第2話死装束(しにしょうぞく)と、献身的な処刑人
「……ん」
重たい瞼を開ける。視界に飛び込んできたのは、目に刺さるほどに白すぎる天井。
鼻を突く消毒液の臭い。あたりを見回せば、そこが清潔な病室であることはすぐに分かった。
包帯でぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない私。
そして、ベッドの傍らで椅子に座ったまま、私の手を壊れ物を扱うように握って眠るシオン王子がいた。
どうして、殿下がここに?
というか、私は……。
「痛っ――!」
わずかに体を動かした瞬間、全身の傷口が火を噴くような激痛。
あぁ、そうだわ。昨日の夜、私はあの方に……名もな
き暗殺者に、めちゃくちゃに刺されたんだったわ!
(思い出すだけで、口からよだれが……。あぁ、なんて素晴らしい指先の冷たさ、そして刃の熱さだったかしら!)
いけない、淑女としてハしたないわ。
結局、途中で殿下に邪魔されて(助けられて)死に損なってしまったけれど。
それにしても、どうして殿下は私を助けたのかしら?
「死ね」と言い放ったのは殿下なのに。
私の「空っぽな頭」に風穴が開くのを、あんなに楽しみにしていらしたはずなのに。
(……あぁ、分かったわ! もっと「公式通り」に、ご自分の手で私を処刑したいのね!?)
なんてこだわりが強いお方かしら。
私を他の誰にも渡したくない(殺させたくない)なんて、その執着、まさに悪役令嬢への「最高の断罪」だわ!
「ふふ、ふふふふ……!」
期待に胸を膨らませ、包帯まみれの体でニタニタと笑っていると。
「ん……っ、ティアラ!? 起きたのか!?」
飛び起きるように目を開けた殿下は、血走った目で私を見つめた。
目の下には酷いクマ。あんなに艶やかだった白髪も、心なしかパサついている。
(まぁ! 私への殺意を練りすぎて、髪の毛
までボロボロに? 職人気質なところも素敵だわ!)
「もう大丈夫か? 怪我は痛くないか? どこか苦しいところは……!」
「あ、はい。大丈夫ですわ」
殿下がこれほどまでに必死で、今にも泣き出しそうな顔をするのを見るのは初めてだった。
私は「頑丈ですから、いつでも処刑を始めてくださって構いませんわよ!」とアピールするために、ベッドの上で両腕をいっぱいに広げてみせた。
「見てくださいませ、もうすごく元気なんです! 今からお庭を全力疾走することだってできちゃいますわ!」
(そう、私は元気です! だから殿下、次はもっと……それこそ、心臓を突き破るまで何度も滅多刺しにしないと、私は死にませんわよ!)
という「死への準備完了」の合図だったのだが。
「そんなわけないだろう! 君は……君はあの夜から、三日間も目を覚まさなかったんだぞ!?」
「えっ?」
三日? 貴重な処刑チャンスを三日も無駄にしたというの!?
ショックを受ける私を見て、殿下はハッとして目線を落とした。その肩が、小刻みに、そして絶望に震えている。
「……すまない。今は安静にしていてくれ。今、メイドを呼んでくる。着替え……替えの包帯と、服を持ってこさせよう」
殿下は逃げるように、パタパタと部屋を出ていった。
――あぁ、それにしても。
あの日、暗殺者に切り刻まれた光景はなんて美しかったことか。
シルクのドレスが真っ赤に染まり、自分の命が指先からこぼれ落ちていく感覚。
第1話からあんなに良い死に方ができるなんて……きっと次からは、もっと過激で、もっとドロドロした、最高の終焉が待っているんだわ!
嬉しくて興奮が止まらず、ベッドの上でクネクネと身をよじっていると。
キィ、と扉が開く音がした。
(あら? 殿下、戻ってくるのが早いですわね)
「お嬢様……お着替えを、持ってまいりましたわ」
入ってきたのは、一人のメイドだった。
だが、その目は激しい憎悪に濁り、手にした盆の下には――隠しきれていない、鋭利なカミソリの銀光。
(……あら? 彼女、私を『殺そう』としていませんこと?)
王子の呼んだメイドではない。
かつて私が……いえ、この『ティアラ』という女がい
びり抜き、人生を狂わせた、復讐に燃えるメイド。
私の心臓が、歓喜で早鐘を打つ。
「まぁ! 殿下ったら、なんて気の利いた『デザート』を用意してくださったのかしら!」
私は、満面の笑みで彼女を招き入れた。




