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塀の上の猫さま

掲載日:2026/02/21

私の部屋の窓辺は、すぐ外がアスファルト塀になっている。

田舎の小さな一軒家で、気ままな一人暮らしの私は、仕事終わりに夜な夜な窓辺のデスクに向き合って、ゲームをしたり、ネットを読み漁ったり。

文句を言う同居人もいないし、窓から見える景色が、半分塀で暗くても、夜しか活動しない私には無関係だった。

けど、なぜか今日はその塀が視界に入って、そしてその塀にいた【生き物】と目が合ってしまった。

暗やみに光る大きな目。

塀の上に座り込み、じっとこちらを見ている黒い生き物。

なぜか文句ありげな雰囲気の、黒猫がじっとこちらを見つめていた。

(なんか人間くさい猫だな…。) 

前足を組んでいるように見える。今は目を細めてこちらを見ているように見える。

意味が分からない。

猫って、こんな人間くさい仕草をするものだろうか?

これが、この黒猫との出会いだった。


はじめての出会いから数日、

この黒猫は夜な夜なネットを徘徊する私を、監視するように毎日現れた。

何をするでもなく、初日の時のように文句ありげに、ただ見つめてくる。

(まじでなんなんだ…)

おかげでパソコンに向かう時間が、ここ数日減った気がする。

なんとなく責められている気がして、早めに床につく日々か続いている。

(今日もここまでにしとくか…)

「ミャー、ミャー」

この日は、今までと違った。

はじめて黒猫が鳴いて、窓ガラスを前足でたたく。

「どうしたの?」

「ミャー」

窓を開けてほしそうに、再度前足で窓をたたく。

「入りたいの?」

「ミャ」

そうだ、と言いたげにうなずく。

(野良猫だよね、大丈夫かな?)

猫はおろか、ペットを飼ったことがない私に、動物の扱いなんて分からなかった。

けど、ここ数日で変な親しみを覚えてしまったのか、結局、ずっと窓をたたく姿が可哀そうに思えてしまい、窓を少し開けた。

その瞬間、猫は前足で器用に窓の隙間を広げ、するりと部屋に入ってきてしまった。

「ちょっと!入ってたら困るってば!」

いまさら慌てた所ですでに遅く、黒猫は、私のベッドの隅にうずくまり、さっさと寝る姿勢になっていた。

「何?ここで寝るの?」

かすかにうなずいた気がした。

「はぁ?うそでしょ?」

もうテコでも動かない、といった様子の黒猫。

「…もう、なんなの?」

明日は運よく仕事が休み。明日の自分、どうにかしてくれ…。

私もあきらめてベッドに入り、もうどうにでもなれ、と眠りについた。


ピチチチ…

鳥のさえずりが聞こえる。

ぺろぺろ…

頬を、湿り気を帯びた暖かいものが這う。

「…っ、なに!」

一人暮らしの我が家で、ありえない他者の気配に飛び起きた。

「おはよう」

「…っ?……だ、だれ?」

狭いシングルベッドの上で、私以外に、見たこともない男が横たわっていた。

黒髪に、男の人にしては大きな瞳。

「だれってヒドイな。分からない?」

わからない。まったくもって分からない。

「あなたなんて、知りません…!」

「えー、本当に分からない?」

じっと瞳を細め、こちらを見つめてくる。

その姿に既視感を覚える。

ここ数日、ずっと感じていたような…その視線。

「…黒猫さん?」

そんな訳がない。どんなファンタジーだ。

だけど、その返事に男はニンマリと口角をあげた。

「あたり!」

「は?あたり?」

あたりって何?

「それに、小さい頃にも会ってるんだよ?夏休み、夜の神社で会った。覚えてない?

君はあの頃と、ちっとも変わってないねぇ。」

そんなこと言われても…?

起きぬけの働かない脳みそを必死に動かして、言われるがままキーワードを思い返してみる。

小さい頃…夏休み…夜の神社……。

『……ねえ、大きくなっても覚えていてね?ぜったいに会いに行くから。』

小さな男の子が私の手を握り、泣きながらそう言う風景が、ぼんやりと頭に浮かんだ。

当時は頻繁に夢に見ていた事も思い出す。

「……会いに来てくれたの?」

「…! 思い出してくれた?」

うっすらと思い出す少年の姿。

夢だと思っていたから今まで気にしていなかったが、確か少年の頭には【黒耳】がついていたように思う。

目の前の生き物は何だ…?

思い出すと同時に背を冷汗がつたい、ベッドから起きて目の前の男から逃げるように動くが、あいにく男の方が扉側。私の逃げ場は阻まれ、壁に追い込まれる。

「なんで逃げるの?」

(そりゃ逃げるだろ。あんた何者?)

そもそもこの男はさっき、自分を黒猫だと言った。化け物か?

そう頭で思っても口には出せなかった。

「化け物なんてヒドイな。神様の使いだよ?」

「…!? 化け物なんて口にしてないのにっ」

「御使いをなめてもらったら困るな。心を読むなんて簡単だよ。」

そう言って男は、私を壁との間に閉じ込める。いわゆる【壁ドン】で。

「ようやく人型になれて、主様にも許可がもらえたんだ…。

今日からは〈ずっと一緒〉だよ。」

大きな瞳を細め、恍惚とした表情の男に囚われる。

「…は?なに勝手なこと言ってるの?」

「勝手じゃないよ。当時、約束したでしょ?一緒に住もうって。

大変だったんだよ、主様に許可を貰うの。

自分を鍛えるのもだけど、後任も育てなくちゃいけなかったし。

でも、もう大丈夫!」

まったく何が大丈夫なのか分からない。

「人間の戸籍も手に入ったし。君の寿命が尽きるまで、ずっと一緒に暮らそうね?」

ただでさえ生き物は寿命が短いんだから、夜ふかしなんてしないで、これからは健康にすごしてもらうからね?などと言う、目の前の黒猫様(自称)は、私に頬ずりをしたまま、それから数分離れなかった。

これから、どうなってしまうのか…。変なものに捕まってしまった…。

この時の私は、ただただ放心するしかなかった。

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