第9話 黒モドキたち
side レイ
軽い頭痛と聞こえる雨音の中、ざらついた舌で舐められながら、僕は目を覚ます。
おもむろに目を開けると、すぐ目の前の青色の目と目が合う。
……暗闇とほぼ同化した黒い猫が、僕の髪を舐めていた…………
「ちょっ、髪舐めないで……」
そういって、僕は黒猫を押しのける。
黒猫は軽く抗議の声を上げると、奥の方へ退避していった。
黒猫が消えていった先の闇へと視線を追わせると、また別の青い目が、ひとつ、ふたつ。
見渡せば、暗闇に染まった森の木々の隙間から数多の青い目が、猫ぐらいの高さの視線でこちらを見つめてきていた。
………どうして僕は今、こんな状況になっているだろうか……
困惑しながら、必死に自分の記憶をたどっていると。
その黒い影たちの中から、一際目立つ青目が現れる。
『あ!おはようレイちゃん!……起きたんだね…!』
「ノア……!」
そう、それはノアであった……
暗闇の中、宙に浮かぶ半透明な笑顔の少女。
深夜の森のなかというロケーションも相まって…それはまるでホラー映画のワンシーンみたく映り……はしなかった、笑顔って大事……
『……いい夢みれたー?』
「うーん……たしか、紫色の大熊に殺される悪夢を見てたよ……」
自分の身長の倍の大きさのクマに突進されたなら……
さすがに全身打撲遺体 or クマの餌になるのは免れなさそうだ……
これはさすがに夢に違いない…
『……なるほどなるほど……正夢ってやつだね……』
夢じゃなかった……
自分の体を見る…傷はないようだが…おそらくそれはノアの固有魔法で治したのだろう、あざや固まった血などがすごい残っている。
ボロボロの服にも大量の血が返り血のごとく付いていた。
『この子たちがレイちゃんのこと助けてくれてたよ……』
そういって、ノアは周囲の青い目たちを指し示す。
目を凝らせば、それは全員、青い目で短い尻尾の黒い猫たちであった。
「この子らが……?」
『うん、口でくわえて運んでたよ。ものすごい捨て身で…』
「口でくわえて…?」
一瞬、汚な…と思ってしまったが、それが顔に出てしまったのか、いつも間にかすぐ隣で立っていた黒猫の一匹がムッとした顔をする。
……確かに、命の恩人たちにそのリアクションはかなり失礼であったかもしれない。
「……君たち……本当にありがとうね。」
その黒猫は誇らしげな顔をする。他の黒猫も、まるで鏡のようにほぼ同じ姿勢で誇らしげな顔をした。
……それにしても、猫が命の恩人になる時が来るなんて、思ってもなかった…
『………そこの子はたしか……あの時はその場に居なかったはずだから…サボり魔ちゃんだと思うよ……?』
えぇ……? こんな誇らしげな顔してるのに?
ノアの指摘を受けた黒猫は、またムッとした顔に戻ってしまう。
それを見て微笑みを浮かべるノアに対して、
黒猫は口を大きく開けてシャーと威嚇する。
『ええ…?………すごい理不尽ちゃんじゃん…』
黒猫はうんざりした顔で、ノアから逃げるように集団の中に戻っていった……
「…………ねえ……この子たちって、もしかして、
ノアがさっき言ってた黒猫……なのかな……?」
この世界において黒猫という言葉が指すのは、普通の可愛い猫のことではなく、魔女に従い人を襲うある魔獣種の名称……とのことらしい。
『……………うーん?この子たちが黒猫……?』
僕の言葉に対して、ノアは以外にも少し首を傾げた。
『………たしかに見た目は本の挿絵で見た黒猫にそっくりだけど……わたしのこと襲ってこないし、なんか見た目カワイイし、たぶん違うと思うよ……』
この子たちが黒猫だとすると、魔女の僕はともかく、ノアが襲われないのはたしかに不思議なことかも知れない……が…
「…普通に今のノアが幽霊だから襲われないんだけじゃないの?」
まあ、そもそも今のノアの状態が幽霊であるかについては疑問が残る状態ではあるのだが…
見た目も元の体と変わってるし、そもそも幽霊ってこんな自我がはっきりしてるもんなのかって所ではあるし……
『うーん……………でも、黒猫って、パパから聞いたところによると、すごい凶暴で、怖い顔でめちゃくちゃ暴れまわって危険って話だけど?』
今隣で招き猫みたいに優雅に顔を洗っていたり、あくびをしながら無防備に眠りにつくその姿からは、暴れているところはあんまり想像がつかない。
……よく考えたら、この子たち言葉を理解してるっぽいし、普通に直接聞けばいいのではないか?
