第一話「いつもの魔女会。そして、歴史的最重要な課題」
誰もいない広い廊下に、自分の足音だけが響く。
「いち、に~、さん、し~」
誰もいないから、うさぎさんみたいにぴょんぴょんと跳ねてもいい。
「いち、に~、さん、し~」
すごく大きい音だ。
それ以外は静寂に包まれている。
他に誰かがいたら、その足音も聞こえるはずだ。
「いち、に~、さん、し~」
足音さん、寂しいのかな?
でも人が増えると、自分の足音は他の人のに混じって、自分のは聞こえなくなってくる。
そういうのは、むしろちょっと寂しいね。
「いち、に~、さん、し~」
あれ?たくさん人がいるのに寂しい?
そんなことを考えながら一人で会議室に向かう。
試験会場の窓の向こうを見る。
視線がふいに受験者の一人と重なる。彼女はすぐに視線をそらす。
どこまでも続くかのようなその広い会場には何百人も集まっているのか。
いや、何千人?
学校に生徒がほとんどいないこんな日にも、ここで試験があるのは本当に大変だなといつも思う。
むしろ、行われない日はないかも。
合格者は月に四、五人あたりまで。
受験者のほとんどはこの世の終わりみたいな顔している。
試験はそんなに難しくないと思うけど。
私が試験を受けた時の会ったばかりのメルちゃんを鮮明に思い出せる。
小さなツンツンモンスターだった。
「テルピさん、マジでウザいです。常に三足長以上離れていてください」
愛情たっぷりのスキンシップは、全部酷い言葉で返された。
「あと、手足を動かさず、安全な姿勢を保ってください。ポケットの中に入っているものは、指定されたロッカーにお預けください」
「何かのアトラクションの注意事項かい⁉」
とは言え、出会って三日も経ってないのに、やっと餌や住む場所与えてくれる人を見つけた野良猫さんみたいに私に懐いていた。
七日目、私達が"魔女"の資格を取得した時には、すっかり友達になっていた。
その後、先輩の魔女達に囲まれて、私達はこの廊下を歩いていた。
恥ずかしがって、私の側を離れたり、またすり寄ってきたり、それを繰り返していたその姿は面白かった。
なんであんな風にそわそわしていたのかな?
今は魔女会の頼もしい会長だけど。
中庭に入るとぽかぽかした温もりを感じる。
今朝、うちの庭で二度寝した時よりさらに暖かく感じる。
腕を広げ、日光を堪能する。
ちょっとだけ遅くなっちゃったけど、もう少し皆を待たせてもいいんだね。
視界の端にエウちゃんを見かける。
「あっ!エウちゃんも日向ぼっこ楽しんでるの?今日も最高な日向ぼっこ日和だね〜。最近、お日さまに嬉しいことがあったかな」
「私は日向ぼっこしない。四〇分も会議室で待ってた。お前が来ないから席を外して、二〇分も探してたよ」
「心配してくれてありがと、エウちゃん!」
「テルピの事を心配し始める日が来たら、それはもうこの世の終りだぞ」
「照れてるくせに〜」
エウちゃんの頬をつつく。
返事はこない。
エウちゃんはただ目をそらして、大きな観音開きの扉を開ける。
イラっと私の手を掴んで、私を中まで引っ張る。
「おはよう、かわいい魔女たちよ〜」
私は決まった挨拶で会議室に入る。
「今日も元気か〜?よしなによしなに〜」
長いテーブルの向こう側、議長の席に座っているメルちゃんから「テルピさん、遅いです」といういつもの言葉が返ってこなくて、残念に感じる。
あれいつも可愛いのに。
ふと周りを見渡すと、なんとなくみんな暗い顔をしている。
分かる。
日当たり悪くて無駄に大きい会議室より、中庭でお茶会を楽しむ方がずっと良い。
とりあえず着席。
エラ姉が黙ったままにこちらに優しく手を振ってくれた。
「エラ姉っ!おっはよ〜」
張り切って、暗い雰囲気を吹き飛ばすつもりの挨拶をした。
けれどやっぱり沈黙が続く。
「み、皆さんが揃ったところで、本題に入ります。ホランド博士が我々魔女会に新たな仕事を…与えました」
やっとメルちゃんが口を開いた。
小さいのに、その精一杯厳しい態度を取ろうとするその姿勢は、いつも微笑ましい。
「ふむふむ」
そう相槌を打ちながら、四角いのマナタブを鞄から取り出す。
マナタブはすごい。
ほんの少しのマナを使うだけで、みんなと話したり、写真を送ったりできるし、ゲームだって遊べる。
こんなすごい物を開発するなんて、最近の魔術師たちは天才だなって思わないほうが無理かも。
「仕事は……任務は……」
「ふむふむ」
ゲームを始める。
今回はせめてフルーツ風船十個を割って見せる!
