3-3
俺の部屋に再び全員が集まった。サイゼリヤでの昼食から数時間後、みんなそれぞれ用事を済ませて戻ってきた。
リビングのテーブルを囲んで座る五人。でも、なんだか雰囲気が微妙だ。
松井が何度も口を開きかけては閉じる。まるで告白前の乙女みたいに——いや、松井が乙女って変か?でも今の仕草は確実に乙女だ。
「なあ、松井さん、さっきから何か言いたそうだけど」
青木が気づいて声をかけた。
「え!?べ、別に……」
松井がビクッと肩を震わせる。いや、明らかに何かあるだろ。顔に「言いたいことがあります」って書いてある。
「松井さん、何か気になることでもあった?」
橘が優しく問いかける。
「いや、その……大したことじゃないんだけど……」
大したことじゃないなら、そんなに悩まないだろ。
「何でもいいから言ってみろよ」
松井は大きく深呼吸をして——
「実は……橘さんが文学部として参加してる以外にも……」
全員が松井に注目する。
「以外にも?」
「その……」
「じれったいな!はっきり言えよ!」
青木がイライラした様子で声を上げる。
「う、うるさい!今言おうとしてるでしょ!」
「落ち着いて……」
柏木が小声でなだめる。松井は大きく深呼吸をして、ついに口を開いた。
「美術部も代表が参加してるのを見た」
「美術部?」
一瞬、何が問題なのか分からなかった。
美術部が参加してる……それがどうし……
待てよ。
美術部?
俺の視線がゆっくりと柏木に向かう。
そうだ、柏木は美術部の部員じゃないか。しかも、あの「紫苑」として有名な画力の持ち主。
なのに——
なんで誰も柏木と組もうとしなかったんだ?
なんで柏木が俺たちのところに来たんだ?
青木も同じことに気づいたようで、表情が曇る。
「あ……」
橘は相変わらず穏やかな表情だが、その目には「やっぱりね」という色が見える。もしかして、橘は最初から気づいてたのか?
俺は柏木を見つめた。彼女は俯いて、何も言わない。
「柏木……」
重い沈黙が部屋を包む。
「誰も……組んでくれる人がいなかったのか?」
単刀直入に聞いた。オブラートに包んでも仕方ない。
柏木が小さく頷く。ああ、やっぱり……
「もしかして、いじめられてるの?」
松井の顔には明らかな怒りが浮かんでいる。誰かが柏木をいじめてるなら、すぐにでも殴りに行きそうな勢いだ。
でも、柏木は首を横に振った。
「違う……いじめじゃない……」
じゃあ、何だ?
俺は少し考えて、ある可能性に思い至った。
「もしかして……」
みんなが俺に注目する。
「柏木、お前……美術部の人たちとそもそも交流してないだろ」
柏木がビクッと肩を震わせる。図星か。
「だって、考えてみれば分かる。俺は帰宅部だ。つまり、部活動がない」
「そうだな」
青木が頷く。
「なのに、なんで毎回放課後、柏木と一緒に芸術祭の準備ができる?」
「あ!」
そう、答えは簡単だ。
「柏木が部活に行ってないからだ」
柏木は俯いたまま何も言わない。やっぱりそうか。
「なるほど……」
松井が納得したような声を漏らし、青木を見た。
「そういえば、青木も物理部なのに全然部活行ってないよね」
「あー、前にも言ったけど、うちの部活は幽霊部活みたいなもんだし」
「何それ……」
青木が突然立ち上がった。
「そうだ!」
みんながビクッとする。急に何だよ。
「じゃあさ、俺たちで新しい部活作ればいいじゃん!」
は?