「…君って……黒猫なの?」
黒猫のうちの一匹に近づいてそう聞くと、
肯定の頷きが返ってきた。
『……そ、そうなんだ………こんなかわいい子たちが……黒猫……』
ノアが複雑そうな顔をしている。
まあ、かくいう僕も、人を襲う魔獣と言われてゴツくてでかい熊か狼みたいな怪物を想像していたから、普通の愛嬌ある黒猫が出てきて、同じく複雑な気分である。
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『…で、これからどうする?』
「どうするって言っても、引き続き人里を探すしかないんじゃないかな…」
『うーん………あ!』
ノアが何か思い出したかのようにハッとする。
『完全に忘れてたけど………たぶんさすがにそろそろ何か食べたり飲まないとマズイよ……』
そういえば空腹を感じない体質とか言っていたか。
魔女の身体でもそれが引き継がれてるのならば、たしかにそろそろ食べたほうがいいのかもしれない。
「たしかに……… でもこんな森の中で食べ物なんてあるかな?」
『うーん、魔女なら、黒猫に食べ物取ってくるように指示できない?』
たしかに、せっかくの魔女特権、使わない理由もない。
「あー、君たち何か食べ物とか持ってこれない?」
僕がそう言うと、黒猫たちの集団がざわざわしだす。
少し待っていると、黒猫達がいろいろ口にくわえて持ってきてくれた。
「………なにこれ……」『……きもちわるい……』
しかし、その殆どは虫か何かの死骸だったり、毒々しいキノコだったり、虫がたかってる動物の死体だったり、とてもじゃないが食えたもんではなかった………
「き、木の実、何か木の実とかないの?」
……そう聞いてみると、黒猫たちはそのなかのある腐った果実を顔の動きで指差した……
「うーん、たしかにそれも木の実……木の実だけどぉ……」
『……まともな食べ物は、当分食べれそうにないね……』
「うん……」
……結局、人里が見つからなければ、サバイバル知識のない僕らは野垂れ死ぬことになりそうだ。
「…結局、人里…探すしかないか……」
そもそも、人里にたどり着けたとしても、食糧問題が解決できるかどうかはかなり疑問の余地がある。
今は通貨を一銭も持ってないから、店で買うことは難しいだろうし………盗むわけにもいかないし……
……本当に問題は山積みのようだ…
『…………もしかして、黒猫ちゃんたちなら…人里がどこにあるか…知ってるかな……?』
「それは…うーーん………」
……確かに知ってる可能性は0ではないかもしれないが…
食料を要求してもちょっとズレたものを持ってくるような黒猫たちの情報なんて……本当に信用できるのだろうか……
……まあ、とりあえず聞いてみるだけ聞いてみるか。
「あー、みんな…人里がどこにあるか……知ってる?」
黒猫は皆一斉に首を縦に振った…
でも、これは本当に信用できるのだろうか……
人里の場所を知ってるとは言っても、さっきのことを踏まえれば、壊滅した村とかのことを指して言ったりしている可能性とか有りそうで、イマイチ信用に欠ける。
「うーーん……でも他に当てもないし、とりあえず今は…信じるしか…ない……かな……?」
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……僕らは結果的に、黒猫たちの案内で人里(推定)に向かうことにした。
まあ、黒猫と一緒にいるところを人に見られるわけには行かないから…その付近までの案内にはなるだろうけど……