エラ姉なら百個を割ることは造作もない。
天才すぎる。
「よこしなさいです」
「ふむふむ」
「テルピさん。今すぐそのマナタブを私によこしなさいです!」
「ひいいぃ!」
テーブルの向こう側にいるはずのメルちゃんがいきなり私の真横に出現した。
メルちゃんは小さいから、私が座っているとメルちゃんの顔は私の顔のすぐ近くにくる。
メルちゃんがこうなると抵抗できなくなる。
顔が怖い。
こわかわいい。
マナタブ、強く生きろ。
お前の事を絶対忘れない。
「ホランド博士からの課題…」
自分の席に戻ったメルちゃんは続ける。
皆、すごく集中しているんだ。
珍しい。
「六個の受容体を……魔力が強い六個の受容体を手に入れなければなりません」
「ふむふむ…じゃあ、それをはじめよっか?」
会議の趣旨が伝わったから、たぶん今帰ってもいい。
皆といる時間が好きけど、休日の暇はもっと好き。
「まって!!」
いきなりエウちゃんは私を引き留めるように叫んだ。
「アアァ、トウチャンガマナタブ二カカッテカエリナサイッテ……帰る帰る……」
「テルピさん。マナタブはまだこちらで預かったままです」
「ああぁ、父ちゃんが魔法で直接に帰りなさいって伝えているんだ……帰る帰る……」
「この会議室の周りに結界が張られて、外部から魔法は一切干渉できない。それに、寮生活だぞ」
ズルいよ、エウちゃん…
「テルピちゃんの演技が上手くなっているんだよ。頑張れ」
エラ姉、ありがと〜!
「このふざけたコントは今すぐ止めてください」
会議室が静かになった。視線は皆ポーリーちゃんに集中していた。
「ここにいる皆さん、それぞれに大切なものがあるのでしょう?ありませんのか?単細胞みたいに勢いに任せ、ただ偶然、最上位の魔女になったなどと言わないでください。それとも本当にありふれた部活ライフが欲しくて、この魔女会に入ったのですか?」
「そうじゃないです。テルピさんは…」
メルちゃんは俯き、顔は赤くなる。
「ポーリーちゃん、どったの?こんな朝早く機嫌わるわるなんて損するだけよ」
「せめて会議くらい黙ることはできませんか?そしてそのポーリーちゃんというくだらないあだ名で私のことを呼ぶのを今すぐお止めなさい。」
「あれ?ポーリーちゃんはポーリー以外の名前あったかな?忘れちゃったかも」
「脳機能障害と思われるほど低知能の者に期待しすぎましたかしら。あなた以外の馬鹿どもさえ、『ポリュム』という高貴な名前を正しく口にできます。なぜあなたが、この魔女会に席があるのか、疑問に思ってしまいますわ」
「私、強いからだと思うよ。皆にそう言われた。」
ポーリーちゃんはすぐに返事はしない。顔を俯けて拳をテーブルの上に置き、力強く握る。
その拳はかなり震えてる。
「はい、そうですね……テルピさんは強いですね……多分誰よりも……」
「ありがと!私褒められると伸び伸びするタイプ!」
「決して誉め言葉のつもりではなかったですよ」
ポーリーちゃん、ちょっと怖い顔してる。
でもメルちゃんと違って席次順位というやつがあるから私のことを本気で叱ることはできない。
細かいことはよく分からないけど、とにかく私の方が偉いと決められたみたい。
だから怖い顔をしても、可愛いだけだ。
周りを見る。
エラ姉は内緒話をするみたいに、手を口の横に挙げる。
「ドンマイ!私はいつでもテルピちゃんのことを褒められるよ〜」
「エラ姉、最高!」
「それでは、会長さん。続けてください。今回の課題、ご解説お願い致します」
ポーリーちゃんは演劇っぽい仕草で掌をメルちゃんの方に差し出す。
歯をゴリゴリと食いしばりながら。
「は、はい!では、改めて。ほ、ホランド博士からの課題。先に言った通り、ろ、六個の受容体……つまり……えっと」
「会長さん。差し出がましいのですが、『会長さんは仕事に対して一番真面目だからこそ会長さんであります』というのは個人的な意見ですけど。そんな会長さんは課題説明を躊躇するはずはありませんよね」
「そ、そうです!テルピさんのせいで気を散らされてしまっただけです。では……」
私は立ち上がり、ポーリーちゃんの席まで急ぐ。
「テルピさんまた何を!?」メルちゃんは涙ぐんだ目でこっちを見つめる。
私はポーリーちゃんを包み込むと、彼女はきゃっと可愛い悲鳴をあげた。
「この変態的な行為を説明してください!」
「抱っこしてるよ」
「なにゆえ?」
「ポーリーちゃん、明らかに愛情不足だから」
二人は数秒、そのままでいた。
そして、ポーリーちゃんはやっと落ち着いた。
「会長さん、続けてください。今すぐに」
「きょ、今日は救歴1012年火月7日にあたる。ホランド博士は、私達オリゴ魔女会の七人の魔女に歴史的最重要の課題を与えた。魔力基礎値800オーバー六個の受容体を手に入れなければならない。つまり、六人の魔力上位魔術師を殺さなければなりません」




