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ドッペルゲンガーに会いそうになった話

作者: ちーず
掲載日:2025/12/09

 小学生時代、私は本の虫だった。

 何歳から本を好きになったのかは覚えていない。気づいた時には毎日のように本を読むのが日課になっていた。

 一枚、一枚紙をめくるたびに広がっていく世界に虜になっていたのだ。

 きっと家の近くの公園に図書館があったのが私の本の虫度合いを加速させた原因だろう。

 お金がなくとも毎日足を運んでは、本を手に取っていた。

 しかし、それは中学校に入学して一週間のとある事件のせいで一度終わりを迎えてしまった。


◇◇◇◇


 あれは、中学校の景色にまだ慣れずに、胸を期待に膨らませていた一週間目の出来事。

 私の学校は入学をしてすぐの一週間はオリエンテーションで時間割が埋め尽くされていて、教科書の配布や、体育館の使い方の説明、ミッションをクリアして進む校内探検なんて子供心を擽るものなんかがあった。

 今思えば移動教室の授業が中学生になるとがくんと増えるため、道を覚えるようにという意図があったのだろうが、昔の私はただただ楽しくその一週間を謳歌していた。

 しかし、私が一番楽しみだったのは一週間の最後、金曜日にある図書館の使い方の説明の時間だった。

 五時間目にあり、私は他の生徒がどうでもよさそうにしているのを尻目に、心のなかでまだかまだかと焦がれていた。

 そして、心待ちにしていた五時間目、やっと図書館の中に入ることができた。

 図書館に入ると私の大好きな本の匂いに包まれて、それだけでも口角が上がってしまったのを今でもよく覚えている。

 私の学校の図書館はとても広く、本棚がズラリと並ぶ姿は期待以上で圧巻だった。

 その時間は図書カードの配布や、司書さんのお話などで終わってしまい、本を読むことは叶わなかったが、それでも幸せな時間であった。

 だが、一つ違和感がここで生じる。

 司書さんの説明の時間、司書さんと目が合った時、あからさまに目を広げ、驚かれたのだ。

 声色も少し上がったように思える。

 しかし、その時は、私を見たから驚いたわけじゃないだろう、たまたま目が合った時に何かがあったのだろう、くらいにしか思わなかった。

 今思えば確かに私を見て驚いていたのだが、あの頃は私が特段におかしなことをしていなかったため「そんなはずない」とそう思ってそこまで気に留めていなかった。

 だから、説明が終わって教室に帰る時も、友達と並んで振り返ることなく廊下に出たのだ。

 そして、少し進んでその日の放課後、気づけば私は2時間前に受け取ったばかりの図書カードを握りしめて、図書館への道順を進んでいた。

 オリエンテーションの時は本に触れることができなかったため、満足できていなかったのだ。

 図書館周りの廊下にはおすすめの本をについてのポップがあり、そこを歩くだけで私は今図書館に向かっているんだ、という気持ちになって期待に胸が膨らんでいくのがわかる。

 そして、図書館の目の前に立ったとき、心臓がどくどくの波打つ感覚に襲われる。

 初めての場所に一人で行くことへの少しの恐怖と、まだ見ぬ本への期待と興奮、その三つが私の中で渦巻いたせいだ。

 大丈夫、司書さんは優しそうだった。っと自分に言い聞かせると深呼吸をし、やっと元は綺麗だっただろうくすんだ白色の扉に手をかけた。

 ガラガラガラ、と扉の下に取り付けられたローラーが地面を擦る音が大きく感じ、まばたきの回数が増える。

 しかし、本当は小さな音だったようで、司書さんすら私が来たことに気づいていなかった。

 ほっと安心すると、扉を閉めて本棚の方へ足を進める。

 中学生に本好きが少ないのか、それとも私の中学校に本好きが少ないのかは分からないが、その時間に私以外の生徒がいる様子はなく、換気扇の音だけが低い音をたてている。

 本の手触りと匂い、そして静かな室内。なんて幸せな空間なのだろう。

 その時に限っては時間を忘れてしまうほど本選びに没頭してしまった。

 この時私がよく言っていた市民図書館ならこうはいかない。それは、キッズスペースが近くであるせいでいつも子供の声に集中を切られていたからだ。

 だからこそ、私は中学校の図書館は入って数分で大好きになっていたし、これからここに入り浸るのだろうな、と他人事のようにそう思っていた。

 それから何分、いや一時間はいただろう、私はやっと満足し読みたい本を三冊ほど決めると、司書さんのもとに歩いた。

「すみません、これお願いします」

 たった一言、そう口を開いて、本をカウンターに出す。

「はーい」

 すると、事務室で何かしていたらしい司書さんの声が奥から聞こえてきた。

「待たせてごめんね」

 そう言って姿を現したのはオリエンテーションの時に話していた白髪が混じった肩までかかりそうなくらいの髪のおばあさんだ。

 私の見立てでは六十歳を超えている。

 それでも司書をしているのだから、きっとこの人も私と同じ本好きなのだろう。そう思うと、どことなく親近感が湧いた。