「いきなり何言ってるの?」
「だってさ、考えてみろよ。柏木は美術部に行ってない、俺は物理部なんて幽霊部活、松井はバイトで忙しい」
「私を巻き込まないで」
「椎名は帰宅部の王様」
「王様って何だよ」
「つまり、俺たちって実質『はぐれ者』じゃん」
「はぐれ者……」
柏木が小声で呟く。その言葉に、柏木の表情が少し曇った。
「まあ、言い方は悪いけど、青木くんの言いたいことは分かるわ」
橘がフォローを入れる。
「でもさ、はぐれ者同士が集まったら、それはもう立派な群れだろ?」
「何その理論」
松井が呆れたように言うが、青木の言葉には一理ある。
「確かに……俺たち、いつの間にか毎日一緒にいるな」
「そうね。最初は芸術祭のためだったけど」
「だろ?だったらいっそのこと、正式に——」
そう言いかけて、青木は橘を見た。
「あ、でも橘は文学部の部長か……」
確かに、部長が他の部活作るとか、さすがに問題あるだろ。
でも、橘はニコニコと笑った。
「いいんじゃない?作れば」
「え!?」
全員が驚きの声を上げる。
「マジで!?」
「だって、学校の規則のどこに『部長は常に自分の部活にいなければならない』って書いてある?」
また出た、橘理論。
「それ、屁理屈じゃない?」
「屁理屈じゃないわ。ルールの柔軟な解釈よ」
「柔軟って言えば聞こえはいいけど……」
「私は定期的に『文化交流』をすればいいのよ。異文化理解は文学部の活動の一環だもの」
「すげー!さすが橘!ルールの抜け穴マスター!」
「褒め言葉……なのかしら」
そこで、柏木が小さく呟いた。
「でも……私、美術部をやめるわけには……」
「なんで?行ってないんでしょ?」
「それは……」
柏木は言葉を詰まらせた。
「まさか、親か?」
青木が察したように言うと、柏木が小さく頷く。
「お母さんが……『部活くらいはちゃんとやりなさい』って……」
ああ、そういうことか。親の期待っていうやつか。
「分かる。私も最初、バイトするの反対されたし」
「反対されたのに始めたのか」
「一人暮らしだから関係ないもん」
そこでみんなが気づいた。松井、一人暮らしなのか。
「えっと……それって……」
「親とちょっと色々あってね。詳しくは聞かないで」
重い空気が流れそうになったが、橘がすかさず話題を変えた。
「でも、考えてみて。私たちって、本当に変な組み合わせよね」
「変?」
「不眠症の写真好き、ゲーム廃人の偽物理部員、夜型バイト戦士、ネット絵師の隠れ社恐、そして文学部の部長」
「偽物理部員って何だよ!」
「バイト戦士って……」
「社恐って言わないで……」
でも、みんな笑っている。
「確かに、普通なら絶対に集まらないメンバーだな」
「でもさ、だからこそいいんじゃね?」
「どういうこと?」
「似た者同士で集まるより、バラバラな奴らが集まる方が面白いだろ」
「確かに。文学部なんて、みんな似たような本読んで、似たような話ばかりで……正直、たまに息が詰まる」
おお、橘がそんな本音を。
「でも、あなたたちといると、予想外のことばかりで楽しい」
「私も……」
みんなが柏木に注目する。
「美術部にいても……誰も私と話さないし……」
柏木の声が震えている。
「みんな、私の絵は褒めてくれるけど……私自身には興味ないみたい」
「なんだそれ!ひどくね?」
「違うの……私が悪いの。自分から話しかけないし、誘われても断っちゃうし……」
「悪循環ね」
「そう……それで、どんどん孤立して……」
柏木の目に涙が浮かび始めた。
「でも、みんなは……」
言葉が詰まる。
「私がうまく話せなくても、待っててくれる」
「そ、そんな大げさな……」
「変なこと言っても、笑わない」
「当たり前でしょ」
「絵のことじゃなくて、私のことを見てくれる」
橘がそっと柏木の手を握った。
「だって、私たちは友達でしょ?」
その一言で、柏木の涙が溢れ出した。