『……レイちゃん、さっきは……ごめんね……』
ふと、ノアにいきなり謝罪をされる。
「……なんのこと?」
『光の刃……わたし…使わなかったから……』
『レイちゃんのこと……危ない目に合わせちゃった』
光の刃……一発だけ強力な一撃を繰り出せるが、
使用後、ノアが気絶してしまうという副作用のある固有魔法。
僕が熊に襲われた時……
僕はノアに、光の刃を使えないかと聞いたのだが…
ノアは光の刃を、今は使えないと言っていた。
「…よくわからないけど、使えなかったなら、
それはもうしょうがないんじゃないの…?」
『……………でも…わたしが……』
「今僕はちゃんと生きてるんだから……
別にノアが気にすることはないと思うけど…?」
『……………』
ノアが一体何をそんなに気にしているのか、僕にはちょっとよくわからなかったが、今はそれよりも気になる事がある。
なぜ、ノアは光の刃を使えなかったのだろうか。
「……ていうか…光の刃が使えないってのは……なんでだったの?」
固有魔法には日光や炎の光など、一部の光に当たっていると効果が減衰すると言う制約があるらしいが…
あのときは普通に同じ固有魔法の治癒を使えていたから、その理由は当てはまらないはずだ。
『それは…………』
………ノアは口ごもり、言葉をそこで止める…
困ったような表情で無言でこっちを見つめ続ける。
なにか言えない理由でもあるのだろうか…?
まあ、ノアにして見れば、僕なんて、
出会ってわずか数時間の人だし、しかも魔女なんだから、
これだけ話に付き合ってくれるだけ、むしろ御の字なのかもしれない。
…というかよく考えたら、
ノア視点では、僕はノアを殺した張本人なんだよね…
……むしろなんでノアは、平然と僕と喋ってるの…?
自分を殺した相手なんて、恨み買ってるなんて次元じゃないだろうに
…不審者にホイホイ付いて行ったりとかしないか心配になるレベルである…
………僕は未だに無言のままのノアを、じっと見つめ続ける。
……夜の闇に包まれたこの森の中で、
ノアの青色に光る目はひときわ目立っていた。
『…………あれ…そういえば黒猫ちゃんたちは……?』
「……え?」
ノアの言葉に、辺りを見渡すと…
さっきまで周辺に大量にいたはずの黒猫たちが、
気がつけば、一匹残らずいなくなっていた。
「……あれ?いつの間に…?」
いつの間にか雨も止み、
辺りは不思議と静寂と沈黙に包まれる……
風もなければ音もない。
夜の暗いくすんだ青色だけが森の中を無限に満たす…
「まさかホントにいるなんて……
ふん…あのだ馬のたわ言も…い外と聞いてみるもんみたいね…」
突然…頭上から静けさを破る一つの幼い声が聞こえた。
「だっ誰…?!」『……お、おばけ?!』
声の方を見上げれば…
森の樹木の枝の上に立ち、こちらを見下げる…非常に小柄な人の影
その背丈は僕よりもさらに24センチほど低い……
ファッションを捨てた感じの茶色の不格好な服と帽子。
その片手にはランタンを持っており、水色の髪が風になびいている……
夜空に浮かぶ月を背景にして…その二筋の鋭い朱色の瞳が、こちらを見下ろしていた。
「だれって…それはむしろ、あたしのセリフよ……
ちまみれのおじょーちゃんと………
なんかういてるじょーちゃん…………
…あんたらみたいな子どもが……こんな夜の森のなかで
ランタンももたずに……
一体…どんなじじょーがあったらそんなことになるわけ?」