 それに、オリエンテーションの時よりも、声が優しい。きっとこれが素なのだろう。

「いいえ、大丈夫です」

 そう言うと司書さんは“高橋”と書かれた名札を揺らし、私の顔を見た。

「あら、今日は髪を下ろしてるのね」

 そして、そう言った。

 初めて対面する相手にこんなことを言われて驚かないはずがない。

 私は何のことかと固まってしまった。

 しかし、司書さんは変なことは言っていないという態度で普通に椅子に座るものだから、自分が間違っているのではないかとも思えてしまう。

「その姿見てたら思い出しちゃった。ねぇ、聞いてよ」

「はい…?」

 まだ頭が混乱している時、またいきなり司書さんは本を包むでもなく、私に喋りかけてきた。

 少し驚いたが、高齢の方はお喋りな人が多い。きっとこの人もそうなのだろう、髪の件もただ話したいから適当に言ったのかもしれない、そう自分を安心させるために結論づける。


 しかし―――それは間違いだった。


「今日ね、一年生のオリエンテーションをやったんだけど、その時あなたそっくりの生徒がいたのよ」

 そう話す司書さんの声はまるでよく知る知人と話すトーンだった。

 中学生の私はこの時やっと強い違和感を感じた。

 一年生に一年生のオリエンテーションがあったことを教える意味がないし、何よりも自分にそっくりと言われても、私はここに来たのは二回目だ。

 わざわざ顔を覚えられているわけがない。

―――人違いをされてるな。

 私はそう思った。

 きっとその似ている一年生こそ私のことなのだろう。

「あの…」

 人違いです、そう言おうと口を開く。

 しかし、司書さんが矢継ぎ早に喋るものだから、その言葉は途中で喉に詰まってしまう。

「本当に似ててね、あなたが一年生のオリエンテーションに混ざってるのかと思って、びっくりしちゃったんだから」

 司書さんが言っていることは確かなのだろう。私とその誰かとの区別が出来ていないようだし。

 しかし、私はもともと人見知りでこうも喋られると言葉が詰まってしまって相槌しかできなくなってしまう。

 正直少し怖かった。

「あなたは毎日来るんだから顔は完璧に覚えてるの。色々手伝いもしてくれるしね」

「はは…」

「そんな私でももしかしたら間違えちゃうかもしれないくらい似てたのよ」

「そうなんですね」

 この時、私は司書さんだけではなく、その私に似ている人にも恐怖を覚え始めた。

 私がもしも前髪が長くて、マスクをしていたら、似ている人が沢山いても変ではない。

 しかし、私はマスクはしていないし、前髪なんてセンター分けにしているのだから顔は全て出ているはずだ。

 それなのに、こんなに仲良さげな人がこの距離で気づかないなんてことあるのだろうか。

 司書さんの話しぶりからして、その人とは毎日のように会っていて、喋っているようだ。

 なら、今私が相槌を打っている声で人違いに気づかないのはなぜだろうか。

 まさか、声までそっくりなのか。

 いや、それだけじゃない。

 顔写真を見て似てると話しているのではなく、実際に会って間違われてる以上、背丈や体格もその人と私は全く同じということになるのではないか。

 少しずつ心臓が跳ね上がっていくのがわかる。

 ただの考えすぎ、本の読みすぎなのは分かっている。分かっているが、


 これではまるでこの学校には私の“ドッペルゲンガー”がいるみたいじゃないか。


 そう思うと、背筋に汗が走った。

 しかし、司書さんはそんなこと知らずにまだ口を動かす。

「そういえば、今日は少し来るのが早かったね、いつもは今くらいの時間にやっと来るのに」

 もう私に似た人の話が終わっている。

 司書さんにとってば他愛もない話題の一つだったのだろう。

 しかし、この時の私にはそんなことはどうでもよかった。

 司書さんの話によれば毎日それはここに足を運んでいて、毎日それはこの時間くらいに来る。


―――今からそれがここに来るかもしれない。


 そんな恐怖でいっぱいいっぱいだった。

 時計の針がカチッと進む音が聞こえる。息が上がる。

 足音なんてしないのに、ちょっとした物音が足音に聞こえて出すともう駄目だった。

「ごめんなさい」

 それだけ言うと、読みたかった本すら置きっぱなしにして、私は廊下に駆け出してしまった。

 それに会うのが怖くて怖くて仕方がなかったのだ。


◇◇◇◇


 この事件があってからなんとなく私は“図書館”というものが怖くて、大好きだったはずなのに次第に行かなくなっていってしまった。

 しかし、今思えばただの考えすぎ、本の読みすぎだったのだろう。

 ドッペルゲンガーなんて現実にいるわけがないし、偶々似ている人いただけだ。

 そう思うようになってからは、また図書館にお世話になっている。それでも、司書さんと話す時に未だに緊張してしまうのは、まだ私が“本の虫”だからだろう。

最後まで読んでくれてありがとうございました!

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