「友達……」
「お、おい!泣くなよ!」
青木が慌てるが、その目も少し潤んでいる。松井も鼻をすすっている。俺も……なんか目頭が熱い。
「柏木、お前はもう一人じゃない」
「うん……うん……」
柏木が涙を拭きながら頷く。
「よし!決めた!」
青木が突然立ち上がった。
「俺たち、ずっと一緒にいよう!部活とか関係なく!」
「べ、別に……嫌じゃないけど」
「素敵ね」
「ああ、俺も賛成だ」
柏木が涙を拭いて、顔を上げた。その顔は、まだ涙の跡が残っているけど——輝いていた。
「私……私ね……」
みんなが柏木を見つめる。
「田中さんに紹介されて、最初は仕方なく椎名くんと組んだの」
正直だな……でも、それが柏木らしい。
「でも、椎名くんが青木くんを連れてきて、橘さんも来て、松井さんも加わって……」
柏木の声が強くなっていく。
「気づいたら、こんなに大切な人たちに囲まれてた」
「お、おう……」
「美術部で孤立してた時は、絵を描くことだけが救いだった」
「それで『紫苑』として……」
「うん。ネットでなら、顔も見えないし、絵だけで評価してもらえるから」
「でも、それも孤独よね」
「そう……結局、一人だった」
柏木は深呼吸をして——
「でも、もう違う。私には、みんながいる」
その時、柏木が突然、笑った。今まで見たことのない、心からの笑顔だった。
「ふふ……」
「どうした?」
「あの……私、考えたんです」
柏木の表情が、今までとは違う。何か吹っ切れたような……
「歴史人物のテーマ、やめます」
「え!?」
全員が驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って!なんで急に!?」
「だって……『共鳴』について、もっといいアイデアが浮かんだから」
俺と青木、そして橘は、柏木が何を言いたいのか察した。でも松井だけは——
「は?何?どういうこと?」
みんなが優しい笑顔で松井を見つめる。
「な、なによその顔……」
「まあ、後で分かるよ」
「何それ!教えてよ!」
でも、誰も答えない。
「もう……みんなして……」
数時間後。
「じゃあ、みんな準備はいい?」
柏木が部屋の真ん中に立って、スケッチブックと鉛筆を手に持っている。なんか……雰囲気が違う?
「まず、青木くんは左側に」
「はいよ〜」
青木がのんびりと左側に移動する。両手をポケットに突っ込んで、だらしない姿勢で立っている。
「違う」
「え?まだ立っただけだけど」
「姿勢。やり直し」
ちょっと待て、柏木の声のトーンが変わった。さっきまでのおどおどした感じが消えて……
「姿勢って、普通に立ってるだけじゃん」
「それのどこが普通なの?」
柏木が突然青木に近づいて、彼の体を調整し始めた。
「背筋を伸ばして。肩の力を抜いて……抜きすぎ!顎を少し上げて、視線は右上45度」
「45度!?分度器でも持ってるの!?」
「感覚よ。左手は自然に下ろして、右手は腰に」
「腰に手って、なんか偉そうじゃない?」
「黙って」
うわ、怖い。これ本当に柏木か?
「は、はい……」
「膝を少し曲げて、重心を左足に」
「これ、きつくない?」
「次、椎名くん」
え、俺!?
柏木が俺の方を向いた。その目は……なんというか、獲物を狙う肉食獣みたいだ。
「椎名くんは……うん、青木くんの右斜め後ろ」
俺は言われた通りの位置に立つ。
「もっと右」
一歩右に移動。
「違う、もっと」
また一歩。
「もっと!」
さらに一歩。
「行きすぎ!」
どっちだよ!
「えっと……どのへん?」
柏木が俺の肩を掴んで、強引に位置を調整する。
「ここ。1ミリもずれないで」
1ミリ!?人間にそんな精度求めるか普通!?
「なんか……柏木が怖い……」
松井が小声で呟く。
「これが『紫苑』モードね」
橘が苦笑する。そうか、これが噂の画家モード……でも、ちょっと怖すぎない?
