込んでいた。
お気に入りのスニーカーが砂に埋れていくのも気にならない。ただ、目の前に広がる真っ黒な海を眺めていた。
「本当に、終わりなんだ」
声に出すと、胸の奥が鋭く痛んだ。
3年付き合った恋人から告白された「他に好きな人ができた」というありきたりな別れ文句。彼の声、最後に見た申し訳なさそうな顔が、波の音に混ざって何度も脳裏にフラッシュバックする。
ポケットから取り出したのは、くしゃくしゃになった紙の箱。
普段は絶対に吸わない、彼がいつも吸っていた銘柄のタバコだった。部屋を出るとき、荷物の隙間に落ちていたのを思わず掴んで持ってきてしまったのだ。
ライターの火を灯す。小さなオレンジ色の炎が、夜の闇に穂乃華の冷え切った顔を浮かび上がらせた。
一本を口に咥え、火をつける。
深く吸い込もうとして、猛烈にむせ返った。
「げほっ、ごほっ……最悪……」
喉を焼くような苦味と、ツンとする煙の匂い。
彼の服からいつも漂っていた香りは、自分で吸ってみるとこんなにも不味くて、痛いものだったのかと知る。涙がボロボロと溢れて止まらなくなった。これが煙のせいなのか、失恋のせいなのかはもう分からない。
穂乃華は涙を拭いもせず、指に挟んだタバコをじっと見つめた。
暗闇の中で、先端だけがじりじりと赤く燃えている。
彼と過ごした3年間も、きっとこのタバコみたいに、最初は勢いよく燃え上がって、気づけばゆっくりと灰になっていったのだろう。自分だけが、まだ温かい残り火にしがみついていたのだ。
「馬鹿みたい」
自嘲気味に呟きながら、今度はそっと、煙を肺に入れずに口に含んで、夜の海へと吹き出した。
白い煙は、冷たい潮風に煽られて、あっという間に真っ黒な景色の中に溶けて消えていく。
その瞬間、張り詰めていた心の糸が、ふっと軽くなった気がした。
あんなに執着していた彼の記憶も、いつかはこうやって、季節の風に流されて消えていくのかもしれない。
手元で短くなったタバコを、中身の少し残った缶コーヒーの缶の中に落とす。
じり、と小さな音を立てて、最後の赤色が消えた。
穂乃華は深く息を吸い込んだ。
口の中に残る苦味は、きっと明日になれば消えている。
立ち上がり、パンパンとデニムについた砂を払う。
遠くの水平線が、ほんの少しだけ、紫がかった群青色に染まり始めていた。夜明けはもうすぐそこだった。




