スパイの素質
人生は微妙な変化をぶち込んでくるのが好きなようだ。
涼と色々あった日から一週間ちょっとが経ち、ようやく現実世界に帰還したような気分の俺は、登校のために家を出た。
――家の鍵を閉まったタイミングで、ポケットに入れているスマホが存在をアピールしてくる。
手に取って確認すると、葉音からのメッセージだった。
『家を出たら左』
家を出たら右。
これが学校までの道のりなんだが……どういうことだ?
意図は不明だが、ひとまず指示に従ってみる。
通学路は日常の枠組みから外れる気はなさそうだ。
少しばかり安心する。
芸能人パワーのような余程の力が働かない限り、この平穏は変わりそうにない。
朝の日差しに活力をもらいながら左に曲がると、ちょうどスマホが振動した。
『次の交差点を左』
なんで葉音が俺の家の周囲情報を知っているのか、ということにはもはや触れまい。
おっと、次の指令だ。スパイみたいで楽しいな。素質があるかも。
『歩道橋を渡って左』
朝から階段はキツイが……仕方ない。
カンカンと音を鳴らしながら一段一段登っていき、反対の歩道に降りる。
(ここから左……ってことは)
本当に存在を認知しているくらいだが、このルートの先にあるのは公園だったはず。
家の前で待ち合わせるより、少し離れた公園の方が見つかる心配がない。
なるほど、と納得する。
まぁ、そもそも人気アイドルと一緒に登校という行為自体がスーサイドなわけだが。
(それで、葉音はどこに……)
遠目から公園を確認してみるが、葉音らしき姿はどこにも確認できな――
「――悟くんっ!」
「おおっ!?」
背後から声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのは巻島葉音。
「驚いてる悟くんも可愛いね」
「いや、可愛いじゃなくて……どこにいたんだ?」
「悟くんが家を出て十秒後くらいから後ろにいたよ」
「ストーカーじゃねぇか……」
よくよく考えたら、俺が角を曲がるタイミングなんて分かるわけがない。
それなのに正確に指示を出されるということは……そういうことである。
「僕ってスパイの才能があったりして」
「あぁ、あるだろうよ」
俺のは無くなっちゃったけどな。
「で……今日はどうしてここで待ち合わせなんだ?」
葉音の姿を見てみる。
素材の良さを最大限に引き出した薄いメイク、一分の乱れもない制服姿、今日も彼女は完璧。
深めにキャップを被って通行人からバレないようにしているのだろうが、ちょっと厳しそうだ。
「んー? 特に理由はないよ? 本当に。ほら、学校行こっ?」
慣れた様子で腕を絡めて歩き出す葉音。
二人三脚のように俺は無意識に着いていくが、彼女の思考はおおよそ理解できる。
――おそらく涼を出し抜こうとしているのだ。
あの日以来、俺の通学路は戦場になった。
俺を挟むようにして、葉音と涼が水面下での戦いを繰り広げている。
葉音が思い出のマウントを取ったかと思えば、涼が現実でやり返してみせる。
ときどき隆輝が合流しては実況しだすというのがお約束だった。
(今日は葉音の勝ちかぁ……)
なんて思っていると、スパイ遊びに一役買ってくれていたスマホがブルブルと震え出す。
きっと涼からだ。取り出して確認を――
「大丈夫だよ悟くん。いま確認することじゃないよ」
「いや、でもずっとバイブが――」
「いま確認しなくてもいい、よね?」
にこりと笑ってみせる葉音だが、その目はマジだ。
「…………はい」
すまない涼ちゃん。俺は怖いよ。
「ふふっ……良かったっ!」
俺が交信を諦めたと知り葉音は上機嫌だ。
「あ、そうだ。見て見て悟くん」
「どうした?」
普段は通らない道を歩いていると、葉音が俺から離れて自らの鞄を漁り始める。
漁るといっても綺麗好きの葉音である。
すぐに目的の物を見つけたようで、「これっ!」と元気よく取り出した。
「その手鏡……俺があげたやつだよな?」
「あたりっ! 僕の宝物だよ!」
先週、近頃のゴタゴタで肝心のプレゼントを渡せていなかったことを思い出し、サラッと葉音に渡したのだ。
彼女はそれはもう喜んでくれて、こうして手作りかもしれない手鏡カバーに包む始末。
「この鏡で顔を見るとね、いつもの三倍くらい可愛く見えるんだよっ!」
「それは……目に変なフィルターかかってない?」
tiktakの強いやつとか。
「まぁまぁ、それくらい大切ってこと!」
「なら良かったよ」
こんなに幸せそうな顔を見せてくれるなら、これからも何かあげたいと思える。
「デザインも可愛いし、さすが悟くんのチョイスは――」
「――誰のチョイスですって?」
葉音の言葉を引き裂くように、この場にいないはずの声が俺たちを襲った。
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