「松井さん、椎名くんの右側」
「は、はい」
松井がビクビクしながら移動する。普段のクールな態度なんて微塵もない。
「違う。もっと椎名くんに寄って」
「え?もっと?」
「もっと」
松井が少し近づく。
「もっと」
「こ、これ以上は……」
「もっと!!」
「ひぃ!」
松井が慌てて俺に近づく。肩が触れそうなくらいの距離。いい匂いがする……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「そう、その距離」
「近すぎない……?」
松井がプルプル震えているが、柏木は無視して橘を見る。
「橘さんは真ん中の前」
「はい」
橘だけは落ち着いている。さすがだ。
「右手を胸の前で組んで、左手は……」
橘が指示通りにポーズを取る。
「うーん……何か違う」
「どこが?」
「もっとこう……神秘的な感じで」
神秘的って、どんなポーズだよ。
橘が両手を広げて、まるで何かを受け止めるようなポーズを取る。
「違う。宗教画みたい」
「難しいわね」
「あの……腕が……」
青木が苦しそうに声を上げる。
「まだ3分しか経ってない」
「3分!?もう30分は経った気が……」
俺も同感だ。でも、時計を見ると本当に3分しか経ってない。時間の流れがおかしい。
「腕を2センチ上げて」
「2センチって……」
青木が少し腕を上げる。
「上げすぎ!」
「え!?」
「1センチ下げて」
1センチの世界で勝負してるのか、この人……
青木が微調整を試みる。
「もうちょっと下」
「もう分からない……」
そりゃそうだ。1センチ単位の調整なんて、人間業じゃない。
「ねえ……いつまで続くの?」
松井が小声で俺に聞いてくる。
「さあ……」
「足が痺れてきた……」
「動くなよ。怒られる」
「でも……」
その時、青木が限界を迎えた。腕を下ろして——
「ちょっと休憩……」
瞬間、柏木が鬼のような形相で青木を睨みつける。
「何してるの!?」
「ひぃぃぃ!」
「まだポーズ決まってないのに!」
「で、でも腕が……」
「腕がどうしたの?」
「痺れて……感覚が……」
「気合いで何とかして」
気合いで痺れが治るか!
「鬼!悪魔!」
「何とでも言って。でも動かないで」
これは……完全に独裁者だ。芸術の独裁者。
「柏木さん、少し休憩を……」
橘が提案するが——
「ダメ」
「……分かりました」
橘まで諦めた!あの橘が!
そして、柏木の視線が俺に向く。
「椎名くん……」
なんか嫌な予感が……
「もう少し前傾姿勢で」
前傾姿勢?俺は少し前に体を傾ける。
「そう!その角度!キープして!」
これ、地味にきつい……でも、なぜか褒められた。
「椎名くんは姿勢がいいわね。さすが写真を撮る人」
お、認められた?
「あ、ありがとう」
「なんで椎名だけ褒められるんだよ……」
青木が恨めしそうに言う。
「文句?」
「ないです!全然ないです!」
完全にビビってるじゃないか。
「じゃあ、このポーズでキープ。動いたら最初からやり直しだから」
「最初から!?」
全員が絶望の声を上げる。
「当然でしょ。構図が崩れるもの」
「鬼……」
「スパルタね……」
「もう腕が……腕が死ぬ……」
柏木が鉛筆を走らせ始める。真剣な表情で、時々顔を上げては俺たちを確認する。
5分経過。青木の顔が青くなってきた。
10分経過。松井の足がプルプル震えてる。
15分経過。橘も額に汗が浮かんでいる。
20分経過。
「も、もう無理!」
青木がついに腕を下ろした瞬間——
「最初から」
「えええええ!?」
全員が絶叫する。
「嘘だろ!?20分頑張ったのに!」
「言ったでしょ。動いたらやり直しって」
「ひどすぎる!」
「柏木さん、さすがにこれは……」
でも、柏木の表情は変わらない。
「完璧な作品を作りたいの。妥協はしない」
これが……芸術家の執念か……
柏木、普段はあんなにおどおどしてるのに、絵のことになると人が変わるな……ギャップ萌え……じゃなくて、ギャップ怖い。
「お願い!せめて5分休憩を!」
「……3分」
「4分!」
「3分30秒」
「……分かった」
なんだこの交渉。秒単位かよ。
みんな一斉に崩れ落ちる。
「死ぬ……死ぬかと思った……」
「さすがに疲れたわ……」
「腕の感覚がない……」
俺も足が痺れてる。でも、なぜか柏木に褒められたのが嬉しかったり……いや、これストックホルム症候群じゃないか?
「あと1分」
「もう1分しか経ってない!?」
「30秒」
時間の流れ、絶対おかしいだろ!
「10、9、8……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「3、2、1。時間です」
全員が慌てて元の位置に戻る。でも——
「あれ?どこだっけ?」
「確か……ここ?」
「腕の角度忘れた!」
「だから言ったでしょ。ちゃんと覚えておいてって」
そんなの無理だろ!
「もう一度最初から位置決めします」
「またかよおおお!」
そして、ついに——
「よし、これで完璧」
「や、やっと……」
みんな床に崩れ落ちる。
柏木が描いた草図を見せてくれた。そこには、青木、俺、松井、橘の姿が描かれていた。まだラフスケッチだけど、それぞれの特徴を見事に捉えている。
「おお、すげー!」
「本当に上手……」
「素敵ね」
「これは……優勝狙えるんじゃないか?」
みんなで喜び合おうとした、その時——
「あれ?」
松井が気づいた。
「どうした?」
「この絵……柏木はどこにいるの?」
全員が固まる。
そうだ。草図には四人しかいない。柏木がいない。
ゆっくりと、全員の視線が柏木に集まる。柏木も固まっている。
そして——
柏木の顔から、さっきまでの威厳が消えていく。代わりに現れたのは、いつもの内気な表情。
「あ……」
「わ、私……」
その顔がどんどん青くなっていく。
「忘れてた……」
は?
「自分を……描くの……忘れてた……」
全員が絶句する。
「ご、ごめんなさい……」
おい、マジか……
「も、もう一回……みんなで……ポーズ……とってもらえますか……?」
「ええええええ!?」
「嘘でしょ……」
「まあ、仕方ないわね……」
「柏木……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「クソーーー!!!」
「いや〜〜」
さらに数時間後。
今度こそ、本当に完成した。全員が描かれた草図。
でも……
「なんだこの顔!」
青木が爆笑している自分の顔を指さす。
「私、こんなに慌ててる!?」
松井がパニック状態の自分の表情に驚く。
「これ……どう見ても変なポーズよね……」
橘が恥ずかしそうなポーズの自分を見つめる。
そして俺は——
「目の下のクマ、強調しすぎだろ……」
最後に柏木。
「私……アホみたい……」
ヘラヘラ笑いの自分を見て呟く。
でも、なぜかみんな笑っていた。
俺は絵を見つめながら思った。
これは……芸術祭で優勝を狙うような作品じゃない。技術的にも、構図的にも、どこか歪んでいる。
かっこよくない。美しくもない。
なのに、なぜだろう。この絵を見ていると、胸の奥が温かくなる。
「これが……『共鳴』か」
俺は笑った。
そうか、分かった。
共鳴って、完璧に調和することじゃない。お互いの不完全さが、ぶつかり合って、重なり合って、それでも一緒にいること。
「なるほど、完璧じゃないから共鳴するってことか」
青木が理解したような声を上げる。青木の大笑いする顔——いつも調子に乗って、でも誰よりも仲間思いで。
「確かに……これなら私たちっぽい」
松井が納得する。松井の慌てた表情——クールぶってるけど、実は一番感情的で。
「素敵じゃない」
橘が微笑む。橘の恥ずかしそうなポーズ——いつも余裕綽々なのに、たまに見せる隙が。
「みんな……ありがとう」
そして柏木の傻笑い——普段は内気なのに、絵のことになると別人になって。
不格好で、不完全で、でも——これが俺たちなんだ。
透明化して、消えかけて、それでも必死に繋がろうとしている。不器用で、ちぐはぐで、それでも——
これが俺たちだ。
窓から差し込む夕日が、スケッチブックを照らしている。オレンジ色の光の中で、五人の歪んだ姿が、なぜか、とても美しく見えた。
これが、本当の『共鳴』なんだ。
きっと、審査員には理解されないだろう。でも、それでいい。
これは俺たちだけの、俺たちのための作品だから。